▼005『自分が知らない自分の物語』編【04】

◇これまでの話



◇第三章



 参りました、というのがミツキの本音だった。

 トレオが、ラストの壁上に居たる射出機を発射したとき、ヨネミがこちらの背を後ろから叩いたのだ。

 術式の加護だ。

 エンチャント。


「あたしの”祝福”、そして”身体強化””加速”、レベル低いけど拝気ほとんど使って持続時間三倍で掛けてある。

 一分。

 それだけあれば渡れるだろ」


 それを聞いて、自分はこう思った。


 ……あれあれ?


 いつの間にか、私がダッシュ行くことになってません!?

 どういうことですか、と心底疑問詞が生じたが、言わなかった。

 ここは”自分”なのだ。

 トレオはホーリィ・フォーサーだが、憑現者ペナルティで足が遅い。

 ヨネミはホーリィ・マスターだが、術式系だ。運動系の判定に対して戦種スキルを用いることが不得手である。

 一方の自分は、


「レンジ・マスターですからね」



 レンジャー系。

 主に自然環境をベースとした場所で活動する戦種だ。

 ガチのユニットだと偵察や強襲、救助などを行うが、自分の場合は、


 ……ネイチャー系ですからね!


 自然多いんですよ大空洞範囲。

 地上側も各空洞も。

 親がアウトドア世代ということもあるし、実は父親もレンジ系だ。

 だから自分としては、これ以外に戦種の選択が有り得なかったのだが、


「行きます」


 レンジ系として、それなりに運動系の訓練をしている。

 疾走は当然だし、足場の悪い環境での行動も出来る。

 それは他の二人よりも、勝利に近づくことが出来るということだ。

 だから己は 背負っていたザックと、腰のサイドパックをパージ。

 全身を軽くした上で、一回ジャンプ。

 自分のキャラシを確認する。


 上々。


「――――」


 ゴールに至るロープに一歩を踏み、それを起点に走り出した。



 ……急ぎます!


 走っていて、ゴールが遠く感じる。

 そうとも。最後のロープは400メートルほどか。


「――充分遠いですよね!」


『届くかどうかぎりぎりでありましたね……!』


 その通りだ。

 自分が焦っているのだと、そう思う。

 だけどただ走る。


「落ち着いて」


 自分のキャラシ。

 最も高い感情値は”喜”の8で、次が”楽”の7だ。

 だが今のように焦っているときは、メンタルの乱れとして”怒”や”哀”が適用されやすい。

 そして己の”怒”は4、”哀”は-3なので、ここはどうしても”喜・楽”どちらかでいきたい。

 なので走りながら、自分は言定状態を使った。


《――ミツキ様のホストで言定状態に移行しました》



《二人とも、ちょっと質問いいですか?》


《……っと! 今、そっちを追おうとしてロープに足掛けたばかりなので、ちょっと焦ったであります》


《ん? どうしたの? 一体》


《うん。

 ちょっと焦ってるからメンタル整えたいんですよね。

 何か良い話、ありますか?》


《とりあえず、勝つことに集中してみては?》


《それがプレッシャーなんですけどねー》


《あたしも人のこと言えない感情値だけど、ミツキ焦ると駄目だもんねえ……。

 あ、でも、こういうのはどう?

 ――勝ったら打ち上げ、派手にいかない?》


《あ、それいいかも》


《では提案があります。

 ――西立川沿線商店街の所有する小空洞第一階層にて、エンゼルステアを招待して打ち上げというのは?》


《え? あ、じゃあ、ガンジーに料理出して貰って?》


《向こうはいつもと同じ料理になってしまいそうなので、ちょっと品を変えて貰う必要があるでありましょう。

 費用はこちら持ちで。

 ――何しろ、昨日に救助して貰った分の礼は、出来てないと思うのであります》


《ああ、それいいですね。

 勝った場合、楽しみだし、DE子さん達と距離詰められるし。

 ――うん。

 有りだと思います》



《――言定状態を解除しました》



 ミツキは走った。

 息を吸うと、肺の奥まで大気が入る。

 だから、走る。


「……うん!」


 ”楽”に、落ち着いて挙動を作る。

 レンジ系として、専門の行動訓練は受けているのだ。

 これは屋外での疾走。

 ロープ上で仮想の床があるとはいえ、高度差があって向こうが高い。

 つまり昇りの吊り橋と同じだ。

 ならばこれはレンジ系の得意とする場所。

 それはどういうことかと言えば、


 ……この行動には、戦種レベルを専門スキルとして使える!


 選ぶ行動は”速”度。

 レンジ系として、吊り橋の坂を一気に駆け上る。

 アンサーを構築するならば、



 楽7+AGL5+戦種レベル3+登攀9+疾走4――


 自分のレベルは4。

 専門スキルは4まで重ねられる。

 だが、今の処スキルは3つまでしか重ねられていない。

 あと一つ重ねることが出来れば自分の出せる最速の挙動となる。


 ……ここで追加出来るスキルは――。


 何でしょう。

 戦闘系は違う。

 防御系も。

 行動系は登攀と疾走を使っていて、他に何かあるかと思えば、


 ……曲芸!?


 3レベルあるけど、曲芸というか、体術を使って走るとは、どういうことか解らない。

 だとすればコレは駄目。

 ならば残りは知覚系と知識系だが、


 ……ああ。


 あった。

 これだ。




『あーっと! 一気に走り出しました”しまむら”のミツキ!

 注連縄回廊を突っ走るその姿は正に空を行く青梅ライナー!

 しかしどういうことだ!?

 ファッションユニットのメンバーにしては軽快な走り!

 一体何のスキルを使用したんでしょうか、ハナコさん』


『公開許可出てる情報からすると、レンジャー系だろ?

 ファッションユニットだったら、専門スキルを選択する際、行動悩まずに済む戦種スキルを入れるのはマストだよな?

 あと、”疾走”は確定。

 ”駆け上る”姿勢を見ると、”登攀”も入ってる』


『そのあたりは確定ですね! 他、あるとするならば――』


『ああ。――注連縄回廊の振幅に対して、ちゃんと対応出来てる。

 使ってるのは知覚系だ』


 回答を、ハナコが言った。


『――”気付”だな?』



  ”気付”だ。

 ミツキは走った。


「――ロープの揺れを確認して、タイミング良く走ります!」



 ・ミツキ

 :注連縄回廊をレンジャーとして疾走

 :楽7+AGL5+戦種レベル3+登攀9+疾走4+気付4

 :アンサー:32



『おお! アンサー32! ”楽”7と”登攀”9が効いてますね!』


『”登攀”9ってことは、生活場所は”郊外”か。

 でも、それだけじゃねえだろ。

 ――御仲間、ホーリィ系のバッファがいたよな?』




「ああそうさ」


 ヨネミは、走って行くミツキの背を見つつ叫んだ。


『私の術式、”祝福・身体強化・加速”が入ってんだよ!」


 術式三つが、それぞれスキルの代わりとして難度を上げてくれる。

 下級の術式だ。

 それぞれの効果は+1。

 だが、現状では全てが干渉せずに同時発動する。

 アンサー+3。

 結果が出る。




 ……うん!


 演出効果が出た。

 派手なものではないが、自分にしては珍しいことだ。


 ……アンサー35!


 術式の加護によって強化された上で、訓練の成果として、駆けて、昇って、最善を読んだ。

 これは明らかに自分として最速。ベストを尽くしている。だから、


「……行きます!」




 走る。

 空中をロープ頼りに突っ走って、ミツキは思った。


 ……何だか、不思議なこと、してますね。


 起点はDE子さんでしょう、とは思う。

 彼女が転入してきて、知り合って、昨日は救われて、そして今日はとりあえずの”相手”だ。

 敵とは思いたくない。

 彼女はまだ自覚が薄いだろうけど、エンゼルステアという、大空洞範囲有数のユニットに所属している。

 無論それは、彼女の実力とか素質ではなく”飛び地”出身という出自故だ。

 だけどエンゼルステアの所属員は誰もが有名で、


 ……きっとDE子さんも、そういう風になっていくんでしょうね。


 接点が持てるのは、今だけかもしれない。

 そんなことを思うのは、理由がある。


 ……皆、進路が分かれちゃいましたから。



 中学三年のときだった。

 二年までは皆で馬鹿やって男女共に騒いでいたのだ。

 まだ入場資格のない各空洞への期待や、既に出場している有名ユニットの話で盛り上がったりするのは、よくあること。

 だけど三年になると男子の多くも憑現化が起きて、急速に環境が変わる。


 ……男子は、憑現深度が行きすぎて”そのもの”になった場合、自我の有無や本人の希望によって大空洞範囲を去りますからね。


 女子だって同様だ。



 ……ほんの、半年ほど前のことですけど。


 女子であっても、憑着物が合わなかったり、障害と感じる場合、それが固定化される前に、やはり大空洞範囲の外に出るのだ。

 そしてもう東京には戻ることなく、外で、憑現の解除された身で生活をしていくのだ。

 進路は多岐に分かれる。

 まずは外に出るか、中に残るか。

 更には、


 ……大空洞範囲に残った皆もまた、道が分かれていくんです。


 各空洞の攻略に向かって行くか、地上での生活に向かって行くか。

 今は自分達のようなファッションユニットの方が多く、レジャーとして浅い階層を楽しむ生活も普通にある。

 道は分かれたとしても、余暇の時間では共に居ることはおかしくない。

 だけど、


 ……そうじゃないんですよね。



 昔に、皆で騒いでいた時間は、もう無い。



 居なくなった者達は戻らないし、道が分かれてない者達はほとんどいない。

 だから中学校の卒業式で、こう思ったのだ。


 ……あ、私、中途半端ですね、って。


 ゆえに、術式系でレベルアップが遅れて困っていたヨネミと共に”しまむら”を作ったが、これはファッションユニットとしてのものだ。

 どちらかに行く事もせず、中途半端な自分の肯定としてのユニット。

 トレオ君も来たから、ある意味完璧な気もします。

 だけど、


「いいじゃないですか」


 走っていて、息を切らしていて、己は思う。


「かつて、ただ皆で憧れて騒いでた場所に、今、そのままの自分がいて。

 ――いいじゃないですか」



 もしここで、DE子さん達に勝つことが出来れば、中途半端な自分でも、それでいいと、そう認めることが出来るだろうか。



「……!」


 ああホント、いやらしい。

 DE子さんを自分の中途半端のために利用してる。

 こんなこと、ヨネミもトレオ君も気付いていないでしょう。

 でも、


「……そうだね」


 荒れた呼吸で、己は呟く。


「勝たなくていいのに。

 そういうのとは無縁だと割り切ったのに」


 でも、


「――それでも、勝っても、いいじゃないですか」


 呟いた時だった。

 背後から、声がした。


「ミツキ! 来た!!」


 ええそうでしょう。

 何が来たかは解ってます。


「あ、あのダークエルフ君、タクティカルフォームで完全前開きとか、破廉恥な!」


 男子はそこ見ますかー。



 最後のロープの前で、DE子は牛子のフルブレーキングから飛び降りた。

 着地と同時に急いで振り向き、


「どっちが!?」


 牛子と自分、どちらが急ぐかと、そう問うた。

 すると直後に、


「DE子に任せますわ!」


 答えはそうだと予想していた。

 視線の先、牛子は膝を着いていないものの、上半身を前に倒して荒い息をついている。

 何しろここまで、全力疾走しっぱなしだったのだ。

 あと少し、という距離ではあるが、


『――疲労でスキルの使用制限が入ってると思うの。

 単純に疾走するだけなら充分だけど、今、相手のミツキさん?

 彼女が判定使って走ってるから――』


『疲労してると、使用スキルの判断で迷うことがありますわ。

 私よりも、無傷のDE子の方が失敗要因が無い上で、安定してますの』


『うん。

 同意同意。

 ここはDE子さんね? アドバイスは送るから』


 白魔先輩の言葉に、梅子が自分のCBから飲料水のペットボトルとタオルを出しながら言う。彼女はそれを牛子に渡しつつ、



「DE子、御願い」


 その言葉に、己は応じた。


「うん」



「――御願いしなくて大丈夫。そのつもりだったから」

 

 そう返して、自分は前に出た。


「加護とか術式、ある?」


「――加速と身体強化。

 あと、疲労軽減術式も入れておくから、全力で行って」


「上出来!」


 援護があるだけで有り難い。

 ともあれ先行するミツキを追わねばならない。時間は無いのだから、


「行きます!」



 おお、という観客席の声を、黒魔は聞いた。


「――残り400メートルの直線というか、吊り橋勝負か。どう思う?」


 問いかけると、隣のきさらぎが眉を上げた。



「おや。……私を実況相手と認めてくれてるんですね」


「アー。白魔がいないからな、今」


「白魔君の代わりというのは光栄ですね。黒魔君も白魔君も、私には無いものばかりを持っていますからね」


「どのあたりが?」


 こちらの疑問視に、きさらぎがちょっと考えた。

 ややあってから、


「食欲とか?」


「変に具体的だな! 無いのかよ!」


「それがこのナリになってから、どっちかっていうと提供側になってしまってまして。

 ほら、一応は公共交通機関ですから」


「きさらぎ駅は公共か?」


 まあまあ、と、きさらぎが両の白手袋の掌を見せる。


「――で、話の応答ですが、これはちょっとした数字のゲームですね」


「解るか?」


 ええ、ときさらぎが頷いた。


「400メートル。

 初心者レベルでも、術式で強化が入れば100メートル10秒の世界です。

 だけどコレ、多分、秒割ターンでも距離割ターンでもない、判定割ターンになりますよね?

 MLMのせいで」


 ああ、と黒魔は頷いた。


「こういうときのMLMは御祭好きだ。

 初心者が小さいアンサーで何度も勝負するより、初心者がデカいアンサーで勝負する判定割ターンで来る」



《――白魔様のホストで言定状態に移行しました》



《ハーイ、ちょっと解説必要かな》


《あの、判定割ターンって? 何です?》



■判定割

《素人説明で失礼します。

 判定割ターン構成 とは 勝負を決着する際 任意ターン数のアンサーを総合し その総合値で勝負を決めるというものです

 各ターンでのアンサーは重視されますが 最終ターンまで勝負が解らない上で 総合アンサーが大きな数になるため ――盛り上がります》



《最後、何か変な一言来たんだけど!?》


《ンンンン。でもこういうときのMLMは、そういうルールで決着望むのが定番なんだよね》


《初心者同士では 使えるスキルが少ないため 勝負が極端に決まりがちです

 本来このルールは 大人数判定を一括で行うためのものだったと推測されています

 ですが 現在では 初心者同士の拮抗を狙って適用される場合が多いとされています》


《アー、確かに、フツーに判定争いしたら、先にどっちかが過半数ターンを勝った時点で勝負が決まるもんね……》


《あと、多分今回は現場のスパンが400メートルだからね。

 フツーに距離割ターンしたら100メートル単位で4ターン。

 秒割ターンにすると10秒単位だろうけど、身体強化とか入れてると初心者でも100メートル10秒台は出るから、やっぱり4ターン。

 ――各ターン判定をやった場合”2:2”で引き分けが生じるターン数なんだよね》


《成程……、って思いますけど、コレ、有りなんです?》


《有りなんだなコレが。

 ――矛盾許容が出来てるってのと、MLMの支配下って、そういうこと》


《ゼノンが提唱した ”アキレスと亀のパラドクス” ですね》


《――アキレスが亀を追い抜かそうとしたら、ゼノンがアキレスにアキレス腱固めを入れて止めたアレのこと?》


《それ”武蔵勢”のネタじゃなかったっけ》


《ともあれ状況を理解して下さい

 ここは400メートルの現場ですから 秒割 距離割で4ターンとなる状況です》


《つまり判定回数は4回……?》


《ううん? ミツキさん? 彼女は1ターンほど先行してるの。

 つまりDE子さんは1ターン出遅れ》


《DE子には 3ターンしか与えられない ということですね

 ミツキは1ターン目でアンサー35を出しました

 4ターン合計で 恐らく 35×4=総合アンサー140前後 です》


《3ターンでそれ以上出せる? どうかな?》



《――言定状態を解除しました》



『おおっとエンゼルステア、これはピンチ!

 判定割ターンになりましたが、1ターンの遅れが厳しい!

 更には――』


 と境子が一枚の表示枠を出した。

 そこにあるのは一枚のキャラシだ。


『今入った情報です!

 エンゼルステアのアタッカー、DE子ですが、公開情報としてのキャラシを見ると――』


 声を上げた。


『”疾走”スキルのレベルが1ですよ!

 1!

 どうやって追いつくんだコレ!!』



 観客席がざわめいた。

 走るならば”疾走”。

 これは常識だ。

 しかし既に1ターン分のアンサー35で先行している相手がいる。


『どう追いつく気だ!!』


 さあ。


『とはいえあれだけ全力疾走してきた姿は、正に遅刻の通勤急行!

 ここから挽回逆転、出来ますかねハナコさん!』


『――出来る出来る。

 1ターン平均タスク45か』


 おい、とハナコが言った。

 境子相手ではない。

 ここにいる観客全員、また、この実況を見ている全ての者に対して、だ。

 呼びかける。



『おい』



 ハナコの声に、全員が視線を寄越した。

 それらに対して物怖じ無く、エンゼルステアのリーダーは言う。


『誰だってな? ガッコ入ってレベル上げて判定キメれるようになって勝負付いてきたら、試してみてやってみて自己満を食ったことって、あんだろ?』


 それは、


『どんだけ速く走れるかってのは、判定としてすげえすげえ解りやすいネタだ。

 道路か広い場所があればどうにでもなる。

 そこでお前ら、どんだけ自分のアンサー上げたことがあるよ?

 そしてあの5th-G環境下だったらどうする?』


『どうします!?』


 問いに、ハナコが叫んだ。


『――やるぜ!? うちの一年は!』



 DE子はスタートした。


 ……うん。


 目の前にはロープ一本で渡る空が有る。

 細いザイルの注連縄は揺れ、高空の風も吹いている。だが、


 ……何も出来ない訳じゃ無いよ。


 行く。そして、


「――アクティブ判定」


《行動指定を 御願い致します》



「冷静に速度で行く」



・冷5+AGL6


「疾走する」



:+疾走1



 白魔は、軽く息を詰めた。


 ……DE子さん、やる気……?


 DE子は疾走を宣言した。だが、


『アハハ! やるじゃねえか!

 DE子! オマエの”疾走”って、レベル1なんだぜ!?』



 そうだ。

 今、観客席から驚きの声が幾つも漏れたように、レベル1の専門スキルを使ったならば、アンサーはあまり上がらない。

 これはつまり、


『本命を後ろに置いた上で、前座としてのスタックだ!

 重複使用のアンサー上げで次に繋げる!

 やってみろ!』



 DE子は思った。

 過去の事だ。

 地元ではもう出来なくなった友人達との馬鹿げた時間や、ただ過ごすだけで意味があった時間のことを、だ。

 そして、


 ……走ろう。


 身体は既に走っている。


「前傾する。身体を前に、倒れるバランスを支える動きで、速度を上げる」


:+疾走1


「腕を強く振る。足裏を、親指使って強く後ろへと蹴る」


:+疾走1


「それら全てを連動する」


 その通りにした。


:+疾走1


「――行くよ!!」



 梅子の視界の中、走るDE子の姿が低くなった。

 やや昇りの、カーブを描いたロープの上、顎を下についているのではないかと、そう思うくらいの前傾でDE子が行く。

 速い。

 速度自体は上がっていないように見えるのだが、


「判定結果が、事実を引っ張るよ……!」


 掛けた”疾走”は合計で+4。




『クアッドスタック!』


 おお、と観客席が沸いた。


『中級者でもなかなかやらないスタックが出ました!

 その内容は派手なところがない、丁寧な分析による疾走強化ですね!

 ですけどハナコさん!?

 まだDE子の速度が上がってないようですが……、ハナコさん?

 これはどういうことですか!?』


『おいおい解れよ。

 ――判定はまだ終わってねえ。

 DE子はレベル3だから、あと2つ、スキルを重ねられるんだぜ?

 だから、ほら、見ろよ』


 実況画面の中、DE子が大写しになる。

 その姿を見て、観客席の幾らかが感嘆の声を上げた。

 その理由は明確だ。

 DE子の視線に、流体光が宿っていたからだ。

 これはつまり、


『――次の使用スキルはまず”気付”だ。

 今の環境なら、何をやるか解るだろ?』



 DE子は足場を見た。

 ロープだ。

 だが仮想の、見えない足場が有る。

 それは不可視に連続する並列板。

 だけど、


「足場が確かに有ると気付いた」



・+気付2


 そして一つ。ここで宣言することがある。

 足場が有り、ここが、


「5th-G環境下だよね」


 だから言う。

 それは気付で足場を明確にした上で、


「――ものは下に落ちる」



 ”気付”の視覚で前を見た。

 やや上方。

 ロープの先にあるは断崖の縁だが、視線はそれよりも先を捉えた。

 空だ。

 雲の浮いた青の空。

 それはかつてハナコ達とここに飛び込んだ時に見たものであり、先ほどだって充分に”下に落ちた”のだ。

 だから、後は、


「足場の確認。構造物を理解する。そのために使うのは――」


 以前、黒魔先輩から聞いた憶えがある。


:建造+5


「”冷5+AGL6”に”疾走”1×4、そして”気付”2に”建造”5!」



・DE子(エンゼルステア)

:アンサー:22

:総合アンサー:22


「――!!」


 行った。

 足下、走る足が”下”に引かれたのだ。



 滑走する。



 行った、とDE子は思った。

 太縄通路の上、飛び乗るように滑り込んだ足は確かに前に飛び、


「……!!」


 一瞬で速度が上がる。


「おお……!」


 高速で、己は足場の上を落下した。

 前へ、上へ。

 視界の捉える空へと、だ。

 滑走し、落ちて行く。




◇これからの話



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る