▼002『とりあえず一回死んでみよっか?』編


◇これまでの話







◇『▼第二幕』



◇序章




 ダークエルフとしては、朝からいろいろありすぎないだろうか。


 ……確かに、地元での激変が面倒になってここに来ること選んだけどさあ。


 生活を変えるにしても、限度があろう。

 ともあれ竜の爆発からは保護された。

 そして手を引かれて導かれた先は、東京大空洞学院の脇。

 森の向こうに見える白い校舎と、何処かを結ぶ通路の途中入り口だ。




「これは……」


 白い通路。

 しかし所々に、灼けた跡や、数メートル続く切削がある。

 何だろうかと思っていると、


「おい、こっちだ。

 校舎にはまだ早え。

 やることがあるからな」


 と、通路を先導してくれたのは、こちらを護ってくれた長身の彼女、牛子と、三年生と思われる三人。


 竜を倒した赤髪の少女。


 竜の爆発から防護して、後に治療術式も掛けてくれた人。


 どうも砲撃を後ろから放っていたらしい人。


 彼女達に連れて行かれた場所は、図書館らしき処だった。




 図書館内。

 本棚に囲まれた広い空間。

 その入り口で、先行する三人に対し、隣の牛子が軽く手を挙げる。


「……これからどうなるか。

 大体予想はついてますけど、私の方、総長達に報告に行って来ますわね」


「おお、頼む。

 第三特務の”均衡点”がいるなら、ソイツに報告しとけば大体足りるから、まずそうしとけ」


 ええ、と言った彼女が、こちらに会釈した。


「――大丈夫ですわ。何もかも、裏切ることはありませんから」


「え!? あ、うん……」


 その返答が正しかったのかどうか。

 解らないままに手を軽く振られ、立ち去られる。

 行ってしまう。

 漸くながらに、周囲の本棚との比較で、彼女の背の高さを知る。

 そして赤髪の少女が、自分の後ろを指差した。

 背後。

 遠くにあるのは、別部屋に通じて居るであろう大扉だ。


「ま、……大体、どういうことか解ってんな?」



 己は、問いかけの意味を理解した。

 ゆえに手を挙げる。

 モーションコントロールで展開する表示枠にあるのは、


「――東京大空洞学院所属、学生ナンバー010103”ダークエルフ”は、5月15日、午前八時五十分までに当校図書館に入ること」


「ハプニングあったから、ちょっと遅れちゃったね」


 という彼女は、頭の横の毛並溢れる耳を揺らす。

 茶色の髪と同色で、これもまた毛並のいい尻尾が見えているあたり、犬系の憑現者だろう。

 彼女は図書館のカウンターにいる学生達と、表示枠を介して遣り取りを開始。

 それに応じて、司書役の指示が入り、図書館の”中”が動き始めた。


「書架情報制御、RTA対応に変更……!」


 はい、という多重の声と共に、学生達が本棚の移動と組み替えを開始する。


「……? 何が始まったんです?」


「あ? ああ、後で解るけど、書架式で、環境系の大規模術式を発動させてんだよ」


「大規模術式? 本棚の移動が、ですか?」



■書架式制御情報術式

《素人説明で失礼します

 書架式制御情報術式 通称”書架式”とは

 本を一冊一冊を言霊的な術式コードとして扱い

 それを詰める本棚を術式プログラムリスト

 本棚を並べた書架全体をプロダクトとするものです

 構築は難しく 不具合も多いですが

 全てが完了したときは強力な術式が発生します

 用途は主に大規模結界など

 広範囲 長期継続のものが多いですね》



「昭和の伝詞ブロック遊びですよ。

 言霊性の強い大空洞範囲ならではの術式だね、新人君」


 何か自分のことが知られているらしい。


 ……ダークエルフってのが、レアだもんなあ。


 と思っている間に、砲撃役だった青髪の女生徒がこちらの前に立つ。


「ちょっとじっとしてな?」


 と、彼女は黒の表示枠を術式仕様で手元に展開。

 こちらの頭から肩、胸や腹などを照らすように表示枠で確認していく。


《問題は無いと思いますが?》


「オっ……? チュートリアル中か」


 と言う彼女も、耳あり尻尾有り、だ。

 だが耳の形が鋭く、尻尾は膨らんでいる。

 形的には狐のようだが、


 ……黒系の狐って、いたかな。


 よく解らん。と、そんなことを考えていると、黒狐の彼女が顔を上げた。

 その視線は、しかし赤髪の方に向いており、 


「――異常無し。流体爆発の影響も無いな。危険物の持ち込みも無し」


「こっちも通ったよー」


「え? え? どういう?」


 あのなあ、と赤髪の彼女が言った。


「お前、ここに何しに来たか、解ってるよな?」



 何をしに来たか。

 己は、その回答を述べた。それはもう、朝からのことで、


「――ええと、この図書館に、朝八時に来て――」


「馬ァ鹿。そうじゃねえ。実質を言えよ」


 あ、と己は気付いた。

 成程。

 もはや前置きではなく本論。

 故に自分は手を振る。

 新しい表示枠を射出する。

 1枚。

 だがさっきとは内容が違う。

 画面に出ているのは一般用途の通神帯ブラウザ。


 ……ええと、コレから学校関係のメール画面を出すのはどうやるんだっけ……。



■表示枠

《私自身のことなので注釈しますが

 表示枠システムは世界中に普及していて

 各国

 各都市

 などの環境に合わせて扱いに変化が生じます》




《ここ大空洞範囲下では

 大枠は貴女の地元

 川崎同様に日本の平均的操作処理と同じですが――》


「――何か一回、神社とか学校通すんですよね」


「お? 意外と勉強してんな?」


「いやフツー入る前に習ってるって」


「ウワー、すみません。よく解ってないです」


《すみません

 私の方でも統計的にしか

 ”当地の作法”が解っていないので

 貴方達が使用している

 ”大空洞範囲”に適した操作系

 の設定を

 彼女にコピー 御願い出来ますか》


 というこちらの惨状を見た犬系の彼女が、小さく笑った。

 カウンター側で行っていた追加の遣り取りを切り上げ、こちらに来る。


「後でモーコンの設定、教えてあげる」



 モーコンの設定。

 言われている意味は解る。


「モータルコンバットのボタン設定だよな!!」


「そうじゃなくて表示枠のモーションコントロール設定ですよね!」


「うんうん。

 表示枠一枚出すのにモーションコントロール一回だと、まとめて複数枚出すのが面倒だよね」


 だから、


「ちょっと表示枠権限、いい? 個人情報や私的設定の部分は保護状態で、学校関係部分だけ確認したいから」


「アッハイ! どうぞ!」


《開示範囲を 公共権限から 限定的管理者権限にまで 変更します》


『うん。じゃあ設定コピろっか。 ――桜? 聞いてるよね?』


 どうするのかな、と思った。

 すると表示枠に、外部からの通神が入って、


『ハイハイハイ! 大空洞浅間神社の表示枠を御利用頂き有り難う御座います!

 設定の変更オッケーでえす』


 言われるなり、自分の周囲に光が咲いた。

 無数の表示枠が、その内容を系統立って重ねながら、一気に展開したのだ。


「ハイ、オッケ」



「うわ、三桁単位の表示枠一斉展開!?」


 川崎時代でも、こんな無茶をやったことはない。

 多く開けば閉じるのが面倒。

 一括操作の設定をしようにも、こんな量を一斉展開することが希なのだ。


 ……表示枠のクラッシュトラップを食らったときくらいだよな……。


 ゆえにそれをこなす技術と見映えに、己は引いた。

 そんな内心を知らずか、犬系の先輩が幾つかの表示枠を抜き取る。

 即座に全ての表示枠を消去しながら、


「んー。

 ハナコさん、コレ、あとコレも、見ておいて。

 振りだけでいいから」


「お前、よくそういうの解るなあ……」


 言いつつ受け取った赤髪の彼女。

 ハナコと呼ばれた三年生が、画面に目を通す。


「――えーと、何だ?」


「うん。”本日より――”読めるかなー?」


「そのくらい読めるっつーの! ナメんな!」


「いやオマエ、常用漢字とかかなり怪しい時あるぞ……」


 ハイハイハイ、と赤髪の彼女が口を横に開いて言う。

 そして、こちらに対し、


「本日より、東京大空洞調査隊――”エンゼルステア”に、お前を編入する」


 いいか。


「まあそういう予定でここ来たんだろうが、とりあえず総長の”銀河”の指示だ。

 アイツ、クソ面倒だから観念しといてくれ。

 つまりお前は今日から”エンゼルステア”の一員」


「アッハイ。というか、エンゼルステアって……」



■エンゼルステア

《素人説明で失礼します

 エンゼルステアは大空洞範囲におけるユニットの一つでスポンサーは西立川商店街

 発足一年ほどで実力ある三年生と新人中心の二年生が主体

 一年生がややアンバランスで中堅中位といった位置づけです

 リーダーはハナコ

 サブリーダーが白魔となっております》



「おうおう、言うなあ、チュートリアル。結構情報持ってんだな。

 まあいいや、あたしがハナコ、ちょっと敬っとくといいぞ?」



 いいか、とハナコは、新入りとなるダークエルフに手招きした。

 向こう、カウンターの方で図書委員達が頭を下げるのに手を振って返し、


「今日、あたし達は、これから大空洞1FのRTAを行う。

 お前も一緒な?

 そのとき、お前にミッションとは別でノルマを二つやっから、お前は、それをあたし達と一緒にクリアする。

 それがまあ、出来れば今日のお前のすることな?」


 と、歩いて行く先は、奥の大扉だ。

 背後、ダークエルフはちゃんと着いてきていて、他の二人も装備のケースを担いで着いてきている。

 大扉の前、そこで自分は足を止めた。


「お前は? あ、呼称な」



■呼称(人名ルール)

《素人説明で失礼します

 大空洞範囲では誰も彼もが憑現化しますが

 この時 それまでの名前を保持しようとすると

 ”違うもの”

 になり それまでの記憶が隠蔽されていきます

 その解除と拒否のため

 真の名前は秘匿したまま

 仮の名前

 つまり憑現先の名称を

 ”自分の今の名前”とすることを推奨しています》



「中間域での座学で解ってるよな? だからお前は――」


「え? あ、ダークエルフです」


 よし、と己は頷いた。


「この大空洞範囲では、存在に乗せられただけの名前は役に立たない。

 親から与えられた名前は無しだ。

 本質から生まれる名前だけが存在を許される」


「だからそれを二週間講習で習ってんだろ?」


「アッハイ」


「そこは”いえまだです”だろうがよ!」


 ダークエルフが、どう反応したものかと狐の方を見る。

 すると狐がこちらを指差し、


「あんまし気にすんな。

 一応リーダーだからパワハラ臭いけど、ただ単にアイツ馬鹿なだけだから。

 ――言葉知らん」


「こ、この野郎……!」


「ハナコさん、それよか、ほら、ほらっ」


 犬が自分と相方を何度も手で示す。

 ハフハフやってる犬と変わらんな……、としみじみ思うが、まあ何を要求されているかは解る。


「さっき言ったように、あたしがエンゼルステアのリーダー、ハナコな?」



 そして、


「そっちの尻尾振ってるのが”白魔”、そっちの口が悪いのが”黒魔”。三年生だ」



「わあい。ダークエルフさん、後輩ですねー」


 嬉しいもんなんか。

 そうなんか。

 こっちとしてはまあ、戦力増えた一方で、総長に押しつけられた感もあるが、しかし、


「……ダークエルフって、チョイ、長くね?」



 ……始まったな……。


 と黒魔は思った。

 突発的に生じたハナコの言動に対し、後輩の困惑が何となく伝わってくる。


「ええと、……長いって、どういう?」


 ああ、と己は応じた。

 ハナコをまた指さし、


「コイツ、あたおかファンタジーの住人だから、名前が三文字以上あると憶えられないんだよ」


「ねえよ! 何処の8BITゲームだよ!?」


「ハナコさん? 8BITゲームのRPGだと大体名前四文字だから、ハナコさんそれ未満よ? 頑張って!」


《そうですね 頑張って下さい》


「う、うるせえな! 単に行動中、長いと支障があるじゃねえかって、そういう話だよ馬鹿!」


 いろいろやかましい存在だが、まあ一理はある。


「どーすんだ?」


 アー、とハナコが額に手を当てて思案した。

 白魔がわざとらしく時計表示の表示枠を出して計測を始めるが、


「じゃあ、ダークエルフだから、略称でDE子でいいだろ」


「凄ーい! たった五秒で決めるとか、ハナコさん、流石ね!」


「おお、もっと褒めとけ!」


 褒めてはいないよな……、と思ったが、言わないことにした。

 相方はたまに京都系の喋りをすることがあって、まあそこも”味”だな、とは感じる。

 だが、


「……あの、さっき、上からつけたような名前は無効とか言いましたけど、今のそれは有りなんです?」


「私がフォローするのもなんだが、コードネームみたいなもんだ。

 私達がお前に術式掛けるときとかは、ダークエルフ名義でバッチ組んでおくから安心しとくといい」


「安心しとけー?」


 無茶苦茶安心出来ない。

 そのあたりには信頼感のあるリーダーだ。

 ただ、


「自己紹介。このくらいで?」


「いやいやいや、お前、戦種とか」


「あたしは近接武術士。タンク兼アタッカーな」


「私は全方位魔術士。ヴァイスヘクセン」


「私も全方位魔術士。シュヴァルツヘクセン」


 DE子の周囲に画面が出て、情報を教える。

 公開設定はどのくらいにしてたかな……、と今更思う。

 プライバシーとかいろいろあるから、ちょっとは気になる。

 だが、向こうの情報も開示されて、



■DE子

《素人説明で失礼します

 DE子は鉄鋼都市・川崎からの単独移住者で

 ダークエルフ

 の憑現者です

 東京大空洞学院一年椿組

 戦種はNOWORK

 所属ユニットはエンゼルステアです》



「ええと、一応は工科系目指してます。そんな感じで御願いします?」


 自分が頭を下げると、わあ、と食い気味に白魔先輩が言った。


「鍵開け出来る!? いっつも私の術式頼りだったから、これからは楽させて!」


「おいおい、レベル1だろ多分。

 レベル低いから”御気持ち”はあってもスキルねえぞ。

 うちはケッコー偏ってんだから、気をつけねえと」


「そうなんです?」


 ああ、と黒魔先輩がハナコを指さした。


「近接武術系がコイツ入れて四人。術式系が私と白魔。

 他、特殊系術者が二人と、バックアップと、マジホンの特殊系が二人ずつ。

 流動的な部分や外部委託もあるけど、現状は計十二人。

 それらが調査隊ユニットとしてのエンゼルステア、お前が入って十三人だ」



■調査隊

《素人説明で失礼します

 調査隊とはユニットの登録区分の一つです

 ユニットは非登録でも組めますが

 公的機関に登録しておくと

 その区分によってサービスが受けられます

 調査隊は主に 大空洞・中空洞・小空洞 の攻略を 主任務とした区分ですね

 アタックユニットと言われることもあります》



「あれ? じゃあさっき最後に駆けつけてきた立川警察の人達は……」


《公的組織は公的組織のルールで動くのが通常ですが 大空洞範囲側のルールで動く場合はそのルールが適用されます

 彼らは”公的警備隊ユニット”という区分ですね》


「まあ大体は調査隊だ。私達のはその中でも、日が浅い方だな」


「うちは解りやすいのとクセが強いのしかいないのよねー……。DE子さん素直に育ってくれると本気で嬉しいわー」


 よくは解らないが、とりあえず頷いておく。

 するとハナコと呼ばれている先輩が、こちらの前に来た。


「おいDE子。ダークエルフだよな」


「あ、ハイ。ダークエルフです」


 応じるなり、いきなり制服の前側を臍下まで開けられた。




「ウワ――ッ! ちょっと、何!?」


「ダークエルフって言ったら、フツー、お色気ポイーンとか、そういうのだろ。ここは”見た目”がスゲエ重要な土地なんだから、らしくしとけ。

 つーか、ちゃんと下にガッコ指定のセパレート着てんな? オッケオッケ」


「……私、どういう顔してる?」


「またやったか、って顔?」


 というか、ハナコがこちらの腹を見る。


「? 何だよ臍のバンドエイド。臍ピでも開けてんの?」


「いや、これは昨夜、蚊に刺されて……」


「アー、最近暖かくなってきたから、出るよね……!」


 ハナコがこちらに背を向けたのは、笑いを堪えるためだろうか。



「アー、朝からキツい笑いは堪らんな! 白魔、コイツの制服、タクティカルフォームへの自動化処理掛けとけ」


「イジってないみたいだからスタンダードで大丈夫よ?

 前開けたくらいだと大きな変化じゃないし」


 そっか、と言って、ハナコが大扉に手を掛けた。


「久し振りに正面から挨拶だ。――行くぞ」



 DE子はそれを見た。

 図書館奥の大扉。

 重厚な黒檀の二枚を開けて通じた向こうは、


『さあ本日の第一突入イベントシークエンス!

 ゆえあってエンゼルステア単体だ!

 総長直々に組み込んだ新人の御披露目突入!

 さてタイムアタックはどうなるかな!?』


 そこに、巨大なアリーナがあった。




◇第一章




 半地下だ。

 視界の届くところ、開放された屋根が有る。

 その下、左手側にある階層型のアリーナは、巨大なフロア型の他、幾つかの競技場らしきものが三つほど。

 そして右手側には階層型の客席が有り、


「……!」


 ざわめきがあった。

 しかし聞こえるのは、期待や、応援ではない。

 誰も彼も、隣に座る者達や、表示枠を相手に、こちらをちらちら見ながら言葉を交わしている。それはまるで、


「――見定めようって、そういう空気だな」


「ま。今年度入ってから三年組が揃うの初めてだし、――新人さんもいるもんね」


 そしてハナコが、呆然としているこちらに振り向いた。


「――ようこそ東京大空洞範囲、って感じだな」


「ええと、これは――」



■東京大空洞学院アリーナ


《素人説明で失礼します

 東京大空洞学院アリーナは 大空洞直上に設けられた大型アリーナ施設です

 大空洞アタックやランキング戦の実況中継も盛んで

 大空洞攻略事業の中心と言えるでしょう」



「どうだ?」


 入り口に立ったままのハナコが手を上げると、一斉の音が周囲の階段客席から響いた。

 ブーイングだ。


「うっわ、人気無い……」


「構うなよ。どいつもこいつも競合者どもだ。他の調査隊の内、主に学生の連中だな」


 解るか?

「この大空洞範囲に住んで、攻略に取りかかったならば、それはもう、こういう祭に参加することになったって、そういうことなんだ」



「いいか? これからお前は、あたし達や、仲間達と、大空洞範囲の攻略で生きていく。

 逃げ出さない限り、どういう手段や関わり方になるかは解らないが、それがお前の人生ってヤツだ。

 レール無し。

 フィールド有り。

 そういうことだ。

 つまりお前は、これからずっと、今より入る大空洞や中小の空洞内の攻略作業をしたり、ここにいる連中と対戦繰り返して、終わりの無い祭を、果てるまでずっと続けていく事になる」



 聞こえた言葉。


 ……ずっと続けて行く?


 しばらく、聞いたことのない概念だった。

 何故なら、自分は、以前の自分ではなくなってしまったから。

 一晩で進路も人付き合いも変わってしまったのだ。

 ずっと続くと思っていたものを多く失った。

 手元に残っていたものも全て、以前の自分があったから。

 その程度のものでしかなく――


「――お前、何でここに来たんだ?」


 問われた。



「え? そりゃあ、……憑現化で、ちょっと変わりすぎてしまって」


「馬ァ鹿。

 入管の書類に書くようなこと言ってんじゃねえよ。

 周囲との差とか変化とか、どうでもいい。

 大体、ダークエルフになったとしても、地元でそれなりに”合わせられる”ものだってあったろ。

 それがここに来たら、ゼロからのやり直しだ。

 明らかにコスト悪いだろ。

 ここに来ようって言う、お前のその判断」


 だけどな?


「――大事のは差異じゃねえよ。

 そこで動いちまった感情だ」


 いいか、と赤い髪のハナコが言った。



――我ら前を見る者なり

  我ら全ての行動を感情によって始め

  我ら理性によって進行し

  我ら意思によって意味づける者達なり

  我ら何もかもと手を取り

  我ら生き

  我ら死に

  我ら境界線の上にて泣き

  我ら境界線の上にて笑い

  我ら燃える心を持ち

  我ら可能性を信じ

  我らここに繋がる者である



 朗じられた言葉を、己は問う。


「今のは――」


「大空洞範囲の決まり事だ。これだけは信じていい決まり事だ」


 解るか?

「お前は感情を動かしてここに来た。

 ”我ら全ての行動を感情によって始め”――だ。

 願わくば前を見てんだったらいいけど、どちらにしろお前は”始まった”んだよ」


 いいか。


「ここは死んでも生き返る場所だ。

 よく言うだろ。

 ――馬鹿は死んでも治らねえ。

 ようこそ馬鹿の現場へ。

 死んだって元の姿には戻らねえぞ。

 お前一生ダークエルフしかキャラセレできない設定な?

 それを安心しろとは言わねえが、同じように偏っちまった連中の溜まり場だと思って観念してくれ」



 無茶苦茶だ。

 だが、


 ……どうなんだろう。


 ここに来ることを選んだのは、実際、どうだったろう。

 いろいろ変わりすぎて、いろいろな面倒を感じたのは確かだ。

 これまでの事が引っくり返されて、期待していた進路が無しになって。

 皆がこちらを気遣わねば付き合えなくなって、


 ……ああ。


 何か、答えのようなものが、目の前に置いてあるように感じた。

 ただそれをどう捉えて良いのか。言葉でも感情でも表現出来なくて、だから答えがあると信じていいのかも解らない。



 解らないままだ。



 ……馬鹿だなあ、自分。


 もどかしい。

 今の気分を口にして、共有出来ればどれだけいいことか。

 そう思った瞬間。


「ハナコさーん。キツめのポエム読むから、DE子さん考え込んじゃったじゃなーい」


 己の思考の自縛が、その声で剥がれた。



 ホ、と詰まっていた息を抜き、己は周囲の先輩達を見る。

 気付けば、白魔先輩が、こっちの肩を叩きそうな雰囲気で笑みをくれていた。


「大丈夫大丈夫。ここの生活、ケッコー気楽に行けるかんね? ガツガツしてなきゃ、大半の日は屋外訓練で山とか川とかで遊んでるし」


「情報量多すぎてよく解らんだろうけど、何かあったらこっち頼れ」


 ああハイ、とようやく頷けた。



 ……参るなー……。


 地元を出ようと思ったとき、既に自分は何かの感情を得ていたのだと思う。

 そのフラッシュバックが来そうで、しかし、それを受け止めて良いのか解らず、最終的には拒否することになる。

 この大空洞範囲という、地元とは違う環境。そこで、今までの自分とも違うダークエルフという身柄であれば、何か”変わる”かと思ったが、


 ……中身は変わらんよね……。


 何も解らない、馬鹿のままだ。

 まあそういうものだと思うことにする。

 ただ、先輩達の2/3は、こっちの考え込みについて、勘違いながら真剣に捉えてくれたらしい。

 気遣いという言葉、それを感じさせない雰囲気で。

 しかし黒魔先輩が、白魔先輩に軽く視線を向けてから、言う。


「白魔。――コイツ、私達と同じだろ?」


「うん。さっきちょっと見た感じ、同じ」


「同じ?」


「巫女転換だ。

 ――元男だろ?

 大空洞は巫女しか受け容れないことから、範囲化の男の内、幾らかは女性化させられる。

 私も白魔もそれだ」


「……え!?」


「ま、そんな訳で性別ごと憑現化で変わっちゃうのを巫女転換って言うの。

 あ、俗称ねコレ。

 実際は”突発性ナンタラの一環”で済まされるから」



■巫女転換

《素人説明で失礼します

 巫女転換とは 2012年から確認された怪異で 憑現化の過程において”男性が女性化する”事を差します 

 理由原因は不明ですが 一説には大空洞は神の住まう場で 大空洞範囲は巫女という存在を求めているのだと そう言われています》



「先輩達も、ですか」


「私と白魔は、そう。まあ他にもいるけど、――お前のある程度の苦労は解るっていう、そういう記号だ」


 そうそう、と白魔先輩が肩を叩いて、二人とも前に行く。

 既にハナコも前に、アリーナの方に行っていて、自分もそれに続く。

 だが、ふと、一歩を踏み出そうとしたとき、三人が振り返った。

 視線が合う。




 ああ、と自分は思った。前に立つ三人を見て、こう思った。

 ここが分岐点なんだ、と。

 自分の中身は変わっていないが、存在としては変わってしまった。

 違う自分となってしまった。

 同じような人々が周囲にいる。

 かつての”周り”は、変わった。

 ならば後は、今の自分のことだ。



 ……そうだ。


 今日は朝からえらい目にあった。

 それ以前、この大空洞範囲と外の境界にある待機場でいろいろ学び、訓練し、都市圏転向調整なども行ってきた。

 そして何より、実家や、地元である川崎とは、縁を切るわけではないが、それなりの距離を取るつもりでここに来たのだ。

 だけど、


 ……今なら、まだ、戻れるんだろうな。


 ダークエルフ。

 ハナコがさっき言ったように、その能を完全に活かすことは出来ないかもしれないが、見知った地元に戻って、やっていくことは出来よう。

 理解のない人もいるかもしれないが、そうでもない人達もいて、そんな連中と、こんな身になったことを笑い話にして生きていく。

 そのような選択肢も、今ならばまだある。

 だが、


「――――」



 自分は、前に一歩を踏んだ。



 状況に流されたとか、惰性とか、諦めとか、そういうことではない。


「――今日はもう、朝から、とんでもない目に合いましたけど」


 何となく、繋がった事がある。

 春の朝。

 起きたら、ダークエルフになっていたのだ。

 それがどうしてなのか、解らなかったのだが、


「終わりの無い祭って、言いましたよね? さっき」


「ああそうだ。――言ったよ。そういう風に”してやった”んだ」


 じゃあ、と己は言った。


「――ここにいれば、自分は、終わらないんですね」



 たとえ違う自分になったとしても、


 ……ここにいれば、終わらないと、そう言う人達がいる。


 ならば、


 ……いろいろなことに期待しても、いいのかな。


 解らない。

 だけど自分のことが解らないなら、まず、他人を信じようと、そう思った。


 ……うん。


 信じたのだ。



 黒魔は、それを見た。

 ハナコの顔だ。


「――――」


 DE子の言葉と表情を見たハナコが、珍しく、驚いたような顔をしたのだ。

 ああ、いいことだと、そう思う。

 お前はもっと、いろいろな変化を見て、いろいろな人を見て、今の驚きを憶えておくべきだ。

 だから、という訳ではないが、己は後輩に言った。


「死のうとしても、死ねないからな、ここ。

 終わりとか、考える必要が無い」


「――クロさん? そういうことじゃないと思うの。今の十代喋り場みたいなアレ」


 まあそういうもんだ。

 そして先を行くハナコが言う。

 前を見て、背中で言う。


「いい風景あるぞ。――祭だからな」


 じゃあ、と言葉が繋がった。


「行くぞ。――着いてこい」



 DE子は前に進んだ。

 これまで図書館の扉の枠、その中にいたものが、アリーナの中央を行く通路に入り、人目を浴びる。


 ……どうだろう。

 今、自分は、他の人達から見て、どんなだろうか。そう思った瞬間だ。


「グッモーニン! 大空洞範囲!」


 いきなりの放送が、宙を割るように走った。

 その直後。


「……!!」


 これまで、こちらを見定めるように囁いたり小さな声を上げていた皆が、観客席を爆発させるような声を上げた。

 歓声では無い。

 咆吼だ。


「我ら――」


 己に誓う言葉を、皆が叫んだ。



「我ら前を見る者なり!」


「我ら全ての行動を感情によって始め」


「我ら理性によって進行し」


「我ら意思によって意味づけるものなり!」


「我ら何もかもと手を取り!」


「我ら生き!」


「我ら死に!」


「我ら境界線の上にて泣き!」


「我ら境界線の上にて笑い!」


「我ら燃える心を持ち!」


「我ら可能性を信じ!」


「我らここに繋がるものである……!」


 それらの叫びがまとまり、詞となった。


 ――我ら前を見る者なり

   我ら全ての行動を感情によって始め

   我ら理性によって進行し

   我ら意思によって意味づける者なり

   我ら何もかもと手を取り

   我ら生き

   我ら死に

   我ら境界線の上にて泣き

   我ら境界線の上にて笑い

   我ら燃える心を持ち

   我ら可能性を信じ

   我らここに繋がる者である



 アリーナ南側。

 突入口となるゲートの上に、実況解説用のフロアがある。

 そこからは、アリーナ中央を抜けて大空洞入り口に向かうエンゼルステア四人の姿を見ることが出来た。

 席に座るのは二人、一人は司会者の放送部員で、



『本日唯一のイベントシークエンス! 大空洞第一階層タイムアタック! 実況は私、東京大空洞学院放送部のボーダーコリー”境子”がお届けします。

 そして解説は何と、競合校であるMUHS総長の”きさらぎ”さんです!』


 おお、という声に、実況席に座る白髪の女が手を振る。



『――ホントは代田さんの頑張りを見に来たんですけどねえ』


『アー、さっきの駄竜騒ぎで、代田さん出場になりましたものね! うちの方、代わりに第一特務の調査隊”キャノンダンサー”を出そうって案もあったんですけど』


『いやまあ、今回は競うよりも、成果を見たいですねえ。あの噂が本当なのかどうか。――さっきの駄竜騒ぎで、ある程度確信出たけど』



「? どういうことなんです?」


「ああ。大空洞は幾つかの条件揃うまで内部の構造が一定期間で書き換わる。

 今の大空洞は攻略中なんだが、始まりの第一階層が安定してなくてな」



■各空洞の階層更新

《素人説明で失礼します

 各空洞の階層更新とは 大空洞 中空洞 小空洞 どれも 各階層が完全踏破されない限り

 基本として一週間ほどで内部が更新され 別のものになる ということです

 更新において 各階層の法則 概念などの”階層拘束”のベースは変わりません

 また 踏破区画は大部分が維持されます

 しかし 階層拘束のビミョーな変更や追加

 非踏破区画とされた区画の再割り出しなど

 諸処面倒なことにはなりますね》



「小空洞や中空洞がある地域だと、更新すれば空洞内素材がまた採れるからって、完全踏破しない選択もあるよね」


「まあ大空洞はそうもいかねえ。

 誰でも楽しくいける第一階層が安定してねえとか、調査隊、それもホームである東空の連中にとっちゃ恥でしかねえ。

 そこでいろいろ意地になってな? うち、エンゼルステアの一人が、調査結果から仮説を出した。

 ――時限条件と人数条件がある、と」


「第一階層の奥に大きな露天空間があるんだが、そこに、いつ行っても何もいなくてな。”ダミー部屋”だと思われてたんだ。

 だけど、――泊まり込み調査で、階層の更新時、そのホールの地脈に不確定存在の振動を確認した」



「――つまり階層が更新された直後、初回の突入限定で、一定時間内にそのホールに駆け込めば、そこにボスがいるだろう、ってことね」



「――目標は十分切ることと、四人以上のパーティであること、だ。

 ここ三週くらい、大手が挑戦してんだけど、しくじっててな。

 ただそこまでの条件が見えたなら、うちらがイイトコ持って行くしかねえだろ」


「…………」


「……そんなゲームみたいな……」


「近い近い。そんなもんだ」


《ええ そんなもんですよ》


「つーか正確には、何だ? アレだ。ええと……」


「……時弦の巡りっていうか、地脈の重なりが複雑化することで、外から見るとコードみたいなものが発生してる」


「――そうねえ。川の流れって、大きなプログラムコードとして見たら、目的は”海に流れ着くこと”よねー?

 でも途中で池を作ったり、中州を作ったりしてるじゃない?

 ――今回で言うと、流れが変わったときにだけ現れる、中州みたいなものが発見された感じかなあ」


「アー……、大空洞全体は情報体仕様であるとか、聞いた憶えが……」



■情報体

《素人説明で失礼します。

 情報体とは 化科学的な物理存在に対する 要素的な情報存在のことです

 何もかもがデータ化された状態 と捉えて頂いて結構ですが その内訳は言霊的なものが強く適用されます

 そして情報体化することで様々な恩恵が得られますので 御利用頂ければ幸いです》



「大空洞範囲の中って、実はもう情報体の状態なんだけどね。

 大空洞の中は更にその要素が強くなるの。

 色々コストが下がるし、死にそうになった時も、情報的バックアップからサルベージするサービスがあるからね?」


「”外”よりもいろいろ無茶出来るって解ってりゃいい。

 ――どっちにしろ”中”にいると、自分達が情報体だとか、解らないからな」


 

 そして、アリーナ内の通路を行き、次の大扉の前に立つ。


「……隔壁ハッチだ」


「川崎にも似たようなものあるのか?」


「うちの方は、戦時用の喪失技巧とか、各所に保管してあるので……」


 サイズは様々だが、今回目の前にあるのは、五メートル四方。

 よく見れば端の方に”川崎IZUMMO”の刻印があった。



■IZUMO

《素人説明で失礼します

 IZUMOとは出雲圏にある国際神道企業で 各種交通 インフラ 軍事など多種産業を扱っています

 東京五大頂の所属する外界にも存在しており 技術交換によって現状では世界有数の企業となっています

 大空洞範囲に対しては全面バックアップを宣言している他 当地に派遣された東京五大頂の組織とも連携を取っていますね》



「道理で見たことがある訳だ……、と思ったら、それ以上に関わってんのね」


 何となく安心感。

 そんな雰囲気を得ていると、社名の下には、先ほど聞いた詞がある。


 ……我ら――。


 ――我ら前を見る者なり

   我ら全ての行動を感情によって始め

   我ら理性によって進行し

   我ら意思によって意味づける者なり

   我ら何もかもと手を取り

   我ら生き

   我ら死に

   我ら境界線の上にて泣き

   我ら境界線の上にて笑い

   我ら燃える心を持ち

   我ら可能性を信じ

   我らここに繋がる者である


 重要な意味を持っているのだろうと、そう思う。

 そして白魔先輩がハッチ横の女生徒と表示枠で遣り取りを始めた。

 兎耳。



 何だか徹夜明けのような雰囲気を纏った女生徒は、


「ヤッホ、白魔君、何か良いモン拾ったらうちに入れてよ」


「委員長? 図書館に入れられるような書物系は、第一階層だと無理じゃないかな-」


「何かたまにあるらしいがね? 5th-G系、空中住居を遠くに見たとか、そんな話が最近、他の中空洞あたりで」


「5th-G系?」


「アー、画面、おい」



■5th-G系

《素人説明で失礼します

 5th-G系とは 空洞内各階層を支配する階層拘束のカテゴライズの一つです

 各階層は 基本的に別の法則 概念という階層拘束に支配されており 各空洞の踏破 攻略を至難とさせる要因となっていますね

 5th-G系の主な階層拘束は

・――ものは下に落ちる

 というもので 支配階層は底の無いループ型高空域 空中回廊などが名物です》



 あ、と白魔先輩の声が上がった。


「今、第一階層の階層拘束は5th-G系で、階層拘束はメジャーの、


・――ものは下に落ちる


 だけで行けてるみたい。

 でも、私達は慣れてても、DE子さん初心者だから油断しないで」


《失敬

 私の説明は一般的なものなので

 特殊状況には対応出来ません》


「よく解らんですけど、どういうものなんです?」


「階層拘束は、ぶっちゃけ説明しても解りにくいから、体感して解れって感じなんだよな……」


 ふうん、と頷いていると、兎耳の先輩が振り向いた。


「おおチュートリアルまだやってる子が……、って新人か!」



 凄いな、と兎耳の先輩が赤い目で言う。


「ヤーヤー! おはよう! おはようって言い続けて三十六時間目だよ!

 図書委員長のテツコだ。ヨロシク!

 で、君? ――種族系憑現化で変な記憶の夢見たりしてないかね? ダークエルフらしいアレ」


 え? と思った。

 ダークエルフ化する際に見た悪夢はまた何か違うだろうけど、


「たとえば、どんなのです?」


「ああ。種族系憑現化の場合、その種族の記憶? そういうのに基づくものを、夢とかで見たり、何か条件で”思い出す”のだよね。

 だからエルフ系の友人とかだと、見知らぬ村が丁寧に焼かれて復讐誓うとか、そういうの見てるのが多い」


「アー、そういうのは見てないですねー……。

 まだ見てないだけかもしれませんけど」


「見たらレポート頼みたい! 否、インタビュー形式の方が読みやすいか。頼むよ!」


 食いつきが凄い。

 というかそんな夢、見るんだろうか。変にドラマチックなのでなければいいけど。

 だが兎耳の先輩は、すぐにハナコに視線を向け、


「――あ、一応ルーチンとして儀礼ね? ハナコ君。今回はタイムアタックで条件突破の解放目的だからデバッグスキルはキャンセルしてる。

 パーティメンバーはアタッカーが四人、サポートが一人。

 大空洞は第一階層が5th-G基準で――」


「おお、今回どのくらい?」


「更新変化率十三パーセント程度。開けた瞬間から内部の存在確定でタイム加算されるから、助走付けて飛び込んだ方がいいね」


「RTAだから判定は全部パッシブで行く。経験値ボーナスつくか?」


「君らのレベルだと第一階層ではもうパーティ用のパッシブボーナスつかんだろ。ダークエルフ君には残念だが。

 まあ早くダッシュの準備したまえよ」


 何言ってるか解らないけど、最後のは解った。

 ハナコが手を挙げ、ハッチから下がる。十五メートルほど。

 そして白魔先輩が、白い面のようなものを投げてきた。

 受け取ると、


「フェイスガード……? それともまさかコレ……」


「んー。そのまさかね。通常防疫よりちょっと強力。プロテクトシール」



■プロテクトシール


《素人説明で失礼します

 プロテクトシールはフェイスマスクやフェイスガードに似た形状で 物理機能も同様のものを持ちます

 一方で情報体としては”顔”という 存在の第一を隠すことで 未開の階層に突入した際、情報側から干渉する法則や概念を防ぐものでもあります

 主に地上東京及び各国は 世界に拡散したDPVCの影響を避けるため 必要に応じて使用する状況が続いています》



「対情報体としてのフェイスガードみたいなもんだ」


「そうだねダークエルフ君」


 と、兎耳の先輩が、閉じた状態のハッチを軽く叩く。


「このハッチを開けた先はまだ完全踏破が済んでおらず、不確定部分がある場所だ。

 更新ごとに、ビミョーに法則や概念も変わる。

 そんな場所、飛び込んだ直後に未知の毒性気体とか干渉概念とか、シャレにならないだろ? 術式や加護の防御はあるけど、念のためだよ」


「フィット感は個人差あるし、加護関係の設定によっては不要な機能もあるから、自分用をいずれ作ることになるだろうな」


「闇討ちするときなんかも必須だよな!」


「DE子さん? ああいうの無視していいからねー?」


 言う三人は、自分用のものを手にしている。

 そしてハナコがポーズを取り、


「タァクティコゥフッレエエエエエム……!」


「…………」


「…………」


 それぞれの制服が自動変形を始める。





「――ンだよ! 叫べよ、お前ら!」


「いや、お前、叫ばなくていい設定あるだろ。さっき使ったアレ」


 言いつつ、白黒二人の先輩が、変形した装甲服の各所にアタッチメントパーツを装着する。記憶に拠れば、術者系が、その術式を保持するストレージだ。

 黒魔先輩は緑のオーブ型、白魔先輩はオレンジのPDA型。

 そして自分の制服も、変形をしている。



「おおう……?」


 勝手に、と思う間に終わってしまうのは、複雑性が無いからだろう。

 そして、


「おい、コレ、やる」


 と、投げられたのは、ケースに入ったナイフだ。

 黒の色。 

 表示枠が出て、


《所持者権限を譲渡されました

 認可しなくても 使用には問題ありませんが?》


「権利を持ってないと使えなくなる概念とか、あるんですか?」


「――第一階層には無いが、いい判断だ」


 じゃあ、と認可。


「でもどうして?」


「新入りとは言え、無手を飛び込ませたんじゃ他のユニットの連中がうるせえんだよ。

 あと、お守りみたいなものな? うちに入った記念で持っとけ」


「アー、いろいろ大変スね……」


 言ってる間に権利関係の処理がなされ、自動でこちらのものとなる。

 既に皆、プロテクトシールも装着。

 自分もそのようにして、


「じゃあ、行くか」


 応じるように、兎耳の先輩が叫んだ。


「Hello World!」



 実況の境子は、エンゼルステアの四人が走り出したのを見た。


『おっと、いきなり開始です!

 さあ行き先は大空洞第一階層!

 そこは天国か地獄か、冒険のワンダーランドは多摩テックを超えるのか!

 ここまでエンゼルステアは今年度目立った活躍していないが、ハナコ!

 お前だハナコ!

 調子いいヤツを辻対戦で張り倒したり、皆が争ってるときだけ一位獲ったりして!

 もうそういう嫌がらせはいいじゃないかハナコと言いたい!

 だけど行くのかエンゼルステア。

 行くは荒波、多摩川の風!

 新人含めて行く流れはまさに現代の多摩川ライン下り!

 どう思いますか、きさらぎさん!』


『まだ走ってるだけだから全然解らないわよねえ』


『その通り!

 だけど何かやらかすんじゃないかと皆が思ってる!

 そしてハッチが開く!

 開く!

 開いた!!

 開門の響きはベートーヴェンの”運命”の音か!

 それともアマデウスの”葬送曲”か!

 更には見えるか行き先が!

 今、四人一斉に!

 ――突入したああああ!』


 その実況に、半目できさらぎが振り向いた。


『四人、結構バラバラだったけど?』


『付き合わないですね! きさらぎさん!』




◇第二章



 空だった。


 ……え!?


 投身、という言葉が思い付く程度には高空。

 ただ落下するだけの青の空に、自分はいた。

 飛び出しだ。

 ハッチの向こう。青の空があるのは直前で見えた。

 しかし、


 ……足場があると思ったのに!


 足場どころか何も無い。

 あっという間に制服が風をはらみ、袖や襟の各所で表示枠が展開。

 自動処理で硬度や緩衝軽減を行い、風に靡く程度に収まる。


《だが落下を止めることがMURIなので 宜しく御願いします》


「何を!? 何を宜しく!? ねえ!?」


 画面が出て来なくなった。

 だが、画面の言うとおり、落下は停まらない。

 ただただ青い眼下に、しかし何か影が見える。

 地上だとすれば、そこに落ち、激突するのだ。



「うわ……!」


 と声を出して、しかし自分は気づいた。

 己の声が聞こえる。

 プロテクトシールの御陰だと悟った瞬間。胡座姿勢のハナコが淡く回転しながら先に落ちていった。こちらに手を挙げ、


「ヨー」


「ヨー、じゃないですよ! どうすんですか!?」


「あはは、ここまで切れてるの今までちょっと無かったよねー。

 あ、プロテクトシール外して大丈夫。

 大気とか緩衝中和入ってるから」


 言われて振り向くと、白魔先輩と黒魔先輩が、こっちに追随している。

 恐らくは、初心者救済でフォロー出来る位置にいるのだろう。 

 黒魔先輩が、表示枠を何枚か出し、内容を確認しつつ言う。


「お前のさっきの質問に答えるけど、これから九分チョイで、ゴールまで到達するのが目的だ。

 距離的には、約5キロの南東。うちの学校から府中のあたりだと思ってくれ」


「ええと、5キロを十分って言うと……」


「道のり結構あるから、”とにかく急ぐ”が正解よー」


 そういうものだと思うことにする。

 だが、


「落下してるだけで、大丈夫なんですか!?」


「そうでもねえぞ」


 という言葉と共に、自分は下からハナコに抱え上げられた。

 どういう仕掛か解らないが、落下中だというのに、明らかに下から支えられている。


「着地入るけど、ビビるなよ?」


「え?」


 疑問した瞬間。

 眼下に橋のような石の道が見えた。それは息をするより速く接近し、


《説明しましょうか?》


「遅いって――ッ!」


 激突した。




◇これからの話





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