▼004『世界が変わるたった一日のこと』編【06】

◇これまでの話







◇第七章




「ウワー!!!!」



 ニックは、かつてベテランの調査隊員だった経験から、状況を把握した。


「ボスユニコーンを、ここまで誘導しちまったのか!」


 その言葉に、斜面を水平に逃げていく三人の内、先頭の少女が律儀に応じる。


「そ、そうなんですけど、何が悪かったのか解らなくて……!」


「フフフフーンです――ン」


「おーおー元気だな」


「これ、多分、コーフン状態だよな?」

 

 黒魔の言葉の飛ぶ先。

 ユニコーンはボス級で全高四メートル。

 全長も六メートルほど。

 スケールとしてはヘラジカ系を一回り大きくしたようなものだが、


「下の河原で見たときは、いつものように大人しかったのであります……!」


「それが、何かいきなり襲いかかってきたんだよ!」


 その言葉に、己はボスユニコーンが暴れ出した原因を理解した。


「聖女か!」


 アー、と白魔が口を横に開いた。


「”純粋な乙女”の最上級みたいなのが来た処で、女の子達が来たのを見たから、コーフンしちゃったのね?」


「と言うか救援要請――!」



 救援と言われても、巨体に追いかけられている最中だ。

 割って入るのはなかなか度胸が居る。それに、


「というか何!? あの作画が変でデカイの……!」


「全く否定出来ませんけど、ユニコーンですわ!」


「ユニコーンです――ン」



■ユニコーン


《素人説明で失礼します

 ユニコーンは主に1st-G系及び浅階層~中深度階層の森林 水辺地形に存在する精霊です

 ”純粋な乙女”の言うことを聞くとされていますが メンタルが荒ぶるとコーフン状態に成って暴れ出し 周囲を損壊させる場合があります》



 つまり今回がソレだ。


「精霊だから、居るときと居ないときがあって。普段はここ、人が多いからあまり出てこないんだけど、今回、人が少ないときに聖女さんがいるから……」


「バッティングしたのかー……」


「ええと、私、帰った方がいいのですよね?」


「いや、待て」


 おい。


「――迎撃しろ一年組」



 いきなりハナコが言った。


「ボスユニコーンならレベル8該当。

 地下二階ボス相当だ。レベル3以上あるなら、何とかなる。

 ――しくじっても浅間神社で回収だ。気にすんな」



 おいおい、と黒魔は眉根に力が入るのを自覚する。


「ハナコ、お前、他人が自分と同じだと思ってないか?」


「ハ! お前とあたしの考え方は、今、違うだろ? じゃあ同じだと思ってねえよ」


「そういうことじゃない」


 と、己は表示枠を展開。

 表示枠の内容をCBに設定し、”中”に手を突っ込む。

 抜き出すのは己のガンホーキ”黒通し”だ。だが、


「クロさん! ちょっと待って!」


 言われて、己は相方の視線を追った。

 今、ボスユニコーンの突撃を斜面上に避けた別ユニットの三人。

 そこに駆けつけているのは、


 ……うちの一年、三人か!


 己は見る。


 ……タイミング的に見て、牛子達が動いたのはハナコが声を掛けるよりも前。


 そして先頭で出たのは、既に斜面半ばまで降りている一つの姿だ。それは、


「DE子! 援護はいるか!」


「自分達がどうにも出来ない相手ですか!?」


 その問いに対する答えは、既にハナコが述べた通りだ。

 舌打ち一つ。

 引き抜いた”黒通し”を脇に構えて、己は叫んだ。


「無理だと思ったらこちらで対処する!」


 言った台詞に重ねるように、あるものが生まれた。

 ”間”だ。

 何かが起きる直前の空白。

 それが生じたならば、後は御決まりのことが起きる。


「チャージが来るぞ!」


「行くです――ン!」



 一瞬だった。

 DE子としては、様子を見る暇くらいは、あると思っていたのだ。

 無かった。

 瞬間的に巨体が前に来て、



「うわ……!」


 ユニコーンの突撃に、表示枠が幾つも掛かって見えた。



・ボユニコーン:コーフンチャージ

《角をまっすぐにケダモノのコーフンチャージです――ン》


 :喜10+AGL5+槍術5+力技5+疾走5+曲芸3

 :アンサー:33



「……タスク33!?」



《おやおや憶えていましたね?

 対人 または対怪異など 意思をもった障害については お互いのアンサーがお互いのタスクとなります これを対抗判定と呼びます》


「クッソ煽りに来た! ええと、つまり詰んでる?」


「――回避の判定を行いなさいな!」


 その通りだ、と己は思った。

 自分の総合レベルは3だ。


「使用出来るスキルは3つまでか!」


 やるべき事は一つだ。

 巨大な敵のチャージを回避する。だが、



「……ええと、回避回避回避!」


「キャラシの真ん中あたり!」


「有り難う! ――あった!!」



 ……回避スキルのレベルは3!


 低い、とストレートに自覚した。更には、判定方法を考慮するに、


 ……感情値で一番高い”喜”は7、統括スキルで一番高い”INT:知”は5だから――。


 全部合計しても15だ。

 これにスキルをあと二つ選択して、33以上にしなければならない。 


 ……その場合、どうすれば……!


 疑問した瞬間。声が来た。


「野生だ! 野生を使え!」


「スタ――ック!! 単一スキルの重複使用をしろ!」



《――白魔様のホストで言定状態に移行しました》



《ハイ一瞬だからソッコ!》


《DE子! キャラシ見ろ! 回避動作に使う感情値と統括スキルは何だ!?》


《試しで聞きますけど”喜”で回避する場合、どうするんです?》


《キャッキャウフフ言いながら回避かなあ。出来る?》


《――ええと、冷5でAGL6を使います!

 あと、回避3も使います!》


《アンサー14です》


《――そのままアンサー勝負だと負けるね》


《こっちはスタックをキメないとダメってことです?》


《うん。そういうこと。スタックは単一スキルの重複使用だけど、一回に複数スキルをスタックしてもいいからね?

 で、――今、手持ちの専門スキルで使えそうなのは?》


《”防御”と”回避”と……、疾走?》


《防御しつつの回避行動は特殊動作だから、お前の方でそれが未経験だとスキル発動しないぞ。やったこと、あるか?》


《すみません。ないですね……!》


《あの そろそろ御時間 宜しいでしょうか?》


《うーわー。タイムリミット!?》


《おい、DE子!》


《ハイ! 何です!?》


《あたしの言ったこと、思い出せ! いいな!?》



《――言定状態を解除しました》



 貫通した、というのが、駆けつけていた牛子の認識だった。

 ボスユニコーンが、明らかに、先ほどまでDE子のいた位置を貫通移動した。

 一瞬、彼女の動作が止まったように見えたのは、先輩達との言定状態に入ったからだろう。そこでアドバイスを得たと思うが、


「……DE子!?」


 DE子の身体は吹き飛ばされ、数秒飛んだ。

 そして斜面を落ちず、水平に転がる。


 ……どれだけの勢いがあったんですの!?


 雑な存在だが、流石はボス級のユニコーンと言うべきだろう。

 しかし、直撃はどのくらいのダメージだろうか。

 当たり所が悪ければ一発で結晶化も有り得る。

 舞う土煙と斜面の先、己は視線を低くしてDE子のいるであろう位置に駆け寄った。

 急ぐため、身体や胸の支持をしているパワードハーネスの座標基準を、モーションコントロールで大地基準から腰のフォートレスパーツ基準に変更。

 全身がやや重くなるが、前傾動作が強く採れる。

 ゆえに斜面をダッシュ。


 ……急がないと……!


 DE子は結晶化しているかもしれない。

 自動回収サービスには入っているのだから、それが行われる際に起きる術式表示枠の展開はあるだろうか。

 否。これではまるで、


 ……彼女が結晶化したことが前提になってますわ!


 だが、それくらいの一撃だったと、そう思う。

 ゆえに、こう叫んだ。


「生きてますわね!?」



 無茶ですよ……! と思ったのは、ミツキだった。

 斜面の上と下に仲間と分かれ、今のチャージを何とか退避したのだ。


「回避系じゃ無理です!」


 相手の幅がある上で、突撃速度が高い。

 高レベルならばスキルの重複使用やスタックで自分の判定難度を強引に上げて避けられるだろうが、自分達のような低レベル帯においては、


「回避よりも移動した方が確実だね! ――って、トレオ!?」


 斜面下側、トレント系憑現者として深度5の同級生が、動いている。

 足が遅すぎたため、ユニコーンに追い抜かれる構図となってチャージ軌道から逃れたのだ。

 そんな彼は、相変わらずの遅い足取りで、


「くおおおおお!」


 恐らく、チャージしていったボスユニコーンに追撃を入れたいのだろう。だが、


「行動順番が憑ペナで03固定なんだから無茶しないで――!」


 気付かれたら、良い標的だ。

 ある程度動き出せば自重で勢いはつくが、とにかく遅いのがトレント系。

 しかし、トレオが前に出た。

 震える木の足で崩れた土の地面を踏んで、


「こ、こんなことでは、あの人に振り向いて貰えないであります!」



「え? 何? コイバナ? 録音して配信していい?」


「ダメですよハナコさん! 他人の恋路を茶化すのは禁止です……!」


「わあお、聖女さん真面目だねえ。実はそういう話好きだよね?」

 

「い、いえ、一般論です! 一般論!」



 エンゼルステアの人達は余裕がありますね……、とミツキは真顔で思った。

 だがそれとは別で、気にすべきことが有る。


「DE子さん!」


 明らかに、こちらを救助しに来て攻撃を食らった。

 自分とヨネミが斜面を上下に分かれて回避したのに対し、DE子は正面だった。

 巻き込み?

 返り討ち?

 事故?

 原因の一端としてはすみませんと言うしかないが、


「生きてますか!?」



 牛子は、それを見た。



 土埃の舞う中、地面からネックスプリングの動きで跳ね起きた姿。

 土に汚れ、髪も乱したのは、


「――DE子!」


 呼びかけに、DE子が頭を軽く左右に振った。

 髪に入った土塊を飛ばし、そして、駆けつけたこちらの目の前で、


「死んだあ――ッ!」



「生きてますわよ?」


「え!? ここ、浅間神社じゃないの!? え!? あ! ちょっ、何!?」


「こりゃあちょっと錯乱してますかねー……」



 は、とテラスカウンターで息をついたのは黒魔だ。


「生きてて何よりだ。

 ――でも、どういうことだ?」


「ハナコさん、説明~」


「だから言ったろ?

 野生だよ。野生。

 ――判定じゃなく、自分が素で出来る野生の動作でやりやがった」


 と、ハナコがテラスカウンターから土の地面に立つ。

 そして腰を落とし、左右に腕を広げ、


「缶投げの時、防御姿勢って言ったら、アイツ、腰落とした構えしたよな?

 膝を軽く曲げて、踵を上げて、つまり瞬間的にどの方向にも行けるようにしてる」


 だけど、


「腰を落としたこの構えは、基本、後ろに下がることも想定した構えだ。

 恐らくダークエルフの憑着物が持ってる動きだろう。

 ナイフか何か使用するときの動作じゃねえかな」


 あ、と声を上げたのは白魔だ。彼女はDE子のキャラシを確認して、


「DE子さん、刀術が最初から7ある!」


「憑着物のダークエルフは短刀使いか……!」


「アサシンかスカウト系だ。一撃入れたらソッコ逃げる。つまり――」


 聞いた。


「カウンターで一発食らっても、後ろに吹っ飛んでダメージ軽減、そのまま逃げるって構えだ」



 黒魔は、以前にDE子から聞いたことを思い出す。


「バスケの構えにも似てるな。あいつ、友人づきあいで3on3やってたんだっけ?」


「バスケ部とか、中学時代に体育館の隣のスペースでよく見たけど、ツッコミくらった場合、後ろに倒れてファール取りに行くよね。バイオレーションだっけ?」


「ああ。そこらへん、駆け引きも含めての判断と技だよな? じゃあ、今のは解るだろ?

 アイツ、ボスユニコーンのチャージを受け止めるようにして、しかし高速で下がった。

 判定は使わなかったから、身体が憶えていた野生だろうな。

 ソレで結果として死んでねえ」


 これはどういう意味を示すか。


「スタックちゃんと組んでたら、多分、完全回避出来てるんじゃねえか?」



 DE子へのチャージが直撃では無かったことを、牛子は理解していた。

 だが今、彼女は吹っ飛ばされ、負傷している。

 これはどうしてかと言えば、


 ……野生で回避したから、スキルの残身が生じなかったんですのね。


 スキルによる判定で行動した場合、基本的に、発生した状況をクリアするまで動作は続く。それが”正しい判定結果”だからだ。

 対し、判定を使わずに野生で行動した場合、状況をクリアするまで動作が続くかどうかは本人次第だ。

 恐らく今のは、残身まで処理出来ず、中途半端に残った処を引っかけられたのだろう。

 要するに”詰めが甘かった”のだ。しかし、


 ……もしも判定に慣れていたら、完全回避出来ましたのね?


 さっきまで判定を知らなかった全くの初心者。

 模造の缶を受け取るのにもあたふたしていたようなレベル3なりたてが、いきなりスタック同等の挙動だ。

 内心、かなり驚いている。

 素養があるということもだが、


「――よくぞ踏み込みましたわね」



 白魔は、牛子の言葉に三重の意味で頷いた。

 一つの意味は、まずDE子が他ユニットの三人を救いに走ったということ。


「他ユニットの救援要請が出たら、可能な限りの互助をする決まりだもんね」


 これは大空洞範囲に生きる者達のルールだ。

 もう一つの意味は、DE子が行った高速防御回避についてだ。


 ……”疾走”のダブルスタックを叶えるには、踏み込まないとダメだもの。


 実際は判定ではなくて野生の動作だが、チャージする相手の前にただ飛び込んだり、足を止めていたら完全直撃だ。

 結晶化していたろう。

 そうならなかったのは、思い切りよく踏み込み、速度が乗っていたからだ。

 だからこそ、吹っ飛んでダメージが軽減された。

 そして最後の一つの意味は、DE子に感じた危険だ。


「……ちょっと危なっかしいなあ」


 死にに行ったと、そう見ることだって出来るのだ。


「回復、防御術式役としては、無謀は避けて欲しいのよね」


「まあそこらへん、結果的には上手く行った訳だから、アイツ的には勝算みたいなものがあったんじゃねえかな。それに――」


 ハナコさんが言った。


「そのくらいハネ上がった後輩を、上手く導いたり、更に上を見せてやるのも、先輩格の仕事だろうがよ」


 そうだけどねえ、と吐息したときだ。斜面下側から声がした。


「――DE子さん! 腕!」



 DE子は、言われて自分の腕を見た。

 右腕。何ともない。

 左腕。下腕部に光というか、


「術式表示枠!? ってか、折れてる!?」


 肘が、折れ曲がっている訳ではないが、捻れて動かない。


《自己診断(外傷・簡易)》

 :仮想タスクレベル:2

  :タスク:6



・DE子:冷静に見立てを行った。

 冷5+INT5+応急処置5

 :アンサー:15


《成功です

 アンサーが タスクの二倍を超えたので クリティカル判定となります》


 脱臼だ。

 下腕を構成する二本の骨が、上腕の骨よりも後ろ側にズレている。

 まだ再接骨されていないので、本来ならば腱が伸びることによる痛みがあるが、


「浸透式の痛覚減衰を掛けてる! 一分間!」


「後でこっち持って来い! ハメてやんよ」


「ハナコさんの再ハメ凄く痛いから私の応急処置10に任せて!」


 後者にしようと心に誓った。

 だが正面。

 五十メートルほど向こうでボスユニコーンが荒っぽく旋回。

 こちらに顔を向けようとしている一方で、


「うわ。キャラシの上で、HPの重傷値ってのが-1されてる!」



■HP

《素人説明で失礼します。

 HPはその人の物理的耐久度を示すもので 単純な硬度の他 判定まではいかない回避技術や防御行為などを示したものです

 重傷値と軽傷値に分かれており 軽傷値がゼロになると重傷値が-1 重傷値と軽傷値がゼロになると結晶化となります

 但し 相手の攻撃や受けるダメージによっては 問答無用で重傷値に直接ダメージが入る場合もあるのでお気をつけ下さい》



「あのさ画面? 一応聞いておくけど、今のデカいユニコーンのチャージって……」


《ええ

 ”コーフンチャージ”は 重傷値への直接ダメージとなる必殺技です

 ちなみにこの前結晶化した際は ワイバーンの尻尾の質量からダメージ計測をして 軽傷値-150くらいの換算だったのではないかと推測されます》


「ウワー……、即死だけど、軽傷値の積み重ねでチョイ緩めにグシャアって感じか……」


《ええ 総再生数が7200万を超えました コメントもたくさんあります

 上位のものを引用しましょう》


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アカウント名:浪漫の徘徊者 様のコメント


『もう何度見ただろうか うちの環境では音声再生が出来ないのだが 今はそれも聞こえてきた

 そう これは信仰 荒いモザイクの向こうに私は何を見ているのだろうか……毎晩が長い……』

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《こんなんばっかですよ 良かったですね》


「全くよくないよ!!」


「DE子? そろそろ二発目が来ますわよ?」



 横、ボスユニコーンに対して身構えた牛子が、空中に表示枠を一枚展開する。


「今のチャージを甘く食らったとはいえ、重傷値-1で済んでるのは良い結果だと思いますわ。ほら、自分の格好、見てみなさいな」


 言われて見る。

 そして気付くのは、着ているものが引き裂かれた状態になっていることと、


「タクティカルフォームになってる?」

 

《非常時と判断して こちらの判断で変形させました》


「うちの制服で無加護のタクティカルフォームの場合、一回だけの効果として、次のものを発揮しますの。

 ――相手からのダメージが重傷値1を越えた際、その威力を-1する、と」


 だとすると、相手のダメージは本来重傷値-2。


「それ食らったらヤバかった?」


《今でも充分ヤバいです 重傷値ペナルティとして 重傷値のマイナス分 全てのスキルのレベルがマイナスされます》



《――梅子様のホストで言定状態に移行しました》



《白魔先輩に質問! 回復掛けた方がいい!?》


《梅子さん、レベル6で貰える中位の一括術式セットで、重傷値回復があるんだよね?》


《確かに、制服失ったDE子は、現在のHPが重傷値1、軽傷値13だから、重傷値2ダメージの”コーフンチャージ”食らったら即結晶化だな》


《――でも梅子さん。重傷値回復は神道系でも時間かかるよね? 一分だっけ? 拝気を倍掛けで時間半減させるとして、十秒以内に持って行ける?》


《梅子の浸透式重傷値回復は 拝気を10使用 詠唱に60秒掛かります

 梅子の現在の拝気は 先ほど痛覚減衰術式で外燃拝気を-5したので 現状では内燃16 外燃17 合計33です

 そして術式使用のルールとして 詠唱時間半減には拝気の倍掛けが必要になりますが 拝気20を使用して半減しても詠唱時間は30秒

 白魔の要求する10秒以内に完了するには 合計で80拝気が必要になります》


《ええと、じゃあ、無理!?》


《ううん? 梅子さん? 回復術式の効率上げる方法はいろいろあるから、それは今後勉強しようね?

 でも今はそれが出来ないから、出来ることを考えよう。

 ――いい?》



《――言定状態を解除しました》



 牛子は、やや離れた上方にいる梅子が、僅かなタイムラグをつけて頷いたのを確認。

 恐らく、上で観戦している先輩格からのアドバイスを貰ったのだ。ならばこちらも、


「DE子。これをチュートリアルと言定状態で確認なさい」


 これからの行動指示書となるメモを、表示枠で渡す。

 そして己は、CB設定にした表示枠から、自分用の武装を引き抜いた。

 流体光と、金属の擦過音。

 それらを付けて宙に現れるのは、


「BIZENブランドの逆輸入。

 長巻型クレイモア”オサフネブレード”ですの」


 柄の長さ1.5メートル。片刃直剣の刃長は2メートル。

 白と金をベースに構築された刃を己は長柄で右肩に担ぐ。

 そして、


「DE子、行きますわ――」


 よ、と言おうとしたとき、声が聞こえた。

 それは既に再チャージを発したボスユニコーンと自分達の間。

 そこに立つトレントの制服姿が、ボスユニコーンに向かって、


「や、やあやあ我こそは将来のロード・フォーサー、トレオなるぞ……!!」




◇第八章



 トレオは叫んだ。


「貴様の相手はこちらであります……!」


 腰の剣。

 IZUMO製ロングソード”SATORI-025S”は、空洞内は危険だからと、親が買ってくれたものだ。

 学生が使用するクラスのものではなく、ベテラン調査隊が深部踏破に持ち込むようなもののカスタムで、値段は八十万以上する。

 正直、振るいたくは無い。

 痩せた長身の自分にとっては、振り回すので精一杯だし、あまりにも他から”浮いている”。

 だけど、今は、


 ……目立って、引きつけねば……!


 だから己は叫んだ。

 震える全身を束ねるようにしてSATORIを構え、


「ホーリィ・フォーサー奥義”BBB”……!」



「お? 一年で”BBB”出せるヤツいんの?」


「”BBB”って、アレか? 己の信じる正義に応えることが発動条件の、仮想聖剣」


「私達が用いるものの、簡易版ですね。刃種などありませんし、効果は1ターン限定ですから」


「わーお、聖女さんが鼻フンなの久しぶりだねえ」


「だけど、アレは結構条件厳しいぞ? ……出来るのか?」



 ミツキは、即座の結果を見た。

 ロングソードを震えて構えたトレオの、その刃から、光が散ったのを、だ。


「トレオ……!」


 失敗だ。

 仮想聖剣は作られない。

 流体光が弾けて、驚いたように姿勢を崩したトレオが、剣を下に落とす。


「あ……!」


 そのまま腰を斜面につけたトレオの脇を、ボスユニコーンが無視して通過する。

 散り舞う流体光の欠片を掻き消すように、土砂と千切れた草葉が飛んだ。

 そして、それらの影に隠されていくトレオが、こう叫んだ。


「くそ……!」

 


 ボスユニコーンは、突撃軌道上で叫んだトレントの声を相手にしていなかった。

 トレントのやせ細った姿や、引けた腰、手放されたような直剣に、敵ではないと、そう判断したからだ。

 それにユニコーンには、一つの矜持がある。それは、


 ……乙女以外相手にしないです――ン!


 乙女専。

 これこそがユニコーンの生き方だ。

 そうではないものに触れたら穢れる。

 マジそう思う。

 もしも触れたら下の泉に三日浸かって反省とケガレのデトックス。

 ゆえにトレントは避けてチャージだ。

 上か下。

 上の方、テラスからも女性の匂いがする。


「くんくんくんです――ン!」


 確かに純粋な乙女が二人。

 他、触手? 何その動く腸詰め。

 あと他、二人、女性の匂いがあるが、


 ……乙女じゃない……?


 思わず”――ン”語尾を忘れるほどの残念だ。



「今! 今! あのユニコーン、こっち見てスンって顔した!」


「あー、まあ、事実と言えば事実か……」


「あ! 先に手を出したのクロさんでしょ!? 胸張って!」


「真顔で言うけどクソラブコメが始まったかよ……」



 ミツキは、斜面を下っていくボスユニコーンのチャージを見た。

 有り難いのは、超遅い行動順番で突っ込んだトレオをボスユニコーンが無視してくれたことだが、


「――ヨネミ!」


 先ほどのチャージを退避するとき、斜面上側に行ったこちらとは逆で、ヨネミは下に逃れていた。

 斜面の草群に身を隠していたが、ボスユニコーンがそちらに軌道を傾けたのだ。



「乙女スメルがするです――ン!」


「うわあ! 私そんなスメルしないぞ!」


 でもヨネミ、一見ギャル系だけど恋愛漫画を表示枠に突っ込んでるよね……、と感想する。


「……というかツンギャル系なのに回復系とか、見た目とキャラが違うんですけど」


「おい! そういう解説いいから!」


 そうです。

 どうしましょう、と、当たり前の疑問を思った。


「逃げよう! こっち来れる!? 」


「ああ! ――と!?」


 彼女が足を引っかけたのは、石だった。

 こちらとヨネミの間にある先ほどのチャージ痕。

 跳ね上げられた石が草群の陰に隠れていたのだろう。

 ヨネミがそれを踏んで膝を着いた。

 一瞬の出遅れ。だが、


「行くです――ン!」


 逃げ遅れるには充分な隙が、そこで生じていた。



 しくじった! とヨネミは思った。

 このままだと間違い無く踏まれる。自分のHP状況から言って即結晶化だ。

 無論、結晶化は初めてじゃないけど、


「おいおい大丈夫か……!? ヨネミだろ、アレ!」


 聞こえた声に、自分は身を震わせた。


 ……バレてる――!


 ”ガンジー”は、行きつけの店なのだ。

 顔も知られてるのでバレてるも何もないのだが、心配されるとは格好悪い。

 死にたい。

 そんな気になっていると、


「Hey――!」


 掛け声と共に、ダークエルフが眼前の宙を跳んだ。

 斜面下側、そちらに向かって、だ。



「……馬鹿!」


 反射的に、自分は叫んでいた。

 彼女が重傷を食らったのは解っているのだ。

 それなのに、


「囮になるなんて、……やめろよ!」



 聞こえてきた声に、ボスユニコーンは感動した。


 ……乙女達の庇い合いです――ン!


 その状況を引き起こしたのは正に我。

 ユニコーンの生き様として、後世で研究家に否定されるかも知れないが、今の状況としては見事と言うしかないものだろう。

 興奮、致し方なし。

 情動、やるせなし。

 ゆえに標的を変えた。

 先ほどチャージで引っかけたアレだアレ。何て言うんです――ン?


「ダークエルフです――ン!」


 レアだ。

 行くしかねえ。

 行くしかねえよ……。

 思わず語尾を失うほど血圧が上がった。

 ともあれ決まり! そういう流れです――ン!

 ゆえに吶喊。

 斜面を斜め切りするように下ることになるが、この機会を逃してはユニコーンの恥。

 シェイムフルな事になる前に、彼女にチャージしなければ。

 そう、このチャージは攻撃ではない。


「愛です――ン!」


 しかし相手が速い。

 下りだからだろうか。

 速い。

 土煙を上げて疾駆するその姿は正に高原の黒豹。ならば自分も、


「ダッシュです――ン!」



 DE子は、走りながら己の鼓動を確かめた。

 肺、心臓、こめかみのあたりにも心拍の締めつけがリズムをくれる。

 更には、脱臼した左の肘にも、梅子の痛覚減衰では抑えきれない”重み”のようなものが来ている。

 だが自分は走った。


『大丈夫!?』


『行けてる!』


 掛かっている術式は痛覚減衰だけではない。


『梅子さんの方、レベル6帯の神道中位一括系で、”加速術式・中位”と”身体強化・中位”があるのよね。

 効果時間一分だけど、結構使えるよね?』


《神道の加速術式・中位は 速度を必要とする行動に際し アンサーを+3する強力な術式です

 また 身体強化・中位も STR・AGLを用いた行動のアンサーを+3する これも強力な術式です》


「つまりどういうこと?」


『走ってる最中はアンサー+5。

 そして重傷ペナルティが無くなってる感じ?』


『走るのをやめたら全部失って重傷ペナ-1がつくからな?』


 死ぬまで走ろうと思った。だが、


「来るよね……!」


 振り返る左側、斜面の上側に巨影が来ている。

 土煙を左右に弾いて吶喊してくるのは、


「愛です――ン!」


 何言ってるか解らん。



 ボスユニコーンは、相手を追った。

 だがダークエルフの速度が高い。

 一気に斜面下まで降りるつもりだろう。

 下には森があり、その向こうは河原だ。

 森は木々が邪魔になるし、河原に行かれたならば、


「水浴びです――ン!」


 いいかも!

 否、ダメです――ン。

 木々が邪魔で、多分逃げられてしまう。だから、


「チャージです――ン!」


 コーフンチャージだ。

 しかしダークエルフが一気に下に走っていく。

 その軌道は、こちらの真下ではない。

 右ズレ。

 故にこちらも急角度で、進路を変えるために行動する。



・ボスユニコーン:コーフンチャージターン

《ケダモノのコーフンチャージ中にターンです――ン》


 :喜10+AGL5+槍術5+力技5+登攀5+疾走5+曲芸3

 :アンサー:38



 曲がる。

 単なるチャージとは違い、斜面上の姿勢制御として登攀をプラス。

 その結果として、アンサーは38に達した。


 ……もはや誰にも止められないですーーン!


 強引に身体を振って、尻側を斜面の上に向ける。

 斜面ドリフト。

 その間にも後ろ足は駆ける動きで、


「行くです――ン!」



 身体が下にまっすぐ向いたと同時、一気に出ようとした。

 その瞬間だった。


「――いいタイミングですわ」


 眼前に、長剣を担いだ長身が跳び込んできた。




 いきなりの介入だった。


「敵です――ン!?」


 純粋な乙女。

 スメルは問題無い。

 それは、この相手もチャージ対象にしていいということだ。

 だから己は吶喊した。

 見たところ、強そうではあるが高レベルではない。


 ……こちらのアンサーは38です――ン!



 ヨネミは、息を詰めた。

 牛子のことは知っている。ピグッサンと並ぶ、一年生の顔役だ。

 それも、大空洞アタック組。

 恐らくは将来の主力となる存在だろう。


 ……でもどうするの!? 


 牛子は長剣を持っているが、それを振るった処で稼げるアンサーはたかが知れている。

 実体験で解るが、”攻撃動作”は、深掘りが難しい。


 ……だとすれば……。


 牛子のキャラシを見たことはないが、同学年だ。

 予測は付く。



 ……感情値と統括スキルがどちらも7前後、あとは判定用に、剣術と、力技を加えるくらいか?


 剣術と力技が共にスキルレベル5と仮定する。

 そして、どちらもダブルスタックすると考えて、


 ……それでもアンサーの総合計で34!


 ボスユニコーンのタスクは38、

 10%の誤差があっても、こちらの負けだ。

 更に、一つの懸念がある。


 ……斜面を吶喊してきた巨体を、もし倒したとしても、その質量が消える訳ではないわ。


 巨大な身体に、押し切られ、潰されるだろう。

 しかし牛子はこちらの視界の中で動かない。


「――!」


 彼女の無言は、今、自分が想定した戦術とは別のものを用意しているということだ。

 だが、


 ……長剣を用いて、どう勝ち、凌ぎきる気!?



 ボスユニコーンは、獲物へと加速した。

 対する相手が、こちらを見据えて呟いた。、


「――やる気ですのね」


 構わない。

 相手が長剣を振りかぶったが、こちらの吶喊で跳ね飛ばせる。

 質量と勢いは、こちらが上なのだ。

 もしも判定で難度負けしたとしても、ダメージを受けるだけ。

 そして幾ら大物の長剣だろうと、こちらを一撃で倒せるとは思えない。

 通過して、ダークエルフを追うことは可能だ。

 だから行った。

 前身。

 吶喊。

 フルチャージ。そして、


「終わってますわよ? 貴方」


 いきなり、敵が挙動した。

 担いでいた武器を、手放したのだ。



 何が起きたか、ボスユニコーンには理解出来なかった。

 長剣が、ただ地面に落ちた瞬間。


「――!?」


 語尾もなく、己は決着されていた。

 敗北したのだ。



 ミツキは、それを見ていた。

 斜面上。

 退避してきたヨネミを抱える様にしながら見た眼下。

 牛子が、ユニコーンのチャージに対し、長剣を落としたのだ。


 ……あれは――。


 ただ落としたのではない。

 切っ先を相手に向けて斜めに、長い束尻を斜面に突き刺すようにして立てたのは、


「戦場で必要なのは落ち着くことですわね。そして仕込みますので、

 ――”楽”と”DEX”を使用しますわ」


 宣言する。




「パワードハーネスを大地基準で使って身体を防御固定」


《防御5》


「長巻きクレイモア”オサフネブレード”を地面に落下。

 柄頭を足で踏んで切っ先を斜め前に浮かせますの」


《剣術5》


「柄頭を深く踏んで地面に突き刺し、固定」


《力技4》


「これによって出来るのは迎撃防御用のパイク」


《槍術6》


「狙いを外さぬ為、真っ正面で気合い入れてカウンター狙いですわ」


《度胸8》


 その結果は、


「――アンサー40。如何ですの?」




・牛子

《パワードハーネスを大地基準で使い身体を防御固定。

 長巻きクレイモア”オサフネブレード”によるパイクの防御迎撃。

 真っ正面からのカウンター》


 :楽6+DEX6+防御5+剣術5+力技4+槍術6+度胸8

 :アンサー:40


 それは正しく成立した。

 斜め一直線。

 ボスユニコーンの顎下に突き刺さった”オサフネブレード”は、パイクとしての性能を充分に発揮した。

 抵抗の長巻き直剣は、折れも曲がりもしなかった。

 対して、ただ勢いを全力で乗せることした出来なくなったボスユニコーンは、オサフネブレードに顎を跳ね上げられた様になり、しかし疾駆は止まらず、


「――!?」


 棒高跳びのロジックで、巨影が宙に高く飛んだ。


 DE子は、足を止め切れなかった。

 頭上を越えて飛んでいったボスユニコーンが、眼下の森の向こうに回転しながら消えるのと、


「うわ……!」


 転んで、ただ二回転ほどして斜面上に止まったのと同時。

 そして森の奥から、木々が大量に折れる軋みと断裂音が弾けた。

 直後のタイミングで、


「残念です――ン……!」


 叫びと重なるようにして、流体光の爆発が来る。

 木々の間。葉群を飛ばし、巨体が散って破裂する。

 倒したのだ。




◇これからの話







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