▼003『憧れの君が唄う日常の記憶』編

◇これまでの話







◇『▼第三幕』



◇序章




「朝――」


 とりあえず言って、起きてみる。

 朝。

 昨日は帰投というか検疫の後、DE子さんのアジャスト時間などを確認してから、授業に出た。

 ハナコさんにはDE子さん迎えに行くよう念押ししたけど、まあ言わなくても行っただろうな、とは思う。



「白魔はオカン気質だからモー」


「あっ、言ったね!? 言ったね!? 自覚あるからそういうムーブするよ!?」



 そんな遣り取りが昨日にあって、まあ確かにそうかも、と思ったり。

 ともあれ昨日の放課後は、有望な新人が入ったということで、久しぶりに自宅で食事。

 クロさんがグラタンにサラダとフライドポテトを作っている間、こっちは帳簿とか諸処出資の整理をしたのだった。


「クロさん御料理のレパートリー多いねえ!」


「私、こんなキャラじゃ無かった気がするんだけどな……」


「うん。始めは逆のつもりだったよね」


 まあそういうものだと思う。

 適材適所。

 食後は今回のランの感想戦。

 二人でマンションのベランダに出て、中神から西立川の町を見下ろしながら表示枠で情報確認をしたのだ。




「夜景見つつ言うことじゃないと思うけど、やっぱり第一階層だけだと収支がプラスにならないねえ……。

 今回、タイムアタックに階層ボス発見と撃破とか、ボーナス着いてて有り難かったけど」


「第一階層にしては経験値も多かったけど、毎回こうじゃないからなあ。

 大体、今の第一階層は必ず飛行しなければならないから、燃料代がまず掛かる」


「ガンホーキ、廃気量低いので行く?」


「アー、そういう手もあるか……。

 でもそれなら二年組と中階層あたりのアタックかな……」


「ハナコさんと一緒という選択は?」


「ハナコはソロで行くターンのようだから、好きにさせといた方がいい。

 新人育成も、何か楽しんでるみたいだから、率先して関わらせたいとは思ってる」


「やっぱハナコさん、新人育成、アレ楽しんでるよね」


「余所見多くなるのが駄目過ぎるんだけどな……。

 アイツはホント、いつもいつも……」


「クロさん! オカン気質は私の持ち味だから、そこらへんは気にせず!」


 でもまあ、こっちも少し、面白さを感じてる。


「うちの子達がそんな風に楽しんでるなら、またアリーナ荒らす? 私はオッケーだよ?」


「レギュレーション、かなり変わってるよなあ……。今、何位だ?」


「さっき見たらダブルス七十二位」


「ウワー面倒くさいなソレ……。

 夏期更新まで、しばらくユニットランキングの方に専念してました、とか、そういう風にするか……?」




 とまあ、昨夜はそんなことをいろいろ話し込んだのだ。

 そして朝。

 カーテンの外は多分晴れ。 

 ベッドの中、横で寝てるクロさんは寝起きがいい。起きるなり、


「――■■■」


 呼ぶのはこちらの真名だ。

 幼馴染み。

 知ってる。

 でも今の自分達でそれを使うと、憑現に影響があるので呼べない。

 だから浅間神社経由で戸籍から字限封印を掛けているが、


「何? ■■■■さん」


 言うと、向こうが”あ”という顔をした。

 あー、と声に出して額に手を当て、


「……ちょっと昔の夢見てた」


「私もたまに見るよ。バレー部の時のこととか」


「アー、まあ、うん」


 言って、シャツ姿がベッドから降りる。



「朝はレンジでいいか?」


「あ、私コーンのアレで」


「了ー解。昼飯は”ガンジー”で弁当買って行くとして、夜は?」


「夜は”満留賀”で天丼ー」


「お前、頑なに”満留賀”で蕎麦食わないなあ……」


「いや、何か、最初に入ったとき、豆腐丼頼んだのがいけなかったと思うんだよね……。ほら、中学生って、ノリで生きてるじゃない?」


「まあ私がいつも天ざる大盛り食ってるから、バランスとれてるか……」


 ん。とクロさんがキッチンに向かう。

 こっちはベッドの布団をアゲて、南向きのカーテン開けて、軽く窓も開ける。

 すると列車の音が聞こえてきた。

 眼下、三軒分向こうにある線路を、鳥居型フロントパネルのディーゼルが行く。

 時折、輸送車両の連結部が硬い音を立てるのが不意打ち感あって目覚めにいい。

 そしてちらほらと聞こえてくるのは、通学の子供達や、学生の声。

 更には御近所の朝食の匂いが来たもので、


「クロさん! ソーセージつけよう!」


「体重上がるぞ」


 うん、と己は頷いた。その上で、


「今が大事! そういう事で!」




「――そういう事でようやく正式な登校か……」


 昨日と同じ道を、今朝もまた通っていく。

 至って普通だ。

 ただ遠くから、何かガラスが割れるような音や、駆動器の響きが届いてくるが、まあこれくらいだったら川崎でもよくあった。

 つまり今朝は、


「平和だ……」



 今日は授業終わったら、ちょっと自宅となっているマンションの周辺を見て回ろうか、と思っている。


 ……ハナコさん達も、意外に近くに住んでるからね。


 中神南側。

 東西に渡る国鉄青梅線からやや南にあるマンション。

 その二階にある一部屋が、一昨日からの自分の住まいだ。



 まだ中にある引っ越しの荷物を片付けも開けもしていないが、


 ……昨日、何にも出来てなかったから、ちょっとライフラインの確認くらいはし ておきたいんだよね……!


 今朝は左隣の住人とも挨拶出来た。



 白い髪の女性。社会人だろう。眼鏡のスーツ姿には、中折れ型の犬耳が重なっていた。

 部屋を出た瞬間。同じようにした彼女と視線が合った。


「――え? あ、お隣? 入ったんですか」


「あ、ハイ。DE子って言います。東京大空洞学院に転入してきました」


「アー……」


 と何度か頷かれたが、何もこちらのことは解ってないだろう。ただお互いが無害だと解ればそれでいい。そんな頷きだった。


 ……御近所付き合いはそのくらいがいいなあ。


 そんな事を思いつつ、他の学生達と共に道を行く。

 皆、それぞれ談笑したり、何か表示枠を見たり、だ。

 今更気付くが、時折に屋根の上を跳躍していく姿や、白魔先輩や黒魔先輩が使っていたような箒の行き交いも見る。

 それも学生だけではなく、一般人も含めているが、



「あまり人数いないね」


《川崎と一緒にしていませんか?

 しかし人口から比べると 飛翔免許 飛行免許 航空免許 そして高度通行許可証の保持率は川崎のそれの三倍ほどです》


「どういうこと?」


《川崎に比べて密度が低いのです

 ――別に御当地チュートリアルとして悔しいとか そういうことはありませんよ?

 私 冷静なAIなので》


 無茶苦茶悔しがってるな……、としみじみ思う。すると、


「お……」


 上空を、大きな影が通過する。

 JUAHのロゴを付けた剣状の巨大航空武装。青黒いマギノフレームだ。



■JUAH

《素人説明で失礼します。

 JUAHはJapan-UniversalAttackHexenの略で

 東京大解放を行った東京五大頂の一角です

 全長五百メートルを超える機動式魔法杖を用いて戦闘する魔女の集団は 大空洞範囲には”大空洞範囲支部”を置き  ”目利きの魔女”が代表として存在しています》



■マギノフレーム


《素人説明で失礼します

 マギノフレームとは 東京五大頂の一角 JUAHの構成員たる”魔女”が用いる武装で 流体によって造り上げたインスタントの巨大な機動式魔法杖です

 全長500メートル超

 保持時間は一瞬から半日程までで どれも事象や法則を無視したような戦闘を行います》



■マギノフレーム”送り狼”

《素人説明で失礼します。

 マギノフレーム”送り狼”は 大空洞範囲の警備と監視を担当するJUAHの”目利きの魔女”が作り出すもので 子機を大量射出 面で敵を圧倒する戦術や 監視を行います。

 奇数日の定時に大空洞範囲上空を監視飛行しますが 平時は観光対象として名物にもなっているようです》



「一気に来たなあ……。

 でも実は地元の方でJUAHが近しいし、昔の進路先にも関わっていたから、それなりに知っているんだよね。JUAHの本部は横浜だから」


《説明が多いのはチュートリアルの御決まりだと思って下さい》


 言ってる間に、空を行く巨影が西の方に向かう。


「昨日、あれが飛んでたら、駄竜の方への対応ってどうなってたかな」


《変わりませんよ

 JUAHはまずJUAH本部からの指示の有無を確認の後 中央大空洞範囲自治体の判断を尊重します

 昨日で言えば 立川警察・中央大空洞範囲部や 他 自治体所属組織 またはそれらの依頼を受けた組織が対応し しかしそれが不可能と判断した際 JUAHが動きます》


「決戦手段みたいな扱いなんだ」


《川崎では違ったのですか?》


「川崎というか、JUAH本部のある横浜だと、トップクラスの連中が下らない理由の喧嘩でマギノフレームのドンパチするから」


《下らない理由?》


「うん。電子書籍で共有してた推理小説が、犯人開かされるページで既読終えたままになってたとか。

 それで片方が詰めたら”ロジックが杜撰でね! 君にも解って貰いたかった!”って開き直られて。

 結果だけ言うと横須賀からUSAHのマギノフレームも出て来て大体半壊した」


《杜撰な……

 ああ”横浜ミステリー騒乱”ですか

 今 検索で見つけました》


「ああそれそれ。まあそういうのがこっちでも有り得ると、そんな感なんだ」


 と、街道に着いた。

 横断歩道を渡れば”森”がある。つまりそこが正門通り。

 だから横断歩道を渡ろうとして、


「きゃ……!」


 前。いきなり誰かに膝を入れてしまった。



 ぶつかった。


「うわ、すみません……!」


 言った先、相手が明らかに戸惑った気配があり、こちらとしては、


《おやおや駄目な子ですねえ》


「あ、アオリに来た……!」


 とはいえバランスを崩しそうになった相手の肩を押さえ、謝る。


「す、すみません、大丈夫ですか!?」


 振り返った相手がこちらを見上げる。



 小柄。

 ただ、こんな反応は何か久しぶりに見た気がする。そして、


 ……桜?


 何か、彼女の周囲に白い切片が散っている。

 確かには見えないが、幾つもの散る欠片越しに、確かに彼女が頭を下げた。


「……すみません」



「あ、いや、こっちがミスったんだから、そっちが謝る必要ないですって!」


「でも、私の方がそちらの前に出なければ」


 横断歩道の位置だ。

 こっちが左に寄って居たところ、彼女が左から来て渡ろうとした。

 彼女の進路妨害とも見えるけど、ここは自分のミスでいいと思う。

 横断歩道もまあまあと言っている。だから、


「そっちは謝る必要ないですよ。膝入れてしまったのはこっちなんで」


「でも、それも、私がそちらの前に出なければ」


《論理的に一巡してますね》


 だよねー、と己も思う。

 向こうは譲る気が無いように感じて、ではどうしようかと思った。

 すると今度は右から、



「あら? ――二人ともどうしましたの?」



「あ! 牛子さん! ……で、いいんでしたっけ?」


「マー本音言うと未だにその呼び方で納得出来てない処もありますけど、ええ、牛子で構いませんのよ? 同い年ですし」


 ああ、うん……、と自分はうなづき、左を見た。

 並んで立っている状態の小柄な少女。

 彼女を己は手で示し、


「知り合い?」


 問うと、あら、と牛子が微笑した。


「知り合いも何も、同じエンゼルステアの一年組ですのよ?

 ――梅子? こちらが新規参加のDE子ですの」


「デコさん……?」


 梅子、と呼ばれた彼女がこっちを振り仰いだ。

 目を見開いて、


「……貴女もハナコさんに名付けられたの?」


 その通りですとしか言い様が無い。




◇一章




「ああ、梅子さんは浅間神社に住み込みなんだ。それで朝、仕事を終えて学校行く途中だった、と」


 正門通りに入って、三人でゆっくりと歩く。

 今日はちゃんと道に入れたから問題無し。

 昨日、駄竜と戦闘した箇所も補修が進んでおり、石畳の崩れた箇所には砂が詰めてあった。

 そして歩道を行きつつ、やや後ろに並ぶ梅子が言う。


「ん。早朝に担当管区の御神水を入れ替えるんだけど、その時、近くの店で昼食の御弁当発注して、朝にそれ受け取ってからここに来るの」


「そうなんだ。その店って、何処?」


「ん。私の担当は学校の西側。国道59号、多摩大橋通りの店並びと、西立川駅商店街……、って解る?」


「え? 国道59号だったら、うち近所なんだけど、浅間神社からだと往復遠くない?」


「ん。――何処の空洞にも入らない日は、多く歩くようにしてるの」


「各ユニットの構成メンバーは、ユニットとして訓練するときもありますけど、エンゼルステアはそこらへんが緩いので、自主的にそれをやっておくのが常ですわ」


「浅間神社の仕事の空く時間を考えると、午後や夜は自分の時間として使いたいから、この朝の時間かな、って」


「――そっか、朝練みたいなもんだね」


 そうそう、と頷く仕草に余分な力がなくて、自然体を感じる。

 見れば、やはり流体光の小さな欠片が彼女の周囲に舞っている。

 何か加護があるのだろうか、と思っていると、


「DE子は何か、スポーツとかやってましたの?」



「いや、別に? 強いて言うなら移動は自転車? あとまあ、自主的に毎日ちょっと筋トレみたいな、そのくらい」


 言うと、牛子が少し眉を上げた。

 歩みの遅くなっている自分達は、他の生徒達に振り返られたり、追い抜かれたりしながら、


「――では、昨日の身のこなしなどは、何処からですの?」


「身のこなし?」


「あ、牛子から勧められて動画見た。

 うん、滑走のときとか、言われてみると何となく、身のこなし」


「え? 昨日のアレ?」


 実は自分も結構見直した。

 撮影術式が複数あったのか、バージョンも幾つかあった。そして、


「でも牛子、動画のアドレス教えるとき、ちゃんと後ろ切らないから、DE子さんが全面モザイクになる処からスタートしたよ、アレ」


「――え? いけませんわね、それは。

 昨日、”うちの新人ですの”ってTwitter(現X)で直リンしたんですのよ?」



 ちょっと見てみる。

 検索”牛子”でトップに出るんだな……、と変な感心をしたが、


「――画像がセンシティブ判定になってる」


「何てことですの。DE子をセンシティブにするなんて」


「それ今回は仕方ないんじゃないかな……?」


「いえ、貴女の存在がセンシティブ扱いだなんて……」


 と牛子がこちらを見た。

 一応、昨日にハナコから言われた通り、前を開けているが、


「……仕方ありませんわね」


「うん。……通学中は前閉じて、学校内で開けるようにするのでいいか、ハナコさんに聞いてみるよ……」


《外で正して校内で乱すとか 校則に良くある”衣服の乱れ”とは逆ですね》


 言われてみるとそんな気もする。

 すると牛子が表示枠を開いた。


「ちょっとハナコさんに聞いてみますわ」



『あの、ハナコさん?』


『あ!? 何だよ一体! またあたしの責任かよ!? クッソ! 皆して敵か!』


『新手の被害妄想が始まりましたわね?

 ――そうじゃなくて、DE子さんのナリのことですの』


『ああ、パッツンパッツン、いいじゃねえか! ダークエルフらしくて』


『それが昨日の実況動画で、センシティブ食らってますのよ』


『ハア? そんなに判定厳しかったっけ?』


『ええ。ワイバーンの尻尾でグシャアって行く処で』


『そりゃ普通センシティブ入るよ馬鹿! 入らなかったらTwitter(現X)の性癖がおかしいぞ!』


『――まあ気になるなら、外パブの時とか、閉じておけばいいんじゃねえの?』


『開くのはなるべく堅持する方向ですのね?』


『ああ、パッツンパッツン、いいじゃねえか! ダークエルフらしくて!』



「何か会話がループしそうなので切りましたけど、そんな感じのようですわ」


「ンンンン。何か苦労掛けるね牛子さん」


 言うと、牛子が苦笑した。

 学校前、正門を背景に、


「牛子、でいいですのよ?」


「いや、その……」


 自分としては、少し迷って言う。


「自分、相手が女の子でいきなり名前呼びつけってのはビミョーに慣れない」


「あの、……巫女転換の人?」


「ウイス。そんな感じ。朝起きたらこうだった」


 アー、と二人が頷く。だが、


「ちょっと慣れないようですけど、なるべくそうして貰いますわ」


「どういう理由?」


 疑問詞に対し、牛子が梅子と顔を見合わせて頷いた。


「上の見解がそれなので」


 凄く納得したので、今後はなるべくそうする事にする。




「――さて校舎が見えて来ましたけど、DE子は昨日、このアングルで校舎を見ていませんわね」


「アー、確かに……。今日が初通学みたいな感じだな……」


《一応ですが 校舎は このような形状です》



■東京大空洞学院(校舎)


《素人説明で失礼します

 東京大空洞学院は 東京大解放の後 多摩地区の学生達に向けて作られた学校でした

 しかし地下に大空洞が現出して以降 幾つもの政治的なトラブルなどに巻き込まれつつ 今は大空洞範囲内における学生自治の象徴となっています

 現総長、生徒会長は 東京大空洞総長を兼任する”銀河”です》



「ただただデカいなあ……。これ、一応は共学だよね」


「ええ。――やはり気になりますの?」


 巫女転換だと大変ですわね、というのが牛子の感想だ。


 生活が大きく変わるし、そこから来る自分自身の変化も戸惑いが起きやすい。

 自分も白魔や黒魔を含め、知人に数名いるが、


「どちらかというと内向き傾向になりやすいんですのよね」


「アー、”自分ってこういうキャラだったんだ”って自覚した方が、元の性格よりも強くなるって。そんなこと中間域の座学で習ったけど、あるかもなあ」


「……でも、深度の進行はあったんだよね? いきなりそうなった訳じゃないんでしょ?」


 いやいや、とDE子が左右に手を振る。


「自分、”飛び地”で憑現化したから、段階的でも無くてさ。川崎だと、初のケースだって」


「え!? そうなの!? うわ、御免なさい……」



 このことについては初耳だった。


 ……昨日はそこまで話が出来ませんでしたものね。


 話していて、何か気遣いの無いことを言ってしまったと、そう思った。

 その原因は、”それ”だ。


「地下東京や、同じく大空洞が現出したオクスフォードの住人の場合、憑現化は受け入れる文化になってきていますわ。特に英国は東京大解放以前から異族が多い土地でしたので。しかし――」


「そうではない場所だと、行き違い多そうだね」


 そういうことだ。



「? 牛……、牛子は、地下東京の人じゃないの?」


 こちらの名前を言い直したDE子の問いかけに、自分は首を縦に振る。


「私、地元オクスフォードで憑現者になってからの移住組ですの。

 これについては受け入れてますし、英国を代表する牛種の憑現者になったことは誇りにも思ってますの。

 だからもし外に出るとしても、憑現者指定の証明加護を持って出ますわ」


「そうなんだ。……ぶっちゃけ自分も、まだ現状が理解出来てないのかな、って思うんだけど……」


 言われた。


「こうなった時、何か変な夢見た憶えがあるんだよね」



「どういう?」


 んー、としばらく考えてから、DE子が告げた。


「真っ白い地平にただ一人で立ってて、何も出来ない状態で。叫んでも声が聞こえなくてさ。身動きとれなくて怖いって思ったら……」


「起きたら、そうなってたの?」


「うん。だからまあ、夢診断って訳じゃないけど、――その不安から逃れるために、この姿になったのかなあ、って、そんな訳ないけど、医者も違うっていうけど、自分としては何となく今、そんな風にも思ったんだよね、川崎にいたとき」



 成程、と牛子は思った。


 ……DE子の不安について、”解る”とは言えませんわね。


 自分は”それ”を目の前にしていないからだ。

 ただ、自分が受け入れられるかどうかというだけのこと。

 そしてそのことには問題無いと、己は思った。


 ……ならば、私にも言えることはありますわね。


 それは、


「――DE子」


 心に浮かんだ言葉を示すため、まず、行為として右手を出した。

 握手を望む。

 何事かと戸惑うDE子に、しかし己は右の手を伸ばしたまま、引かない。



 牛子は、DE子が身動きをしないのに気付いた。


「? どうしましたの?」


「あ、いや」


 拒否られているのだろうか。

 ならばそれはそれで、こちらが拙速だったということになるが、


「巫女転換の輩としては、……女子と手を繋ぐということにハードルが高くてですね」


「昨日はエスコートしてくれたじゃありませんの」


 こちらから彼女の手を掴んで握ることにする。



 ……うーん、基本はヘタレだからなあ。


 そう思いつつ、何となく流れで手を差し出してきた梅子とも握手。

 ふと、通り過ぎていく生徒達が振り返り、幾らかが微笑や驚きの表情をしているが、それくらいは”浮いた”行為だ。

 しかし、それらを無視して牛子が言った。


「――貴方が得る不安は、恐らく、私にもまたあるものでしょう」


 だから、


「私は貴方の味方ですわ」



 牛子は言った。


 ……ちょっと意味が通じにくかったかもしれませんわね。


 だが、意味は通ったと思う。

 そして、梅子も同じように頷く正面で、


「…………」


 DE子が、握手した自分の手を見ている。


「? 力、強すぎましたかしら?」


「いや、そうじゃなくて……」


 ややあってから、迷いを振り切ったようにDE子がこう言った。


「……やっぱハンドクリームとか使うの? そのしっとり感」


「そう来ましたわね……?」


「いや、昨日も抱きかかえられたときに”凄い良い匂い”とか思ったんだけど、コレそういうの常識だとしたら、自分もやっとかないとダメかな、って」


「……牛子、昨日は何したの?」


「何もしてませんのよー?」



 とりあえず画面を出させて、西立川駅近くで化粧品を扱っている店を教えておく。

 自分も他人の肌を診断出来る自信はないので、店案内くらいが限界だが、


「うん。ちょっと時間あるとき寄ってみる。男子用とは文化が違うってのは解るんだけどなー……」


「男子用のもあるの?」


「それなりにあるよ? まあ、自分の場合はスーパーとかで選ぶくらいだけど。

 ――あ、ほら、中学校はシャワールームとか無かったから」


 知らない文化ですの。

 ともあれ”置き換え”みたいなものが進むといいと、そう思っていると、


「二人とも、有り難う」


「? 常識というか、誰でもいずれ知ることだと思いますわよ?」


「いや、……味方になってくれるって、そういうこと」


「――あら? 別に、私が勝手にそう宣言しているだけですから、気にしなくていいですのよ?」


 いやまあ、とDE子が笑った。


「――いずれは、こっちも頼られるくらいにならないとね」



 DE子の言葉に、己は頷いた。


「貴方が、貴方のような人に対してそうなれることを信じますわ」


 と、そう言った時だった。


《DE子? そろそろ八時二十分ですが?》


「え? HRは八時半からだよね?」


 その疑問に、己は首を傾げた。


「DE子? うちの担任などに、挨拶は済ませてますの?

 昨日はあんな感じでしたけど、フツー、応接室で担任と挨拶の後、クラスに行って紹介ですのよね」


 DE子がこちらに手を振って、ダッシュで正面玄関の方に向かって行った。




◇二章




 ……初日からやらかした!

 

 挨拶はそこそこに、案内されたのは南棟の一年椿組。

 担任はこちらを紹介し、窓際の一番後ろという席を与えた後で、現国の授業を済ませて行った。

 牛子も梅子も別のクラス。

 何となく”一人”感あるが、久し振りの授業は新鮮だな。

 表示枠に教科書のデータを出し、必要ならばやはり表示枠にメモをとる。


 ……川崎の中学校でやっていたこととあまり変わらないなあ。


 そして今は昼休み。

 朝、変な時間にメシを食ったせいか、ちょっと食欲が無い。

 周囲とはまだお互いに慣れてない。

 皆は学食組と弁当組、コンビニ組などで動きが分かれているようだ。

 こちらとしては、一番安全そう、という理由で窓の外を見る。

 全体の流れが落ち着いたら、飲むものでも買ってきて、それで昼飯代わりにしようか、と。

 すると窓の外に、知っている影を見た。


 ……牛子?




 牛子だ。

 校庭より手前、校舎の南にある花壇や植木の回廊にて、彼女が昼食を摂っている。

 花壇の縁、囲いとなっているセメントは結構背が高いのだが、そこに腰掛ける長身は、やや膝を崩し気味に並べていた。

 腿にランチクロスを乗せ、その上に弁当箱。

 箱は曲げわっぱで、器用に箸を使っているが、


 ……小さくない?


 体に比較すると、あの弁当箱ではサプリメント程度の食欲しか満たせないのではないだろうか。

 大丈夫かアレ。そんな心配をしていると、牛子の周囲に色が見えた。

 生徒達だ。



 この学校、女子が多い。というか、男子は大体が憑現深度5となっているし、巫女転換した者もいるだろうから、人間ベースの女子に統一感があって多く見えるというべきか。

 だが今、牛子を半円状に囲むように、遠巻きにちらほらと外弁組の女子が位置している。それは恐らく、彼女のクラスの者達だろうが、それ以外、二年生なども明らかにいて、


 ……ええと?


 やや考えてから、悟った。


 ……ファンミーティングみたいなもの?


 違うか。

 ミーティングじゃない。

 牛子はただ食ってるだけ。

 それを見に、というか、何か頼りに、外で食う時間を共にしている面々がいるということだ。


 ……キャラ立ってるもんなあ。



 英国出身で、長身のパッツンパッツンで御嬢語尾。

 更に意気が良い。

 ちょっと堅苦しい処があるが、それが今の彼女の周囲のように”近寄らずに遠くから見る”という言い訳になってる気もする。

 エンゼルステアに所属していると言うことも、傾注の理由になっているのだろうか。

 自分だって彼女には、昨日、見知らぬ関係なのに道案内をして貰って、更には駄竜の攻撃から守られた。

 そういう存在だ。


 ……一年生の”顔役”みたいになってんのかな。


 そんなことを思っていると、ふと、動きがあった。

 眼下。花壇周辺の生徒達が、同じ方向を一斉に見たのだ。


「――!」


 それは校舎の東脇の方。

 そちらから来る一団が有る。

 五、六人の集団。一年の女生徒達で組まれたグループは、その中央に一つの存在を置いていた。



「――――」


 巨大、といえる体格の女生徒だ。



 ……デカっ。


 牛子もデカい。

 だが彼女の場合、高身長という体格に合わせたパーツ構成だ。

 パーツ?

 うん。

 あんだけ主張がデカイとパーツ割、って考えていいんじゃないかな……。

 だが、今牛子の前を通過しようという集団。

 その中央の彼女は違う。

 身長は牛子よりやや低いだろう。

 だが肩幅も前後厚も遙かに大きく、


「――――」


 そして彼女の集団が、牛子の前で足を止めた。

 あ、と自分は思った。コレはアレだ。


 ……学校内カーストというか、派閥的なアレ?


 思いに応じるように、声が聞こえた。

 体格の良い彼女の方から、牛子へとこう告げたのだ。


「おい」


 低い。しかし届く響きが生まれる。


「――何だお前? そんなんで足りてんのか? もっとガツガツ食った方がいいんじゃねえのか? おい」



 皮肉だよね、と自分は思った。

 これは、御嬢キャラの牛子に対しての挑発。

 周囲に彼女のファンがいる状態で、恥を掻かせるように絡みに来たのだろう。

 それを理解して、己はこう感じた。


 ……うん! もっと実力有るよね牛子は……!


《貴女 失礼な実況を内心で付けてませんか?》


「心の動きにツッコミ入れなくていいよ!」


 だが気になる窓の外。

 眼下では、一つの対応が生まれていた。

 牛子が、相手の集団に目を向けたのだ。

 それも中央の巨体に、だ。

 まっすぐ。

 そういう人だよなあ、と思うと同時に、牛子が恐れ無しの視線を向けて、


「ピグッサン? 貴女は貴女で、食べ過ぎじゃありませんの? 少しは摂生した方がいいと思いますわよ」


 投げかけた言葉。

 一瞬寒気を感じたのは、自分の地元が川崎だからだ。



 神奈川から静岡に掛けては、多くの学校が抗争状態にある。

 中学校では地元の狭い地域での団結感があるが、それが高校になると、そのまま地元の戦力となり、抗争が起きるのだ。


「うちの方だと、東京五大頂JUAHの魔女達が横浜ー横須賀ラインを押さえてるから、その東端になる川崎は圏内抗争だけで済んでるんだけどね。

 未だに鎌倉-湘南ラインは凄いんだ」


《興味深いです 外部情報を検索 収集しておくことにします》


 そうだね、と頷く視線の先。

 ここでも、そんな争いのようなものがあるのだろうか。

 だが視線を交わし合った二人は、


「――――」


「――――」


 それを一瞥として、片方はまた歩き出し、片方は箸を動かしていく。

 危機は、治まったのだ。



 ……フワー……。


 何か緊張してしまったのは、地元で生じているような学生抗争を思い出したからだ。

 しかしそれは無かった。

 牛子の冷静さに助かったんだろうか、と思っていると、



「ええと、DE子さん? ですよね? 話せる? ちょっと勇気だしてるんですけど、こっち」


 いきなり正面から、声が来た。



 視線を向けると、鼠耳の女生徒が、椅子の背を抱えるようにして座っている。


「え? ええと、あの?」


「あ、私、ミツキ。貴女の前の席ですね」


「あ、うん。そうだね」


 後ろ姿は午前の授業中、ずっと見ていたのだ。

 黒の耳と、ピンク色の尻尾が如何にも動物系の憑現者だなあ、と思っていたが、


「ちょっとDE子さんとコミュ取れると、この席にいるストレス無くてですね。

 ほら、後ろに無言の有名人がいるとか、プレッシャー」


「有名人? そうなの?」


「うん。貴女がグシャアってなる処の動画が海外で規制されまくってるとか、何かトレンド入ってるの知りません?」


「そっちか――! てか知らないよ!」



《一日半で総再生回数が4000万回越えてますね

 今 ”DEKO”は一部のアーティストサイトで”ATSUI”タグつきでジャンル名詞化しつつあります》


「要らん情報寄越さなくていいよ?」



「いやあんな見事なのは珍しかったらしくて、うちも弟が見てたから、母親に頼まれてデータ消してセンシティブ規制見直したりしてね」


「……自分、ここ、謝る処?」


「いや? 何か弟に聞いたら、グシャアの直前3フレームくらい、ブラがポロってるらしくて。

 アー、うちの弟の性の目覚めがコレだと困るなー、みたいな?」


「アー……、そういう需要も……」


《良かったですね》


「良くないよ……!」


 と言ってると、窓の外にミツキが視線を向けた。


「あらまあ、また、やってたんですね」



 何が”やってた”のかは、さっき見た通りだろう。


「牛子と、あの人、いつもあんな感じなの?」


「うん? 牛子さんとピグッサン?」


「ピグッサン?」


「うん。オークロードの憑現者です。

 昔はちょっと可愛げ的にピグミーって呼ばせてたんだけど、中三の終わりくらいから”ピグッサンと呼べ”って話になって」


「どういう……」


「うん。”ピッグさん”って言うのが呼びにくいからピグッサンらしいですよ。だから一応”さん”づけになってますから、ピグッサンさんって呼んだら駄目なんですね」


「どういう……?」


 ニュアンス変えて同じ言葉を喋ってしまうが、ただ、気になることがあった。


「校内派閥とか、ある? スクールカーストみたいなのとか」



 問うた先。ミツキがやや考えてから応じた。


「うーん、どうでしょう? あるといえばあるし、無いと言えば無いし」


 言った彼女は、教室の前の方を指さす。


「あっち、桜組は、基本的に地元就職、もしくは兼業が多いんです」


 そして、と、今度は教室の後ろの方を指さす。

 結構オーバーアクションの人だな、と思っていると、


「そっち、――梅組は、専業志望が多いんです」


「兼業? 専業?」


「大空洞攻略に対して、ですよ。ここ椿組は中間ですね」



《エンゼルステアで貴方が知ってる面々で言うと こうなります》


・桜組(地元就職)

 :梅子

・椿組

 :DE子

・梅組(大空洞攻略組)

 :牛子

 :聖女(二年)

 :白魔(三年)

 :黒魔(三年)

 :ハナコ(三年)


「うわ! 大空洞組が多い……!」


《まだ他にもメンバーがいますから そう断じるのは早いです 貴女も現状ではそうではありませんし》


「というか聖女さんって、ぶっちゃけ姿とか見てないし、声だけなんだけどな……」



「でまあ、ピグッサンは桜組、牛子さんは梅組なんですね」


「アー……」


 つまりさっきの、眼下で生じたすれ違いは、地元就職組と大空洞攻略組における一年代表同士の軋轢と、そう見るべきか。


「でもまあ、クラス分けされてるし、変に衝突してても大空洞範囲は狭いですからね。それなりに上手くやって行こうって話ですよ」


 それに、とミツキが薄く笑った。


「――大空洞範囲には、東京圏総長連合とは別の、大空洞範囲総長連合があります。

 その総長はうちの学校の総長ですからね。

 お膝元では、あまり好き勝手出来ないです。

 ハナコさんもいますし」


「? ハナコさん? どういうこと?」


 あら? という顔をされた。


「登録抹消されてるからチュートリアルも教えてくれないんだと思いますけど、ハナコさん、うちの総長連合の元副長ですよ」


「画面――ッ!」



■総長連合・副長

《素人説明で失礼します

 各圏において学生自治と守護の大部分を担う総長連合ですが その副長は主に戦闘役

 圏によっては総長を上回る戦闘力を持つ者も少なくありません》



「お前! お前……! そういう情報は早めに……!」


「いやいや、今の時代、登録抹消されて本人も望んでないなら、学生自治の総長連合はその情報を消去指示しますし、役所も従いますって。

 個人が強いですからね」


《まあそういうことですね

 ――それにDE子も 今のハナコは あれで”今”として正しいのです

 それは解るでしょう?》


「アー、まあ、ね……」



「川崎は”鉄鋼都市”で一圏でしたよね。総長、どんなだったんです?」


「自分も見たこと無いけど、新幹線を射出展開するとか……」


「何かよく解らんけど凄そうですね……」


「うん。そのくらい出来ないと”ヘクセン”にナメられるし、横須賀、横浜方面の連中とも渡り合えないって話で」


 あのクラスとハナコが同格というのは、解らないようでいて、解りもする。

 副長としての戦闘力が幾ら強大であっても、勝てなければ意味が無いからだ。

 大事なのは、勝利をすること。

 力の大きさではない。

 あの東京大解放のキーマンとなった東京圏副長は、それこそ拳一つで世界どころか全事象と対峙したと聞く。

 だとすれば、強さとは、何だろう。


 ……力とか、技とかじゃないよね……。


 今の世に生きるなら、誰でも思うとされることだ。だがハナコもその思案の上に乗るような人物なら、


「自分、知らないことばかりだなあ」


 と、そんな事を心底から言う。そして画面に指を掛けて振り向かせて、


「まだハナコさんとかについて、隠してること無い?」



《何か疑心暗鬼が始まりましたね?》


「いや、後で知って超ビックリ、みたいなのがあると、それはそれで失礼だよね?」


 すると、画面が、ふとこう言った。


《では これは知らない情報でしょう》


「何を?」


 問うと、画面が即答した。


《MUHS ハナコが元いた学校の一部生徒から このような容疑をハナコは掛けられています

 ――ハナコは かつて 人を殺めたことがある と》



 え? と己は戸惑った。


 ……あのハナコさんが?


 意外、とも思わなかった。

 有り得ないだろうと、そんな風に感じて、想像以上に彼女への信頼感があるのだと悟る。

 だが、


「ちょっと、チュートリアル! 今は他の人もいるのに、何でその話題……!」


《問われたので回答したまでです

 そしてこの情報はMUHSを中心に広まっており 何処かの段階でDE子にも届いたと判断出来ます》


「でも、それでも……!」


《エンゼルステアの面々は、それを言わないでしょう

 もしも大空洞の攻略中に聞けば DE子の判断が乱れ 結果を最悪の状態にする可能性も有ります》

 

 その遣り取りに、自分は思った。

 ああ、この噂は、真偽は別として存在するんだ、と。



 だからこの噂は”有る”と思った上で、己は問うた。


「有り得ないでしょ? だって結晶化もあるから、まず死なないでしょ?」


「うん。それについては、私もそう思ってます。

 東学の生徒だったら、皆、そう思ってるし、もう一つの行いの方じゃないのか、って考えてる筈」


《ではミツキ、虚偽だと思っているならば、DE子にそれを教えて下さい》


「ちょっとちょっとちょっと」


 ミツキがこちらを見る。

 どうしよう、という視線だ。

 だから己は頷いた。


「どういうこと?」


 問いかけに、ミツキが椅子に座り直した。

 あのね、と周囲をちらりと見て、手元に表示枠を出すとそこにタイピングする。


《今のエンゼルステアは、実は二代目で。旧エンゼルステアがあったんです》


《……あった?》


 うん、とミツキが頷いた。そして、


《旧エンゼルステアは解散したんですけど、それ以来、リーダー格の人が行方不明なんですよ。

 それと、もう一つの行いが絡んで、ちょっと”そういう噂”になってるんです。

 特にハナコさんが元々いたMUHSで》



■MUHS


《素人説明で失礼します。

 MUHSはMusashimichi Unlimited Hyougen-kind Schoolの略で つまりこの大空洞範囲の憑現者達を限定解除で受け入れる学校です

 そのため 主に怪異系の学生達が集まり 特殊能力の面で突出している傾向があります

 所在地は多摩テック 制服のノーマルフォームはスケバンセーラー

 現在の総長は きさらぎ です

 学校規模 戦力規模は大空洞範囲内”三校”の一角で 大空洞攻略においても多大な貢献をしています》



「うわ、チュートリアルが元気ですね……。私、自分の作業補助用に組み替えてしまったから、もうコレ無いんですよね……」


《組み替えるのは使用者の選択権限です。そこからの引き続き御利用、有り難う御座います》


 うんうん、とミツキが頷いた。


「これからDE子さん、MUHSの人達と当たっていくことになると思うんです。そこで恐らく、それを聞く筈」


 ただまあ、


「今更ですけど、何でここで話しますかね、それを……、この画面」



「アー、まあ、自分の方から聞いたようなものだから、ね。

 それに、確かにエンゼルステアの方針としては、自分みたいな初心者の生存率を優先ってのがあったから、チュートリアルそれを考慮したんだと思う」


《ええ 白魔からの設定変更で 判断の基準は”生存率の高くなる方”となっています》


「え? 白魔先輩のチェックが設定とかキャラシに入ってるの? どういう風にしてるか、教えて貰えたりする?」


《残念ですが ハナコの方からキャラシなどの開示は禁止されております

現状 レベルアップ処理前でして》


 あー、とミツキが一発で納得する。


「じゃあ今の、忘れて。最初のレベルアップ? だとしたら先輩達の方が詳しいだろうし。私もチョイ失敗したタチですから」


「何か昨日から、この大空洞範囲についてクソ仕様とか、そういう話ばかり聞いてる気がするなあ……」


「いやまあピンポイントであるから危険なんですよね……。でもエンゼルステアは基本的に生存率優先の判断基準なんですね?」


「昨日の話だとそんな感じだと思う。――画面? 他、何か基準がある?」


《ええ

 ”ギャグは厳しめ”

 ”ウケは卑怯でも取りに行く”

 など有りますが》


「要らん基準だ……」


 しかし己としては、画面に言っておくことがある。


「さっきの話みたいなの、気軽に言うのは無しにしてよ?」


《はい しかし貴方の生存率が優先される場合 つまり危険に身を置いたり 不用意にそれに触れないようにするためならば 情報を出します それが私の役目であり この判断は貴方の要望と両立されます》


「うーん……、まあ今の話も、迂闊な地雷になりそうだってのは解るんだけどね……」


 言っていると、ミツキが嘆息した。


「御免なさい。チュートリアルは、結構そういう処あるから、知ってる私が止めるべきでしたね……」


「いや、今のタイミングじゃ無理でしょ。それに多分、こういうのってハナコさんに話しても”そんなのお前が見て決めろよ”って笑って言うと思うんだよね」


 だから、


「それでいいんじゃないかな」



「…………」


「……反省します」


「いや、有り難うね」


「? 何がです?」


 うん、と己は頷いた。


「ほら、自分、巫女転換でこんなナリでしょ? だから川崎居たとき、いろいろあったんだけど、ミツキさんみたいなのが周囲に多く居たら、こっち来なかったかもね」


「…………」


「……DE子さん、前世でどんだけ徳を積んだの?」


「そこらへんよく解らんけど……。そういうもの?」


「あ、でも、ちょっとコレは教えて? さっき言っていた、”もう一つの行い”って」


 言った先で、ミツキが、ああ、と首を下に振る。


「知られた話。

 隠してる話でもあるんですけどね。

 でも、だからDE子さんには実地で見てきて欲しいですね。

 ――大空洞浅間神社。

 ”ハナコさんの話で”で聞かせて貰えると思いますよ」



 知られてるのに隠してる話とか、ビミョーに矛盾だと思う。だけど、


「ネガティブな話じゃないっぽいね」


「なるべくポジティブって、そんな感じですね。――エンゼルステアは、巫女の子いましたよね? 彼女に教えて貰えると思います」


「巫女の子……」


《梅子ですよ》


「あ、そうか。浅間神社に住み込みで、って、そういうことか!」


 了解、と頷いていると、ミツキが顔を上げた。


「あ、母親から」


 と、ミツキの顔横に表示枠が出た。すると彼女がすぐにそれをこちらに向け、


「ほらほら、カワイイでしょう? うちの子」


 見ると、コーギー犬が、餌入れを前にこちらを見上げている。

 ああいいなあ、と素直に思えたのは、ちょっとここ数日、生活感の薄い日常を過ごしていたからだ。

 特にペットという存在については、川崎時代から身近に居なかったが、やはり友人達の家には居たもので、


「カワイイねえ」


「うん。――コレ、うちのお父さん。深度5ガチだから」


「ンンンン!? いや、その、御免……!」


 慌てて謝ると、ミツキが笑った。画面を軽く叩いて割って、


「う・そ」



「……あのさあ……」


「あ、御免御免! ストレートに引っかかると思ってなくて」


 やられたな……、という感覚。あと、よく考えたら、


 ……巫女転換で自分、女子になってるけど、彼女は違うよなー……。


 何というか、ちょっとエンゼルステアの面々相手に気軽感が出ていたが、久し振りにぶち込まれた感覚がある。

 ただ、これについては、


「うん。こっちもちょっと気軽すぎた。”そういうこと”が有り得るのがここなんだよね」


「うわー、そこまで真剣にならなくてもいいんですって。どうしたもんかな」


 言われて気付くのは、ミツキの方としても、こっちの反応に戸惑っていることだ。

 これは自分がレアな外来組ということもあるだろうし、こっちが受けたギャップを、彼女なりに感じているということでもあろう。ならば、


「――自分の方で、こう応じておけばよかったんだよね。”え!? マジ? ミツキさんの父さんカワイイじゃん!”って」



 ミツキとしては、どういう表情をしていいか、解らなくなった。

 今の冗談は、流石に行きすぎだったかと、相手をちゃんと見てなかった自分に駄目出ししていた処だったのだ。

 だがDE子が言った台詞に、


「――――」


 有り難う、とフォローに礼を言いかけて、やめた。

 ここで礼を言うのでは、DE子の気遣いを駄目にすることになる。

 だから己は、こう言った。


「そのくらいで返して貰えると、有り難いです」



 ……ウワア。


 同世代の女子の笑顔をいうものを、ここに来て始めて見た気がする。

 ちょっと忘れていた。

 登校時にあった、握手からハンドクリームを連想したこともだが、


 ……何か、たまに、見栄えの自分と実際の自分のギャップを食らうよね。


 何しろ、鏡を見ればパッツンパッツンがいる現状だ。

 そして昨日は駄竜撃沈とか即死ムーブとか、そんなのも連続したために、


《エンゼルステアの皆を 完全に戦闘キャラとして見てましたよね 貴方》


「いやまあ最初はデカイとか思ってたし、そういうの失礼だけどさあ……」


「でも、エンゼルステアの人達って、何か常に大空洞攻略関係のことやってるイメージありますね……。

 何か延々共食いみたいに文句言い合いつつ、お互いの最適解でミッションクリアしていくような……」


 ……その通りです……!


 昨日のこととしか知らないが、全く否定出来ない。

 何か反省したくなる。

 だが、内心で正座していたらチャイムが鳴った。

 そしてミツキが姿勢を戻しながら、


「――でもDE子さん気を付けて下さいね?」


「え? 何が?」


「DE子さんが言う派閥のアレ、DE子さんの言う通りだとしたら、中間の緩衝帯になってる”ここ”にいるDE子さん、中間派じゃなくて、攻略派の多いエンゼルステアの人だから」


 言われてみるとそうだ。

 でも地元就職の多い桜組にも梅子がいるよね、と思う。だが、


「授業開始前すみません。――一年椿組、DE子はいますか?」



 教室の後側ドア。そこからの声に、皆が振り向いた。



 開け放たれたスペース。そこに居るのは、細身の二年生だ。

 プロテクトシールを顔にハメている彼女は、


「――――」


 伏せたままの目。

 しかし顔がこちらを向いた。そして、


「お前ですね?」


 彼女が言った。


「ピグッサンがお前に興味を持たれました。放課後、学食まで来なさい。

 可愛がってやります」




◇これからの話





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