第一章

第1話

 異世界と関わりがある家系に生まれた。

 生まれたときから、自分の家によく分からない宝石や札や陣があった。けれど、それが違う世界のものであるなんて思いもよらない。それどころか、自分の周囲の世界すら覚束ない。そんなときから、自分の家には摩訶不思議なものが多かった。

 その不思議を説明されたのは小学校に入るころ。うちには、異世界に繋る扉があり、あちらとの交流があると言われた。

 これはお役目であり、よそとは違ううちの秘密だとも。うちにあるものは、そうした秘密のひとつであり、魔術に関わるものであると。

 父の仕事は異世界との繋を持つ折衝役。所謂、外交官のひとつであると伝えられたのだ。

 幼いながらに、桁外れに珍しいものなのだということは理解していたと思う。他の場所には、うちにあるようなものが置かれているのを見たことがなかったし、親父の説明が滔々としていたこともあった。

 親父は気のいい人で、俺の子ども特有の大はしゃぎにだって付き合ってくれるような愉快な人だ。その人が真面目に、滔々と言うのだから、すごいし大変なことなのだとは思った。

 とはいえ、まだ小学一年生だ。秘密を守りきるには幼い。親父は約束だぞと言って、数珠の腕輪をつけてくれた。

 これはつけたものが取り外すまで外れず、秘密を口にできなくなる魔術具だと言う。半信半疑と言うよりも、よく分かっていなかった、というほうが正しい。

 子どもらしく、新しい玩具を手に入れて喜んだだけだ。そして、同様に子どもらしく、俺の口は軽かった。親父がすごい仕事をしているのだと、珍しいものがあるのだと、軽率に自慢しようとしてしまった。

 しかし、言われていた通りに、口にすることはできなかった。俺はそれを無念に思うよりも、不思議な力に胸を弾ませたのだ。

 そこから親父に異世界について聞くようになった。楽しくて面白い。色々なことを知っていくたびに、疑問が増えた。そうして首を突っ込んでいくうちに、俺も成長していく。

 秘密にすることの意味を理解して、明かしてはならないことだと心がけた。俺の家の常識や知識は、他の人間には通じない。異世界と交流があるのはごく一部の家系だけなのだ。

 ちまたに溢れている異世界ものと、実在する異世界の世界観は大きく変わらないかもしれない。造詣がある人間には想像できるだろう。知識を増やした俺の想像とも、そこまで齟齬もなかった。

 だが、実際に見たり体験したりしたことがあるかないかの差は大きい。物語も面白くはあったが、実際のことを親父に聞いて資料を読ませてもらうほうが面白かった。

 そうして、中学生になるころ。その年の春休みのこと。俺はついに異世界へと行くことが許された。

 俺は榊坂家の一人息子だ。将来的に家を継ぐことになる。親父としては、そのための一歩だっただろう。だが、俺はそのときはまだ、そうした勘が働くことはなかった。

 ただただ、異世界へ行けること。ずっと聞いてばかりだったことを現実に見られること。そのことにテンションをぶち上げていた。

 そうして、彼女に出会ったのだ。

 シュカと出会ったときの衝撃は忘れない。日本で直面したことのない美少女だった。ドキドキしていたことが、はたして何に対する興奮だったのか。これは、今になっても判別できていない。

 そして、その後、俺はハプニングから彼女にプロポーズをすることになってしまった。どれだけ言い繕っても、なってしまったというより他にない。

 しかも、何を考えていたのか。これもまた、今もまだ判別できないままだが、シュカが了承してしまったのだ。

 俺として……というよりは、地球の感覚で言えば、プロポーズしたとしても、婚約破棄することもあるだろうし、その手段を採ればいい。そう思っていたが、異世界のしきたりで行われたプロポーズはそういうわけにはいかないのだと言う。

 契約めいた儀式に近く、これを解除するというのは非常識極まりない行動だそうだ。あちら側の親父さんも俺が意図したことでないことには納得していたようだが、それだけではどうしようもない。度外れて渋い顔で、取り消しは難しいと言い切られてしまった。

 うちは交流を持たせてもらっている家系だ。言ってしまえば、名家に入る。代々受け継いできたものがあるため、非常識な婚約破棄をして交流を絶たれてしまうわけにはいかなかった。

 どういった経緯を辿ったとしても、プロポーズしてしまったことには変わりがない。その時点で既に、受ける以外に道はなくなっていた。結論は、決まっているも同然だ。

 相手の出自も分かっているし、お互いの交流を思えば婚姻関係になるのもよいと親父は考えていたのかもしれない。

 そして、俺もまだプロポーズの重要度を理解できていなかった。どうしようもないことだと言われると、拒絶するほどの心理的障壁を感じなかったのだ。

 それは、シュカの第一印象が悪くなかったことがあるだろう。俺のプロポーズに答えてくれた真っ赤な顔にほだされていた可能性もある。ただ、その場としては流されたというほうが正しい。

 そのときから、俺には可愛い異世界人の婚約者がいる。

 三年が経とうとしているが、実感は未だに微妙だ。まったくないわけでもないし、今となっては責任感を持って承諾している。

 三年間、俺たちは異世界と地球を行き来しながら、緩やかな交流を持っていた。そうはいっても、お互いの生活がある。こちらは学生生活で忙しいし、あちらも生活のために手仕事をしなければならない。

 こちらは交流を持つとなれば名家と呼ばれるものに限られるらしいが、あちらは必ずしもそうとは限らないようだ。村の長ではあるらしい。だが、村というのは日本の田舎よりも田舎だ。

 何度か遊びに行ったことがあるが、森のそばの集落と言った感じだった。それでも、俺には新鮮で、カメラロールを風景画でいっぱいにしたが。そして、文明の発達具合もかなり違う。自給自足生活をしているようなものだ。

 そのため、シュカも忙しい日々を送っている。交流は地道なものだった。打ち解けていないことはない。最初に比べれば砕けた態度を取ることも増えたし、談笑する時間もある。

 救いだったのは、シュカが一生懸命で物静かな女の子であったことだ。滅法騒がしいとなれば、俺は居心地の悪さを感じることもあったかもしれない。好印象だった第一印象を信じたことは、結果的に間違っていなかった。

 俺たちの相性は悪くない。俺も異世界に興味津々だったが、シュカも地球に興味津々だった。そうしてお互いの世界の話をすることで、俺たちは親交を深めている。

 異世界へ行ったうえで、実体験も聞けるのは面白い。シュカのほうも同じのようで、俺の話に瞳を輝かせてくれる。そういうところは微笑ましかった。

 見事にほだされている。結婚の覚悟は決めているので、ほだすもほだされないもない。決定事項だと、とっくに納得している。

 シュカとなら、穏やかに過ごす未来図を描けた。だから、今となってはなし崩しとは呼べなくなっている。

 シュカがどう思っているのか。確かめたことはない。だが、一度たりとも交流を拒否されたこともなく、将来への不安を漏らされたこともなかった。俺はそれに甘えている。

 そうして、今日もまた交流を持つために、シュカがうちへやってくる日だった。こちら側へ来てもらうことが多いのも、甘えのひとつかもしれない。ただこれは、観光地の差でもある。

 異世界にはアミューズメントパークなんてものはない。シュカが案内できる場所も限られる。何もない、とへこむので、こちらで出かけるようにしていた。

 デート、と呼ぶのにくすぐったさはある。だが、婚約者と二人で出かけているのだから、デート以外の何もでもない。時にはお家デートとばかりに、家の中で過ごすこともあった。

 回数があまりないと言えど、いつも出かけてばかりとはいかない。それは天候に左右されることがほとんどだったが。こっちとあっちの行き来は、うちの地下にある扉を潜るだけだ。なので、行き来だけなら中止になることはなかった。

 今日も天候は冴えないが、シュカから中止の連絡はない。世界を跨ぐ連絡手段は手紙しかなかった。

 ただし、送るためには魔術陣を使う必要がある。お互いにその魔術陣の布を置いていないと意味がないので、いつでもどこでも使える手段ではなかった。家と家に置いておくのに問題はない。

 自室の本棚の一角は、魔術陣の布を含めた魔術具だらけになっている。ここは俺のコレクション棚とも呼べる空間だった。本棚には異世界の書籍も取り揃えている。中には、シュカからプレゼントしてもらったものもあって大切にしていた。

 そこにシュカからの手紙は来なかったので、俺は今日も地下へと移動して扉の前でシュカを待つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る