第21話

「合宿は楽しいか?」

「うん。みんなで料理するのは楽しかったよ。健斗さんが、向こうと環境がそう遠くないだろうって言ってた理由が分かった。私にとっては、すごく楽だったし」

「シュカは包丁とか火加減とかは完璧だもんな」

「火はコンロになるとまだまだダメなことも多いけど」

「でも、焦がすことはなくなっただろ」

「生焼けはあるじゃん」

「追加で熱入れればいいからそこまで気にしなくていいだろ」

「もっと上手くできるようになりたいもん」


 完璧主義なところがある。もしかすると、俺のためなのかもしれないけれど。いくら花嫁修業と明言されていても、今の状況でそこまで自意識過剰にはなれない。


「少しずつ上手になっていくもんだよ」

「健斗さんは結構できるよね?」

「俺はこっちで過ごしてきて、こっちのことに慣れているだけだ。シュカだってこっちのものが慣れてないってだけで、あっちだったらかなりできるだろ? 美味しい料理作ってくれてたじゃん。俺が向こうの食材で作ろうって思ったら、シュカと同じようなことになると思うけど」

「でも、向こうじゃ料理は女の仕事って感じで、料理できる男ってのは稀少だよ。家庭を持つのも義務みたいなところあるし」


 速やかに結婚を求められるものらしい。シュカだって、俺と婚約が決まっていなかったら、とうに結婚させられていただろうと言っていた。

 料理や家事は女の仕事だそうだ。言ってしまえば、古き日本の在り方と似ているようだった。

 とはいえ、現代日本でそれをやろうとすれば、男の甲斐性があって初めて成り立つことだ。俺たちの世代になってくれば、そんなものは前時代的な常識でしかなかった。

 あちらでは、まだそれが平常らしい。確かに、そこに倣えば俺はかなり家事をやるものになるだろう。そうなると、俺たちの家庭はどうなるのか。異世界人同士の生活はどうなっていくのか手探りだ。


「シュカもそうするつもりでいるのか?」

「ううん。交流のことであっちとこっちを行き来する仕事もするんじゃないかな? 健斗さんと一緒だと思う。継ぐんだよね?」

「まぁ、そうなるよな。こっちに住むんだよな?」

「そうだよ。嫁入りだし」


 親父に話しているのを聞いてはいたが、話し合ったことはない。当然だ。婚約者としての会話などはなかったのだから。こうして話せるようになれたのは、同棲し始めてのことだった。


「いいのか?」

「学校に通ってるのもそのためもあるって思ってたけど、違う?」

「……そっか。そういう思惑ありきか」

「健斗さんと一緒にいて、さっさと進展しろっていうのもあると思うけど」

「凄まじい家族を持つと大変だな」

「お互い様でしょ」


 囲われてこうなっている。苦笑することしかできなかった。それでも、こうして苦笑いを共有できるようになったのも、向上であるのだろう。


「でも、そっか。シュカがこっちに来るのか。向こうとこっちを行き来するのは、俺も一緒だろうし、一方的に全部こっちってこともないだろうけど」

「あっちでも過ごすことあるかな?」

「実家に帰さないような心の狭いことはしないけど」

「向こうじゃ、帰ることは滅多にないものなんだけど」

「両家の関わりを切ることはないだろ?」


 ある種、政略結婚の面もあるのだから。

 言いはしなかったが、シュカとて分かっているのだろう。そっか、と苦々しい顔で頷かれた。

 こういう仕草に過剰なアンテナが立っているのは、気持ちを伝えていないという負い目があるからだろう。このままってのは、やはり精神衛生上よろしくない。


「そういえば、お父さんが健斗さんに会いたいって言ってたよ」


 シュカは魔術陣を使って、実家と手紙のやり取りをしている。俺のことが書かれているとは知らなかった。


「じゃあ、次の休みに何かお土産買って行こうかな」

「次じゃなくてもいいんじゃない? 次ってこの合宿から帰ってすぐだよ」

「でも、何かあるんじゃないの? 当主だし」

「そんな感じじゃなかったけどなぁ。お父さん、健斗さんのこと気に入っているし」

「ありがたいことだよ」


 これといって、何かがあったわけじゃない。むしろ、初対面でプロポーズをぶちかました男だ。反発心があってもおかしくはないくらいだろう。

 しかし、何故か懐かれていた。どうやら、地球のこと。仕事に関係しない雑事を聞くには、ちょうどいい相手であるようだった。俺も異世界のことを大人視点で気軽に聞ける相手がいるのは悪くない。

 そうして会話をしていれば、気に入ってもらえたというわけだ。シュカだって、うちの親父たちに可愛がられているから、家族関係は良好だろう。


「健斗さんのご両親も優しくしてくれてありがたいよ。健斗さんも、実家に顔出さなくて平気?」

「お義父さんのところに行くってなったら、実家に戻るし」

「そっか。私もお土産準備しなくっちゃ」

「そんなに気を遣わなくてもいいぞ」

「それ、そっくりそのまま返すことになっちゃうよ?」

「使わないってわけにはいかないか」


 逆を指摘されれば、納得した。何もなく訪ねるのは体裁が悪い。


「じゃあ、二人でお土産買ってから実家に帰ろう」

「お土産、何にする? お義父さんたちは、こっちの物珍しくないよね? 何が好き?」


 今までは向こうのお菓子を持って来てくれていた。俺の親が日本で何が好きかなんて、シュカが知る由はない。


「うーん。二人揃って食べるのは和菓子とか?」

「和菓子ってあんことかそういうのでしょ?」


 ぼんやりとした情報しか引き出せなかったようだ。まぁ、こればっかりは食べてないのだから仕方がないだろう。

 高校生の同棲で、和菓子を選択することはない。それこそお土産でもなければ、チョイスの先頭に上がってくるものではなかった。甘い物に目がないシュカは、好きかもしれない。


「他にも色々あるよ。和菓子屋に行ってみようか」

「本当? 実物が見られるのは嬉しいなぁ」

「もっと色々見て回れるといいんだけどな」

「忙しいもん」


 シュカは勉強に苦労している。口頭の説明であれば、理解はできているようだった。何より、読み書きに手間取っている。時間を食ってしまうので、大変そうだった。

 手伝える手伝いはしているけれど、読み書きばっかりは限度がある。解説したって説明したって仕方のないことも多いし、日本語の構成と改めて向き合うと、こっちまで分からなくなることも多かった。そうこうしていると、余計に時間を食う。

 シュカは真面目なので、おざなりに切り上げられなくなって、日本語を追求する時間を過ごすこともあった。それはそれで発見があって面白いのだが、本筋からは逸れているので、大変さを助長させる行為でしかない。

 ほどほどにして、他のことに目を向ける時間を持ってもいいだろう。せっかく地球に来ているのだ。シュカに色々な体験をさせてやりたいし、見せてやりたかった。


「落ち着いたら、もっと色々遊びに行こうな」

「ひとまずは実家だね」

「久しぶりだろ? そういえば、シュカはホームシックないのか?」

「寂しいとかそういうやつだよね? あんまりないかな。確かに、ちょっとくらいは思うけど、健斗さんと過ごすの楽しいもん」


 きゅっと目を眇めてしまう。嬉しそうに話してくれることが眩しかった。


「それに、健斗さんだって家を出てるのは一緒でしょ? 寂しくはないの?」

「シュカがいるからな」


 切り返すくらいなら、どうにか形になる。そうして整えていなければ、俺はシュカの台詞に踊らされてばかりになっていただろう。微笑みを引き出せたことに、心が休まった。

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