▼002『とりあえず一回死んでみよっか?』編【03】

◇これまでの話








◇第四章



 アリーナは、騒然としていた。

 エンゼルステアがボスに到達したことで、エンゼルステアとメンバーのランキング上昇が確実となったからだ。

 スクリーン下のリザルトインフォメーションでは、その示唆が為されている。そして、



『成程! 正直、第一階層にボスがいる、ということについて、私はちょっと懐疑的だったんですよねえ。

 何しろアレだけワイバーン達がいるのに、ボスは、さて追加だとすると何でしょうねえ、って』


 でも、


『下ルートで会うリーダー格のワイバーン! あれが手負い状態となって凶暴化、ボスとして追って来る、というならば、これまでのボス不明報告や、上ルートでやはりボスが見付からなかったとか、そういうのも矛盾解消出来ます!』



『成程! ではここからボス戦ですが、きさらぎさんは、どう見ますか!?』


『凶暴化してるとはいえ、ハナコ君が第一階層のボスを仕留められない訳、無いでしょう。ただまあ、油断は禁物』


 一息。

『ハナコ君、――振りなのかどうなのか、抜けてますからねえ』




 風が吹く高空のフィールドが、一気に荒れた。

 そこに空から着地したのは、リーダー格のワイバーンだ。

 大きめの30メートル級。

 手負い。

 そしてこちらに恨み有り、ということで、


『――!』


 睨むような咆吼が、既に周囲の石畳や大気を震わせる。そして、



「うわ……!」


 自分の身が、咆吼で震えるのが解る。


「お!? 久し振りに見たな! ”竜への恐怖”! それしばらく動き悪くなるから気を付けろよ?」


「食らってますよ! どうするんですかコレ!」


「アイツよりレベル高ければ素でレジスト出来るから気にすんな!」


「自分、レベル1ですよね――!?」


 はいはい、と白魔先輩が何らかの解除術式を掛けてくれる。

 動ける。

 そして、



「下がってろ! 限界、落ちないあたりで、こっちに応援しとけ! 見学も大事な訓練の一貫だからな!」



 フウ、と黒魔先輩が吐息した。

「流石に馬鹿でもレベル1に”囮になれ”とか言わないか……」


「それ”外”製のドラマとかインチキ再現番組でやってる”実録・大空洞範囲レポート”とかのアレじゃないかなー……」


 ぶっちゃけ観たことあります。


「ああいうのって、ホントなんです?」



《――白魔様のホストで言定状態に移行しました》



《うーん、ホントかどうかと言われると、ニュアンスをどう捉えるか、というのもあると思うかなー……》


《だよな? 例えば囮になるのも、調査隊の全滅かどうかが懸かってて、必死の戦術だったら、そうしないと駄目だろう?

 それで生き残ったり全滅して全員結晶化したりって、フツーにあるけど、その捉え方は人それぞれ。

 生き残ってもクソ戦術って言うのもいれば、全滅したのを笑い話にするのもいる》


《――でも、個人のそういう自由な捉え方って、大事なのよね。

 大体ここ、そういう人達が残ってるような場所だし。

 そういう風に言ったり言われたりしても、納得出来る人達で集まればいいんだし》


《ケッコー、自由度が高いし、受け入れの幅もデカいんですね……》


《そうそうそんな感じ。

 だから、何かあったとき、それを一つの捉え方に誘導したり、誘導されて何か言い出すのは、現場の私達からすると”放っておいてくれないかなー”って処よねー》


《信じられないかもしれんが、外から移住してきた中には”死ぬのが楽しい”ってのもいるんだ。

 まあ、結晶化から回収されるからそんなこと言えるんだろうが》


《アー、流石に自分、そこまでのヘキは無いので……》


《気を付けてね? 基本、突入中は撮影されてるし、トラブル食らった側が訴えたらオフィシャルから精査の上、調査隊にペナ掛かるからね?

 調査隊を解散しても個人にペナ残るから、あまりそういうのって、起きないようになってるのよねー》


《逆に、事故とか不注意のやらかしとかでペナ入るのは、よくある。

 今回で言うと、落下ループにハマって、オフィシャルからの引き上げとかやられると、ペナになる》


《ああ、成程……。気を付けます》


《オイイイイイ! お前らダベってないでこっちに戻れ!》


《アー、御免ハナコさーん》

 


《――言定状態を解除しました》


「オラッ! 戦闘態勢!」


 言われて見ると、右手側に居るハナコにワイバーンが突っ掛ける処だった。

 飛竜が高速で跳ねるようなフロントダッシュ。

 更には顎を開き、


「竜砲来るぞ!」



『ダッシュしながら竜砲を撃つ余力があるとは、大型飛竜というだけはありますねえ』


『対するハナコ、前に出てハンマーをフルスイングだ――ッ!』



「そっち行ったぞハナコ!」


「行きました――ッ! 竜砲撃つ直前です!」


 叫んだこちらが見のは、ほぼ右真横、十メートルほど向こうにいるハナコが、


「いよぉ――し!!」


 突撃してきたワイバーンの鼻先に対し、小柄な体が瞬間的に距離を詰めた。

 そこからぶちこむのは、ハンマーの水平打撃だ。

 術式で強化した打撃は、正しく結果を出す。

 激突音が響き、


「通った!!」


「うわ、色々な意味で凄い……」


 と呟く間に、ハンマーの衝撃でワイバーンの顎がこちらを向いた。

 目が合う。



『――――』


「……オウッ」


「トゥクン……」



「そうじゃなくて爆圧咆吼――ッ!」


『――!』


 ハナコに放たれる筈だった爆圧咆吼がこちらに来た。

 慌てて自分達は退避して、



「ウワアアアア!?」



《――黒魔様のホストで言定状態に移行しました》



《アハハ! 悪いな! 反省しとくから気にすんな!》


《お、お前、訴えたらペナルティとか、そういう話をしているときに……!》


《何でこっち向きにフルスイングするかなあ……》


《あア!? あたしはライオンズの田淵が好きだから右打ちなんだよ! パリーグの一本足打法! 知らねえのか!》


《まさかここで昭和ネタとは》


《ハナコさん! こっちに解らないネタを強要して調査隊ペナルティとか、クズ過ぎるからやめて!》


《アレ? 田淵って、楽天にそんな人がいたような……》


《おい! 付き合うな! 引き込まれるぞ!》


《何だよ知ってんじゃねえか! 後で隊室でDVD鑑賞な!》


《あ》


《? どーかした?》


《あ、いえ、黒魔様、外界の情報を表現して宜しいでしょうか》


《は? ――あ、いや、構わない》


《――ハナコ様が ワイバーンの 左ウイングによる ビンタを 食らいました》


《ウワ――ッ!!》



《――言定状態を解除しました》



 ハナコが派手に転がって、しかし即座に復帰したのを黒魔は観た。


「イッテテテテ! 結晶化する処だった!」


「ハナコさん? 今、レア級の回復とかアーティファクトが自動使用されてなかった? 表示枠ドヒャドヒャ出て……」


「お前が今、猛烈に無駄遣いしたアーティファクトは、もっと下の階層で全滅食らったヤツらが死ぬほど欲しがってたアレだからな?」


「う、うるせえな! それは全滅食らうヤツらが悪いんだよ!」


「最低だ……」


「だよね――?」


「つーか、上! どうなんだ白魔!」



 上? とDE子が疑問したと同時。白魔先輩が表示枠を開いた。


「聖女さん? そっち、どう?」


 呼びかけ。

 それに対し、答える声がある。やや息切れを付けた女性の言葉で、


『はい! 恐らく直上、誤差範囲5メートルという位置につけました! もう、ホント、小型免許取ります! 決めました!』


 誰だろうか。

 ただ、今の台詞に黒魔先輩が叫ぶ。


「ハナコ! 聖女が来た! ――動くな!」


「え?」


 停まったハナコに、ワイバーンの右ウイングによるビンタが入った。



《――黒魔様のホストで言定状態に移行しました》



《お前……、モンハン下手な人かよ……?》


《動くなって言ったの、お前だよな!? な!? そこらへんちょっと思い出してから人を責めような!?》


《ハナコさーん……。第一界層で使ったら駄目なレベルの回復系ぶちまけたように見えたんだけど……》


《いいじゃねえかよ! あたしの所持物をあたしがどう消費しようと!》


《…………》


《あっ! そこのお前! 今、あたしを責めるための語彙を探しているな!? そうだな!? クッソ、あたしは今、イジメられている! あたしが被害者だ!》


《あの、被害妄想してませんで、早くして下さいますと幸いなのですけど》


《あたしのせいか!? そうなのか!?》


《いやどう考えてもお前だよ馬鹿》



《――言定状態を解除しました》



 クッソ、とハナコが自分達の方に走ってくるのをDE子は見た。

 直後にワイバーンが追撃を掛ける。

 翼の加速器で、地上とは思えないレベルの加速突撃。

 それは明らかにこちらも巻き込むものだ。


 ……マズイ!


 危険だ。もしもここで防御が成功したとしても、


「下に落とすつもりですよね……!」


「まあそういうもんだ! 駄竜は荒っぽくていけねえ!」


 と、ハナコがこちらの正面でワイバーンに振り返る。そして、


「寄越せ聖剣!!」



 聖剣。

 その言葉に重ねて、黒魔先輩と白魔先輩が動いた。

 二人、自分達のガンホーキの腹を向かい合わせるように横向きに掲げ、



「白き籠に 白き豊穣

 白き窯に 白き採石

 果て白き 此処白き」


「黒き箱に 黒き報償

 黒き泉に 黒き流水

 此処黒き 果て黒き」


 二人が同時に叫ぶ。



「――”相反の棺”!!」



 直後。

 大気に激震をつけ、二人の間にそれが出現した。



 白と黒、流体で作られた長さ三メートルほどの巨大な棺だった。

 その全体は、二人の構えたガンホーキを外殻の支えとして合致。


「――出来たぞ!!」


「ハナコさん! 早めに!」


 白と黒の棺が、白魔女と黒魔女の機殻箒によって宙に固定された。

 だがそれだけではない。

 頭部にあたる部分。

 そこにあるスリットにハナコがハンマーの先端を叩き付けた。

 生まれるのは鉄の響き。

 衝突の火花も点いていた。

 そして通神から声が響いた。

 先程、聖女と呼ばれた彼女の、


『確認しました。

 成立の相反。

 境界線に、聖女から祝福を――』


 声が聞こえる。

 それはしかし、通神ではなかった。


 ……空!?


 音ではなく、ただ世界に通じる声が来る。



 境子は、宙に通る声を認識した。


「おおっと、大空洞範囲全てに響くのは――!」


 と解説しようとした肩を、横から叩かれる。

 振り向けば、きさらぎが、


「――――」


 鼻の前に右の一差し指を立てていた。

 野暮だ。

 それを解らせるように、澄んだという表現が重くなるほどに突き抜けた、ただ力を与えるだけの言葉が届く。


 全天の晴れ

 全地の萌芽

 聖なる声は響いて止まず

 止まぬ響きよ届け彼方に

 ――謳え世界


 その言葉に、客席にいる皆が同時に叫んだ。

 強く足を踏み、


「――謳え世界!!」



 瞬間だった。DE子は直上に色を見た。


 ……白!


 光だ。

 空を上下に貫通して、一直線の線光が来た。それは白魔先輩と黒魔先輩が構えた巨大な棺に届き、


「……!」



 硝子が割れるような音と共に、一斉の表示枠が展開した。


『届かせました! 流体生成射出を許可致します!

 種別は聖剣!

 生成レベルは+2にて認可!

 デュランダル級の生成が可能です!』


「聖剣の、……3D射出!?」



■流体式3D射出成形機"相反の棺"


《素人説明で失礼致します

 流体式3D射出成形機”相反の棺”は 調査隊ユニット”エンゼルステア”の使用する複合術式で 流体マテリアルの3Dプリンターです

 流体マテリアルに対して白魔術と黒魔術の相反成立という矛盾許容

 つまり”何でもあり”の成立の上で

 聖女が祝福を与える事によって聖別化

 結果として時限式ですが、+1~+5相当の聖剣を射出成形します》



 言葉の通り、白と黒の巨大な棺から、軋むような、しかし竪琴の音にも似た音色で高速の打鍵が響いた。

 その上でハナコが、棺に宛がった柄を握り、手応えを確かめて、


「じゃあ言おうか!」


 言う。

「――我が聖剣に切れぬもの無し!」


 ハナコが棺からハンマーを”引き抜く”。

 警告のサイレンと、赤の鳥居型ワーニングランプをつけて棺から引き抜かれるもの。

 それは、正しく光の巨大な刃だった。




 流体光。

 この刃は本物ではない。流体で、ハンマーを柄に即席で作られたもの。

 だがこれが”聖剣”の機能を持つというならば、


「……どういうファンタジーだ一体……」


「ファンタジーじゃなくて現代技術だよー。3Dプリンターの使い方は技術の授業で習うからね?」


「アー、まあ、聖別武装用な。

 短時間決戦用装備を射出成形する」


 確かにその通りのものが、引き抜かれた。

 ポールウエポンのハンマー。

 その打撃部を鍔として、先に構えられているのは四メートルを超える光の刃だ。

 それを軽く振りかぶり、ハナコが行った。



 一瞬が連続する。


「……!」


 右腕一本。

 聖剣を担ぐように振りかぶったハナコが前に瞬発した。

 対するワイバーンが、爆圧咆吼をカウンターする。


『――!!』


 吠声が響き、DE子の周囲に抵抗術式の表示枠が散った。

 同時に大棺が流体光に砕け、白と黒の魔女二人が散開。

 そしてハナコが左手を前に突き込んだ。


「便所ドアアタック!」


 ロングレンジのシールドバッシュ。

 光の壁が勢いよく飛ぶ。

 以前、ぶちこんだ技だ。だが、


『……!』


 竜が対抗した。

 爆圧咆吼でも、突撃でもなく、


「回避!?」


 右半身を翼の加速器で跳ね上げ、シールドを右脇に通したのだ。

 威力が当たらず、通過する。

 次の瞬間に、巨体がとる動作は解りきっている。

 振り上げた右ウイング。

 その前足と爪を、鞭のような動きでハナコに叩き付けたのだ。




 激震が入り、岩が散った。

 タイミングとして直撃。


「――っ」


 即死、という言葉が脳裏に浮かんだ。

 先程までのように、ハナコが転がって、アーティファクト使用の表示枠をぶちまけるとか、そういうこともない。

 死んだ。



「……!?」


 死んだ。

 叩きつけられた右前足の下に、ハナコは潰れている筈だ。

 その場合、どうなるのか。

 知識はあるが、目の前で見るのは初めてだ。


 ……うわ。


 引く。

 さっきまで話をしていた存在。

 コイツは死なないだろうと、何か理由不明の安堵すら持っていた相手が、いなくなる。

 その事実に、


『――!』


 咆吼で、全身が固まった。

 しまった、と思う余裕もない。

 ”恐怖”だ。

 こちらの五体を震わす意気が、離れも止みもせずに己を支配している。

 先程の咆吼で抵抗術式が破壊されていたのと、ワイバーンが次の獲物として、こちらを見据えたせいだ。

 来る。



 ワイバーンが、ハナコを潰した右翼を掻くようにして大きく這い、


「前見ろ!」


 いきなりの声が、こちらのメンタルをアジャストした。



 理不尽、という言葉を思った。

 こっちは動けなくて、”恐怖”食らってるのに、前を見ろ、はないだろう、と。

 だが、


「……え?」


 視界が、あるものを見る。ワイバーンの向こう。光るものがある。

 壁。

 青空の下に無造作に立っているのは、



 ……ハナコのシールド……!?


 先程ハナコがアタックで飛ばしたトイレのドアだ。

 それが、こちら向きに立っている。

 何故だ。

 ハナコは今、潰された筈だ。

 だが何故、ドアはそこに立っている。

 そして何故、ドアはこちら向きに立っている。

 ああ、そうだ。

 ハナコは、そうするつもりで、ドアを放ったのだ。



 己には、ある都市伝説の知識がある。


 ……それは――。



 ”それ”は、ドアの向こうにいるのだ。



 ならば決まりだ。

 今、”それ”は、ドアの向こうにいるのだ。

 ”それ”は、竜の一撃で砕かれてなどいない。

 何故なら”それ”は、ドアの向こうにいるのだから。 

 だから決まりだ。


 ……どうしたらいい?


 解っている。

 今、いろいろな条件を満たしては居ないが、こういうとき、どうすべきかは解っているのだ。

 どうしたらいいか、知っている。

 選択は一つだ。



 ドアの向こうの名前を呼べ。



「ハナコ――!!」


 呼んだ。

 その声は通り、果たして返答が来た。


「は――あァ――いィ――ッ」



 響いた声に反応したものがある。そのフィールドにいた面々と、


『……!?』


 危険というものが解っているのだろう。

 ワイバーンが、両翼の加速器を使ってその場で半回転。

 尻尾を大きく流すことで姿勢制御とし、後ろへと振り向いた。

 そして飛竜は攻撃をブチ込んだ。

 右ウイング。

 前足の一撃だ。

 高速の一発は、正しく、そこに立つ光の壁を砕いた。

 そのときだった。

 砕かれるドアを超えて、小柄な影が飛んだ。

 赤い髪、インナーカラーを黒にした長髪が宙に躍る。

 その姿は刃を構え、


「ハナコじゃねえ、馬鹿」


 言う。


「”さん”をつけろよDE子野郎……! 知らねえのか!」




 強振。

 大上段からの一撃は、強化術式によって高速となる。

 対するワイバーンが、ハナコのいる空に向けて最大の迎撃を放った。


『……!』


 爆圧咆吼。

 宙から飛びかかる敵に対しては、距離を開けた砲撃として優位なものだ。

 だが、


「言ったろ。――我が剣に切れぬもの無し」


 聖別の刃から、幾つもの効果を示す表示枠が散った。

 同時に、大剣の軌跡が空中で爆圧を叩き割る。

 両断だ。

 咆吼が二つに割れる。

 一つは超高音の切断。

 もう一つは超低音の破裂。

 そして直後に、竜へと聖剣の刃が届いた。

 一瞬だった。

 ワイバーンの顎から胸下まで、跳躍軌道をつけた一撃が割った。

 巨体の腹の下。

 斬撃動作のまま着地したハナコが、振り抜いた刃を、しかし岩盤の床に刃を付けない。

 残身で止める。

 叩き割った。

 その直後に、


『――――』


 割れた咆吼を散らして生じた結果は、ワイバーンの崩壊である。



「――――」


 声もない。

 ただ散り広がる莫大な流体光。

 それは滝が破裂したように広がり、


「――ミッションクリアだ!」



 崩壊するワイバーンの流体光。

 その欠片の吹き荒びを浴びつつ、DE子は見た。

 周囲の風景が”開けた”のを、だ。



「雲が……」


 何故だろう。

 空も大地も大気ですらも、何一つ変わっていないのだが、変わったように見える。


「ボスを倒した分、踏破率が上がって、認識が確定したんだ。

 見た目が変わらなくても、捉え方が変わる」


「白い雲や青黒い空から、遠くの雲や大気の厚みで青化した空、とか? まだアップデートで変更された分を踏破してないから、確定100パーセントじゃないけどねー」


 そうなんですかー、と、散りゆく崩壊の欠片から、遠くに視線を向ける。

 青い空。

 白い雲。

 そこに何か、感情を得そうになって、


「――――」



 あ、私、今、何か大事なものを思いそうになっている、と、そう感じた。


 ……何だろう。


 目の前にある青の空と雲は、今まで見たことがないものだ。

 今日、この十分ほどで、初めて見ただけのものばかり。

 だけど今、自分の目の前で、眼前にある風景が”変わった”の見た。

 認識が改変されたのだ。

 それは、目の前に見えていたものが、実際にそうであったとしても、


「捉え方が、変わる……?」



 何だろう。

 今、途轍もなく重要な事に気付いているような、そんな気がする。

 よく解らないままに、虚空に手を伸ばし、何か解らないまま、しかし何かを掴んだような、そんな感覚。

 それは恐らく、この大空洞範囲に来て良かったな、とか、そういうポジティブな思いの起点となる何かであり、


 ……自分が抱えている燻りに対し、解答になりそうなことだろうか。


 これは一体、何だろうかとそう思った。

 解らない。

 しかし、その思いは強制遮断された。


「あ! DE子さん!」


「あ、馬鹿」


「アッ」


 という三人のいきなりの声に、はっとして視界を改める。すると、


「あ」


 頭上だ。そこにあるのは、ワイバーンの巨大な尾。



 胴体部は、ハナコの斬撃を食らった上半身側から崩壊していく最中だった。

 だからまだ残っている尾は、こちらの頭上に振られ、見上げる位置にあった。

 胴体側が流体光として砕けるならば、尾の残存部は、保持がなくなり、


「え!?」


 直撃した。



《――ハナコ様のホストで言定状態に移行しました》



《と言う訳で、DE子が結晶化する直前でトークタイムな!》


《いやいやいやいや、ちょっと! やる必要ありますコレ!?》


《大丈夫大丈夫! 300s/1sで、頭からグシャアって行くのを外界情報取得してリアタイするのも、なかなか出来ねえことだぞ!》


《すみません。誰かこの人を――ッ》


《アー、退出は画面に頼め。

 すぐ出られるが……、何か自殺幇助してるみたいだな私……》


《アレ? ……行動的にはそうなるんですかね、コレ……》


《あ、一応言っておくけど、今後、誰か結晶化するときは誰でも良いから急ぎで言定状態を展開ね? 結晶化って、つまりミッションリタイアだけど、回収されてからどうするかとか、気付いていたけど言ってなかった情報があるとか、そういうの、交換出来る機会だから》


《アー……、成程。確かにそういう使い方は有意ですね》


《一応は自動化設定にしておくんだが、”死ぬ条件”って意外に多彩で安心出来ないんだよな……。可能な時はマニュアルで、な?》


《うん。まあ、そんな感じで。

 ――じゃあDE子さん? 初結晶化、頑張ってね!》


《頑張るものなんかな……? まあいいや、ちょっと体験してきます》



《――言定状態を解除しました》





◇第五章




「うわああ! 死んだ!」


 飛び起きる。

 そして気付いたのは、つまり寝ていたと言うことだ。

 ……え?


 さっきまで、立っていた筈だ。

 ”竜への恐怖”を食らって動けなかったのだから。

 だが、その後で、頭上に竜の尾が降ってきて、


「あ、死んだ……、と思ったよね」


 と、そこでようやく、周囲の状況に気付く。

 西日の空の下。

 白の広がる色は、雲ではなく、


「……桜?」



「ハーイ! 大空洞浅間神社の桜の精霊、桜です!

 うちはいつでも桜満開、花弁回転六輪タイレル大車輪!

 そんな感じで御利用どうも有り難う御座います!」



 桜の木の根元だ。

 そこにいつの間にか寝ていたらしい。

 テンション高い巫女は、見覚えがある。

 大空洞範囲に入る前、境界となる中間域で諸処訓練や座学をしていたときのことだ。

 この人……、人? まあ巫女だろう。ともあれ彼女には、通神経由であるが、やはりいろいろと教えて貰ったのだ。

 向こうからすれば、こちらは、何人も居る移住者の一人であろうが、 


「DE子さん、お久しぶりですね!

 座学優秀でしたけど、こっち来てみたらダークエルフの特性はレベル1では獲得出来ないとか、チョイと残念!

 現実キビシーですね!」


「え? こっちのこと、憶えてるんです?」


「あったり前ですよ! 信仰とか金蔓とか、そう言う意味で大空洞範囲内の氏子は大事ですからね! 一人一人、ねっとりと憶えてます!」


 嫌な憶え方だ……、としみじみ思いつつ、北の空を見る。

 北側。

 そちらの空に、巨大な雲のように浮いているのが、航空都市艦・武蔵だ。

 東京大解放の際、解決のために召喚された”地脈の干渉を外れるもの”達の一角。


《東京五大頂と呼ばれる集団の一つ”武蔵勢”から 大空洞範囲の地脈を管理するために送られたのが彼女 桜です》


 彼女は大空洞範囲の管理者の一人であり、いろいろと世話になると聞いてたのだが、


「ともあれ今回、弊社のサービス”リスポ”の御利用有り難う御座います!

 移住者には一ヶ月以内ならば無料で一回”らくらくスタンダードプラン”が御利用出来ますが、早速ですね!

 初日のこの時間で使用されたのはDE子さんが初めてです!」



 聞こえた単語に、己は反応した。


「え? ”リスポ”って……」


「ええ。大空洞範囲内で、おっ死んだ際、情報体として結晶化。その結晶を再情報化して弊社で自動回収するサービスです。

 私が直々に”えいしょう いのり ねんじる”までやって、まあ実際は制御情報一発で解凍するんですけどね?

 大体そんな感じで今回もサービス行いましたから、ここに指当てて下さい! レッツボイーン!」


 言われるままに、差し出された表示枠に指を当てる。

 すると桜がそれを懐に回収して、


「御利用、どうも有り難う御座います! 一ヶ月以内でしたら継続化可能ですので、何処か暇なとき、適当に口に出して言って貰えればソッコで氏子の言霊キャッチしますんで! ともあれ今回で”初回死”ですね! おめでとう御座います! あ、コレ、記念品の浅間神社ボールペンです。何と上の武蔵IZUMOの生産品ですよ! ではこれからガンガン死ぬと思うので、宜しく御願いします」


「じょ、情報量多すぎ……!」


「アッハイ。じゃあ、何か気になること、ありますか?」


 問われ、己は考えた。とりあえず、今思うのは、


「どういうこと?」


「…………」


「……曖昧な指示されると、イラっと来るんですよねえ」


「アー、じゃあ、ええと、自分、どういう風に死んだの?」


「アッハイ! こんな感じです! すぐに結晶化しちゃうんで、その瞬間を捉えることは非常に難しいんですけど、今回は撮影術式の位置がよくて、DE子さんのグチャアってなったのが3フレームだけ撮影出来てました!」


 見せられる。

 が、画像の内容に対し、ちょっと鼓動が早くなってしまった一方で、


「モ、モザイク掛かってる……!」


「え!? アレ? すみません! さっきまでは素で映像残ってたのに、今はモザってCENSOREDですね! 武蔵にいる心の御父さんみたい!

 ――あ、でも、通神帯には素の画像が裏で出回ってるみたいですね! 鍵掛けサイトも浅間神社権限で御開帳! ほら! 動死体系の憑現者さん達や、蛮族、殺人鬼系の憑現者さん達から高評価です! 何と星三つ!! ☆☆☆! こんな大量のシェア人数、なかなか無いですよ! あ、ほらほら、凄い勢いで同感いいねがついてるコメントあります!」



《HN”血色の月・元服済”様のコメントです》


『☆☆☆:私、血の気が無いっていつも言われるタイプなので、今回、褐色系の方は初めてでドキドキしました……。しかも巫女転換とか、盛り過ぎです……。困ります……。画面と目を合わせられなくて、もう、墓に入って叫びたい……』



「凄いですね! 後半ポエムですよ全くウブですねえコイツゥ! ――そんな感じで初日から多くの人達のハートを鷲掴みですよDE子さん! 良かったですね!」


「よくない――ッ!」

 

 心底から困る。

 すると桜が、別の表示枠を出して来た。


「ま、上位の方からも高評価ですよ?」


 は? と見たのは動画で、映っているのは学校のアリーナだった。



 画面がメインとしているのは実況席。

 そこにいる白髪の女生徒が、横の黒白髪の女生徒に言う。


『――いいですねえ。最後、ダークエルフ君……、DE子君?

 でしたっけ?

 彼女が死んだの、アレ、事故ですけど、エンゼルステアにとっては一番の収穫じゃないですかねえ』


 は? と、自分はその動画を見た。

 今、周囲は夕刻。画面内はあのミッションの直後なら午前中だ。

 つまり録画。その中で、解説の黒いセーラー服が言う。


『初回で初結晶化、実はなかなか無いんですよね、実力者パーティだと』



『おお? 突入メンバーが一人欠けると、ポイント査定で響きますけど? それでもエンゼルステアにとっては収穫になるんですか?』


『場合によっては、ですねえ。

 ――今回のように、初心者メンバーが追加された場合、私達なんかも、調査隊内部のミッションとして”新人に一回死んで貰う”っていうのを想定しておくんですよねえ。

 でもまあ、無理にそれをする訳にもいかず、私達ほら、上位陣は、かなりの確率でエスケープ出来てしまうので、新人さんがなかなか死なない』


『た、確かに! 何か難しいですね! でも、言い方悪いですけど、そんな風に”死んで欲しい”って言うのは、何でです?』


 その問いかけに、己は思い出した。

 第一階層に突入する際、確かにハナコが言っていたのだ。


 ……ミッションとは別で、ノルマを二つやる、って。


 今日出来るとは思わないが、と、そんな事も言われていたのだ。

 恐らく、その一つが”死ぬこと”だろう。

 そしてその理由は、


『この大空洞範囲の中では、外的要因で死ぬと情報体として結晶化します。

 それを利用したサービスはいろいろありますけど、厳密に言えば、私達は”外的要因で命を失うことがない”。

 最近まあ、例外もチョイとありましたが――』


 と、彼女が軽く手を広げて挙げる。


『死は、警戒すべきだが、怖れるものではない。

 ――しかし移住者や、それまで結晶化したことがない者は、結晶化することを避けようとする。

 結果として、どうなるか』


 言われた。


『――新人さんは、死ぬほどでもない状況で、選択をミスすることがある。

 特に、――ミッションのクリアが掛かった状況では、それが発生しやすくて、更には――』


 更には、


『――つまり私達を、新人さんのミスが巻き込むことになるんですよねえ』



『……死は警戒すべきだが、ですか』


『隣り合わせ、ってヤツですよ。

 リスクが二つあるの、解ります?

 一つは、死んではミッションクリアが出来ないかもしれない、ということ。

 もう一つは、死を怖れて、死よりも酷い状況となってはいけない、ということ』


 ではどうするか。

 答えはもう、見えている。


『一回死んで、死を怖れず、警戒するようになれば、後者のリスクは大きく下がるんです』


『成程! でも、前者のリスクがありますよね? 死んではミッションクリア出来ないという、これは、死への恐れを呼びませんか?』


『死んではミッションクリアが出来ないのは、当然でしょう? ただ――』


 彼女が笑った。


『相打ちクリアとか、クリアして重傷で結晶化とか、試合に勝ったけど勝負に負けた、みたいな”勝ち方”もあるんですよ』


 いいですかねえ。


『大事なのは一つ、――死すらも以て全力を尽くせ、と、そういうことです』


 一息。


『だからDE子君の場合、ここで一回死んでおくと、次、死ぬことを忌避しても”まだ死んだことが無いから”という躊躇いが無くなる。

 これは大きなエンゼルステアにとって凄いアドバンテージなんです。

 しかも初回というのがいい。

 遅くなればなるほど、実力に対して変なプライドや錯覚が生じやすいですからねえ。

 ――だからエンゼルステアが今回得た収穫の中で、最も大きいのは、新人育成として、上位調査隊が、実力あるからこそ難しい”新人の初回死”を出来た事じゃ無いですかねえ』



 そういうものか、と己は思った。


「死んでみる意味がある、ということかな……」


「ええ! ゴリゴリ死んで、うちのサービスの御利用御願いいたします!」


「そういうことじゃなくてね!?」


 ただまあ、不思議なものだ。

 立ち上がって自分の姿を見ると、装備も死んだときそのまま。

 さっきモザ画像を見たというのに、


「意外と設定がガバい……?」


「あ、おっ死んでから即座回収だからですよ! 情報体に変換される際、ある程度の逆回しが効くんで。

 そこらへん、民間だと再構成サービスとかで本体だけにすると、全裸放り出しとかになるから、やっぱ契約はうちがいいですよ!」


 全裸困るなー、としみじみ思う。

 何しろ女性化しても、自分の身体の変化には未だにちょっと馴れていない。

 ただまあ、今回の事で、思い出すのは一つの光景だ。

 ハナコにしろ、白黒の先輩にしろ、こっちが死ぬ瞬間、言定状態に入る前は明らかに慌てていた。

 死ぬことがノルマになっていたが、死ねと望まれていた訳では無い。


「……うん」


 何となく、先輩衆の、死についてのスタンスも解った気がして、安心。


「ええと、じゃあ、帰ろうと思うんですが……」


「お? 復活したっていうから迎えに来てやったぞ-」


 ハナコが来た。




 そして帰宅。

 浅間神社があるのは、学校の南側だった。

 国鉄の線路。青梅線を渡ってすぐの位置。


「お前、住居は?」


「東中神? そこと中神駅の間にあるマンション? そこです」


「アー、線路向かいが小学校のあたりか。アパートの通路に壁作ってマンション言ってるタイプのアレだな。学生用にアパート貸すとろくなことにならんって言うんでそういう行政と大家が折衷案出してんだよな」


「自分ヤバい処住むんです?」


「気にすんな。あのあたりは顔見知り多いし、ケッコー安定してんぞ。

 一番ヤベエのは学校だからな」


 アー、などと言いつつ遠くに見える夕日に向かって歩く。

 夕日は、川に映っていた。

 空。遠い天上に、川が流れているのだ。


「地下東京のこういうの見るの、初めてか?」



■地上東京 地下東京

《素人説明で失礼します

 地下東京は地上東京の重奏都市で 元々は第二次大戦の東京大空白襲で国立以東が二重化したのが始まりとされています

 それが東京大解放の際 東京が受けるダメージを緩和するために完全重奏化

 地下東京は数値的には地上東京の地下二十キロの位置にあるとされ 地上東京の底裏面を天井としています》



「東京大解放の前は、地下東京から”空”を見ようとしたら、天井を流れてる川を通してしか拝めなかったってな。

 それが今は、かつて地上東京にあった変なものの大半はこっち来てて、裏東京みたいになってんのは面白え話だ」

 

 見ていると、空に向かって光の縦糸のようなものが幾つもある。

 あれは地上東京を支える柱であり、


「地上東京都の物資や人員交換、移動のエレベーターなんですね」


「大空洞範囲にも何本かあるな。天井側にも中間域待機場あるから、ストレートに行き来は出来ねえけど」


 そんなことを話しつつ、自分は思う。

 ……あれ? 意外と、フツーに話せてる……。



 ああ、と自分は感じた。

 ここ一月ほど、激変した地元の扱いや、中間域待機場で教員などを相手にしていたから”フツーに話す”を失っていたのだ。 

 今、自分はハナコとフツーに話しつつ、歩く。

 先輩格とそれが出来ているのは、初日にしては上出来だろう。

 歩いている右手側、学校がある。

 自分達の学校とは違い、


「フツーの学校です?」


「え!? ――ああ、昭和高校な。都立高だ」


 言って、通り過ぎていく。野球部だろうか。校庭での練習や掛け声が懐かしい。

 そしてハナコが言った。


「あたしん処、この道真っ直ぐ、東中神の商店街だ。くじらじゃなくて江戸街道の方で”餃子中毒”って店な。略してギョーチューって言われてる。

 ――笑えよ! ここが一番面白い処だぞ」


 無茶言う……。

 しかし話がよく飛ぶタイプだ。

 そして今までもだけど、よく笑う。

 だから己は、何となく問うてみた。


「――ハナコさん、地元なんです?」


「――え? ああ。東京大解放の前から家はそこだよ。親の話だと、東京大解放の前も後も餃子握って焼いてたらしいんだが、落ち着いたと思ったら穴が開くし、そこからいろいろ出て来るし、ここは怪異が多発して激甚災害指定だよ」


《2003年のことですね》



「最初に大空洞の調査に入ったのは、うちの親世代だ。

 そして解ったのは、大空洞の最下層には”母無き母”って存在がいて、そいつに謁見すると、何でも願いを叶えてくれるって事と、会うたびに大空洞が大規模化の更新されるってことだった。

 当然、幾つもの国家や組織が企業帯が目を付けてな?」


「母無き母……」


 中間域待機場の座学では、聞いた憶えがある。

 成程、と納得した憶えもある。だけど、


「……アレ? 思い出せない?」


「伝詞封印だ。――多分、座学したということは記憶に残ってるけど、そこで習った内容は封印されてる。

 中間域も外と繋がってるから、漏洩を防ぐためだろ」


《そうですね 座学内容は 字限封印よりも上位の伝詞封印がされています

 ――無論 その内容について 大空洞範囲では自由に扱えますので 私から情報を開示しましょう》



■母無き母

《素人説明で失礼します

 母無き母は 自らを事象封印した存在で 東京大空洞最深部にいる固有種と考えられています

 事象封印ゆえ 邂逅の記憶は残りませんが 情報や痕跡の概要を究明することで ある程度の理解が進められています

 主な特性は二つ

 一つは 東京大空洞 及び各中空洞 小空洞 そして大空洞範囲のあらゆる事象の実質的支配者 管理者であること。

 もう一つは 母無き母に邂逅した巫女の内 一人の願いを叶えた後 大空洞が全域拡大 更新されるということです》



「……何となく、特性二つって言いながら、二つ目が特性二つ分じゃない?」


《お役所仕事なもので

 御意見御座いましたら中央大空洞範囲自治体総務課が受け付けておりますが 開きますか?》


「いや別にそこまでは……」


 まあそういうのが最深部に居る、とハナコが言葉を続けた。


「”母無き母”に会うには”巫女”でなければいけねえ。

 巫女=憑現化している女。それが条件だ。

 大空洞の影響で、大空洞範囲の人間は皆、怪異か? 憑現化させられて、でも、巫女転換でも女性化出来なかった男連中は、憑現に対して適正すぎるため、憑現深度が深すぎて、下手するとモンスター化だ」



■憑現深度

《素人説明で失礼します

 憑現深度とは憑現化の進行度です

 2008年の規定では深度1~5まであり 深度5は完全化を示します。

 女性は巫女としての存在を保つため 完全化せず 深度4が上限です。

 男性は巫女になり得ないことと 憑現化に”向いている”特性があるのか 必ず深度5に至ります

 しかし 前者の”巫女”条件が引っかかるのか 高度な特質や憑現力を発動しません》



「あ、自分、深度2って言われたな……」


《2度は形質が憑現化した程度ですね

 レベルを上げて特性や表現力が発動すると3度に至ります》


「あたしも深度3上位、って処だ。

 ――でもまあ、何となく解ったろ? 擬人化+マジホン都市TOKYOって感じなんだよ」


「言い方……」


《立川警察の触夫氏などは、代表的な存在です》


「男性の方が憑現化に向いてるってか、ヒーロー気質? そんなものらしいんだけどな。大空洞範囲では巫女になれるかどうかってのが大事、ってのが面倒な話だな」


「じゃあ私も、もし巫女転換してなければ……」


「川崎で、何か、別のものになってたかもな」


 まあそうじゃねえんだ、とハナコが言う。


「政府が各国の軋轢で動けなくなってた中、一部の出来るヤツが、立川の代表団にアドバイスした。

 超国家存在に此処をまかせるべきだ、ってな」


 それが何かは解っている。今も東京の空に見えるのだ。

 前世紀の終わり、世界が壊れるのを防ぐために召喚された存在。

 東京大解放を行った東京五大頂。


「”地脈の干渉を外れるもの”……」



「そう。東京五大頂。厳密に言えば、頂の一角は東京圏総長連合をメインとした地元勢力だから、残りの四大頂が”地脈の干渉を外れるもの”だな。

 その内、実力的には最強って言われる”神★”の連中を除き、三頂が介入した。

 まあいろいろドンパチあったらしいが、三頂の一角、UCATがいろいろチョロまかして、地主と一緒に大空洞入り口周辺の土地を買い取ってな。

 大空洞を封鎖処理の上、上にあった学校を経営再開して今に至る。

 武蔵勢がいるお陰と、”巫女”の教育のため、学生自治の後押しも今まで以上に効いた、って感じだ」


「何でそんなことしたんですかね」


「――世界が再び壊れかける際、助力になるものが生み出せるかもしれねえって、そういう話だ。

 ”母無き母”だって世界の崩壊は防げねえだろうけど、そのために戦う馬鹿向けのアーティファクトをくれるかもしれねえからな」


 だがまあ、とハナコが言った。


「それもあたし達の親世代の話だ。――もう二十年近く前。前大戦で考えるなら、今は高度経済成長期、ってな?

 それなのに武蔵やUAHなんか、あんなデカ物振り回すのに地下東京に居座ってやがる。

 ――余程、この大空洞範囲が危険だと思ってんだろうな。あたし達がそうはさせねえってのに」


 ああ、と己は一つの過去に納得する。


「だから移住の際に言われたんですね、スローライフだとか。

 突入前にも、白魔先輩が、気楽でいいから、みたいなことを」


「アイツそんなこと言ったっけ……。まあいいや。大体そういう感じだ。いろいろ勢力いて面倒くせえけど、何もかもが”これで日常”な?」



 ハナコが、軽く伸びをする。

 改めて気付くが、小柄だ。自分も160センチ無いが、彼女は150あるかどうか、だろう。

 それが戦闘では派手に動くのだから、


「レベル、どんくらいなんです?」


「あ? あたしはカンストしてんよ。30。今は上限解放に向けて経験値タメつつ、スキルとかのレベルアップだな。ハンデ関係も対処しないといけねえし」


 ああそうだ。


「明日はお前、学校行って初授業受けとけ。今日はRTAのランで潰してるからな。

 それで明後日、お前のレベルアップ処理するぞ。うちの連中、来れるヤツら集めて、顔合わせだ」



■レベルアップ処理

《素人説明で失礼します

 レベルアップ処理というのは、大空洞範囲内全住人が持つ”情報体として数値化された能力”を レベルアップによって上昇させる公的手続きです  

 現状では最大レベル30ですが この上限値は大空洞の影響によるもので 内部攻略が進む今 近々二度目のレベル上限上げがあるのではないか とされています》



「自分、レベル上がるんですかね……? 結晶化してんのに」


《初結晶化のボーナス経験値がありますし 充分上がってますよ

 キャラシート見ます?》



見ると確かに経験値が増えていた。


「このキャラシート、ホントに使えるんだ?」


「大空洞範囲に入ったら情報体化されてるって意味、解ったか?

 明後日、午前の内に済ませちまおう。

 それまで手を付けるなよ? クラスの連中のアドバイスとか聞かず、出来るならチュートリアル以外のコンソール開くな」


「何だか厳重な……」


「ぶっちゃけ、初心者殺しみてえなダメ仕様多いんだよ。

 下手すると今日みたいなのもう一回やらねえと駄目になる」


「アー……、それは避けたいですねー……」



 でも、と己は言葉を挟んだ。 


「明後日の授業は? まだ金曜だから、フツーにありますよね?」


「制服着て調査隊の作業やってりゃ、公休扱いだ。憶えておけ。私服が少なくて済む」


「それずっと調査隊の何かやってろ、って事ですよね」


「そうなるそうなる。――生活基盤が大空洞とか他の各空洞類なんだからさ、ここは。

 つまり大空洞っていうデカい農場や鉱山があるようなモンなんだよ」


 言われて見ると、何となく納得出来る。

 それはやはり、一回大空洞に飛び込んだからだろう。


 ……見知らぬものばかりだよな。


 この感想は正しくて。

 だからこそ、大空洞とそこから得られるものが、”外”に対しての駆け引きに使えるのだろう。

 そして、


「……自分もその住人か……」


「お? そういうなら、こういうの、これからたくさん出て来るから、覚悟しておけよ?」


 言われて、何かと思った。


「こういうの……?」


 何だろう。自分達は今、道を進み、大きめの十字路に出たばかりだ。

 だが何となく、違和に気づいた。


「……あれ?」


 背後だ。

 先ほどまで部活の練習や掛け声が聞こえていたのに、消えている。

 どうしてかと思って振り向けば、そこにあった高校は、



「――病院!? いつの間に……!」



「後ろの正面だあれ、ってな」


 一瞬息が詰まった己の横、ハナコが笑う。


「はは! 歩いてて、いきなり高校の話を始めるから、焦ったぞ。

 あの高校、ってか西多摩の高校や大型施設は、東京大解放の際に避難民や負傷者を受け入れる場所になってたんだよ。

 特に学校は施設の形状的に野戦病院化した。

 結果、幾つかの学校は公共が役目を変えてそのまま地域病院化。

 学校は統合的なものが幾つか新設され、――その一つの下に大空洞の入り口が開いちまったんだよ」


「じゃあ、さっき、自分が見たものは……」


「この土地の”残念”が、新入りなら騙せる……、というか、こう思ったんだろう」


 それは、


「思い出せないだろうけど、忘れないで欲しい、ってな」


「……フクザツな土地ですね」


「あたしが迎えに来た意味、解ったか?」


 無茶苦茶解る。

 自分だけだと、中神方面に行こうとして、下手すると何処かに飲み込まれていたかもしれない。

 今、横断歩道の信号は赤。

 通る車両は、野菜などの輸送トラックが多いが、


「――あ! ハナコ! お前、今日は――、ってオイ! 通り過ぎるな――ッ」


 何か声と共に通過していく装甲トラックの群。

 乗っている隊員達が手を振るのは、こっちにハナコがいるからだろう。



 あの、と自分はハナコに声を掛けていた。


「ノルマを二つやるって、言いましたよね? 一つは、死ぬ事だと思うんですが」


「アー、きさらぎの野郎が偉そうに言ってたの聞いたか――」


 いやまあ、と己はそこに話題を向けないようにする。

 聞いておきたいことがある。それは、


「もう一つのノルマって、何です?」


「ンンンンン? ソレ、お前は自分で気付くと思うんだよなあ」


「?」


 あのなあ、と、ハナコが言う。


「お前、確か、……図書館からアリーナに踏みこむとき、言ったろ? ――ここにいればァ、私はァ、終わらないんですねエ、って」


「真似しなくて良いですよ! 似てないし!」


「いや、あたし自身が言うの照れるわ、ああいうマジ語り」


 でも、


「お前のソレ、ここで生活するための、外からの”押し”なんだよ。今のお前がここにいる理由って、”外”にはそれを思わせるものが無かった、ってことなんだ」



「……あ」


 気付いた。

 言われて見ればそうだ。


「”ここにいればァ”って、そういうことだ。

 別の処を比較にしてる。

 ……まあ、あたしゃ、お前が地元で巫女転換と憑現化食らって、どう考えてるかとか、解らねえけどさ」


 でもまあ、


「ノルマってのは、アレだ。

 ――大空洞範囲の生活の中で、何か、”引き”になるモンを見つけろよ、って、そういう話だ」


「”引き”?」


 ああ、とハナコが言った。


「――それがあるから生きていける、ってヤツだ」



 あ、と己は思った。

 錯覚かも知れないが、似たようなものを、感じ掛かった。


「……あの、今日、ボスを倒したとき」


「ああ、何?」


 そうだ。

 あの時だ。

 世界が何か、変わったように感じられて、それは認識の上位化だと知ったのだが、あのとき自分は、何かを掴みかかった。


 ……自分の燻りに対して、何か、応えになるもの。


 それは何か。

 解らない。だから己は、口を開いた。


「……あのとき、上手く言えないけど、何か、安心とか、理解したいってのが、あったように思います」


「そっか」


 と言うハナコが、いきなり前に出た。


「じゃあ、行くぞ」




 気付けば信号が青になっている。

 否、立ち止まってから結構話したのだ。これまで幾度となく赤と青を繰り返していたろう。

 だが今、青になっていることを認識したのだ。

 自分も前に出る。

 ハナコの後を着いていくことになる。


「お前のソレ、何だか解らんし、ホントにそれがアタリかも解らねえけど」


 言われた。

 振り返ることないまま、


「そういうの探しつつ、気楽にやっていけるなら、あたし達も頑張った甲斐あるわ」



 そうですか、と己は頷いた。

 何だかまあ、かなり荒っぽい人で、高確率で馬鹿な気もする。

 黒魔先輩とかマジでそう呼んでいた感もあるのだ。

 だが、こっちを気に掛けて、話を聞いてくれて、


「……ハナコ、先輩?」


「馬鹿、疑問形で言うんじゃねえよ。それに――」


 彼女が、笑って言った。


「ハナコさん、だ。

 覚えとけ。

 ――ピンチになったらドアに叫びな」





◇これからの話







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