第6話

 示し合わせているわけじゃない。それでも、登校は一緒にするものだろう。こっちでシュカを一人歩きなんて、早々させられない。

 それは知らない世界を一人で歩かせる不安もある。だが、それよりもナンパを避ける意味のほうが強かった。

 異世界人であるシュカの髪色と瞳の色は、外国人のそれともまた少し違う。光の加減によって、淡く色合いが変わるような不思議な色味を持っていた。どういう原理なのかは分からない。あちらとこちらで光源の違いもあるのかもしれないし、遺伝子的に違うのかもしれない。

 とにかく、目立つのだ。女性として、人目を惹いて仕方がない。そんなシュカを一人で動かせるのは、怖過ぎて無理だ。ナンパの危険度もよく分かっていないところがありそうで、そういう意味でも恐ろしい。

 過保護過ぎるかもしれないが、異世界のご令嬢を預かってるのだから、守っていくのは当然だろう。婚約者としても。

 ただ、こっちで過ごす以上、ずっとこのままではいかないので、どこかで割り切らなければならないだろう。守りたいとは思っているが、束縛したいわけじゃない。どうしたものか。


「健斗さん」


 考えに没頭しかけているところを掬われて顔を上げる。リビングに顔を出したシュカは、制服に身を包んでいた。当然だ。学校に行くのだから。けれど、そのきらめきは鮮烈だった。

 紺色のブレザーは、そこまで個性的なデザインをしていない。ジャケットにスカート。胸元にはネクタイが締められている。スカートだって膝丈で、特殊な着方をしているわけじゃない。それでも、鮮烈に目を焼いた。

 初見の格好に、俺がプレゼントした見慣れた髪飾りをつけている。それが胸を焦がした。

 校則的に飾り多めの髪飾りは大丈夫だったか、とぼんやり考えながらぽかんと見つめていると、シュカが首を傾げる。ブロンドの髪が紺色の制服に垂れて、コントラストが眩しい。


「健斗さん? どうしたの? 変?」


 俺があんまりに呆然としているものだから、不安になったのか。シュカが眉を下げて、袖やスカートを気にして触れる。

 そうして揺らされると、たとえ膝丈だって気になるものだ。シュカはスカートが多いが、こっちの衣服に袖を通しているというのも、また異質性を感じさせるのかもしれない。今までだって、何度かこっちの服を着ていたはずだが、お揃いというのは意識が膨らんだ。


「変じゃないよ。よく似合っている」

「そっか。よかった」


 胸を撫で下ろすように、胸に手を押し当てる。ブレザーの上からでも、膨らみがよく分かって苦くなった。やっぱり一人歩きをさせるには、まだまだ不安しかない。


「じゃあ、行こう?」


 ふっと笑うと、その魅力はますます引き上げられる。これ、大丈夫か? と、にわかに過った感覚は、間違っていなかったかもしれない。




 一緒に行動することにはもう慣れきっている。いつもよりもシュカが注目を浴びているような気がした。これは俺が制服マジックにかかっているだけかもしれないが。

 そして、この注目が目線だけで済まなくなったのは、クラスに落ち着いたころだった。


「えっと、シュカネットさん?」

「シュカでよいですよ」


 俺との会話も、最初は割と敬語だった。そうしていると、本当に深窓のお嬢様だ。そうでなくても物腰柔らかい子だが、お淑やかさで割り増すものはある。

 それも含め、外見の物珍しさと留学生枠の生徒ということで、クラスメイトに声をかけられていた。シュカは困っているようだったが、それはあくまでも人間関係という部分のように見える。異世界人という点で不具合が生じているわけではなさそうで、ほっとした。

 面倒を見るつもりはあるが、過干渉にならないように手綱を引き締めておかなければならない。なんだか小さな妹を見守っているような気持ちだ。そんなものがいたことがないので、想像でしかないけれど。


「日本語上手だね」

「あ、はい」


 言語は問題がない。書き文字は違うが発声は同じで、シュカとは初めから言葉が通じていた。それでも、いくらか通じない言葉は存在する。

 あちらとこちらでの違いは多い。そうしたものが言葉の違いになってくるので、確実にすべてが一緒とは言い難かった。シュカが留学生枠なのは、そうした部分を鑑みた結果だろう。

 考えなしの親父だが、そういうところは考えているらしい。まぁ、俺たちを囲うことには要らぬ思考を働かせてばかりいるので、元より考えているのだろうけれど。


「勉強大変じゃない?」

「うーん、それもですけど、文化のほうが大変ですよ」


 柔らかい子だ。雰囲気もふわふわしている。けれど、抜けているのとは違った。失言は問題になるという意識はあるようで、あちらの話を外で話したりはしない。

 ただ、どこが違うのかが明確に分かっているわけではないので、時々やらかしそうになることはあった。それがクラスメイトに発動しなければいいが、という不安はある。だからか、どうしても目を離せない。

 これは過保護だろう。シュカのためにもよくはない。どれだけ婚約者だとしても、クラスメイトとのやり取りにまで口を出すのはやり過ぎだ。邪魔くさいだろう。俺だって、そこまで束縛されたいとは到底思えない。

 引き剥がすべきだろうと思いながらも、よそを向くのも簡単じゃなかった。その視界に、手のひらがひらりと入ってくる。


「お前もシュカちゃんが気になってしょうがないって?」


 ひょっこりと顔を出してきた翔が片頬を持ち上げるように笑っていた。

 金髪が似合う上城翔かみしろかけるは、中学時代からの友人だ。同級生にもう一人友人はいるが、クラスメイトとなると翔だけだった。翔はからかい混じりの顔で、俺の視線を辿るようにシュカへ目を向ける。


「まぁ、しょうがないよなぁ。あれは」

「あれってな」

「美人だし、留学生だぞ」

「留学生関係あるか?」

「そりゃ、高校生にしてみれば、外国人の友人がいるってのは結構テンション上がるもんじゃないの? 悪気なく」


 外国人っていうか、異世界人だけど。そして、俺にしてみれば友人じゃなくて婚約者。結構テンション上がるもの、か。

 人気者として囲まれているシュカが自分のよく知ったものだという優越感がひとつもないとは、言い切れないかもしれない。それは、悪気なく、テンション上がってお近付きになろうとしているクラスメイトとなんら変わりないだろう。

 当のシュカは苦笑いになっていて、やっぱり困っているようだが。


「相当気になってんじゃん」

「……まぁ、そんなもんだろ」


 またぞろ、というよりも、ちっとも視線を剥がせていない図星を指されてようやく目を逸らす。


「そんなもんかもしれないけど、お前が女子をそんなに気にするってのも珍しくないか?」

「なんだよ、それは」

「だって、今までそういうの興味なさそうだったじゃん」


 興味がないわけじゃない。学校でそういうことに関わっていないのは、シュカがいるからだ。

 どれだけ契約めいたものであっても婚約者がいるのだから、他に目を向けることなんてない。それをできるほど俺は器用でも愚者でもないし、婚約者がいればそれだけで十分だった。


若宮わかみや相手だって、全然何も感じてないんだろ?」

「なんで、結羽ゆう?」

「お前は幼馴染みで気にしていないけど、若宮は相当モテるからな」

「だからって、俺とは関係ないだろ」

「そういう姿勢だから、珍しいって言ってるんだろ」


 そうはいっても、シュカへの対応をどうこう言われたところで、俺にとっては日常だ。

 今までだって、結羽には結羽として接していたし、シュカへはシュカへとして接していた。翔にしてみれば新しいことかもしれないが、俺にしてみれば今更なことだ。珍しがられても、困惑しかない。


「……別にいいだろ」


 シュカとのことをどこまで話すのか。そういう詰めをしていなかったことを思いつく。

 あえて語るまでもなく、婚約者だ。隠すとか隠さないとか、まるで考える必要がなかったので、気が回っていなかった。確認をしてもいないことを口にするつもりもない。

 そっぽを向いた俺に、翔は肩を竦める。照れ隠しだと思われたかもしれないし、勘違いをされているかもしれない。それくらいはどう思われていても構わなかった。チャイムに紛れて流れるままに流した。

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