▼004『世界が変わるたった一日のこと』編【08】

◇これまでの話





◇第十章




 ミツキ達と分かれて、五分後には、何故か露天の温泉に入っていた。


「……あれ? 何か、至れり尽くせりじゃない?」


 というのが、声つきで出た己の感想だ。

 ここに来る途中、周辺のテントサイトや炊事場、訓練場などを見た。

 そして案内されたのは、斜面に立った温泉場だった。

 宙に突き出すような投げ込み型の張り出し。

 そんな作りとなっている浴場は十メートル四方の露天だ。

 流石に左右は丸木の塀で囲われているが、谷側には何も無く、


「単純にテンション上がるなあ……! 着替え持参は、このためだったんですね!」


「汗は掻いたし、炭火に当たりゃ燻製みたいな匂いもつくわな。

 だからここで訓練の後は、一風呂浴びていくんだよ。

 うちらの制服、インナースーツのベースはスイムウェアスタイルだから、そのまま入れるし」


 あと、とハナコが付け加えた。


「ここは湯に回復系の加護が入ってる。

 お前の負傷も、ぶっちゃけ、HPの残りが軽傷値1であっても、ここに投げ込んでおけば半日くらいで全快する」


「雑な場所だ……」


「同じような場所って、地上だと、浅間神社のホット泉か、西立川駅北の銭湯”永世ひまわり・大空洞範囲支店”かなあ。

 あと、所沢、小手指駅前の”桃の湯”?」


「浅間神社のは、貸し切りだと基本キャンセル待ちで、露天の加護付きだね」


「”ひまわり”は、個室が大体使えるから、まあ、いつもはここだな」


「”桃の湯”は脱衣場がゲーセンだから、オフの日とか西武園帰りとかに行くと盛り上がるぞ」


《地図上にチェックしておきます》


 ああ、有り難う、と湯船に入る。

 その上で、改めて気付くことがあった。湯船の浮力というものもあろうが、


「……全員、デカい?」



 背丈のことではない。浮く方のアレだ。


「ま、まあ、否定はしませんけど」


 牛子は仕方ない。

 仕方ない?

 いや、背丈もあるし。

 あと、先輩組は年長だし。

 聖女先輩は聖女だし。しかし、


 ……あれ? 自分、梅子に負けてる……? 背丈との比率か?


 パッツンパッツンの地位が下がってるというか、自分、意外に貧乳だったのだなあ、と相対的な観測結果を思いもする。だが、


「あのな?」


「何です?」


「実は、――胸がデカイと防御力が高い。

 だから生存率のため、そういうの集めてんだよ」


 何言い出してんの、この人。



《――白魔様のホストで言定状態に移行しました》



《あの、いくら何でもそれは……》


《いや、その、ねえ……》


《うん。ところが、って感じで……》


《…………》


《ホントなんです?》


《ええ 統計の結果 キャラクターシートの体格という項目に”巨”と書かれる場合があると解っています》


《”解っています”、どころじゃなくて、うちは大概そうだぞ》


《おかげで誰でもそう書かれるんだと思ってたよね。

 というかDE子さんもあるよ》



《ホントだ! ある!!》


《まあ それはそれとして このとき 他の体格よりも軽傷値が+2されることが解っています》


《二つあるから+2だよな……》


《いやいやいやいや、そういうものではないと思いますのよ?》


《というか牛子、その大きさで+2は納得いかないよね……》


《この前の改善要求で書いたよ……。うちの牛子は巨乳+3くらいなんだけど、重傷値+2くらいやってよくね? って……》


《ちなみに、無い方だとどうなるんです?》


《そちらは男性側と同じで”細”があり、回避スキルが+1されます》


《つまり、巨乳防御に貧乳回避か……!》


《発見したように言わなくていいですのよ?》



《――言定状態を解除しました》



 成程なあ、と自分のキャラシを眺めていたら、気付くことがあった。


「あ、経験値が13上がってる」



「さっきの判定ごっこと、ボスユニコーンのアレが、加算されたんだろ。フツー、あんなのじゃ経験値入らないけど、恐らく初回ボーナスだな」


「たかが13、……って思うかもしれんが、実は経験値でいろいろ考えるとき、3が基準になること多いからな?」


「13は3の4倍+1。そんな感じで憶えておいて」


「あと、ちょっとチェックしろ。

 その+13、指当てて反応あるか?」


 言われたとおりにしてみる。すると、


「アッハイ。触れますね。一緒に動きます」


「マジか! ちょっと触るな! 運がいい!」


「ええと、どういうこと? レベルが3になってない?」


「レベルアップ処理でレベル上げてる処で乱入戦闘が来ただろ。

 その際に他のスキルとか一切イジってねえから、”途中”処理になってる。

 多分、何もしないままこの温泉出たら、ステータスの変化が承認されて”終了”するぞ」


「またクソ仕様か……」


「アーでもコレはいいクソ仕様!」


「どういうことなんです?」


「レベルアップしたのに、処理的にはまだ”レベルアップ処理途中”で、新規経験値の使用が出来る」


「???」


 何だか解らぬ……、という風情のこちらに対して、黒魔先輩が湯の波から手を上げた。


「これから、フツーどうなるかの話をする。ちょっと気を付けて憶えておけ」



 横に来た黒魔先輩が、こっちのキャラシの右上あたりを指さす。


「経験値、86+13ってなってるな? この86が、レベルアップ前に獲得していた経験値。+13は、レベルアップ後……、つまり今さっき獲得した経験値だ」


「何か違いがあるんです?」


「ああ。――経験値を消費して感情値やスキルを上げることが出来るが、そこで使用出来る経験値の量はレベルアップ以前に稼いだ分まで、だ。

 レベルアップ後に獲得した経験値は、次のレベルアップをするまで消費、使用できない」


「結構クソ仕様で、この罠に引っかかる初心者多いから気を付けとけよ?」


 言われて、己は考える。

 何が罠かというと、


「えーと……」


 レベルアップの手順と、今の忠告を思い起こす。


 ・レベルアップには、経験値を消費する。

 ・感情値やスキルの向上には、経験値を消費する。

 ・感情値やスキルの向上に使える経験値は、レベルアップ前に稼いだ分である。


《さあ 何がクソ仕様なのでしょうか》


「アオリに来なくていいよ!」


 だけど解った。

 手順を考えれば、理解出来る。


「レベルアップ出来るからと言って、すぐに経験値消費してレベルアップすると、……経験値の残高が無くて、他の数値の向上が出来ない!」



「え? でも自分、今、この新規分の経験値にタッチ出来ますよね……」


「だからソレがクソ仕様なんだよ。フツー、レベルアップ後にソレは操作できないんだから」


「ハナコさんの言った通り、状況として”レベルアップ処理中”だったから、その状態が継続されてますの?」


「でもこんなバグ聞いたことないなあ……」


《もはやバグ扱いですね》


「仮説を立てていいでしょうか」


「どうぞ」


「”レベルアップ処理”中だと宣言して、レベルを上げただけで終了宣言無し。

 その状態でステータスが戦闘により一時ダウンしましたよね?」


「アー、ステータスがアジャストされてない。

 でもそれだとまだ弱いだろ。

 戦闘中に形勢逆転のためにレベルアップする場合もある」


「ええ。他にも要因はあると思うのです。

 たとえば初の処理でやり方が確立されていないとか」


つまり、


「――ここ、1st-Gの階層拘束がありますから、”レベルアップ処理中”の環境言語が発生したのでは」



 ああ、と皆が顔を見合わせた。

 こちらの頭上を見る。


「まさか……」


「何か、薄く見えてる気がする

 だけどここで何度も何度も言ったりキャラシ触ってたせいなのかな……」


「……聖別掛けたらハッキリ見えますかね……」


「そこまでしなくてもいいのでは?」


 でも多分そういうことだ。


「”レベルアップ処理中”の設定になってる!?」


「MLMのシステムに、1st-Gの階層拘束がパッチを当てた感じじゃねえか?

他、条件あるだろうけど、とりあえずオマエの使える経験値は86+13=99だ。

小さいけど、一戦闘分、得したな」



 牛子は、満足を感じて頷いた。

 そして傍らの湯船で顔を洗い出す梅子に目を向けた。


「DE子は運が良くて幸いですわ」


「そうだね。ホント良かった……」


「梅子が、ちょっと違いますけど、昔に一回やらかしましたのよね」


「ん。――一気にレベル4に上げたら、残り経験値5とかになっちゃって」


「アレはちょっと、こっちが気を付けておくべきだった」


「ンー。でも、梅子さんは、少し訳有りだったものね」


「どういう?」


 その問いに、己は梅子に会釈を送る。すると彼女は、ちょっと迷って、


「……なるべく早く、神奏レベルをレベル6にしておきたかったの。

 レベル6から中位扱いだから」


「術式系戦種は、戦種レベルとは別で信奏(神奏)レベルという、所属各派についてのレベルがあって、それも上げなければならないのです」



■戦種レベル

《素人説明で失礼します

 戦種レベルは 本人のレベルとは別で存在する 戦種にどれだけ卓越しているかというレベルです

 この戦種レベルの最大値は 現状では13

 本人のレベル よりも高く上げることは出来ません

 なお 戦種レベルは その戦種としての行動をするとき 専門スキルとしてプラス出来ます》



■神奏レベル

《素人説明で失礼します。

 神奏レベルは 本人のレベルとは別で存在する 神奏対象への信仰がどれだけのものかというレベルです

 この神奏レベルの最大値は 現状では13 

 該当する派の戦種レベル よりも高く上げることは出来ません

 なお 神奏レベルは その神奏先の術式を使用するとき 専門スキルとしてプラス出来ます》


「つまり術式系は、総合レベルと、戦種レベルと、神奏レベルを上げないといけない? 何でそんな手間を?」


「術式の獲得です。

 術式系戦種は、一定レベルごとに所属する派から術式セットを獲得出来ます。

 これは、本当に強力なものなのですよ」


《だから 術式系の戦種は 経験値管理が カツカツになりやすいのです》


 アー、と己はレベルアップ手順を思い出す。ただ、


「自分、さっき、戦種レベルは後回しでいいって言われたんだけど……」


「工科系のストアとかもあるけど、術式系ほど急いで上げる必要ねえってことだ。

 今の段階でストア行っても、何が必要か、重要か、解らねえからな。

 来週あたり、一回大空洞アタック掛けるから、そこでいろいろ理解しとけ」


「工科系がいなくても、私の術式で解錠とか出来るからね。

 ――でも、居てくれた方が、役目を集中出来ていいのは確かだから、そういうのを実地で考えてみてね」


 成程、と思う。あと、気になったのは、


「戦種レベルは専門スキルとして使える、とあるけど、さっきの戦闘、牛子はパイクアタックで使ってなかったよね?」



「私は戦種がストライクフォーサーですから、確かに近接系の戦闘では戦種スキルを専門スキルとしてプラス出来ますわ」


「だけどコイツがパイク用に選択した専門スキルは、全部レベル4~6。

 戦種レベルも5だから、MURIに入れ替える意味がねえ。

 寧ろ危険だ。

 何しろ、パイクを立てて構える動作を叶えるのに専門スキルを5使ってるから、その一つを戦種レベルと入れ替えた場合、パイクを立てて構えるのが失敗する可能性がある」


「格好良く見えるから、ついそれを使いたくなりますけどね?

 でも、戦種レベルをプラスするのは、動作の追加というより補強用ですわね」


「成程……、無駄の無い選択だった訳だ。解説有り難う」


 その言葉に牛子が頷くのを確認。

 自分は己のキャラシを翳して見せた。

 話を戻す。


「今、溜まってる経験値は、週末のアタック以後のために取っておくべきなんです?」



「来週行こうと思ってるの、地下二階だからな。上げた方がいいものは上げておいていいと思うぞ。

 キャラシの数値とかも、何となく意味は解ってきてるんだろ?」


 言われてみると、確かにそうだ。

 行動の基礎となる感情値。

 スキルのベースとなる統括スキル。

 そして行動の幅や成功率を上げる専門スキル。

 そういったものの意味が解ると、キャラシの半分以上の意味が通る。だが、


「あの質問です。――キャラシの一部の数値に、○とか×がついてるのは、コレ、何です?」



■キャラシの○

《素人説明で失礼します。

 キャラシの○ とは キャラクターシートの特定数値に示されたマークです

 このマークが着く数値は 憑現物によって変わります

 そしてこの○が着いた数値を向上させるとき

 消費経験値は1/2(端数切り上げ)となります》



■キャラシの×

《素人説明で失礼します。

 キャラシの× とは キャラクターシートの特定感情値に示されたマークです

 このマークが着く感情値は 憑現物によって変わります

 そしてこの×が着いた感情値は

 本人のレベルが1上がるごとにマイナス1されます》



「ホントに”キャラシの○”なんだ……」


《一応 他の言い方もありますが 私 汎用性はありますので》


 よく出来たチュートリアルだ、とは思う。だが、


「――え!? じゃあ、レベル3上げたら、特定の感情値が3下がってることになるよね!?」


 まさかのペナルティだ。

 想定していなかったため、チェックしていない。

 だが改めて、キャラシの過去ログと共に確認すると、



「うわ! レベル1で2だった”楽”が、マイナス1になってる!」



《――梅子様のホストで言定状態に移行しました》



《あ、慌てなくて良いよ? 私も、”怒”がマイナス2だから》


《そういうものなの?》


《その感情値で判定を行う際、0以下だと、0扱いになって基本的に絶対失敗です》


《だから梅子は、怒って行動出来ませんのね》


《えーと、自分の場合、気楽に行動出来ない……?》


《”楽”マイナスは結構キツいんだよな……。

 お前、普段の生活では判定切る設定にしとけ? 野生なら、これに縛られないから》


《あ、設定変更やっておくね。

 そっか、まだ感情値を使うコツ解ってないもんね》


《あの、救済策は?》


《拝気……。

 つまり精神力ですね? コレを1消費すると、判定時にその感情値が1扱いとなります。

 累積できませんが、応急はそれですね》



《――言定状態を解除しました》


「でも、何で”楽”がマイナスになるんです?」


「憑現物による、って画面が言ってたろ? ダークエルフとしての設定なんだよ」


「”冷”に○がついてるあたり、つまりダークエルフは、気を緩めることなく、クールな種族と、そういう憑現なんですのね」


「ウワー……、自分と逆じゃないのかな……」



 変な縛りが来たが、その一方で”キャラシの○”自体は各所にあるのだ。


「”冷”の他にあるのは……」



 ・統括スキル:INT(知)

 ・専門スキル:剣術、弓術、回避、ステルス、交渉


「――こんな処ですね」


「頭のいい軽戦士、またはアサシン系だな、コレ」


「術式系を足して術式剣士……、まで行くには、器用貧乏になりますでしょうか」


「それだとステルスと交渉が不要だな……」


「剣術が有利なのに現状0レベルですから、ここを上げるのが面白そうですわね」


 何かビミョーに盛り上がってきている。

 一方で、こちらの設定を表示枠展開して変更する白魔先輩が、


「逆に、冷静な行動は判定行動優先にしておく?」


「え? アー、……週末のアタックの際、それで調子を見させて貰えます?」


「オッケオッケ。

 じゃあそのとき、そういう設定で行くね?

 ――それで今、ここで上げても良いな、って数値はある?」


 言われて、己は考える。

 すると画面が、すぐにガイドを出して来た。


《各数値を上げるのに必要な経験値量は 以下の通りです。


 ・感情値 =次のレベル×30で 1上昇

  :レベルキャップは10

 ・統括スキル =次のレベル×10で 1上昇

  :レベルキャップは20

 ・専門スキル =次のレベル×3で 1上昇

  :レベルキャップは20

 ・戦種レベル  =次のレベル×5で 1上昇

  :レベルキャップは13

 ・神奏レベル  =次のレベル×5で 1上昇

  :レベルキャップは13


 このような状況ですね》


「感情値、上げるのキツッ……!」


「マイナス分をアゲるのは常に経験値30で済むルールだから、-1から2に戻すには90必要だね」


「それやったら、使える経験値の残りが9ですか……」


 梅子が”怒”をマイナス2にしたままなのは何故か、ダイレクトに理解出来た。


「感情を取り戻すのって、大変なんですね……」


「何か正気に戻ったダークヒーローみたいなこと言い出したぞコイツ」

 

「感情は大事にしようね?

 だから、経験値を大量獲得したときに一気に戻す人が多いみたい」


「でも、判定重視で行くなら、感情値が一番大事だぞ。

 統括スキルも専門スキルも行動によって選ぶものが変わるが、感情値は大体いつも同じものを選ぶ。

 感情値は全行動への判定バフだと思っとけ」


「でも”冷”が今5で、○着きで経験値半額でも、6にするにはやはり90必要ですのよね」


 だとすれば、その選択は、普通、無しだ。コストが高すぎる。


「今の状態だと、戦種レベルを上げて、専門スキルを取った方がいい?」



《――ハナコ様のホストで言定状態に移行しました》



《どう思うよ? あ、三年しかここ入れてねえからな? ホレ、スタート》


《有りだと思う》


《理由》


《――ああ。

 工科系は解錠や罠解除、設置とか、やれることが多いから、専門スキルでそれを賄おうとするとかなり広範にスキルを獲得する必要がある。

 そして初心者のDE子には、その理解のための時間が必要だろう》


《時間掛かってもいいんじゃねえの?》


《他の一年組と噛み合わないだろう?

 牛子も梅子もレベル5以上、戦種レベルも同様でそれなりに専門スキルも習熟してる。

 だから一年組でパーティを組ませようとすると、DE子だけ劣ることになってパーティ生存率が下がる》


《だけど戦種レベルはその戦種としての行動全てに、専門スキル扱いでプラス出来るものね。

 つまり専門スキルをあれこれ考えたりしなくても、とりあえず一個、判定計算に使うスキルを確定出来てる、ってのは、マニュアルに対するオートマだよね》


《マニュアル(専門スキル)に対するオートマ(戦種スキル)は解りやすいな。

 素のDE子が一年組でパーティ組めねえってのも同意だ。

 ――じゃあ次、専門スキルで取るべきは?》


《戦闘系として取るなら、剣術と曲芸》


《理由》


《ドロップ系で最も出る武装が剣だ。

 各空洞内で探索していて、武器など失った際、未確定状態でも手に入りやすい剣を満足に使えないのは生存率に関わる。

 また、工科系だと身を低くして行う作業が多いから、座っても床や身体に引っかからない短剣、ナイフなどが有効だ》


《早口ですね》


《言定状態でも時間掛けると外で停止時間出来るだろ?

 早めに戻りたいんだよ!》


《アー、クロさんの補足すると”エンドエンド”でも剣系多いし、ツール一体型のナイフとかも見るから、DE子さんには有りだと思うのね》


《そっか。じゃあ剣術有りとして、曲芸は?》


《曲芸はアクロバット動作だから、回避系、攻撃系の動作補助に使える。

 DE子は既に防御が6、回避が3あるが、それらを伸ばすより、曲芸を+2か3まで伸ばした方がコスト低く生存率を上げられる》


《お前ホントにそういう生存率については堅いよなあ……》


《お前みたいに、事故ってもレアアーティファクトで何とかなるような連中ばかりじゃないんだよ!》


《ハイハイハーイ、二人とも落ち着いて。

 ――あと、工科系だったら分解と解体が必須だけど、どっちも3以上あるのよね、DE子さん》


《思ったより優秀だよなあ……。

 でも何か、穴があるか?》


《――度胸が0だから、1以上あると良いと思う。

 ほら、この前、ボス級ワイバーンで”恐怖”食らったじゃない?

 レジストには度胸がベストだし、罠の解除とか、そのあたりの成功率も上げられるのよね》


《度胸で罠の解除成功率が上がるとか、ホントにクソ仕様だよなあ……》


《同意だ。結構、便利スキルだよな、度胸は……」



《――言定状態を解除しました》



 ……三秒チョイ?


 結構長く話していたな、と思う。

 こちらと同じ考えなのだろうか、湯船の向こうで牛子が目配せをしてきたなり、ハナコが復帰して、こう言った。


「結論出たぞ」


「アッハイ。じゃあ、一体どういうレベルアップ処理を?」


 ああ、とハナコが頷き、こう言った。


「――ま、好きにやっていいんじゃねえの?」



「オイイイイイ! 何だったんだ私達との議論は!」


「うちのユニットのオトンとオカンが新入りを心配してるって事へのガス抜きだよ」


 大体何を話していたか解る気がする。

 だからだろうか、促しのタイミングで梅子が言う。


「どうして?」


 その問いに、ハナコがちょっと上を見た。露天の温泉の空。

 ”青空”と書いてある空を見上げ、ハナコが言った。


「DE子は一昨日、言ったよな? ここにいれば自分は終わらないんじゃねえかとか、そんな十代喋り場のYOUみたいなこと」


「YOU? 何ですソレ?」


「この人、たまに昭和ネタをブチ込んでくるから、解らないと思ったら無視していいからね?」


「アーマーハイ」


「おい! 交流しろよ交流!」


 つうかアレだ、とハナコが指で湯船を軽く宙に弾く。


「――お前の望みは、まず”終わらないこと”なんだろ?

 だったら、こうすりゃ工科として正しいだろうとか、そんな効率考えなくていいんじゃねえの?

 強いて言うなら”終わらないなら何だっていい”んだからさ」



「――適正の誘惑にハマるなよ?」


「適正の……、誘惑?

 適正って、それが正しい、ってことですよね?」


「ああそうだ。

 こうすりゃ正しい、こうすりゃ皆のメーワクにならんだろうってな。

 それを外れて非適正にやってると、マー確かにこいつらオトンやオカンの言うとおり、たとえば一年組だけでミッション出にくいとか、レベル合わねえとか、そういうこともあるだろうよ」


 でも、


「―― 一生、ってスパンで考えたら、初期段階のこの時点で、何か堅苦しくならなくてもいいんじゃねえの?

 どうにだって取り返せるぜ?」


「でも」


「何だよ?」


「――自分、この大空洞範囲のシステムについて不慣れです。

 そういうときの指針として、適正ってのは、有りじゃないんですか?」


「お前、賢いヤツだねえ」


 一息。

 その上でハナコが言った。


「だからな?

 不慣れなお前がさ、キャラシ見て、何かいいな、とか、問題だと思った処があったら、それは適正とかそういうの無視で伸ばしたり対処していい箇所なんだよ。

 よく解らなくてもどうにかしたいと、そう思った処なんだから。

 ――あるか? そういうの」



 響いたのは、一つの物言いだった。


 ……解らなくてもどうにかしたいと、そう思った処、か。


 どうにも出来なくなることが、無いようにしたい。

 だとすれば、まずここをどうにかするべきだ。


「――感情値・楽を+1にします」


「いいんですの?」


「うん。拝気1で+1扱いに出来ると聞いたけど、それが出来ない状況になったら、自分は”楽”を使って何も出来なくなる。それに自分、性格的に”楽”なのが楽だから、コレが基本使えないってのは、ちょっと嫌だなあ、って思うんだよね」


「私は”怒”をなるべく使いたくないと思ってマイナスを許容してるけど、そうじゃないんだね」


 そういうことだ。頷く。すると、


「いいぞ、お前」


 ハナコが、笑って言った。


「それでいいんだ。他人とか関係ねえ。まず自分がどういう自分で有りたいか、ってのを大事にしろ。そうすりゃあ、後々にトラブルとかあっても、それを信じてやっていける」



 まあなあ、と黒魔先輩が言った。彼女は表情を改めてこちらを見て、


「――じゃあ私もそれを支持する。DE子は自分の選択で皆にハンデを与えてるとか、そういうことを考えるな」


「そこらへん私が言う処なんだけど、クロさんちょっと肩入れし過ぎね。

 ――さて? DE子さん? 今、経験値99。

 -1の”楽”を+1にすると経験値-60。残り39はどうするの?」


「黒魔先輩達の思案だと、どんなだったんです?」


「今のDE子さんのキャラシからフツーに工科系で考えたら、”戦種レベル上げる”、そして”剣術・曲芸”あと”度胸”」


 戦種レベルはルール的に有利になるということだろう。

 剣術については何となく解る。

 曲芸も、工科系の派生としてアサシンとかあるならば、これも大体推測出来る。

 だが、


「度胸? 罠の解除とかで思い切るとか、ですか?」


「コイツ、クソ仕様の利用法について本能的に気付いてやがるぜ……」


「基本は、大型異族が放つ恐怖エフェクトへの対抗ですわ」


 昨日のボスワイバーンにくらったスタン状態への対抗か、と納得。

 じゃあ、と己は判断する。


「――決めました。今回のレベルアップで、どう自分を変えていくかを。

 見て貰えますか?」




◇これからの話



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