ほら吹き五兵衛
「先生、種明かしをしてくださいよ」
「分かりました。コーヒーを淹れて来ます。アリアリでいいですか?」
「はい」
「種明かしにも準備がいります。四分だけください」
「その間にトイレに行っても?」
「もちろん。長く拘束して申し訳ない」
そういうと多治見はカメラを持って退室した。
その後を追うように安田も退室し、トイレに向かい、小便器で用を足しながら
「なんなんだよ、もう」
と呟いた。
***
安田と多治見は同時に教室に戻った。
安田はちらりと時計を見たが、四分きっかりだった。
「これです」
多治見は長机の上に新書版の本を一冊置いた。
「原文対訳 渡猿小説……?」
「江戸時代、北澤麒麟という作家が仲間を集めて巷の噂話や不思議な話、怪談奇談を語り合う『渡猿会』という会を定期開催していました。その寓話を書き留め、まとめたものが渡猿小説です」
「はぁ……」
「付箋がしてある所を開いてご覧なさい」
「……ほら吹き……五兵衛⁉︎」
***
享和三年。
常陸国松前郷にほら吹き五兵衛なるものあり。
幼きに神隠しに会えり。
以後、天狗の屋敷に行きたりと終生語って憚らず、郷の民らはほら吹き五兵衛と謗れり。
曰く。
五兵衛五歳のみぎり、柿の木に登りたり。足外して落ちたれば、見知らぬ暗き洞の中にあり。
地は磨いた石の如くして、広さは何町歩か定まらぬばかりに広く、静まり、鳥、獣、風、川、なんの音もなし。
目の慣れれば、広き洞の中に棚の沢山ありて得体知れぬ箱、板、筒、兎角に沢山の物が収まれり。遠くに緑の灯の見え、頼りに歩みよれば人影あり。
恐れながら問へば返事なく、人、石のように固まりて微動もせず。見れば幾人もの人が固まりてあり、緑の灯がそれを照らす。
五兵衛、大いに驚き怖けて泣きさけべば、眩き光の玉の来る。
見れば奇怪なる衣装の男の天狗、手に光る短き杖を持ちて現れ、しきりに何かを話すも、五兵衛にはその言は聞こえしも意が解せず。
天狗、困りし様にて、五兵衛の手を引き、天狗の部屋へ誘う。
道の屋根に白く光る板、連なってあり、廊下を照らす。天狗の部屋、眩きばかりの灯に照らされ、机、硝子細工、大小の箱、土瓶、茶碗などがあり。そこにもう一人老いたる天狗あり。
老いも若きも、気性温和な様にて、五兵衛の名を聞き、帳簿に記せり。若きは小さき板を耳に当て、繰り返し文句らしきことを言えり。老いたるが土瓶を触ると瞬く間に湯が沸き、椀に注げば、そこに天狗の国の汁あり。細く長き実と、何かの肉、何かの茎が入り大変に美味なれば、五兵衛一息にそれを食す。
安堵し満腹した五兵衛、眠くなり、若きと老いたる相談するを聞きながら寝入りたり。
気づけば柿の木の下にあり、父、母、五兵衛に縋って泣けり。
***
「……先生」
「ね。面白いでしょう」
多治見はにっこりと笑った。
「ご感想は?」
「良かった」
「良かった?」
「あの子、親御さんの元に帰れたんですね」
*** 了 ***
ほら吹き五兵衛 木船田ヒロマル @hiromaru712
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