▼005『自分が知らない自分の物語』編【06】
◇これまでの話
●
指摘は歓声とどよめきの後押しだ。
それだけではなかった。
現場の画面。幾つかの視点で映す第一階層の映像の中から、声がしたのだ。
『それだけじゃ、ないよ!』
梅子だ。
彼女が、前を、先を行くDE子の背を見つつ告げた。
『神道式の加速術式と強化術式を入れてある!
私の中位術式なら、毎ターン、アンサーに+6入る筈!』
●
『+6かよ!? マジか!?』
遠く空中に離れた浮島を見つつ、ヨネミは頭を抱えた。
自分の戦種はホーリィ・マスター。
RPGで言うなら”そうりょ”だが、
……レベル1なんだよね!
ファッションユニットではよくあることだしぃ――?
しかし戦種レベル1では、売店やDLで購入できる術式は全て下位限定だ。
中位となると、レベル6以上から。
それを向こうはクリアしているらしい。
「何だかんだでエンゼルステアは大手クラスかよ……!」
●
……マズいな!
そう思う理由はある。
相手のバフが強力なのだ。
何しろ自分が持つ下位術式のバフは、全てアンサー+1効果だ。
しかし中位になると、最低でもアンサー+3効果となる。
……あたしがミツキに”祝福・身体強化・加速”って三つ入れても、アンサー+3だ。
だが相手は、”加速・身体強化”の二つの術式で、アンサー+6の効果を与える。
「……クッソ!」
ファッションユニットであることを、今更残念に思う。
真面目にやっときゃ良かったか?
だがそんなことを出来る環境に己は居ない。
「じゃあ元々、駄目だったのかよ……?」
「いえ、そうでもありませんぞ」
はあ? と振り向いた先、トレオが遠くの空を指さしている。
向こう。
DE子が注連縄回廊を滑走していく。
その姿を指さして、トレオが言った。
「DE子君が受けているバフの内、加速術式は発動していない筈であります!」
●
「――そうなの!?」
『あのね梅子さん? 平常心で聞いて欲しいの』
『う、うん? 何?』
『滑走は滑る動作だけど、加速術式は基本的に”走る”動作に掛かるから、滑走中はキャンセルされるのね』
『最初の”疾走”には、着く?』
『あれも準備で、実際に走るのが目的じゃないから、着かないね』
『……私が傷つかないようにシンプルかつ解りにくく言える?』
『M・U・D・A』
『うわああああああああん!!』
『白魔先輩! そこはローマ字ではなく英語でUSELESSNESSと言った方が正解ですのよ!
解りますわね梅子?
USELESSNESS。
無駄という意味ですわ』
『い、要らん追い打ちが来たよ!』
●
「黒魔君? エンゼルステアは一年生からああなんです?」
「うん、まあ、仕様? みたいな?」
●
『いいじゃねえか! 滑走でも使うから身体強化のバフは生きてんぞ』
『成程! だとすると3ターン全てにアンサー+3ですよね。
ならば、DE子の仮定総合アンサーは”144+9=153”になるのでは!?』
『それがそうもいかねえんだ。
ベテラン連中は今回の勝負を決める要因が”初心者殺し”で大体解ってきてると思うが、DE子が今陥ってる状況もその一つだ。
――1ターン目に使った”疾走”のクアッドスタックも、滑走が始まった時点で無効だぞ』
『アー!!
そうですね! 滑走が始まったら”助走”分のアンサーは無効化です!
ならばクアッドスタックで獲得していた残り2ターン分のアンサ-+8が無くなります!』
『そうだな。
仮定総合アンサー144を基礎として。
梅子のバフ残りが+9アンサー(3ターン分)。
DE子のクアッドスタックが無くなって-8アンサー(2ターン分)。
結局、DE子の仮定総合アンサーは”144+1=145”でチョイプラスだな』
そして、とハナコが前置きした。
『コレだけ喋ってたら、流石に第二ターンも経過だろ。
さあ、第三ターン開始だとして、――DE子は何かすることあるか!?」
●
3ターン目の開始と同時に、DE子は二つの事実を体感していた。
まずその一つは、
……”疾走”がキャンセルされてる!
そのことは解っていた。
もはや”走っていない”のだ。
一方で、その状態から生まれるもう一つの事実があった。
……滑走が安定しない!
『DE子さん! 慌てないで。
滑走状態を制御、保つために判定を行えば大丈夫だから。
”疾走”の代わりに使えそうなの、ある?』
ある。
多分行けると思うが、
……うん。
頭の中にイメージがある。
それはかつて、川崎時代にやっていたこと。
うまく出来なかったこともあるが、
「……行きます!」
3ターン目、初手の動作を己は選択。
それを起動した。
●
DE子の”動き”が変わるのを、ハナコは見た。
DE子の滑走によって振幅する注連縄回廊の上。
「へえ……」
DE子が、身を翻していく。
滑走だ。
だが単なるサーフライドでは無い。
全身を回し、身を低くし、探るように肩から前に行き、また身を回して行く。
”繋がって”いる。
だから繰り返され、安定する滑走の”これ”は、
『おお! DE子、滑走姿勢の安定を行っています!
しかし安定というには随分と動く!
正に注連縄回廊のベーゴマというべきライディング!
これはどういうことですかハナコさん!』
『”回避”スキルだ』
こればかりは、DE子の素性を知ってる自分だから解ること。
『アイツ、――ここに来る前、地元で3on3とかやっていたんだってな。
動く障害物である他人を相手に、掻い潜って前に出る。
連続する即座の動作は、足を重くしてちゃあ駄目だ。
滑走で振幅し、跳ねる足場を相手にするのも、同じだろう。
アイツ、滑走する注連縄回廊の揺れや震動を”回避”してんのさ』
●
……DE子さんの”回避”スキルはレベル3!
DE子さんにとっての”実質2ターン目”、つまり3ターン目からこの挙動が入れば、残り1ターンも含めて+6のアンサーとなる。
”疾走”のクアッドスタックに拠る+8アンサーが無くなったとしても、
「仮定総合アンサーは151!」
■第三ターン開始
■仮定総合アンサー
・ミツキ(しまむら)
:仮定総合アンサー:(140)
・DE子(エンゼルステア)
:仮定総合アンサー:(144)+9-8+6=151
●
『あ――っと! ここでDE子、しまむらリーダーのミツキを大きく引き離した!』
観客席からどよめきが起きる。
『ハハ! あたしたちにとっちゃあ小さい数字で争ってる小物の勝負だ!
だけど小物なりに考えてだした結果は、やっぱ面白えよな!
お前らの中で、注連縄回廊の上で3on3やろうって思う馬鹿いるか!?』
投げた声に応じるのは否定のブーイングだ。
「いねえよ……!!」
皆、ハナコに応じ、そして笑う。
「興味深い。回避スキルが移動に転用出来る条件があるのですね」
「特殊なのか? DE子のやったことは」
「大空洞範囲の歴史上、初ではないでしょう。
各スキルの使用記録は、コンソールを通して中央大空洞自治体のデータバンクに保管されています。
それを見れば、大なり小なり利用履歴が見つかるものと。
しかし――」
しかし、
「ここで初心者がそれを見せたことで、自分のスキル運用が”堅くなっていた”ことに気付かぬ者はまずいないでしょう」
「ハハ! 確かにそうだな! あたしも潜らないタイプだが、今のは素直に驚いたよ。
だが――」
皆が、何となく温まり出した視線でアリーナ上空の大表示枠を見た。
現場の映像。そして、
『おい! しまむらの姐ちゃんだって、解ってんだろ?
何もしなければ逆転されんのが大空洞範囲だ。
――次の動き、出すよな?』
言葉を投げた視線の先は、画面に見える動きにこそある。
ゆっくりとスローで流れる現場の映像。
その中で、しまむらのリーダーが虚空からあるものを引き抜いた。
表示枠のCB。
そこから右脇に抱えられるのは、
「あ――っと!!
――あれは注連縄回廊の射出機です!
どうするつもりだミツキ!!』
●
『しまむらリーダー!
射出機を向ける先はゴール地点だ!
しかしここから注連縄回廊を射出して何の意味があるのか!?』
『おいおい解ってんだろ境子!?
それともあたしに解説の仕事振ってんのか!?
いいか!?
見ろ!
あっちだって加速してえんだ。
だったらどうする!?』
答えは一つだ。
『――射出される弾頭杭を掴んで引っ張って貰ったら、どれだけの速度になるんだ!?
これ、試したことあるヤツ、いるか!? 」
●
行くミツキの後ろ姿を見るトレオは、樹木なりに息を詰めた。
「……無理をするなでありますよ!」
「いやホントそうだよ……!」
射出機を利用した加速。
これを提案したのはミツキだ。
彼女は誰がラストスパートを行くことになろうとも、最後の手段を持っておこうと言った。その方法は今見ている通りで、
……ゆえにオフィシャルバックアップから最短距離を確認して貰い、一本使わずにおいたのであります!
自分達は注連縄回廊を増設出来、最短距離のルートを作れる。
だが、既存のルートだって、最短距離の箇所が無い訳ではない。
だからそれを検索、確認して貰い、一本をキープ。
そして使用するタイミングとしては、
「今であります!」
●
射出機の杭は、発射直後にこそ加速力がある。
放物線軌道を描くように撃つが、昇りは加速力がある時間帯。
下りは失速した惰性なのだ。だから、
……有効射程の中央を過ぎた位置で使う!
それは注連縄回廊の中央を過ぎた位置。
2ターンが経過した直後。
「これが私の3ターン目開始の合図!」
撃つ。
撃った。
衝撃が右脇にあり、後ろに発射砲筒が捨てられる。
自分は杭を右脇に抱え、螺旋を描いて伸びる注連縄と共に加速し、
「うわあ――!!」
飛ぶように行った。
◇第五章
●
「考えましたねえ!」
工夫を、きさらぎは見た。
今、頭上で、しまむらリーダーが射出機を撃った瞬間の動画がスロー再生されている。
短い映像だ。
何度も繰り返されるそれを、しかし大空洞アタックのベテラン勢までが注視する。
「――この方法は前例が無く、彼女達はファッションユニットなのです」
「そもそも、ベテラン勢はこんな方法する必要が無いんだけどな。
大体、射出機を横流しして貰える立場にいるってのが、フツー無いだろ」
しかし、と黒魔が言葉を置いた。
「――自分達の今後に、応用出来るかもしれないと思うと、見ざるを得んな」
その通りだ。
あ、とか、お、とか観客席から声が生まれ出す。
自分が開く表示枠の中、観客のコメント欄で、無数の解説や検証が始まっていた。
「”ここ”ですね」
動画の中、しまむらリーダーが射出機を発射しようとする。
その直前。彼女は空いている手を背後に振った。
手指が放つのは術式表示枠。
使われているのは、
『5th-G対応の降下術式か! フツーに図書館の購買で売ってるヤツだぞ!』
●
その降下術式は、誰でも使える、安価な常備品だ。
「一方で、”ものは下に落ちる”という階層拘束に対応した降下術式です。
着地の瞬間に上へと”釣り上げる”特性があります」
それを彼女はどうしたのか。
「射出機の杭に貼ったか!」
その通りだ。
本来ならば自分に与える効果を、杭に与えた。
「どのような効果となります?」
「落下してないので、落下速度軽減効果は無視される。
しかし、大気緩衝などは適応され――」
と、そこで黒魔が一回頭を掻いた。
「すまん。
解りやすく言う。
――本来ならば人が耐えられない杭の射出速度を大気緩衝で軽減。
更には加速終了時、”釣り上げる”ことで姿勢制御をしやすくする」
「――本人に使用しないのは何故です?」
「注連縄回廊上は”通路”判定だ。
そこに接地している本人に使用すれば、降下術式は”既に着地している”からキャンセルされる。
一方で杭は”飛ぶ”からな。効果は有効だ」
「一方で、着地時の安全性も確保となると……、しまむらリーダーのミツキ君、なかなか出来るじゃありませんか。
勝つ事もですが、自分の安全を第一とするのは大事ですよ」
●
勝負が進行する。
その流れの中で、白魔は思案していた。
……明らかに矛盾許容してるよねー……。
というのが、実況画面を見ている自分の感想だ。
何しろ今、DE子さんの方は2ターン目終了だが、速度が乗っていないため、滑走では80メートルほどしか進んでいない。
残り距離は300メートル以上あるだろう。
「一方のミツキさんは、ホントなら残り200メートル切ったくらいなんだよね」
それが今、並んで見える。
判定割の効果だ。
判定割ターンの際にだけ生じる、矛盾した状況。
明らかにMLMがこの現場を見ているということであり、
「ええと、ミツキさんの射出機によるアンサー追加は――」
『射出機が術式系の実体弾砲撃と同じだとすると、あの杭が重量5キロだとして、それを秒速250メートルで射出してる』
『秒速250メートルってどのくらい?』
『時速900キロですね』
『速すぎ!!!』
『おっと。でもそれは重さ五キロの杭の場合です。
しまむらリーダーの体重を約五十キロと仮定したら重量物としては杭の十倍。
ガバい計算ですが、ではその重量によって射出速度が十分の一に減衰するとして、しまむらリーダーに与えられる加速は時速九十キロですね』
『先ほど、女子の平均速度である時速21キロを適用すると、90÷21=4だな。
しまむらリーダーが得られる仮想タスクレベルは4。アンサーは+24だ」
『だとしたら、コレ、ヤバいんじゃない!?』
■仮定総合アンサー
・ミツキ(しまむら)
:仮定総合アンサー:(140)+24=164
・DE子(エンゼルステア)
:仮定総合アンサー:(144)+9-8+6=151
「逆転された!!」
◇これからの話
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