第17話

 お洒落に興味はあるようだが、向こうには装飾品なんてほとんどない。衣服の製法もよいとは言えないし、布地も脆く心許ないことすらもあった。

 そんなものに慣れ親しんでいるものだから、重ね着のセンスが持てないと、一枚で着られるワンピースなどが気に入っているらしい。

 スカートのひらひらとした雰囲気は、シュカによく似合っている。おかげさまで人目も惹くのだけれど、それ以外だろうと何だろうとシュカなら目を惹いてしまうだろうから仕方がない。

 俺は周囲に睨みを利かせながら、シュカの隣を確保して歩き続けた。


「健斗さん、どっち?」

「西口」

「それがどっちって聞いてるの分かって言ってるでしょ」

「ごめんごめん。こっち」


 そう言って、シュカの手のひらを掬う。

 合理性だけでなく、外でそうするのは初めてだ。触れないようにしていたわけでもない。けれど、ここ最近は家で触れ合う機会が増えた。躊躇うよりも、先に動き出すことのほうが気が楽なくらいだ。そうして、周囲の目がわずかでも散らせるのならば、十分過ぎるくらいの成果だった。

 そのまま駅の構内を移動して、駅前のショッピングモールへと向かう。シュカだって、こっちの店舗に入店したことはあるし、学校は広い建物の代表だ。それでも、初めての場所には驚きが隠せないようだった。


「こんなにいっぱいお店が入ってるんだね」

「そう。ここなら、必要なものは全部揃うだろ? 男物でも女物でも関係ないし、ちょうどいいんだよ」

「やっぱり、こっちは便利だよねぇ」

「向こうだって、町はひとつところに色々と集まってて、複数のものを買うのに困ったことはないだろ?」

「そもそも、町まで出向かないと物が買えないっていう絶対的な不便があるから」

「まぁ、それと比べればな。でも、こっちでも田舎に行けば同じような環境もあるからな」

「田舎ってどんな感じ?」

「そうだなぁ……シュカの町よりも住人が少なくて緑のほうが多いって感じの雰囲気かな? 俺もそこまでの田舎には行ったことないし、程度は違うだろうし、ちょっとリアリティはないかも」

「図書室で何か調べれば分かる?」

「ああ、分かるよ。今度、色々な写真集でも見ようか」

「健斗さんの部屋にも、写真集なかった?」

「俺の持ってるのは風景写真が多いから。世界の風景だしな」

「そうなんだ?」


 いまいち理解できていないのだろう。適当な相槌だが、シュカとの会話ではこういうことも多い。それは今に始まったことではないし、俺もシュカも会話が立ち消えようとも気にしていなかった。

 立ち寄るのを忘れていた図書室には、あれから何度も立ち寄っている。書物が無料で借りられる仕組みに驚いていたが、その恩恵に与っているようだった。わくわくと図書室通いを続けている。

 あっちでは、本ひとつでも高価なものだ。これほど多くの書籍を読める環境は、シュカにとっては歓喜のものだったらしい。地球の知識を身につけては、俺に質問を投げてくる。

 シュカは、自分の知識欲を満たしているだけかもしれない。だが、こっちにしてみれば、歩み寄ってくれているように見える。喜んでいるのは俺のほうかもしれない。

 それは、こうしてお出かけにも波及していた。シュカは物品を見ながら、あれこれと問いを投げてくる。その中身は、相当に些細なことだ。

 家電製品は特に疑問だらけのようだった。俺だって、正確かつ詳細に教えることが難しいものだから、半端になって混乱を招いてしまう。結局、表面上だけを解説し、後は本でも見ながら話そうというところに落ち着いた。

 そもそも、家電製品のそばは通り過ぎただけに過ぎない。そこから、細々とした用品を買うためにモール内を歩き回った。とはいえ、百均を中心に据えざるを得なかったのは学生として仕方のないものだろう。

 俺はすぐにでもバイトをするつもりがあった。しかし、少なくとも半年、一年くらいは様子見をしたほうがいいだろうというのが、シュカとの話し合いの結果だ。

 自活に慣れないという点もあるが、シュカがこちらの何に不具合を持つかどうかが読めない。今のところ大きな齟齬はないが、何が起こるかは分からなかった。俺自身も心配が拭えないし、両親たちもそのつもりでいたらしい。

 というよりも、両親としては学生生活が第一で構わないと思っているようだった。そういうわけにもいかないだろうという気持ちもあるが、いきなりこの環境に放り込んだことを加味してくれているらしい。


「これで、揃ったかな?」

「そうだな。昼食べてから、ウィンドウショッピングでもしようか」

「ウィンドウ??」

「あー……買わなくても店を見て回るみたいな感じかな? 色々気になるんだろ?」

「いいの? 疲れてない? 荷物もあるよ? 健斗さんが全部持って行っちゃうから」

「これくらい何ともないよ。お昼で休憩すれば大丈夫。何が食べたい?」

「フードコート? ってのがあるんだよね?」

「そう。ファストフードは食べてるだろ? 後は、麺類とかたこ焼きとか、それ以外はモールによるから見てみないと分からないかな。行こう」

「たこ焼きって何? たこって海のあれでしょ? 焼いただけを単品で食べるの?」


 きょとんと首を傾げてくる。言葉から連想してあれこれ考えて話すシュカの言葉は聞いていて楽しい。脳内でどういう映像を想像しているのか。


「たこを粉で包んで丸く焼く料理かな?」

「包んで丸く??」


 ますます不思議そうな顔になる。料理ってのは説明が難しいし、異世界とでは料理の種類が大幅に違った。創意工夫されているまったく知らない料理の外見を想像することはできないだろう。

 それをぐるぐる考えているシュカを横目に、フードコートへと辿り着いた。


「私、たこ焼きにする」


 着いた拍子に零したシュカにくつりと笑いが零れる。クスクスと笑っていると、シュカに不審な目を向けられた。


「何?」


 ぷっくりと頬を膨らませて睨まれても、笑いを収めることは難しい。むしろ、その反応が微笑ましく思えてしまった。たこ焼きを頬張っているかのようだ。


「案外、単純だよなと思って」

「だって、よく分かんないんだもん。食べてみたい」

「分かったよ。じゃあ、たこ焼きな。席座ってて。荷物、頼む」


 むっつりしたままのシュカの頭を撫でて、荷物を預ける。シュカはすぐに周囲を見渡して席を探し始めた。こうして席を選んで座るという作業は、学校でもよくある。図書室だって同じだ。二人席を選ぶことも身についている。

 動くシュカを視界に留めながら、たこ焼き屋へと並んだ。視界に相手を留めておける距離感の空間でよかった。

 こうして遠くから見ても、シュカはよく目立つ。周囲なぞ、有象無象もいいところだ。早く戻らなければ、ナンパされてしまうかもしれない。

 順番はすぐに回ってきて、普通のたこ焼きと揚げたこ焼きを購入した。別の料理を注文するつもりもあったが、ナンパの杞憂があれば、店を横断してなどいられない。

 できあがりを受け取ると、早足でシュカの元へと向かう。十分とちょっと。並んでいる時間から換算しても、それくらいの時間経過でしかなかったはずだ。それだけでも、離れていることを意識するのだから、俺も大概やられていた。

 自宅にいるときに意識せずにいられたのは、シュカが家に守られているからだろう。そうでないと、離ればなれに不安を覚えた。学校でも自宅でも、特に意識もなく一緒にいる。だから、こうして離れている状態に陥ったのは随分と久しぶりだ。

 自分の依存っぷりに、我が事ながらドン引きした。さすがにそれは、よくないだろう。そばにいるのが当たり前になるのはいいことだが、依存は問題だ。

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