第87話 戴冠パーティー

 バンズはリリアンを追いかけながら昔のことを思い出す。リリアンと出会ったのはネルベレーテ公爵邸である。リリアンのことを一目見た時に、特殊な力を持っているのに気付いた。それがまさかの精霊使いとは思っていなかった。その力を自分のものにしたいと思ったバンスだが、彼女の守りはとても固くなっている。自分が育てたあのハンスの娘で、あの屋敷に住んでいる。

 ハンスの最初のイメージは順々な忠犬というイメージだった。ハンスの前の公爵は自分の思い通りにならないと人に当たったりその者を追い込む性格だった。そのため当時のハンスは、父親の道具であり忠犬という立場にあった。だが、いざ育ててみると前ネルベレーテ公爵を上回る実力を見せてきた。勉学も申し分無かったため、前ネルベレーテ公爵が死ぬとすぐに公爵の座に座った。

 ハンス自身も並外れた才能を持っていたため、リリアンにもその特殊な力を発揮するのを待っていた。それが精霊使い。大昔に消滅したと思っていたが、その力がこの世界に蘇ったと思うと、リリアンを自分のものにしたいと思うようになっていた。そしてリリアンに教育という一環でアルフレッド公爵の屋敷に呼んだ。

 はだけたリリアンの体を見た瞬間、バンズは怪物となり、リリアンのことを押し倒した。穢れも無いその肌に吸い付くように抱きついたが、リリアンはすぐに逃げてしまった。あれからリリアンはバンズをみるとすぐに逃げ出すようになってしまった。

 あれから数年、落ち着くまで待つつもりだったが、一人になったリリアンを捕まえるのは簡単だ。

 逃げるリリアンの姿が愛らしく感じてきてそして楽しくなり、思わず追いかけたくなっている。リリアンが逃げた先は逃げ場のない行き止まり、まだあの体を見たいと思いそっと行き止まりに顔を出すが、そこにはリリアンの姿はない。だが、間違いなくリリアンはこの場所に入った。その姿をバンズは確認している。


「確かにここに来た!!どこに行ったんだ…公女様、どこに行ったんですか???」


 バンズは精霊の力で逃げたと思い、皇宮の中を探しに向かう。行き止まりから出ていき、気配が遠くなったことを確認してアドラは闇の力を解く。大きく息を吐くアドラにリリアンは感謝しかない。


「びっくりしたじゃないですか…!」


 戴冠式が終わった後、アドラは一眠りするために誰にも見つからないようにこの日陰になっているこの場所で眠っていたが、誰かの気配を感じて起きるとリリアンが蹲って怯えている姿を見て、思わず闇の力で二人の存在を隠すことにする。

 そのおかげでバレずにことを済ますことができたが、アドラはリリアンの表情を見てこのまま一人にする訳にはいかないと思う。


「ご、ごめんなさい…。でも、助けてくださり、ありがとうございます」


「その様子で一人にするわけには行きません。一緒に行きましょう、どこまで行きますか?」


「あの、中央広場まで…」


「反対方向じゃないですか!ここ広いですからね、迷ってしまいますよね」


 アドラはリリアンの手を取り、中央広場へ向かう。中央広場には多くの貴族が彫刻や美しい絵を見ている。その中にハンスの姿を見たアドラは手を離し、リリアンに向かうようにいう。リリアンはハンスの元へ駆け寄ると、ガクドにリリアンのことを任せて、アドラの元へ向かう。


「これはカマエルス公爵、うちの娘がすみません」


「いいえ、どうやら迷子になっていたので、案内しただけですよ。それと…」


 アドラはハンスに近づいて耳打ちをするように顔を近づける。ハンスは驚いて、後方に下がる。


「公女様から目を離さない方がいい。アルフレッド公爵が何をするのかわからないからな」


「なんだとっ?!?!?!?!」


「自分からの忠告は以上ですっ!では後は戴冠パーティーで」


 アドラはハンスに一礼するとその場を立ち去る。人々の視界に入らない場所に移動すると使用人にアルフレッド公爵の動きを監視するように言う。使用人はすぐに動き、バンズの動きを監視してもらう。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 辺りが暗くなると豪華な戴冠パーティーに、多くの貴族たちは飲んだり食べたりしながら楽しむ。リリアンが一人にならないようにガクドとハンスはリリアンのことを視界に入れながら行動していると、会場にグレンが入ってくる。その姿に多くの貴族は拍手を起こすとグレンは乾杯の音頭を取る。


「紳士淑女の皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。今回僕が皇帝になれたのは皆様のおかげです。今宵のパーティーは楽しんでください!この帝国に平和と安泰を!!」


 乾杯をする貴族たちは拍手で盛り上がりを見せる。アドラは一人乾杯を終えるとテラスに出て手すりに体を任せる。外から漂う気配にアドラは鼻で笑っている。


「やはりそこにいましたか、我が君よ」


「気づいたか…」


 暗闇に隠れていたランウェルは少しだけ姿を見せるとアドラを見つめて苦笑いをする。


「まさかお前も居たとは思っていなかったぞ、カルウェン」


 カルウェンと呼ばれたアドラはくすくす笑いながらワインを飲んで行く。カルウェンはランウェルの仲間で、強欲の悪魔である。ランウェルが消滅した時と同時に眠りについたが、幼いアドラによって召喚され、アドラの魂を飲み込みこの世界の復活を果たした。


「そちらこそ、よく無事じゃったのう…いくら聖女さんの神聖魔法を喰らったら無事じゃ済まないと言うのにのう」


「確かに無事じゃない。ただ、ある者が召喚したんだ。この俺をな」


「そやつも運が悪いのう。ちっぽけな願いに大魔王を呼び出してしまうんやから」


 カルウェンはワインの香りを嗅ぎながら話しているとランウェルはニヤニヤと笑顔を浮かべる。


「それが、大した願いでは無かったんだよ」

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