▼003『憧れの君が唄う日常の記憶』編【02】

◇これまでの話








◇三章



《――梅子様のホストで言定状態に移行しました》



《牛子! ――DE子がピグッサンに連れ去られたみたい!》


《ハア? どういうことですの一体》


《うん。何だか放課後、学食だって》


《アー……。コレはアレですわね……。梅子? DE子を言定状態に呼べますの?》


《ううん? 牛子は?》


《……昨日、アドレスを確認し忘れましたわね……。白魔先輩と一緒にいるときは、白魔先輩が共通設定してるので》


《どうしよう……》


《ん――。まあ大丈夫だと思いますわ。ピグッサンも、全体のバランスを崩すことは望んでいないでしょうから》


《え? バランス?》


《ふふ。こちらの話ですのよ。ともあれ正門前で待っていましょう。それが一番ですの》



《――言定状態を解除しました》




 DE子としては、まず一つの感想を抱いていた。


 ……超目立ってる……。


 一年生、という年代が、学校の中でどのような立場に居るのか。抗争が多かった川崎で言うならば、基本的には下っ端もしくは一般市民的扱いだ。

 だが今は違う。

 食堂のカウンター側、中央のテーブルに向き合う構図で座るピグッサンと取り巻き、そしてその傍らに立つプロテクトシールの二年生。



 彼女達を含む自分は、明らかに放課後食堂組の中で浮いている。

 誰もが、食堂のテーブルを使って遅めの昼食や勉強をしながら、ちらちらとこちらを見ていた。

 そしてピグッサンに対する自分は、


 ……牛子呼んだら一触即発かなあ。



 一応、ここに来る前、ミツキとは表示枠のアドレス交換をしている。

 何かあったとき、可能であれば連絡を取る。

 そしてミツキから、学校側やエンゼルステアの面々に連絡をつけて貰う。そういう流れだ。

 しかし、


 ……よく考えたら、エンゼルステアの先輩達とアドレス交換してないよ!


 ひょっとしたら白魔先輩あたりはこっちのアドレスを押さえているかもしれないけど、相互じゃない。 

《詰みましたねえ》


《アオるのやめようね!》


 と、そんなことをやっていると、正面のピグッサンが口を開いた。


「おう、お前」



「あ、うん、何?」


 うんうん、とピグッサンが頷く。そして、


「何か、お前……、通神帯で有名なんだって?」


《ですよねえ》


「どっちの味方だよお前……!」


 とりあえずツッコんだ上で、手を左右に振ってみせる。


「あれは事故! 自分で撮影した訳じゃないから!」


「そうなのか。じゃあ、おい」


 と呼ばれたのは、彼女の取り巻きの一人だ。

 ピグッサンは彼女に対して、


「狙ってねえって言ってるぞ」


「あ、ハイ! だったら自分の勘違いです!」


 その言葉に、ピグッサンが一つ息をついた。

 深く吐く、何かミントの匂いがこっちまで漂ってきた。だが、それとは別で、


 ……ん?


 今の吐息が、残念とか、嘆息といったものではないと、己はそう思った。

 安堵。

 勘違いで良かったと、そんな吐息に感じたのだ。



 どういうことだろう。

 解らないまま、ただ”間”を感じていると、ピグッサンが姿勢を正して言った。


「すまねえな。お前が、ゴア画像使ってエンゼルステアの宣伝やってるって、そういう噂があってな」


「すんません」


「お前が謝るんじゃねえ

 何か懸念があったら本人に確かめる。

 それをあたしが望んでるだけだ」


「……こっちの言うこと、信じる、……んです?」


「あたしはその動画見てねえけど、宣伝が上手く行ったら、それを否定しねえだろ普通。

 総再生一億行ってんだって?」


「いやいやいや! 四千万!」


《さっき見たら五千六百万でしたよ》


「お前――ッ!」


「つーか、あたしの問いかけだって、詰めるもんじゃなくて、有名かどうかを聞いただけだ。

 でもお前は、あれが自分のものじゃないって否定した」


「――つまり宣伝そのものを否定したのです」


 そうだな、とピグッサンが頷いた。そして、


「嫌なモノの話したようで悪かったな。――で、ハコの見立てだと、お前、昼飯食ってねえんだって?」


 え? と視線を向けると、ハコと言われたプロテクトシールの彼女が会釈する。


「その様子でした」


「仕方ねえ。ちょっと待ってろ」


 言ってピグッサンが立ち上がり、カウンターに向かった。

 やがて彼女が持ってきたトレイに乗ってるのは、


「学食名物の野菜カレー+牛皿だ。食ってみろ」



 美味かった。


「え? 何コレ? カレーの中のズッキーニが肉の脂身みたいになってる……! あと、タマネギが、軽く煮たのと炒めたので二種類入ってるよね……!?」


 それに、


「牛皿も、甘辛いのにサッパリで、どういうことだコレ……」


「おお、解るか。

 砂糖じゃなくて味醂使ってんだ。

 ――この学食はアタリとハズレが50%ずつくらいだが、カレー系と煮込み系は大体当たる。

 憶えておけ」


 その言葉に、カウンターの向こうから抗議が来た。


「50%とか言うんじゃねえよ!」


 ここの調理人はハニワの深度5か……、と、一月前だったら全く意味不明であろう一文を心に秘める。

 するとピグッサンが、カウンターに向かって、


「悪い悪い。オッサン、いつものアレ、出してくれ」


 そう言ってピグッサンがまたカウンターに向かった。ややあってから彼女が手に持ってきたのは、紙皿に乗った、


「シュークリームだ。ここのは美味えぞ」



 ホントにコレも美味かった。

 ピグッサンが持ってきた5個中4個は彼女のものだったが、


「うわ、コレ、ここで作ってるよね……! しかも中が生クリーム!」


「カスタードだと思ってるとビックリすんだろ。ちょっとバニラ仕込んであるから、味に変化あるのも面白えよな」


 うんうん、と頷いていると、他の面々も自分で買って食っている。自分達以外の皆も、釣られてそのようにしているようだ。

 そして己は、ふと思う。


「今、懐柔されてる?」


「ハア? お前、ピグッサンの事、ナメてんのか?」


「ユニット間のメンバー引き抜きや脱退は認められていますが、あのエンゼルステアから引き抜こう、というのは考えないですね」


「まあ、うちのゼネラルユニット”No狂団”は人員上限考えずにいつでも募集中だ。食い扶持無くなったら一時参加でも構わねえから憶えとけ」



■ゼネラルユニット

《素人説明で失礼します。

 ゼネラルユニットは ユニットの登録区分の一つで 主に大空洞範囲地上側での業務を行うユニットのことです

 一般ユニットとも呼ばれ こちらの方が三十代以上には広まっている名称ですね》



 画面の説明を聞いて、ああ、と納得いったことがある。

 地上業務を主に行うゼネラルユニットを、地元就職組の代表であるピグッサンが率いている。

 ここにはつまり、大空洞範囲の”社会構造”みたいなものがあるのだろう、と。

 そして、ピグッサンが腕を組み、口を開いた。


「――チョイと興味本位で聞くが、お前、昨日のミッション、どんなだったんだよ」


「あ、見てなかったんです?」


「実況時間中、あたしは別にやることがあってな。

 ――勘違いで呼びつけて何だが、暇つぶしに教えてくれるか?」



 そこからちょっと盛り上がった。

 昨日の記憶だ。

 空気の匂いだって憶えてる。

 それに、画面が、外に回っている実況映像を出してくれた。

 ゆえに自分はそれを横に置いて示しながら、


「ここ! 何だかあとから解説聞いたら、確かに黒魔先輩が、既にこの階層? の解析をやってるんだよね」


「――黒魔先輩、流石だな……。しかも早え……!」



「――で、ここ、ほら、白魔先輩が楽器? 鳴らすようにして防護障壁を連続展開してて。

 マー見てると一瞬気を取られるっていうか」


「――白魔先輩は、ダブルスのランカー戦でもこれを得意としましたからね……。

 当時よりも視界が広いように思います」



「――そうそう。

 ここで何が起きるかと思ったら、聖剣引き抜きでしょ?

 凄い加護なんだってね。――そして抜剣!」


「お前、これアップで見られるの貴重なんだぞ!

 つーか、ホント凄えなハナコさん……。

 あ、お前が死ぬ処は見せなくていいかんな?」


「アー、そうだね。自分もちょっと恥ずかしいから、うん」



 そんな感じで何かいろいろアガった。

 御返しという訳ではないだろうが、こちらへのアドバイスとして、街のことや生活のことなど、頭に入らないくらい聞いた。ただ、


「こっち来たばかりってことは、レベルアップ処理はどうなんだ?」


《ハナコの方から 明日にレベルアップ処理をするから待て と 指示があります》


「おお。そりゃスゲエな。

 ――また今度、その時のこと、教えてくれよ」


《はい 私の方で 記録しておきますので》


 そして解放されたのは、学食に来てから一時間が過ぎた頃だった。


「――おっと、いけねえ。あたし達もユニット活動始める頃だな。

 ――お前、DE子でいいのか? これからも、何かネタがあったら教えてくれ」


 頷いていると、ピグッサンにハコが手を上げた。

 既にハコ先輩、というくらいの関係にはなっているが、


「私は自分の業務がありますので、ここで。ピグッサンは良い御仕事を。――では私は、彼女を正門まで送っていきます」


 そういう流れで、護送? となったのだ。




「諸処、お手数をお掛けしました」


 夏前の午後は、まだ日が高い。

 緩やかにキャッチボールをやっている女子野球部の動きを見つつ、己は小さく笑う。


「無茶苦茶可愛がられたよね……」


「嘘を言うつもりはありませんでしたので」


 人は見た目に寄らないと、そういうことだろう。

 見本みたいな話だ。だけど、


「あのさ……」


 花壇の前、昼に彼女達が牛子と向き合ったあたりを通り過ぎつつ、自分は問う。


「ピグッサンって、実は、……エンゼルステアのファンだったりする?」



 問いかけに、ハコ先輩が、ちょっと歩速を緩めた。

 だがすぐに彼女はそれを戻し、


「まあ、いいでしょう」


 言った。


「ピグッサンは、ハナコさんに、憧れているのですよ」


 言葉を選んでいる、という口調だった。


「幼い頃はカワイイと評判の子でした。しかし中学に入る前に得た憑現物がオークロードでした」


「え? アレ、強そうなのって、元からじゃないの?」


「流石にそれは……、というか、強そう、とは?」



 ハコとしては、警戒する処だった。

 ピグッサンは、あの外見で、苦労してきたのだ。

 それを気軽に”強そう”というのは、茶化しや、ギャグのつもりか、と、そう思った。


 ……そうであったならば、ここで”終わり”ですね。


 ピグッサンが、このダークエルフのことを求めても、上手くはぐらかそう。

 そしてもし、ハナコ達がちゃんと大空洞範囲に生きる者について、このダークエルフに因果を含めたと判断出来たならば、また元に戻そう。


 ……そのつもりで。


 と、そう思った時だった。

 ダークエルフがこう言った。


「――周囲から頼られてるタイプの人だから、鍛えたりして、もとからああいう姿を望んでるんだと思ってた」


 だから、


「違ったかな……? だとしたら、そんな感じで接してたから、すみません」



 ハコは自分を収めた。

 ただ頷きを作り、その後で息を一つ入れた。

 そして、


「謝る必要はありません。――今、彼女は貴方の言う通りですよ」



 DE子は、前を向いたプロテクトシール着きの先輩が言うのを、ただ聞いた。


「かつての話です」


 それは、


「――かつてのピグッサンは、以前と全く違う容姿に落ち込み、周囲がフォローしても自分を追い詰めました。

 では外界はどうかと、そのような容姿などが普通に生活出来る場所に出ようと、誰かがそう勧めても、実家は大地主の一人娘。

 逃れられぬのです。

 真面目な方で。

 だから酷く荒れました」


「え? いや、あの」


 聞いて良いのか。

 まだよく知らぬ、しかも余所のクラスの代表格の、更には過去の話を、だ。

 だがハコ先輩が、小さく笑った。


「いいのですよ。

 ”今”の彼女は違う。

 ”昔のことならば、昔のあたしが悪かった。そこは謝る”だけど”今のあたしは謝らねえ”と、そういうことです」


 その物言いに、否、これまでのピグッサンの物言いに、自分はあるものを見た。


「ハナコさんが言いそうなことだ……」



「そう言うと照れますよ、ピグッサン」


「そうなんだ。――でも、どうして?」


「何故聞きたいのです?」


 問いかけに、自分は、ある言葉を思った。

 今のピグッサンの話は、


 ……”変わってしまった人”の話だ。


 自分に出せていない答えを、出そうとしている人がいる。



「ピグッサンは、荒れていた時期があったとして、……でも、それをキッパリやめて今の彼女になってるんですよね?」


 だとしたら、


「何が契機で、今のようになったんです?」


 それは、己に通じることだ。

 どうにも出来ない状況から、どうにかしたい。

 だが、その方向性として、


「――違ってしまった自分を、どうやって認められたんです?」



 ……成程。


 ハコは、この後輩を信用することにした。

 今、彼女が言ったのは、興味本位の問いかけかも知れない。だが、


 ……私は当時、荒れている彼女に、”それをやめろ”としか言えませんでした。


 しかし違った。

 やめろ、ではなかったのだ。


「ピグッサンは、こう望んだのですよ。

 ハナコさんのように”自由”になりたいと。

 だけど自分にはいろいろあって、それは出来ない。

 でも、それは、出来ないからこそ、”憧れ”となったのです」


「……何故?」


 疑問に対し、自分は一息を必要とした。

 この後輩の言葉を、一度、噛み締める。


 ……”どうやって認められた”、ですか。


 同じだ。

 ピグッサンの転換。

 その原動力となったのは、”それをやめろ”ではなく、ハナコの持つ”自由”への憧れと、そんな己への気付きだった。

 では彼女は、何でありたかったのか。

 自分は回答した。 


「――ピグッサンの真名は、華子というのです」



「己の憧れに逆らえる者は誰一人おりますまい」



「……真名、聞いて大丈夫?」


「ピグッサンの場合、真名よりも今の名の方が強いとされています」


 そっか、とDE子は思った。

 さっきピグッサンがこちらを学食に呼んだのも、理由がある。


「……新入りが、エンゼルステアに入って調子乗って、ゴア動画で再生数稼いでるとか、駄目だよねえ」


 勘違いだと解って、安堵の吐息をした訳だ。

 もしも懸念が本当だったら、こちらをシメる必要があるし、エンゼルステアの風紀が乱れていることにもなる。


 ……憧れが、もしも穢れていたらと考えると、確認するのも怖いよな。


《正常性バイアスですね》


 だがそうではなかった。


「勘違い、失礼致しました」


「いや、いいよ。昼飯にスイーツつけて貰ったし」


「それでいいならば、今後も」


 小さな笑みと共に、ハコ先輩が足を止めた。

 気付けば正門通りだ。

 そして正面、行き先には二つの影があった。



「DE子、――遅かったですわね」


「――――」


 梅子は明らかに心配顔だ。

 だからこっちは極めてフツーに手を軽く振って、


「待っててくれたんだ。――ハコ先輩、どうも有り難う御座います」


 振り返ると、ハコ先輩が頭を深く下げる。

 恐縮する。

 ただ牛子が手招きするあたり、急いで退出した方がいいのだろう。

 正門を出るまで、ハコ先輩は頭を下げたままだった。



 牛子としては、DE子がハコ先輩に送られてきたことに対し、納得半分、安心半分、と言った処だった。


 ……まあ、想像の範囲ではありますわね。


 正門から出て、とりあえず後ろの二人に声を掛ける。


「帰りに一息入れません? この近く、モツ料理もトンカツ屋もタイ料理とかも、いろいろありますのよ?」


「濃いなあ――……。あ、でも、学食で昼飯とスイーツオゴって貰った」


「え? そ、そうなの?」


 要するに、悪いことは無かったのだ。

 だから自分は半々の状態で止めていた内心の針を、安心の方に傾ける。

 そして食事を不要とするならば、


「何処か、行きたい場所はありますの? それとも帰って何か作業を?」


「あ、それなんだけど……」


 DE子が、珍しく思案する。

 すると画面が出て来て、


《あのですね。ハナコのことで――》


「ちょっとお前っ!」


 掴んで消した。

 何か自分で言いたいことがあるらしい。だから己は会釈で促し、


「聞きますわ」


 大体、言われる言葉は解っている。

 そしてその通りのことを、DE子が問うてきた。


「ハナコさんが人を殺めたっていうのはどういうことなのか、……解る範囲で教えて貰えないかな」



 ハナコが人を殺めたことがある。

 その話について、牛子はまず、認める処からスタートした。


「……そうですわね。

 きっと何処かで聞くこと、と思ってましたし、ハナコさんも自分で言わないですから、いずれ……、と思っていましたけど、このタイミングですのね」


「牛子達はいつ聞いたの?」


「私はこちらに来るときですの。

 去年の夏あたりですわね。

 英国側の調査会社からそのような情報が来ましたわ。

 ――その人のユニットに組み込まれるとは、思っても居ませんでしたけど」


 指さすのは正面。

 正門から、横断歩道があり、その向こうには大空洞浅間神社に至る道がある。

 何となく道が揺らいでいるようだが、


「あ。――左右に森や街が見えたら気をつけて。

 あまり見過ぎると引っ張られるからね」


「DE子は、浅間神社には自分で行ったこと、ありませんのよね?」


 DE子が頷く。




 そして皆で歩き出す。北を背にしてやや下り。

 既に道路のずっと向こうには、浅間神社の大桜が見えている。

 初夏の午後、陽光を浴びる桜の緑葉に向けて、自分は歩を進めつつ、


「どのように、チュートリアルは言いましたの?」


「いや、クラスの人から聞いたんだけど、旧エンゼルステアのリーダーが行方不明になっているとか、……別件? あるとか?」


《一応補足しますが 私の方から情報を出し 同級生が補足しました》


「チュートリアル真面目ですわねえ」


 本気でそう思う。

 だが、一息をついた梅子が、首を傾げて言った。


「旧エンゼルステアのリーダーについては、ホント、謎」


「謎?」


 ええ、と己は梅子の言葉を継いだ。


「――どういうことか解りませんけど、旧エンゼルステアのリーダーについては、その情報も、大部分の記録も記憶も、字限封印などの処理をされていますの」


《字限封印って、アー、あれか、真名とか封じるアレ》



■字限封印

《素人説明で失礼します

 字限封印は 英国UCATが開発した技術です

 結界インフラ内で発される特定ワードを 文字的に封印する目的で作られました

 これによって 都市級 国家級の範囲内においてその概念を失わないまま誤召喚 誤発動を避ける事が出来ます》



「各空洞の階層拘束では名前に干渉するものもあるので、調査隊ユニットの場合、戸籍の状態から真名に字限封印を掛けるのが常ですわ。

 たとえば私の真名は■■■■■■■となりますの」


「何が何だか、って感じだけど、確かに認識は出来ても意味が解らん……」


「一応、移住者は事故がないようにデフォルトで真名に字限封印掛けてるよ? 浅間神社でちょっと手伝ったことある」


 そういうことは、自分の名もそうなっているのだろう。

 ここで開示するつもりはないが、事故はないのだと憶えておくと同時に、


 ……さっき、ハコ先輩がピグッサンの真名を教えてくれたのは、彼女が調査隊じゃなくて、地上側で活動する人だってのもあるのかな……。


《地上側で他人の真名に干渉したら刑事罰になります

 地下ではそれが適用出来ないので 封じておくわけですね

 なお 真名を明かしている場合でも プロテクトシールをつけたり 加護で防護すれば干渉書き込みをされなくなるので 各空洞に入れない という訳ではありません》



 そういうものか、と己は納得した。


「……情報という事象を封印するのが字限封印で、でも、旧エンゼルステアのリーダーについては、更に深いのが掛かってるってこと?」


 ええ、と牛子が頷いた。


「当時の関係者は皆、会っていた筈ですけど、顔も声も思い出せませんの。そして彼女がいた形跡も、認知出来ませんの」


「認知出来ない?」


「うちの学校の関係場所の何処かに、開かずの間があるって噂」


「だけどそれが何処にあるのか、あったとしても、認知出来ませんの」


「そんな馬鹿な……」


 と言って、己はちょっと疑問に思った。


「画面? 旧エンゼルステアについての情報、出せる?」


 画面が、やれやれと軽く上下して、言葉を作った。


《旧エンゼルステアの情報は 字限封印や各封印処理で 存在していても認知出来ません

 私の方でも 何処まで表示して良いのか また 表示が出来ているのかどうか解らず つまり”ゼロを認識出来るか”というエラーが発生するため 開示出来ません》


「だったら”大空洞五大”の情報は出せますわよね? あれはハナコさんも問題無いと言ってましたので」


「”大空洞五大”?」


 問うと、牛子が首を下に振り、画面も同様に淡く上下に揺れた。


《――要望が御座いましたので、開示致します》



■大空洞五大

《素人説明で失礼します

 大空洞五大は旧エンゼルステアの構成員五名のことです

 リーダーの■■をトップに

 ハナコ

 リュウカク

 宙子

 マイコ

 によって構成されていました

 しかし本人達はこの呼び方を使っていません

 尚 五大頂と呼ばれていないのは 彼女達が組織の頂ではなかったからです》



「この■■って人が、いなくなったんだ……」


「ええ。――旧エンゼルステアは、ちょっと伝説的なユニットだったそうですわ」


 だって、


「第三回の大空洞最下層到達は、旧エンゼルステアによるものですもの」



「ハナコさんが、最下層到達したの!?」


「ええ。その証拠として、大空洞の大規模更新が為されたそうですから。しかし――」


 しかし、


「リーダーの■■がいなくなったのは、それからすぐのことだったそうですわ。ハナコさん達、メンバーは全員一年生。三学期の終わりのことだとか」


 思わず、息を詰めていた。


 ……全員、一年生って……。


 三学期までに、昨日飛び込んだ第一階層よりももっと難度の高い階層をクリアできるようになってなければいけない。

 無茶だろうと思うが、だがそれをやった連中がいたのだ。しかし、


「……解散した、と」


「何だか、凄く、……不思議な感じだったの」


 この三人の中、当時をリアルタイムで知るのは梅子だけだ。

 その彼女が、証言する。


「……無くなっちゃってたの。

 ある筈の、面白かったり、笑ったり、皆で騒いだり、御祭や、スーパーとか、駅とか、何処かに、いつもいたような誰かの記憶が、無くなってたの」


 そして、


「それを思い出させてくれたのがハナコさんだったのね」


「ハナコさんは、……何て?」


 うん、と梅子が頷いた。


「――■■は、あたしが殺してやったよ。

 だからもう、皆、忘れていい、って」



「でも私達、それで思い出したの。

 ――自分達の中に、短い間だったけど、応援したり、一緒に騒いでた誰かがいた、って。

 でも思い出せないって」


 一息。


「不思議だよね。

 ハナコさんは忘れろって言って、でも、私達、思い出せないの」


 その状況を言葉にすると、こう言うしかない。


「――忘れたくても思い出せない」



「調査会社からの報告によれば、殺害現場は西立川駅前。しかしそこに遺体など発見出来ず、更には■■の存在すら定かではありませんでしょう? そしてハナコさんや旧エンゼルステアの面々も、どのくらい認識の阻害が生じているか、解っていませんでしたの。

 ゆえにハナコさんはすぐに釈放。

 MUHSから東京大空洞学院に転校し、ここの総長連合の副長となって、活動していたのですけど――」


 牛子は、ここで話を切った。


「そこから先は今に続きますし、問題の核心からは外れますわね」


「…………」


「? どうしましたの? DE子」


「うん。……ハナコさんが、大空洞攻略とか、自由にやれって言ったり、自分もそう振る舞うのは、何かそういう理由があるのかなあ、って」


「――そのあたりは、私もまだ聞いたことがありませんわ」


 ただ、


「何か”詰まらなさそうにしてた”ハナコさんを、ユニット組もうって誘ったのは、白魔先輩と黒魔先輩だそうですの。

 二人とも、ハナコさんとは昔馴染みだとかで」



 ああ、とDE子は頷いた。


 ……何となく、あの三人が”強い”のって、そういうことか。


 言いたいことを言い合いってる。

 そんな仲。

 自分達はまだ、そういう処に達していないのだろう。

 そして今、何が足りないのかを、こんな風に埋めている。

 そういうもんなんだなあ、と思ったと同時に、ふと、気になったことがある。


「あのさ画面? うちのアパートとか、”開かずの部屋”とか無いよね?」


《あったとしても認識出来ませんが、まあ二階部分は四部屋フツーに並んでいると思いますよ?》


「それ一年半前に流行したムーブだなあ……。

 小学生の間で”一部屋無い二階”ってのが都市伝説になってて、怪異として言実化しないか、桜が注意してる」


 そういうものらしい。

 だとすれば、あと、聞きたいことは、


「じゃあ、ハナコさんが人を殺めたって、……別の件? そういうのあったよね? それは一体?」


「ええ、それを教えるために、ここに来てますのよ?」


 目の前。

 横断歩道の向こうに見えるのは赤の大鳥居だ。



「大空洞浅間神社。――表に回りましょう。そこからは梅子の案内ですわね」




◇これからの話







◇これまでの話








◇四章




 桜は、桜の精霊だ。

 大桜。

 東京の空に浮かぶ航空都市艦”武蔵”。

 八艦編成の中央後艦。

 ”奥多摩”と呼ばれる艦の上、武蔵浅間神社にあったのが自分だ。

 御神木という訳ではなく、境内にあって、ただただ武蔵の面々が馬鹿をやったり会議をするのを見ていた。


 ……楽しい空間ですよねえ。


 単に樹木だったときでも、そのような記憶がある。

 それがこちらに派遣されるとき、浅間神社代表の手によって起こされ、地脈管理や浅間神社としての業務を行う精霊に構築された。

 元々、武蔵浅間神社自体が、八キロはある巨大航空艦の流体経路などを管理していたのだ。姉妹艦の”大和”も絡めた補助処理があれば、この大空洞範囲の管理は充分に出来る。

 だがそれであっても、


「ちょっと暇なんですよねー」


 しかし、今、ちょっと自分の興味の動く案件が来た。

 来客だ。それも、



「お!? 梅子さん! どうしたんですこんな暇な神社に夕方前に戻ってくるとか! 誰かからイジメられたんですか!? けしからん! 何をされたんですか!? ハアハア……、あ、いや、梅子さんのけしからん状態をイメージして興奮した訳じゃ無いです! 私、精霊ですんで! 今のはただ興奮しただけです! で、どうなんですか梅子さん!」



 DE子は、自称精霊が巫女の両肩つかんで揺さぶるのを初めて見た。


 ……精霊って、ああいうもんだっけ?


 川崎の鉄鋼精霊達は、それこそ総長連合役職者や実力者達の守護についていたものだったが、


「ああ、伊豆のバナナワニ園のバナナ精霊とか、うるさかったよね……」


「桜がそういう範疇かは別として、そんなのいたんですの?」


「うん。子供が大好きでね。好きが行きすぎて一回ポリスの世話になって持ち番組で謝罪会見やった」


「あっ、知ってます! アイツってズルいですよね! 私、武蔵にいるとき、作りの母さんから”コイツに負けないくらい濃くならないと駄目ですからね!”って念押しされてたんですけど、アイツ、謝罪会見で頭下げた直後のCMで”バナナマーン!”とか跳びハネやがって! ああいうギャグは卑怯だと思うんですよ私!」


 思わぬ飛び火だ。

 そして桜が、梅子を揺するのに飽きたのか、こっちに来る。

 よく見れば、確かに精霊らしく半ば浮いてる。そんな彼女が表示枠を出して、


「DE子さんおめでとう御座います! 総再生数が7000万回越えましたね!」


「今日は何処行ってもそれかあ!」



「いや何言ってるんですか! まだ南米とか発禁王国瑞典に渡ってないから、明日以降が本番ですよ! それでまあ、DE子さん人気にあやかって、うちの結晶自動回収サービス”リスポ”の新CM作ろうと思ってるんですよ、ほら!」


 出された表示枠の中、こちらを見た自分が映っている。だが三秒後くらいに全面モザイクになって、


「ここでDE子さんがカワイく”えっ? この状態から入れる結晶保険があるんですか?”って言って頂ければ!」


「誰か自分の肖像権とかいろいろなものの保護の仕方――!」


「桜? ちょっと梅子に、ハナコさんのアレ、案内して貰えますの?」


「え!? あ、ハイハイアレですね! マー内緒なんですけど、ハナコさんフクザツな人なんで、外から見るだけだったらいいでしょ。

 梅子さんとうちに遊びに来た感で御願いしますね!」



 どういうことだろうと思いつつ梅子に案内されたのは、自分が復活した桜の大木の向こう。

 花畑を超えた先にある、地下への入り口だった。



 鳥居型の門に、二重で守られたそれは、完全密閉型に見えて、


「……シェルター?」


「んー……、似てるかも」


 梅子がそう言ったあとで、補足した。


「結晶状態になった人達が、保管されてるの」


「……え?」


 どういうことか、一瞬解らなかった。

 何故なら、


「結晶化したとしても、ここで復活出来るんだよね?」


 と、そこまで言ってから、気付いた事がある。

 復活出来ると、そういうことは、


「復活させず、保管……? どういうこと? 復活サービスの代金が払えない、とか?」


「それもありますわね。一応、ここは、そういう”理由があって復活をすぐ出来ない人達”の保管場所でもありますの」


《如何なるサービスも 完全に”回る”訳ではありませんからね

 こういう”イレギュラー”を大事に保管しておく事も 必要です》


 その通りだと思う。だけど、


「……ここが何故、ハナコさんの関係する場所になるんだ?」


 言うと、牛子が、視線で梅子に言葉を促した。

 そして梅子が、手を上げる。

 表示枠。

 術式。

 展開するのは自分達の周囲を囲む光の壁で、


《音声遮断結界ですね》


 他言無用。

 その前提で、梅子が言った。


「――一部の人は、わざと、復活させてないの」



「……? どういうこと? 罰か何か?」


「ううん? 寧ろ逆……、って訳じゃ無いけど、意味があるの」


 それは、


「”外”で重病を患ったりして、命が短い人を、結晶化によって保存してるの」



「結晶化すると、結晶内部での情報変位が生じにくくなるのね。言定状態を強い設定にしたときみたいに、時間が何百万倍って遅さになるらしくて」


 だから、


「重病に罹った人達も、結晶化すると、その治療法や、臓器提供者が見つかるまでの時間を稼げるの」



 DE子は、梅子の言ったことを理解した。

 確か、似たようなサービスを海外でもやっていた。

 電詞都市-DTなどは、”莫大な懲役刑を受けた犯罪者”を収監しているとか、そういう話だ。だから、


「それは、……商売として、有りなの? だったらこんな、隠してる必要はないと思うけど」


「無理ですわ。よく考えて見なさいな」


 言われて考えて見る。何が無理なのか。


 ……ええと。


 結晶化をすれば命を救える。だけど、何が無理なのかと言えば、


「……結晶化のためには、死なないと駄目だ!」



 死んではいない。

 情報体として結晶化するのだ。

 だがそのプロセスとして、”死”が必要になる。ならば、


「……まさか、その中にいる人達を死なせたのって……」


「ええ。――ハナコさんが、そうですの」


「……大体は”外”からの依頼が来て、ハナコさんが相手を大空洞に連れて行って、しばらくすると結晶が回収されるんだって」


 フクザツだ。

 これは人助けだろう。しかし、


「ハナコさんは、一体、どうやって……?」


「各空洞内でのPK行為は記録されますわ。

 お互いのユニットと、大空洞管理役である東京大空洞学院の許可が出なければ、ですけど。

 でも――」


「ハナコさんの行動記録には、それが無いんだね?」


「うん。そして救済策が見つかって結晶化解除から治療に向かった人もそれなりにいるんだけど……」


 聞いた。


「……皆、ここと、ハナコさんに感謝の言葉を贈ってくるの」


 それはどういうことか。


「自分みたいなグシャアとか、やってない?」


「マーそれやってたら、感謝の言葉はなかなか内容が難しくなりそうですわね」


「ん。だから皆、言ってるの。

 殺すのでも無く、死なせるのでもなく、何か、別の方法をハナコさんは大空洞の中で見つけていて、それを使っているんだろう、って」



「……謎ばかりの人だなあ」


 無茶苦茶言って、やって、よく笑う。

 そんなイメージだったが、深く考えても解らないので、もうそれでいいような気もする。ただ、


「ハナコさんは、ここに来るの?」


「ん。よく、見回りというか、誰かの結晶が不安定になってないか、確認しにくるね」


 単独行動が多いようなイメージがあったが、実際、その通りなんだろう。


「今でも、たまにやってるみたいですわ。だからエンゼルステアが捨てユニットと組んだ記録がたまに残っていたりして、”ああ、やったんですのね”って、そう思いますの」


「ホントにフクザツな人だなあ……」


 いろいろ過去があって、自由にやれよと言って、そして自分は誰にも言わず、違法ともとれる人助けをやっている。


 ……ピグッサンなんかも、そういうハナコさんを知ってるんだろうな。


 だから、だ。



 だから彼女は無茶苦茶やってても認められていて、皆が知っている。

 旧エンゼルステアのメンバーだから、ではない。


 ……”今”だ。


 ピグッサンも、ハナコも、”今”を生きている。

 ピグッサンには憧れがあり、ハナコにも、きっと何かがあるのだろう。



 自分にも、そういうものがあるだろうか。



 どうだろう。

 己は、何もまだ、解っていないし、出来てもいない。

 解るのは、自分が、以前の自分とは変わってしまったことだけだ。

 それは確かだ。

 だから自分は、彼女達に追い付いていないような気がする。

 まだまだだ。だけど、


「…………」


 見本を見たよね、と、そう思う。そして、


「有り難う、梅子も牛子も」


 この二人にも、そういうものがあるのだろう。

 いずれ、聞くことや、解ることが出来るだろうか。その上で、己が”それ”を獲得出来たなら、見せることが出来るだろうか。

 解らない。

 だが、ここに来て、幾つもの見本や、道を示されたような気がする。


「――先は長そうだ」


「――ええ。だから、焦ることはありませんのよ?」


「……何か、焦ってるように感じた?」


「それは私には解りませんわ。ただ貴方に、言いましたわよね?

 私も梅子も、貴方の味方になると」


 一息。


「――我ら前を見る者なり」



 ――我ら前を見る者なり

   我ら全ての行動を感情によって始め

   我ら理性によって進行し

   我ら意思によって意味づける者達なり

   我ら何もかもと手を取り

   我ら生き

   我ら死に

   我ら境界線の上にて泣き

   我ら境界線の上にて笑い

   我ら燃える心を持ち

   我ら可能性を信じ

   我らここに繋がる者である


「――”我ら”、ですのよ」


 それはどういうことか。


「誰もが同じであると、私はそう思いますの」



「だとしたら――」


 ええ、と牛子が言った。


「共に行きましょう。

 そういうことで、今はいいのではありませんの?」


 ですね、と梅子が言った。


「では手始めに、――化粧品を扱ってる店、ちょっと寄ってみましょうか」


「アー、救かる。牛子はいつもどうしてんの?」


「――私などは取り寄せてるのですけど、入手しやすさ優先だと……、立川まで出ます? 高島屋か伊勢丹が道なりですわよね」


「ちょっと初心者にハードル高いのと、……雑談出来ないんじゃないかな」


 と、梅子が神社の外の方を指さした。


「右。西立の方」


「ニシタチ?」


「西立川のことですわ。――駅前にドラッグストアありましたわよね」


「ちょっとズレた処にももう一件あるし、そっちの方が大きいから、うん」


「ついでに夕飯買っていくかな……」


 と、そんな遣り取りをしていると表示枠に通神が来た。誰だろう、と思えば、


『――DE子さん、大丈夫!?』



『あ、悪い。無事の連絡すべきだった?』


『DE子さん……』


 長い吐息がついてきた。

 これはミツキが心配性なんだろうか。

 それとも巫女転換の自分が、女子としてのセンス無いということだろうか。

 よく解らんが、


「どなたですの?」


「あ、前の席の人。ほら、呼び出しにあったとき、いざって際の連絡先としてアドレス交換していて」


 そう言ってる間に、牛子が表示枠を出した。


「私達のアドレスも交換しておきましょう。

 DE子? 良ければそちらの方も――」


《通神設定をカメラオープンにします 普通に話せますよ?》


『――え? 画像来た? オッ? オホッ? ちょっ牛子さん!?』


 雑な反応だ……、と思った画面の向こう。

 ミツキは何処かファーストフードの店内にいる。



 慌ててポテト系を画面の前から片付けるが、


「あ、立飛のマクドだ」


「タチヒのマクド?」


「学校の横。立川飛行場のマクド。二階の見晴らしいいからすぐ解る」


 などと言ってる声が、向こうには聞こえているらしい。ミツキが手を小さく振って、


『江ノ島道の団地の人でーす。何? エンゼルステアのミーティング?』


『あ、いや、ミツキさんが言った通り、浅間神社に来たの』



 真面目ですねー、とミツキは思った。

 広めの店内。

 二階はそれなりに見晴らしがいいので、自分と同じような学生服姿が幾らかある。

 だが、こちらに気を向けている者はいない。

 だから己は、学校内でも知られたユニットの面々を画面に眺めながら、


『んー。ちょっとハナコさんの事について、DE子さんにいろいろ話しました。

 何か問題あったら言って下さい。

 うちもファッションですけどユニット組んでますので、トラブル生じたくないし』


『問題無いと思う。ハナコさん、そういう人じゃないし』


《基本 大空洞範囲内で知られている情報しか出ていません》


 チュートリアルが言うなら大丈夫ですか、と納得する。


『そっちは、これから?』


『西立のウエルシアに、DE子のスキンケア用品を見に行きますの』


『うっわ面白そう……!』


『来る?』


『遠い! 逆方向! あと、そちらの二人は――』


『ん』


『構いませんわよ。――次は合わせましょうね』


 器が大きい……、としみじみ思った。



 ……うん。でも良かった。


 ミツキは、ちょっと安心する。

 画面の中のDE子が、自分と話してるときと同じように表情をよく変えるのを見ながら、


『――ピグッサン、どうでした?』


『うん。いい人だった。――ミツキ、知ってた? そのこと』


 少し迷ったが、嘘が無い方がいいだろう。

 コーギーにマジ驚いていたような人なのだ。だから、



『何となく、という感じで。

 ――だからここで連絡待ってたんですけど、何も無いから自分の予感が間違ってたかと、チョイ不安だったんですよ……』


『アー、御免』


『いや、私もちょっとケ-ソツでした。一応、エンゼルステアのアカウントにDM送るかな……、とか思ってましたし』


『ああ、ピグッサンに聞いた聞いた。

 大空洞範囲内では階層拘束や概念法則などいろいろあるから、基本、大空洞範囲内のアカウントと発言は大空洞範囲外から見えない半クローズドになってるとか』


 ピグッサンと結構親しくなってるっぽい。

 凄いなあ、と思うが、


『ミツキさん? DE子との繋がりがあるのでしたら、緊急の連絡などあるかもしれませんし、アドレス交換しておきません?』


『あ、ハイハイ! 御願いします!』


 表示枠を射出して、アドレス交換の認証を行う。

 二段階。

 パスワードは字限封印されているのが大空洞範囲式だ。

 ともあれ設定出来た。

 牛子さんの他、梅子さんという桜組の子も一緒に登録。


 ……メジャーユニットの面々と繋がるとか、何か凄いですね……!


 自分が凄い訳じゃないから錯覚だけど、ただ何か感じる”凄い”の正体は、何ですかね。

 期待感ってヤツですかね。

 そこからちょっと雑談。



『そっかー。DE子さん住んでるの中神方面だと、こっちと真逆ですね。

 まあ、うちの方も、近くの飛行場がある以外は静かな地域なので、あまり変わらないですけど』


『? ミツキさんの家のある方って、学校の東側だよね? 立川に近いのに、自分が住んでる中神の方と、あまり変わらないの?』


『立川駅は、周辺から離れると区画整理とかほとんどされてない住宅地が多いの。

 東京大解放前は、駅から北東に行く国道16号沿いが栄えると思われてたようなんだけど、以後はモノレールが通る北西側にいろいろ箱が建ってるね』


『うちはその北西側と16号の間なんですね』


『そんな各所に、各空洞や、各国、各企業の施設が点在している、という状況ですわね。

 あ、私は、学校のある昭和記念公園北西あたりを、我が家の事業のために領地としてますの』


『地主……!? あ、でも、ピグッサンも地主だとすると……』


『ピグッサンは学校の北東方面の地主ですね。顔役になるの、解りますよねー』



 DE子は、表示枠を前に一つ息を吐いた。


 ……一気に、気分的な行動範囲が広がった感じ。


 何だか凄く視界が広くなった気がする。

 そんなこちらの気分を悟ったのだろうか、牛子が小さく笑って西の方を指さした。


『では行きましょうか。――明日はレベルアップ処理で学校を休みますから、その用意をしておくと良いですわよ?」



 それからドラッグストアによって帰宅し、一日のルーチンを消化。

 その夜。

 引っ越し荷物そのままの自室の中、ドラッグストアの店員に選んで貰った化粧水で肌を軽く叩いていると、白魔先輩からメールが来た。

 それは明日の朝、集合する場所の指示で、


「西立川沿線商店街……。駅の西向かい側? 今いるのが駅の東だから、逆方向か!」




◇これからの話






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