▼002『とりあえず一回死んでみよっか?』編【02】


◇これまでの話










『よーしゲートクローズ! エンゼルステアのアタック開始です!

 さあ、高空から現第一改装名物の空中石盤回廊にどう降りる!?

 そのままだと激突だぞ!?』


 疑問の声が向かうのは、アリーナ上空に展開した大型表示枠だ。

 調査隊が義務とする”正式調査の可視化”。

 そのために用意された追随型の撮影術式が、現場の流れをそこに見せている。

 そして巨大な画面に映される疑問の答え。

 空中を渡る石盤回廊に対し、一直線に落ちたハナコは、


『――激突しない!?』




 画面の中、青の空を吊り橋のように渡る石盤回廊がある。

 その上に、ハナコが後輩を抱えたまま、確実に着弾した。

 だが、


『――!!』


 ハナコは確かに回廊に上から当たった。

 しかし、彼女は下りの石盤に弾かれなかった。

 宙に跳ねもしない。

 回廊に潰れもしない。

 更には落下の速度を一切落とすこともなく、


『止まらない……!? ハナコ、DE子を抱きかかえたまま、石盤回廊を落下速度で移動し続けています!』



 ハナコが回廊上を前に、下り方向へと”落下し続けていく”。

 その速度と勢いに、観客達がざわめいた。

 何故だ、という疑問に答える声があった。

 きさらぎだ。



『さあ皆さん? どういうことでしょうねえ。

 着地したら、踏み込み、止まる。

 それがセオリーですけど、あの馬鹿、完全無視ですねえ。

 これ、どういうことか解りますか?』


『どういうことなんです!? きさらぎさん! これは――』


 ええ、ときさらぎが頷いた。


『落下速度を落とさないまま、石盤回廊を”滑走”しているんですよ』



『遊園地のフリーフォールと同じですねえ。

 レールがあっても自由落下するのと同じで、何らかの方法で着地の衝撃を無視して、石盤回廊を”落下し続けている”んでしょう』


 きさらぎの言う通りのことが、そこに生じていた。

 高速の落下状態から、斜め落ちの石盤通路に着地する。

 それは高速で、通路に角度があろうとも激突必至の構図だが、


『――ハナコ御見事! ダークエルフ……、DE子!? あ、ハイ! ダークエルフ後輩の登録名はDE子だそうです!

 ともあれハナコ御見事! 超高速落下からの斜面着地。

 しかもDE子後輩を抱えたままだというのに、膝一切曲げずの着地からクロスで720! 速度も落とさずに滑走に繋げてます! これは得点ゲームだったら高得点!』


 画面の中、ハナコが一切速度を落とさずに高速で石盤通路を滑走していく。

 スキーの滑降競技のような勢いで、靴裏と石版通路の間に流体光を散らしながらただ速度を上げて、


『――!』


『ハシャいでますねえ、あの馬鹿。

 というか回る必要一切ありませんけどねえ。

 後ろの白魔君何か、そのまま素で着地からの滑走だし。ガンホーキを補助に使っているのとか、私からすると好印象ですねえ』



『でもきさらぎさん! 今の、どういうことなんです? 普通、落下したら”着地”ですよね。

 それに、落下時に緩衝術式で速度落とすのに。

 落下速度そのままで着地即滑走状態にするとか』


『ああ。後ろ。ガンホーキで一人だけ飛んでる黒魔君いるでしょう?

 いずれ分隊するのかな? まあ、ともあれ今回の階層拘束の変更部分を察して全員分の加護調整とかやったのは彼女なんですけど、つまり彼女が優秀だったんですよ』


 と、きさらぎが、空中の適当な位置、上側に手を伸ばす。


『各階層、突入口の結界範囲がありますからね。五秒くらいはオフィシャル加護がボーナス掛かりしているんで、無敵時間です。

 その間に、不足していた加護や調整を行ってスタート、というのがフツーですが、アプデ直後の階層はそれなりに環境の変化があります。

 どの階層でも良い、ファーストアタックやったことある人、いますか?』


 アリーナの観客の中、幾らかが手を挙げ、大多数が左右を見回したり、身構えるように次の言葉を持つ。


『あのね? ファーストアタックって、危険なんですよ』



『既存と何が違うかをソッコで検知して、加護や調整の追加や除外を行わなければならない。

 しかもその場の判断で。

 加護や強化って、下手に組むと反発や緩衝して無効化や逆面化したりするのに、そのリスクを覚悟で行くのがファーストアタックです。

 だから多くの調査隊は、突入回数とか機会、コストを無駄にしないよう、自分達にとって未知の階層に行く際、情報を得てそこらへん組んでいくんですよねえ』


『確かにそうですね! オフィシャルのミッションにも、”環境変化の調査”は常にあって、その変化の報告または情報を報酬に変えている訳です』


『そう。そうなるのも、加護や強化、調整の術式が、無限に持ち込めないからです』


 と、きさらぎが、頭上に右の手を翳した。

 スクリーン用表示枠に映るエンゼルステアの面々を観て、


『この、私達が見ている映像の撮影術式も、調査隊の方で用意するものです。

 環境によっては撮影不能や障害を受けることも多く、それが三分間連続したら失格となります。

 ――そうさせないためにも、ファーストアタックについては、

 ・未知の環境を解読する必要がある

 ・厳選して持ち込んだ加護や強化の術式で、環境に対応しなければならない

 ・ミッション開始即座にそれらを行う必要がある

 という、リスクとコストがある訳です』


 一息。


『今回の第一階層に与えられていた階層拘束は、5th-G系にはよくある、

 ・――ものは下に落ちる

 というのがメインでしたが、コレ、よくある系と言いつつ、更新直後は危険な変動をしている可能性があるんです。

 何だか解りますか?』


『ンンン!? よくあるのに危険!? どういうことでしょう、きさらぎさん!』


 ええ、ときさらぎが応じた。


『東京大空洞の各階層は、私達の世界とは違う世界です。

 つまり、”ものは下に落ちる”といっても、――重力加速度は私達の世界と違う場合が多いですし、更には重力加速の法則自体が生きてるかも解らないんですよ』




『おい! そこらへんを書架式でこっちのルールに変えてやんのがうちらの仕事だよ! MUHSの図書委員は仕事してないのかい!?』


『更新変化率13パーセントって言ってましたよねえ? 昭和の消費税率と同じくらいに出来ません?』


 ともあれ、ときさらぎが言った。


『今回の突入、第一階層は、図書委員長のテツコ君達が頑張っても、まだ現実に比べて13パーセントの揺らぎがあります。

 しかしその揺らぎは、世界のどの部分に掛かってるか解らない。

 それを瞬時に黒魔君が精査して、全員の加護を調整。

 その上で、レベル低くて高速落下制御の術式が使えないDE子君のため、ハナコ君が彼女を抱きかかえてフリーフォールした訳です』


『――だとしたら、今さっきの、ハナコ達のアレは――』


『ええ。――着地と同時に、傾斜方向を”下”と”認識”すれば、着地の衝撃がキャンセルされて、滑走に見せかけた”落下継続”が出来る訳です』


 つまり、


『ハナコも白魔君も、着地からの滑走をしていない。

 傾斜方向に合わせて”下に落ちている”んですね、アレは』


『出来るんですか!? そんなこと!』


『出来ますよ?

 ”下に落ちている”の”下”は、定義されていませんからねえ。

 現実世界とは違うんですよ、大空洞の中は』


 でも、


『理屈では解っていたから、試した人、いるでしょう?

 でも上手く行かなかった。そうですよね?

 何故でしょう?』


 一息。


『出来るのは、――現実世界で、真っ平らな道路を前にして”前に落ちる”って信じられる人だけです』



 皆が言葉を失った。


『勿論、そんなことしなくても第一階層は踏破出来ますからね。

 その方が頭いいですよ?

 今回はハナコ君みたいな馬鹿じゃないと駄目って話なだけなので』


 しかし、と彼女が言った。


『ハナコ君の後ろにいる白魔君、彼女も、ガンホーキを補助にしてますが、滑走してますよね。

 ――ハナコ君が見本を見せたから出来ている、というのもあると思いますが、恐らく、もっと確かなフォローをした人がいます』


『おお!? あの滑走を叶えて支えた人材、それは誰ですか!?』


『――黒魔君ですよ。

 よくまあ全員分の加護調整を短時間でやったもんですねえ。

 素直に褒めましょう』



 しかし、ときさらぎは言葉を続けた。


『ハナコ君が、相変わらずの馬鹿で素晴らしいですねえ。

 落下中に黒魔君が精査した階層拘束の揺らぎを理解し、滑走速度を上げるために動力降下を敢行。

 更には着地キャンセルからの滑走を行って720。

 そのためには”斜面の先が下だと自分に思い込ませる”ってのもやらないと駄目ですねえ。

 それも初心者丸出しのダークエルフ君を抱えて、ですよ。

 読みが一箇所でも間違ってたら今頃結晶化でしょうに。

 ――初見であれ完全に乗りこなすのは、上位陣の経験と判断力ですねえ』


 あ。


『私、できますよ?

 ――何だ。簡単じゃないですかねえ。こんなの』




「速……!」


 滑走している。

 落下から、速度は落ちていない。

 寧ろ上がっている。

 石畳にも見える空中回廊。

 明らかに人工物に見えるが、その行き先は大気に掠れる青の空に消えていて見えない。

 ただ、速度は上がり続け、


「うわ……!」


「おい! DE子! 下ろすから地力滑走しろ!」


「え!? ちょっと、どうやって!」


「は? それは、お前、こう、何となく……」


 知能が頼りない……、と思った瞬間だった。


「ええと、ちょっと危ない! 言定状態入るね!」


 白魔先輩の言葉と共に、不意に視界が変わった。


「へ?」



《――白魔様のホストで言定状態に移行しました》



《え? 言定状態って、ええと……》


《あれ? 外が見えないというか……、音も無いし、温度とかも無いし、……文字とアイコンしか見えてないんだけど?》


《わあい。これが、情報世界だとメジャーな言定状態でえす》


《いつも喋くってるのとあまり変わらないように思えるかも知れないけど、今、私達の五感は外界から遮断されててな? 意思を情報として、直結会話してる。

 つまりアイコンと言語だけの高速会話システムだと思え》


《は? ――ええと、高速会話って、どのくらいです?》


《基盤となる情報世界の状況にもよりますが このシステムを開発した大空洞浅間神社によれば300s/1sです》


《つまり外界で一秒流れる間、こっちでは五分の会話が出来る訳なのね。

 こういうのが、つまり情報体となった事で得られるサービスってこと》


《一応 外界の情報を取得することは可能です その場合 私の認識による情報取得と表現になります》


《外界情報:現状 ハナコ様に抱きかかえられていたのが 放棄される瞬間です 外の風強く 天候は晴れ お肌の乾燥に気を付けて下さい》


《いらん情報が多い……》


《ともあれ急ぎのアドバイスや作戦会議でフツーは使う。

 一人でも使えるから、判断を迷ったときとかはコレに飛び込め。

 ――”言定状態”で、うちのユニットのスペースに入れるようにしてある》


《ウワー……、便利空間……》


《おやおや 実は今まで 幾度か使用していますよ?》


《え? そうなの?》


《ええ 私の説明ですが 危急であると判断した中では 双方向では無く単方向で使用しています

 貴方の方では一瞬気を取られるだけで済んで居る筈ですね

 また他の方達も同様に 一瞬で情報取得をしている場合が多い と付け加えておきます》


《――使用実時間が一秒を経過します 料金が追加されます》



《ンンン! 一秒経過って、誰のせいかな画面さん!》


《まあいいや! ええとDE子さん? ここの滑走というか、落下の攻略法だけど、進行方向よりもちょっと上の方、前を見るのがコツなのよね》


《前を見ると、回廊が下にあるのが見えるし、感覚として足下を”下”って思いやすいんだよな》


《アー……、つまり速度もついてるから、足下見ないで空を見た方が、そっちに落下するような錯覚をしやすい、と?》


《うん。そういうこと。

 大事なのは上手く自分を騙すことね? ハナコさんとか、そういうの凄く上手だから。

 でもまあ、安心して? 必要だったら私のガンホーキで拾うから》



■ガンホーキ


《素人説明で失礼します

 ガンホーキは魔女が使用する武装兼飛翔機で 元々は機殻箒として内部に箒を仕込んでいました

 今は箒の性質を再現したエンブレムカードを用いることで軽量化 高出力化を叶えています

 なおガンホーキはIZUMOと魔女専企業”見下し魔山”の共同開発製品名ですが 機殻箒の一般名称としても広まっています》



《あ、こっちでも説明は出るんだ》


《文字情報ですし 単方向でも出せるなら双方向でも出せます》


《よっし。じゃあ切るね! 一瞬ラグがあるから気を付けて》


《あ、ハイ! 有り難う御座います!》



《――言定状態が解除されました》




 一瞬、白いノイズのような音を聞いた。

 そして現実に復帰。 

 言われたことは憶えている。

 正面、やや上には、石盤回廊ではなく、青の掠れた空間が見えていて、


「あれを”下”って思うの。どう? 今も充分そっちに”落ちてる”でしょ?」



『大事なの、暗示だよな』


『コツを教えてるって、言って欲しいなー!』



 あ、騙されてる、とDE子は思った。

 今、自分は、ゲームによくあるような斜面回廊を抱えられて移動中だ。

 だが、確かに視線をやや上げて、回廊よりもやや上、青の空間を見ることで、


「――――」


 高所。

 寝ているときに空を見上げた記憶を思い出す。

 視線の先に空しかなくなって、背中には大地があるのに、青の色に吸い込まれそうになった。そんな憶えは確かにある。


「解ったか!?」


 いきなり放り出された。



 ……危ない!


 尻から落ちるような姿勢だが、


「と」


 落ちた。

 斜面の先、やや上のあたりを”下”と思い込む。

 それはつまり、”下”が、引力基準ではなく、自分の思い込み基準になっているということであり、


「早く足を着け!」


 言われた通り、足を踏んだ。

 石の床。思った以上に足裏から硬い反応が来て、


「と!!」


 跳ねた。

 斜面からスキッド。

 やや空中に外れた身を、


「悪く無い。踵から行け」


 背を支えるのは、箒にも、砲にも見えるものに乗った黒魔先輩だ。その支えをクッションとして、自分は今度こそ斜面に行く。

 踵から落ち、視線はしかし前、やや上を見て、


「……!」


 右の踵だけで、”真下”へと滑走する。

 空の中。

 空の中央へと、だ。




 ……怖――!


 というのが全力の感想だ。

 ぶっちゃけ、滑走のために踵で踏んだ右足が戻せない。

 後ろの白魔先輩など、チョイ見たときは落ちついて両足滑走だったが、自分は無理。

 着いた右踵が上手く行ってるから、それを変更したくないという、変な恐怖感が緊張を呼んで、別の動きが出来なくなっている。

 そして、左から、


「あれあれ~? 初心者のDE子サアアン? 何かビビってませんかあ?」


 アオリに来た! と思った瞬間。

 足下が一回跳ねた。石畳状になっている路面に、木の根のようなものが渡っていたのだ。

 足が跳ね上がり、後頭部から地面に半回転で当たる。


「うわ……!」



 やった! と思うなり、声が来た。


「好きにしとけ」


 言葉が聞こえた直後。

 自分の身体が更に半回転した。

 解ったのは、ハナコの手が、こちらの肩に当たったというだけで、


「復帰~」


 姿勢が戻っている。

 片足で滑走しているのも、さっきの通りだ。

 フォローされたのだ。



「あ、有り難う御座います!」


 言うと、前に半歩出たハナコが笑う。


「気にすんな。一回やっとけ。憶えとけ」


 そして、


「でも今後は気を付けろよ? こういう滑走系の移動って結構あるから、障害物に当たるかどうかってのが初心者と熟練者の境目だからな?

 初心者ほどイキって余所見して障害物に激突する」


 回廊に生えてる樹木に、ハナコが余所見で激突した。



 破壊音がして、木々の破片が枝葉と共に飛んで、ハナコが消える。


「え? ハナコさん?」


「うわ! あの馬鹿!」


《死にました?》


 何が何だか、解りはするのだが、理解して良いのだろうか。

 結果として、全体の先頭となった自分は、


「え――……、と?」


「イッテテテテ! クッソ! 障害物増えてやがるのか!」


 復帰してきた。



《――白魔様のホストで言定状態に移行しました》



《え!? ハナコさん、何で今ので生きてるの!? 結晶化しててよくない?》


《舐めんな! 今ので、半年くらい溜めてた貴重なアーティファクトとか一気に自動消費したからな! ぶっちゃけこのミッション成功しても二ヶ月くらい赤字だぞ!》


《お前一回死ねよ》


《今のがほぼ臨死体験だっつーの!》


《横スクロールのジャンプゲームみたいな死に方、ホントにあるのねー……》


《死が軽い……。ってか結晶化って、アレですよね》



■結晶化

《素人説明で失礼します

 結晶化とは 大空洞範囲内にて外的要因で死亡した際に発動する加護です

 全身が二十センチほどの情報結晶化し バックアップデータから蘇生復帰が出来ます》



《しかし結晶化……、あまり世話になりたくないけど、かなり無敵仕様だよね……》


《でも結晶が破壊されたら復帰は凄く大変になるし、格安サービスだとセーブポイントまでの記憶しか戻らなかったりでね。

 だからコスト惜しまず、結晶の自動回収サービスまで入れておくといいかな》


《そういうときは大空洞浅間神社な! 宣伝!》


《浅間神社からの宣伝アフィリエイトがハナコに認められました》


《お前さあ……》


《うるせえなQOLがチョイ上がるんだよ! ってか、ほら、お前もそろそろ次の動きだろ! 行くぞ!》



《――言定状態を解除しました》



『何で彼女達、共食いのために言定状態使うんですかねえ』


『あ、やっぱ今の妙な間、アレ言定状態ですか、やっぱり!』



「お……」


 と、何となく”解った”こちらの視界の中、ハナコが前に出て、手を軽く前に振る。

 すると、


「――りょーかい。離隊する。後で合流」


「あ、オッケ。――クロさん、引き上げ宜しくね」


 遣り取りと共に、黒魔先輩が垂直に空へと飛んだ。その上で

「ここからが本番だ。見てみろ」


 言われた先。

 眼下に色が見える。青黒い雲と思ったが、


「森!?」



「現第一階層のメイン。

 空中大森林だ。

 一気に突き抜けるから、あたしの後ろにいて、身を低くしとけ」


 あ、はい、と頷いて己は気付いた。

 いつの間にか、両足で滑走出来ている事に、だ。

 今更ながらに理解するのは、足裏だった。

 靴の底。流体光が散っているが、


「……小型の防護障壁?」



「うん。滑走するために、ちょっと貼ったよ。

 スケート感覚?

 フツーにソールだと、摩擦力ありすぎて引っかかって大転倒するもんね」


 恐らくは最初からの気遣いだ。

 ようやくそれが解る程度には、落ち着いてきた。

 有り難う御座います、と頭を下げると、笑って手を前後に振られた。


「チームワークってものだよねー」


「おお! あたしなんか天才だからそんなソール処理いらねえけどな!」


「チームワークってものだよね……!!」


「うるせえな! ハイハイそうだよ!」


「いやでも自分、思い切り足手まといなんじゃ……」


「――気にすんな。

 このミッションは四人前提だ。

 お前が一緒にボス倒す処までいないと駄目なんだ。

 解るか? あたし達にとって、お前をそこまで連れて行くのは苦労でも何でも無い。

 お前は、だから、自分でミスって死ぬようなことだけはするな」


 いいな?

「あたしをよく見ろ。

 模範の塊みたいな存在だろう?」


「敢えて笑顔で言うけど、さっき無茶レアな”即応全回復の指輪”消費してたよねー?」


《大空洞地下五階層より先で 入手確率0.00003ですよねアレ》


「準備がいいって言えよ! 準備がいいって!」


 ともあれ、とハナコが手に展開式のロングハンマーを握る。

 眼下、青黒い森が急速に近づいてきた。

 空中回廊は一回切れていて、続く先はもはやその森の入り口直結となる。

 そしてあるものが見えた。森の中から、沸き上がるように飛翔したのは、



「……竜!?」


「現第一階層名物、ワイバーンの舞踏群でえす」


 数が膨大だ。

 渦を巻くように飛んで来た青の飛竜群に対し、ハナコが笑って言葉を放つ。


「遅れるなよ?」




『おおっとエンゼルステア! 現第一階層名物”竜の巣”に突入します! 7メートル級の中型ワイバーン達が舞い上がって作る舞踏群は既にお出迎え! その並びと重圧さとやかましさは、まさにワイバーン達の立川駅バスターミナルと言って過言ではないでしょう! きさらぎさん! 既に開始から四分経過! どう見ますか、この進行状況を!』


『エンゼルステアらしいルート選択ですねえ』


 と、きさらぎが、表示枠を出す。

 それはアリーナ側のスクリーンと連動。

 映し出されるのは、


『現第一階層を横から見た図ですねえ』



 それはスタート地点を右上、ゴールを左上に示したもの。

 竜の巣は、下方中央にあり、


『今、エンゼルステアが使用している石盤回廊は、竜の巣に至る複数回廊の内、真っ正面から突っ込むものです。

 中型ワイバーンと言えどレベル的には戦闘系戦種でレベル8くらい欲しい。

 それが群でいるから、ここは特殊なんですよねえ。

 第一階層だというのに、初心者にとって竜の巣という即死ルートがある一方、初心者脱して行った連中にはいい狩り場です。ただ――』


 と、きさらぎは、スタート地点から左、ゴール方向に向かって、白いラインを引く。


『上空にも飛び石エリアがあるので、今回のゴール地点に対しては、そこを渡って行く、というのもルートとして有り得ますねえ。

 黒魔君と白魔君のガンホーキは、速度さえ出さなければ二人乗り可能ですし、下のワイバーン達も、飛び石エリアにはあまり寄ってきませんから』


『ほう! そちらを選ばなかったのは、何故なんでしょう!?』


『水平方向への移動速度と、安全性でしょうねえ。

 落下速度による滑走の方が、斜め落ちでも、二人乗りのガンホーキより速い。

 そして二人乗りで飛び石エリアを渡っている最中に、万が一ワイバーンに突っ掛けられたら、恐らくダークエルフ君が駄目です。

 下で滑走するなら、ダークエルフ君のフォローにハナコが入れますし、ダークエルフ君も自力滑走出来ますからねえ』


 まあ、と彼女は言った。


『そこらへん、ハナコ君は臆病過ぎるかなあ、と思うんですけどねえ。

 万が一は万が一でしかないし、白魔君と黒魔君をもうちょっと信頼してもいい。

 でも面白いのはここから先ですよ。

 今回のレギュレーションでは、最奥にある大ホールに行く際、いつもの攻略方法が使えないんですよねえ。

 それ、下周りルートでどうするのかなあ、って』




 ジャンプした。

 回廊が切れていて、飛ぶ。そして続く道へと至る間、空中で、


「ハイ、一応はフォローとして手を繋いでー」


「あ、どうも有り難う御座います!」


 宙で手を繋ぐと、良い具合に気が散る。

 自分より先に先輩格が”前に落下している”、というのが、相手の手指から伝わるのだ。

 自分はそれに続けば良いと、そう思える。

 恐怖心が消える。

 あとは、足下を気にしたくなる恐怖感から逃れて前を見るだけだ。


 ……続く回廊があって……!


 繋いだ手が教えてくれるように、”前に落下”する。

 そして足の下に回廊が飛び込んできたと同時に着地。

 石盤回廊に対し、踏むと言うよりも足裏を添える。

 あとはそれだけで、


「お、おおおお! 行った!」


「上手い上手い~。初めてでコレは凄いからね!」


 それなりには出来ている、ということだろう。

 だがここから先が問題だ。

 森の中、意外と回廊と森の間には空間が有り、そこに、


『……!』


 群が来た。

 舞い降りてくる。それらに対し、先行するハナコが、


「YEAHHHHH!」


 打撃をぶちこんだ。




◇第三章




 森を突き抜ける回廊上。

 高速滑走しながらの戦闘が開始された。



「うわ……!」


 こちらの視界の中、身を回しながらハナコが叩き付けるのは、あの光る壁だ。

 群の中、一番近いものから順に、連射はしないようだが、


「ほーら! 邪魔だぞ!!」


 ハンマーで後ろからヒットして、砲弾のようにぶち込む。

 その威力にはこれまでの”落下”の勢いが付いており、


『……!?』


 竜の全身が吹き飛んだ。

 更には距離が詰まった飛竜に対し、


「近すぎるぞ……、と!」


 ロングハンマーの一撃を放った。

 強打する。

 打撃武器は空中で加速し、インパクトの瞬間に術式表示枠を展開。

 打面拡大の術式だ。

 それによって彼我の大小差を無くした一発は、竜の巨体にストレートなダメージを与える。

 激音が入った。


『――――』


 巨大な獣の姿が吹き飛び、後続に激突する。

 その下を潜って加速する自分達は、


「うわ……」


 森の中。

 何処からか差していた日の光を遮って、ワイバーンの群が来ている。

 先程のものが先発だとするならば、こちらは本隊だ。



 ここからが本番となる。



 飛竜の大量襲撃に対し、白魔は動作した。


 ……ここが私の勝負処ね……!


 前にいるDE子の姿勢を、なるべく変えさせたくない。

 何しろ初心者だ。

 難しい挙動は出来ない。

 だから、彼女の姿勢を出来れば加速方向に保っておきたいのだ。

 そしてハナコが指示したとおりに、安定して動けるようにしてあげたい。

 だから、


「ハナコさーん!」


「はーあ――いぃ――ッ!!」


 返答の先に、己は術式を発動。

 呼びかけと答えで結ばれた縁を利用して、射程や座標の設定をキャンセル。

 使用する拝気を減らした上で、だからこそ、


「十二人前――!」



 DE子は見た。

 眼前で踊るように打撃とシールドキャストを叩き込んでいたハナコの周囲に、無数の光の壁が立ったのを、だ。

 ドアではない。長方体のそれは、


 ……盾!


 見たことがある。

 朝、竜との戦闘で、白魔先輩が展開したものだ。

 竜が最後に流体爆発を起こす際、竜を囲むように射出していた無数の光の盾。

 今はそれが、ハナコを囲むようにして、


「毎度ォ――ッ!!」


 打面拡大したハンマーで、360度を打撃した。

 それらは微妙に角度を付けられており、周囲から一斉に飛び込んできていた竜群を迎撃する。

 当たった。

 時間差をつけて十二連の破砕が直撃する。更には、


「――――」


 一発のシールドを、ハナコが直上に射出した。

 同時。正面からそれが来た。

 大物だ。

 30メートル級。



 恐らくは群のリーダー格。そんなボスワイバーンが、しかし、


『……!!』


 こちらに突撃せず、バックダッシュのような姿勢で空中を後退。

 首を縮めるその動きは、


「竜砲!!」


「ハ! それで回廊破壊したら、責任とるつもりあるんだろうな!!」


 言って、ハナコがロングハンマーを引いた瞬間だった。

 自分の視界の中、あることが起きた。

 正面に構えたリーダー格のボスワイバーンが、竜砲ではなく、いきなりこっちに吹っ飛んで来たのだ。 



「え!?」


 突然に起きた飛竜の接近。

 先ほどの竜砲の構えはフェイントだったのか。否。


『……!?』


 見れば、竜自体も、明らかに戸惑っている。自分の接近が意に望まぬものであったというように、慌てて羽ばたいて距離を取ろうとしている。

 だが無駄だ。

 どういうことかは解らないが、狼狽えた飛竜の後退より、滑走するこちらの接近の方が早い。

 何もかも、止まることなく、


「食っとけ! 美少女の拝気製だぞ!」


 射出されたシールドバッシュの裏に、ハンマーの打撃が追加された。

 接近に対するカウンターとして、光の壁が飛ぶ。

 対するボスワイバーンは、戸惑っているがゆえに回避も何も出来ず、


『……!』


 明らかに骨を砕く音がして、巨体が横に回転つきで吹っ飛んだ。

 排除したのだ。



《――白魔様のホストで言定状態に移行しました》



《今の戦闘、ちょっと変なことが起きたでしょ? 説明した方がいいかな?》


《あ、ハイ、ありましたね。デカいワイバーンが、竜砲撃とうとして姿勢崩したのが……?》


《アレ、ハナコさんの憑現装備が発動したせいなのよねー》



■憑現装備


《素人説明で失礼します。

 憑現装備とは 憑現化した者専用の装備 つまり憑現者固有の能力を発動出来る装備です

 憑現者の特殊能力である憑現力と密接である一方 入手方法は様々で 憑現内容によっては憑現装備が無い場合もありますし 必ずしも憑現力の発動に必要と言う訳ではありません》



《ハナコさんの場合は、このハンマーね》



《さっきボスワイバーンがこっちに吹っ飛んできたのも、コレの特殊技で”吸い込んだ”の》


《吸い込んだ!? ハンマーで!?》


《ほら、よく見ると打撃部の支軸のところ、何があるかな?》


《…………》


《アー!! 吸い込み器!? どういう!?》


《ハナコさん、メジャー憑現の憑現者だからいろいろ技とか多いのよね。

 ほら、ハナコさん、アレだから》


《アレ?》


《うん。――トイレに出るアレ。トイレのハナコさんの憑現者だから》


《……ハア!? そういう憑現も有りなんです?》



《――言定状態を解除しました》



『トイレのドアをシールドにしてシールドバッシュ。

 吸い込み器をポールウェポンにして、”吸引”で引き寄せて殴りつけるとか、ちょっと学校系の怪異がベースにしては、カスタムが攻撃的じゃないですかねえ』



 あー、成程、とこちらとしては解った部分も有る。

 彼女のバックパックがランドセル型なのも、それか、と。そして、


「抜けるぞ! 速度上げて来い!」


 言われるがままに、正面、開けられた道の先を”下”と感じる。

 落ちていく。

 だがそんなこちらに、周囲の竜群は対応した。


「竜砲の一斉撃ち……!?」


 もはや接近はしない。

 遠間から爆圧式の竜砲で打とうと言うのだ。それに対し、


「白魔!」


 白魔先輩が、応答より速く両手を振る。

 箒にも砲にも見える武装を脇に構え、


「――!!」


 挙動した。




 アリーナにいた者達は、誰もがそれを見た。

 回廊を高速で滑走する三人の周囲。

 連打で叩き込まれる爆圧が、全て個別に打ち弾かれて行くのを、だ。


『おおっと、数百の竜による竜砲の大合唱はまさにドラゴンの立川ステージガーデン! しかしそれら全てを弾き返しているのは白魔の防護響楽です!』


 スクリーン上、回廊上で滑走して回り、時に先頭にも出る彼女は、己の武装を弾いていた。

 白のガンホーキを両腕で抱え。

 そして左手はヘッドを掴むように、右はボディを叩くように。

 その動きは、


『響楽式の術式制御』


 はは、ときさらぎが笑った。


『高速の防護障壁展開をする際ね? あまり精密対応する必要ないんですよ。

 防護障壁はある程度の範囲をカバーするから、自分達を護るなら障壁を発生させる座標は限られてくるんですねえ。

 ――後は詠唱を自動化しつつ、座標の指定を高速に、かつ多重、同時射出する方法は何かというと、まあ、その一つが術式系ではメジャーな歌唱系。

 座標の指定力を曖昧にしたくないなら響楽系ですねえ』


『成程! つまり白魔にとって、今の戦場は全方位の音ゲー!

 叩いて叩いてグレイト判定をコンボしまくるその防御法は、私達にとっても馴染み深いとしか言いようが無いですね! グレイト!

 ――ですけどきさらぎさん!』


『何でしょう?』


『白魔の実力もありますけど、ドーム型に全方位型の防護障壁展開を行わず、各座標へと個別展開して防御するってのは、どういうことなんです?』


『燃費重視でしょうねえ。――だから先に、ハナコ君が仕込んだんですよ』



『――仕込んだ?』


 ええ、ときさらぎが手元の表示枠を操作する。

 これまでの記録をシークしながら、


『この第一階層。

 実は回廊そのものにはワイバーンが攻撃しないんです。

 回廊は彼らにとって餌が来る通路であり、風や水質なども寄越すものですからね。

 ゆえに群のリーダー達が、破損箇所を枝や蔓で補強するのも確認されてます。

 しかし――』


 しかし、


『その回廊を行く者には、だからこそ容赦ない。

 それを迎撃仕切るには、やはり仕込みが必要ですねえ。

 ――コレですよ』


 言葉に重ねて、彼女が自分の表示枠を叩いた。

 応じるようにスクリーンの動画が逆転再生。

 早戻しの入ったそれは、最初にハナコがシールドバッシュを連打で叩き込む映像で、


『コレ、ワイバーンの群が無数に見えますけど、全体が衝突したりせずに済むのは、幾らかの集団に分かれて順番が決まっているからなんですね。

 最初にハナコ君はそれを見切って、順番付けて叩きまくりました』



『密集状態の相手に順番付けて落としていくと、各列の後続はその順番通りに接近し、攻撃する事になりますよねえ?

 だから、ほら、――無数の群がいても、順番通りに攻撃してくるなら、一列対応と同じですよねえ。

 白魔君の実力なら、ズレや個体差で重なった部分も処理出来るから――』


 ほら。


『竜の巣を、抜けましたよ』




「竜の巣を抜けたけど――」


 目の前に広がったのは、青の空ではなかった。

 森が終わった直後。

 回廊の終端がジャンプ台のようになっている。だから、


「飛ぶってのは解るんだけど……、何!? 何コレ! 正面の!」


 前方。

 そこにあるのは、石の壁だった。

 垂直に広がる莫大な壁。

 距離感が掴みにくくなるほどの、全面壁だ。


 ……激突する!?


 思った時には回廊が終わっていた。

 速度任せに跳躍すると、


「FUAHHHHH! 久し振りの空だな! あの壁の上が目的地な!?」


 言われて見上げる空。

 確かにずっと上、青くかすんだ向こうに、壁の縁が見えている。


 ……上まで、何キロあるんだ!?


 というか、


「コレ、昇る前に時間切れになるんじゃない!?」




 アリーナでは、三人の動きが見えていた。

 空中に浮かぶ巨壁。

 否、これは単なる壁では無い。


『ここが第一階層の最奥区画。

 皆、何度もこの壁にアタックして、下も上も調査しましたよね?

 でも何も無くて、居なかった。

 だけど――』


『十分以内に、四人以上で、最高部の広場である”大ホール”に到達すれば、そこにボスが出現する……。

 事前調査ではそこまでが解っています!』


『ではこの壁、巨大な垂直岩塊は、まだ誰も見たことが無い階層ボスが出るホールの、足場ということなんですねえ』


 その側面。

 平滑な壁に向けて、竜の巣から三人が飛んだ。



 距離はあるが、速度は充分。

 まず空中で先に動いたのは、白魔だった。


『白魔が動きますね! 魔女としての必須武装、ガンホーキの飛行に切り替えました! これで少なくとも、彼女はゴール地点まで行けます! 十分以内は――』


『白魔君は間に合うでしょうねえ。だけど他二人、どうするかなあ?』


『あの垂直大壁をどう昇るか、ですよね! 方法はどんなのがありますか?』


 言っている間に、空中でハナコがDE子の右手首をホールド。そのまま彼女は巨大な壁に対し、垂直に立つように着地し、


『――――』


 射出したシールドを、空に向けて、大壁に突き立てた。

 落ちない。

 堪える。

 落下緩衝の術式を掛けているのか、ハナコもDE子も落下はしない。

 だが、壁に垂直に立っただけで、二人とも上に進むことが出来ない状態だ。

 これはどういうことかと言えば、


『――エンゼルステア、ピンチ! この大壁、これまでにも第一階層の調査隊を上ルートと下ルートで分ける原因となってきたモノであります!

 何しろコレ、低階層らしくフツーに岩壁で、採取品なども貧相極まりない場所です!

 正に岩石の東京砂漠! しかし今、これがタイムアタックに対しても壁になります! さあどうするエンゼルステア!』


『――これまでだったら、”下に落ちる”が正解なんですよねえ。第一階層、下ルートで遊んだ連中なら解ると思うんですけど』


 それは何故か。


『この第一階層。

 5th-G系列だけあって、上下の天井と底が繋がってるんですよ』



 きさらぎは、壁に貼り付いている二人をスクリーン越しに見て言う。


『――だからこれまで通りだったら、ここから下に落ちれば、下限臨界点を超えたところで天上側に移動。

 この大壁の上にあるホールに到着です。

 でも今回は、それ使えないんですよね』


 ああ、と頷く声が観客席から幾つか上がった。

 その頷きに対し、きさらぎが笑みで応じる。


『その上下ループを使用した場合、所要時間として七分弱が必要となります。

 十分以内という今回のレギュレーションでは、この方法、使えないですよね』


『じゃあ! エンゼルステアはマジピンチですねえ!』


『――解ってたでしょうに。それを司会出来る境子君。肝が太いですねえ』


『いやいやそういう仕事なんで! で! ここからエンゼルステアは、どんな方法があると思います? やっぱり、ハナコが上の方を”下”と認識して、DE子を引っ張るんじゃないですか?』


『今、それが出来てないようですけどねえ』


『あ……』


『壁を見ることで、”下”の認識が一回リセットされたんでしょうねえ。

 そうなると今、あの壁に貼り付いてる二人には、これまで感じてなかったような重力、自分達の自重が一気に来てるんです。

 簡単には、上を”下”と思えないですよねえ』


 そして別の動きが来た。

 森だ。

 背後の竜の巣から、


『……!』


 群が一気に来た。

 それは今までのような、弾幕じみた大群ではないが、


『おおっと! ここまで快進撃のエンゼルステア! ここで詰みか!?』


『いや、手筈揃ったんで、ここで来るでしょう』


 きさらぎが、小さく笑った。


『伏線、打ってましたものねえ』




 DE子は見た。


「ワイバーンの追撃……!?」


 飛来するワイバーン達は、こちらが動けないことを理解している。

 ゆえに竜砲ではなく突撃。足の爪からの接近を見た自分は、


 ……マズい……!



《――ハナコ様のホストで言定状態に移行しました》



《……何でアイツら、竜砲で安全に仕留めに来ねえの? もしここであたしが反撃のネタ持ってたら、危なくない?》


《何言ってんだ……、と思いましたけど、300s/1sでしたっけ。なので応えますけど、コレ、”部族ルール”じゃないですかね》


《”部族ルール”?》


《あ、ハイ。ほら、映画とかアニメとかであるじゃないですか。遠距離攻撃とかの安全な手段で主人公を追い詰めておいて、トドメの瞬間にいきなり近接武器出して”トドメはコレでいく!”みたいなアレ》


《アー、あるある。そして返り討ちに遭うまでが一連の流れだよな》


《ハイ。――で、何で最後、あんなことしたんだろうな……、というのを考えて、納得出来る説明があるとしたら、”部族の掟”しかないな……! って》


《……そうか。つまり舐めプ入ったヤツが最後に調子乗って変な武器出したりするのも、ボスが追い詰めた主人公前に演説始めるのも、あれは本人の意思とは別で、奴らの所属する”部族の掟”か……!》


《だとしたら、仕方ないですよね!》


《おお、そういうことだな!》


《二人とも、あーぶーなーいー! コラッ!!》


《ある意味、一番有効的に使っている気もしますけどね》



《――言定状態を解除しました》



 いかん。叱られた。


「でも事態は解決してないよね!」


 当たり前だ。

 壁に立つようにして貼り付いたまま、ワイバーンの突撃を待っている。

 そんな状態だ。

 危険を思ったのは、ハナコの両手が塞がっていることだった。それも、左手はこちらの右手首をホールドしている。

 だからここの最適解は、自分を手放し、迎撃することだろう。

 だが己は思う。

 この”勝負”は、自分達が四人でゴールしなければ勝利にならないのだと。

 しかし自分には解らない。

 こういうとき、どうすればいいのか。

 そして、


「おい、DE子! こういうとき、どうすればいいのか、教えてやるよ」


「え!? どうするんですか!?」


「ああ。”カワイくて格好良いハナコさん、何でも解決! お助けビューン!”って笑顔で言うと、あたしにパワーが漲って解決される」


「えぇ……?」


「言えよ! ノリの悪いヤツだな!」


 一瞬迷ったが、言った。


「”カワイくて格好良いハナコさん、何でも解決! お助けビューン!”」


 言った。すると、


「ハハハ! コイツ、ホントに言いやがった! 馬鹿じゃねえの?」


「コラァ――ッ!!」




『…………』


『…………』


『あの、今の……?』


『ノーコメントで御願いしますねえ』




 馬鹿をやってる間に敵が来た。

 一直線。

 先頭のワイバーンの爪が、手を伸ばせば届くような位置に迫って、


「――!!」


 声にならない叫びを上げた。そのときだった。


「よっしゃ間に合った……!」


 瞬間。自分の全身が直上に跳ね上がった。ハナコに引っ張られるようにして、だ。



 上がる。一瞬だ。


「うわ……!」


 眼下には壁に激突したワイバーン達がいる。

 どれもこれも、こっちを見失って慌ててる処に、次の集団が当たる構図だ。

 それもすぐに、下に遠ざかって行く。

 上がる。

 壁を、引っ張られて、ちょっと引きずられ気味に昇っていく。

 それはハナコが高速の登攀力を発揮しているからに他ならない。だが、


 ……どうして……!?


 ハナコとて、推進力を失っていた筈なのだ。



 どういうことだと見た頭上。ハナコが空に盾を構えていた。

 そして己の目は、一つの異変を見た。

 ハナコのシールドに、黒い、槍状のものが数本突き刺さっているのだ。


「あれは――」


「うん。クロさんの反発加速術式よー? ――クロさんのガンホーキを加速させるための術式を、逆向きにして撃ち込んできたの」



■反発加速術式

《素人説明で失礼します

 反発加速術式は黒魔術の得意とするものの一つです。

 東京大解放までは白魔術と黒魔術の差は防御系と攻撃系という区分でしたが

 東京五大頂”武蔵勢”の改変影響により黒魔術に”反発性”の要素が加わりました

 黒魔術の加速術式は順次加速するものではなく

 加えられた力を蓄積し 一気に反発するもので 扱いはテクニカルかつピーキースタイルです》



「ええと、つまり――」


「黒魔が今撃ってる術式砲弾を”受け止めて引く”と、反発して”アイツの方に引っ張られる”ってことだ!」


 上だ。

 見れば壁上の縁から、こちらに砲にも似た武装を構えている姿がある。

 黒魔先輩だ。

 彼女が、加速術式をハナコのシールドに撃ち込んだ。

 それが示す結果は明確だ。


「クロさんのガンホーキ、速度は抜群だからね! 一気に行くよ!」

 

 言葉と共に、彼女もまた自分のガンホーキに乗って垂直上昇。

 続くこちらも、更に上へと加速しながら、


「これだけ速度が乗ってれば、上が”下”に認識出来るだろ!」


 手を離される。

 垂直の壁において、背後となる眼下は無限の空だ。



 支えるものは何も無い。だが、


「行けます!」


 上を”下”と認識出来るほどに、速度は乗っている。だから自分は天上側の空を見て”落下”した。

 上へ。

 一直線に進み、


「――来たか!」


 ハナコ達と共々、壁上へと到達した。




『八分十二秒!』


 四人が壁上に到達した時間を、境子は叫んだ。

 アリーナ内。

 おお、という声が幾つも上がる。

 スクリーン内でも、壁上にいた黒魔が、白魔やDE子の手を取り、引き上げるのが見えている。


『きさらぎさん! 今回の決まり手は!』


『ンンンン。エンゼルステアのチーム力……、と言いたいですが、DE子君がそこに含まれるかというとそうではないですからねえ。

 ……強いて言うと、総合力ですかねえ?』


『成程! 全体の流れ、どういったものか、聞かせて貰えますか!?』


 そうですねえ、と、きさらぎが未だに進むタイムカウンターを見つつ、口を開いた。


『ハナコ君達が下ルートを選択したことについては、既に話しましたねえ? その一方で、上ルートを選択したのが一人います。

 ――それが黒魔君』



『――黒魔君。

 彼女の目的は、先行して壁上に到着。

 壁に貼り付いたハナコを術式で牽引する、ということなのは、実際に見た通りですねえ』



 一息。きさらぎは銃を構える素振りを見せて、


『ガンホーキに乗った状態では、黒魔君の自重もあるから、牽引しても余り速度が上がらないです。

 だから先行し、加速術式だけを砲弾化してぶち込む。

 無論、砲弾なので破壊力ありますよ? 黒魔君の砲撃は駄竜張り倒すくらいですから。

 ――でも、ハナコ君のシールドならそれを受けとめられる訳ですねえ』


『それ、四人が一緒に行動していたら、出来なかった話ですよね!』


『そうですねえ。更にエンゼルステアは彼女を上ルートに行かせつつ、下ルート行くのを三人にしたので、いろいろな恩恵があります。

 白魔君の防護響楽も、護るのが三人ではなく四人だったら、リスクは上がっていたでしょうし、ワイバーンの群の動きも、上空から黒魔君が観測していたからこそ、いい対応が出来たんでしょうねえ』


『……? 上空から黒魔が観測していたと言いきれるのは、何故です?』


『途中、ハナコ君が一発、シールドを直上に空打ちしたでしょう? あれが黒魔君への合図ですよ。自分達の座標と進行状況を知らせもしている。

 更に言うなら、一番始め、落下中にハナコが叫んだりしてるのも、アレ、ワイバーン達に自分達が来たって知らせる一方、上ルート行く黒魔君に彼らが行かないよう、仕向けていた訳ですねえ』


 全く。


『途中、白魔君と黒魔君の事を認めてやれと言いましたが、撤回しましょう。

 言い換えます。

 ――頼りすぎじゃないですかねえ、ハナコ君』


 そして、


『ハイ丁度九分。

 残り一分。

 ――条件がアタリなら、このあたりで来ますよ、フロアボスが』




 それはいきなり来た。

 青空の下。壁上に広がる広大な広場にて、空から叩き付けるような落下で着地したのは。


『……!』



「さっき張り倒した群のリーダーかよ! ……フロアボスとして凶暴モードで再登場、ってか!」




◇これからの話





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