▼004『世界が変わるたった一日のこと』編【09】
◇これまでの話
◇第十一章
●
己にして初のレベルアップ処理。
大体こういう処だろう、という見立てを己は言う。
「”楽”を+1するのに経験値を60消費して……」
「経験値を25使って戦種レベルをレベル3にします。
あと、3使って度胸を+1、残りの10使って、剣術を上げられるだけ上げたいけど……」
「工科だと、持てる武器に制限つきますわよ?」
「昨日、ハナコさんから借りたナイフ、まだ使ってないんだよね」
「おお、上物手に入れるまで使っとけ」
その通りにしようと思う。
”剣術”は有利スキルだから必要経験値半減。だが、端数切り上げだ。そうだとしたら、
「経験値を3使って曲芸を+1にして、残りの経験値7の内、5使って剣術を+2します。
残り経験値3は後々を考えてとりあえずプール」
一息。
「――こんな感じで」
●
「おい、スキル選択とか、私達の言ったことに合わせなくていいんだぞ?」
「いや、器用貧乏覚悟で、――何か大事そうで、しかし空白となってるスキルをどうにかしておきたい、ってだけです」
「それ本気で器用貧乏の考え方じゃないかな……」
まあいいじゃねえか、とハナコが笑った。
よく笑う人だと思う。そして、
「お前、ちょっと気が抜けてるくらいが丁度いいってアレだから。
なるべくいつもそうしとけ」
《楽1だと アンサーがあまり伸びずに失敗しまくると思いますが?》
「後々伸ばすかもしれねえだろ。
ついでにいうと、そのままでもポンコツ系のドジダークエルフでキャラが立つ」
「自分、何か期待されてる?」
「気にしなくて良いと思いますのよ?」
「――レベル上がるごとに最低でも経験値30が”楽”に消費されるってのは結構面倒な枷だ。
だがそれでやってみろ。
あたし達はそれを支持するし、もしお前が”楽”を0以下にしなければならないって、そんなことになったら、そのときはあたし達のユニット全体の敗北だ」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃねえよ。
――お前が、何よりもこうじゃなきゃ嫌だ、ってのが出来なくなったら、あたし達だって嫌だ。そういうことだ」
●
じゃあ、と自分は決定した。
変更部分をキャラシに書き込む。
「こんな感じで」
《ユニット内で共有しますか?》
「義務じゃねえぞ?
ただ、白魔には預けとけ。
いろいろ防御系とか加護の設定やるのはコイツがセンターだから」
「梅子さんにもそろそろ投げたいなー。
一年組がこれで”物理・補助・術式”の三種揃った訳だし」
「絵に描いたような器用貧乏が生まれた気がするが……、牛子も梅子も極端振りだったからなあ……。
バランスとれてるかもしれん」
「そうなんです?」
「わ、私は物理専で決めてましたもの」
「私も、ほら、術式獲得が優先で……」
《――白魔様のホストで言定状態に移行しました》
《はーい、言定状態スタートね。
ちょっと一年組の皆の個性というか、そのあたりをキャラシで見ていこうか》
《言定議状態でキャラシの確認出来るんです?》
《ほら、ガバいから……》
《オマエ、何でもそれで片付けようとしてるだろ……》
《ぶっちゃけシステム内システムという枠ですね
言定状態を発生するシステムの方がキャラシのシステムよりも上位なのです》
《どういうことか聞くと話長い?》
《言定状態のシステムではキャラシを再現出来ますが
キャラシのシステムでは言定状態を再現出来ません
表示能が違うのですね》
《解るような解らんような……》
《私そこらへん疑問に思ったこと無かったよ……》
《うんうん。じゃあとりあえず牛子さんから見ていこうか》
《体格で”巨+3”くらいあっていいよな……》
《いきなりそういう話ですの?》
《性格の”親切・オトン・厳密”というのが、如何にもですね》
《アー、初回出会ってからのムーブがそのままだ……。
というか”楽”が○で”怒”が×なの、いいなあ!》
《とはいえ私も”怒”のマイナス化は避ける方針ですの。
何かあったとき、怒れないのは、それはそれで困ることがあると思いますもの》
《スキルでは”弓術”が11って、明らかにオーバーしてるよな……》
《英国出身だと伸びやすいスキルなのですよね。ただ……、日常やミッションの多くで使用する機会の少ないスキルです》
《とはいえ私も、基本は前衛でアタッカーですものねえ》
《もうオマエ、硬い弓買って来てそれで殴れよ……》
《知覚系では”聞き耳”、”発見”が高いから、DE子さんが来なければ牛子さんが前衛
として斥候役も兼ねてたかもね。
ステルスもあるから、結構行けるんじゃないかなあ》
《三つの合計アンサーが21!? 自分、まずそれを超えないと駄目か……! 強キャラだなあ》
《該当スキルが高いから重傷値4って、一年生ではなかなかいねえぞ。
ウィザードリィでキャラメイク時のボーナスポイント32以上出ました! みたいなキャラだな》
《一方で英国出身者は”調理”が激低くなるというのが有りまして……》
《Oh……》
《ハイ、じゃあ次は梅子さん。
この時期の一年生で戦種と神奏レベルが6になってるってのは凄いよね。
もう中位だ》
《ぎりぎり中位だし、他が全くだけどね……》
《性格の”陰キャ”がキツい……》
《俺達が現役の頃は”根暗”だったから、ちょっとした暗黒ステータスだったんだよな……。
クレームが重なって今のになってるから、無くなりはしないんだろう》
《運用では、感情値の”楽”が7だから大体困らねえ。
一方で、なかなか難しいのが統括スキルだ。
突出したのが無い上で、それなりに低めが多い。
”AGL・速”が高いから戦闘では何とかなるが、術式系は”INT・知”か”PIT・信”が大事な場合が多い。
神道系なら今後は”PIT・信”も伸ばしたいが――》
《このまま”AGL・速”だけ伸ばして速攻巫女になるのも有りだな!》
《一方でスキルはまんべんなくバランスいいよね。
術式系としては”術式発動”が”○”ついてるのは超有利。
あと、”表示枠”も5有るし、神道だと祝詞で必要な”交渉”が5だから、これだけでアンサー15。
戦種レベルをプラスしても、レベル6だからまだ二個スキルを使える。
術者としてはかなり優秀な出来だよね》
《でもいろいろ捨ててるから、たとえば”外界”の知識がゼロ状態なんで、DE子とか、ぶっちゃけ外の話されると異世界感あるね……》
《そういう場合はどうするの?》
《”一般”か”博学”で判定するが、”一般”だとゴシップ的な確度、”博学”だと変な処に詳しい知識が出るから、マーつまり偏った見方になる》
《Oh……》
《もう何度も見たから解説別によくね?》
《そのムーブ、来ると思ってました! どうも有り難う御座います!》
《キャラができすぎですのよ?》
《アー、今度暇なとき、うちに来いよ。スポンサー契約、他が無ければ西立川沿線商店街がつくから》
《面白そうだからって、早速囲いに来たぜ……》
《マーうちは大体が西立川駅沿線商店街か、浅間神社だな。何か理由が無ければ消極的推薦しておく》
《ともあれ解りやすい”レベル3くらいのキャラ”だよね。バニラの影響の方が高い感じ》
《”聞き耳”、”発見”、”ステルス”が牛子や梅子より低いから、スカウトとしてはどーなんだ、ってのが第一の壁な》
《何の壁なんです?》
《駄目キャラとしてやっていくかどうかの度胸の壁だよ。結構居るぞ》
《補足すると、本来使うべき処に経験値を使わず、他に投入することで意外な特化キャラが出来たりする》
《戦士系なのに術式伸ばすと、体力系やアタック系のスキルボーナスつく上で術式使えるから、”タフな魔女”とか出来るよ》
《自分の体力引き換えのダメージ術式とか運用されると厄介なんだ、アレ》
《そんなのいるんです?》
《いるいる。一撃必殺キャラみたいになってるから、大空洞の難所でスポット参戦して一発撃ったら退出とか、マジである》
《マーそういうのがうちに居てもいいけどな?》
《いやいやいやいや、フツーで! フツーで行きたいんで!》
《でも見てると、ビミョーに斥候のセンスあるかもね。
”操縦”は”自分の体術込みで操作する”ための技術だから、たとえば揺れるロープのロープライドとかでも使えるよ》
《発想次第でスタックも出来ますし、レベル差で一喜一憂しなくて済むのが大空洞範囲のいい処ですわね》
《ハイ誰かまとめろ》
《牛子はアタッカーとして優秀な上、斥候も可能。
梅子は術式系としては同年代最高クラスだろう。
DE子は今後に期待だが、スタックなど発想次第だな》
《うん。そんな感じで一年組、自己紹介がてらのキャラシ相互確認ね》
《――言定状態を解除しました》
●
ふ、という息と共に言定状態を出た。
温泉の中、額に浮いた汗を、それぞれが顔を洗ったりして流す。
そして気付くと、どことなく”アガリ”の雰囲気だ。
湯船で顔を洗っている先輩格を見ると、そろそろここを出て、恐らく解散。
そんな空気。
ただその前に、聞いておきたいことがあった。
さっき、ハナコはこう言った。
……”お前が、何よりもこうじゃなきゃ嫌だ”って。
そういうことへの理解がある。
ならば、
「自分以外の皆にも、”こうじゃなきゃ嫌だ”ってのが、あるんです?」
●
「あるぞ。当たり前だろう」
即答だ。
「――だけどまあ、あまり表に出して言うもんでもねえよ。
だからここでは言わねえ。
そしてそういうのは往々にして地雷だが、エンゼルステアの一員だったらこう約束する。
”こうじゃなきゃ嫌だ”と思ったら、そういう状況になったら言え。
そのとき、間に合う総員で、必ずそれを排除してやっから」
●
白魔は思った。
「――ハナコさん、ごく希に良いこと言うけど、大概それ間に合わないから最悪だよね……」
「お前! お前! 思ったことをそのまま口に出してるだろ!」
そんな気もするかな。
ただ、DE子さんが静かに手を上げた。
「昨日、ワイバーンの尻尾でペタンコ死するとき、”どうにもできない”ってのにスローモーション言定状態掛けてきた最悪な人がいたように思ったんですが」
「誰のことか解りますけど、最悪ですわ……」
「うん。誰のことか敢えて言わないけど、最悪……」
「私、現場見てませんから解りませんけど、誰だか解るのが最悪ですね……」
クロさんがハナコさんに横目を向けた。
「おい、最悪」
「お前も一緒にコメントしてたろうが! イエー! お前も最悪だあ――ッ!」
何となく巻き込みに来たので、とりあえずDE子さんのキャラシの管理をする振りをして逃れることにするね。
●
それから温泉をアガって、脱衣場で一息を着いてから斜面上に戻り、地下訓練場、軽食屋ガンジーという順に戻って店中で解散となった。
「余ったのを弁当にしといてやったからな。夕飯にしとけ」
御礼を言って外に出れば、既に時刻は午後五時となっており、
「うわ、こんな時間で夕日が山に沈む……」
「おいおい川崎という都会出身者の田舎下ろしが始まったぞ」
《実は川崎と立川では 日の入り時間は一分ほどしか違いません
しかし川崎の西は
標高千五百メートル前後の丹沢山地まで
50キロほどあるのに対し
立川の西は
標高二千メートルを超える奥多摩山渓まで
40キロ弱ですからね
地形的に立川の方が実質の日の入りが早くなります》
「オフィシャルのアプリまでが立川をサゲに掛かってきたぞ」
「というかここが地下東京だからでは?」
言うと、皆が顔を見合わせた。
そして全員で振り仰ぐ頭上。
夕焼け空の更に向こうには、多摩川の形をした光のラインがある。
「……不思議なことに、地下東京と地上東京の日の出と日の入りって、時間変わらないんだって」
「境界面の行き来が何故出来るかも未だに解ってないからな……」
「無茶苦茶な世界観だ……」
と、そんなことを言いつつ、商店街の西側出口で別れたのだ。
●
「私とクロさんは、”トーキョ-チョコレイトファーム”でデートね」
「私は、うちの領地を見回って帰りますわ」
「私、浅間神社の宿舎だから」
「”いなげや”で買い物して帰ります」
皆、凄くバラバラだ。
あまりにも”らしい”と思う。
ハナコは中神の商店街に家があるので、そのまま町中へと消えていくが、それはまるで、彼女の憑現物のイメージも重なって、
「地元妖怪……」
「聞こえてんぞ! オラッ!!」
●
そして自分は、弁当の包みを下げたまま、何とも無しに駅周辺をぶらつき、街灯の明かりが強くなるまで近くの公園や周辺を歩いた。
弁当は公園のベンチで、空が夕焼けから紫に変わるのを見ながら頂く。
……何だかなあ。
意味も無くうろうろするのが楽しい。
テンションが上がっているというのは解る。
……戦闘もあったし、レベルアップもしたし。
聖女先輩とも合流したし、触手店主とか、露天温泉とか、濃すぎる一日ではないだろうか。
「毎日コレって訳じゃ無いよな?」
ちょっと心配になった。
だが、少しは、ここに住み、生活するのだと、そんな実感を得たのだと思う。
今日のいろいろがなければ、こんなことをしているとも思えない。
だが、部屋に戻ろうと、空になった弁当の包みを手にベンチから立ち上がったときだった。
いきなり、顔横に表示枠が射出された。
「? どうしたの?」
《白魔から緊急の連絡です》
「リアタイ? とにかく開いて」
●
『――あ、DE子さんもオッケー?
ちょっと明日の昼前から、空いてる?
土曜だから休みなんだけど』
元々、ここに来てから、休みの日にすること自体がまだ解っていない。
だから答えは一つだ。
『大丈夫です。何です?』
『あ、うん。
――先日の第一階層のボスミッション。
あれで第一階層を完全踏破した筈だったんだけど、何故か未踏区画が新しく出来てたの。
で、それが恐らく、低レベル帯パーティのみ行ける条件になってるみたいでね」
だから、
『競合ユニットも出るみたいだけど、――うちの一年組で、チャレンジしてみない?』
◇これからの話
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