第22話 新しいドレス

 リリアンが隣でノートを書き写している姿を、横から見つめるベンゼルは、少しだけ昔のことを思い出していた。それはリリアンが自分たちのことを覚えていないこと。

 リリアンとグレンは幼少期に一度だけ一緒に遊んだことがある。幼い時からグレンとベンゼルは、将来のためにと、皇帝の命令で主従関係で過ごしていた。リリアンと出会ったのはグレンとリリアンが7歳の時。リリアンは公爵の娘としてグレンの庭園にやってきていた。リリアンは私生児で、貴族の血が穢れた存在。そんな人間を『皇帝の間』に入ることが許されず、外で公爵たちの帰りを待っていた。そんな時にグレンとベンゼルは出会った。


『そなた、何者だ?』


 誰もいないと思っていた庭園で一人で蹲っていたリリアンにグレンは声をかける。リリアンはすぐに立ち上がりグレンに貴族の挨拶をする。


『あ、グレン様。ごきげんよう。私は、リリアン・ネルベレーテと申します』


『ネルベレーテ公爵のご令嬢でしたか。ここで何をしているのですか?』


『えっと、お父様たちは…皇帝の間に…私は…穢れた血を持っているので、中に入れなくて…』


 申し訳なさそうにしているリリアンを見て、グレンは待っている間、一緒に話をしようと誘うとリリアンは快く受け入れ、二人は身分を忘れて仲良くなっていった。

 公爵が皇帝に呼ばれる時は必ず二人は話をしていた。ベンゼルはその二人の姿をよく見えていた。このまま長く続くと思っていたが、11歳になった時…二人の間に亀裂が入ってしまった。

 リリアンはアーサーと婚約をして、人が変わったようにグレンに冷たく当たるようになった。


『リリアン…?』


『グレン様、ごきげんよう。申し訳ありません、身分をわきまえず接していた私をお許しください。今後は、二度と近づかないので、お許しください』


 リリアンのあの優しい目はどこかに消え去り、まるで操り人形のようになってしまった。グレンの心にはそのリリアンの姿が目に焼き付き、リリアンを誰があのように変えてしまったのかと、考える毎日だった。それを、最近になってわかった。それがアーサー本人。彼は皇族のみが使える力を使ってリリアンを操り人形にし、あの優しいリリアンを返させてしまった。

 記憶を失う前のリリアンは完全に心を閉ざし、悪女のように振る舞い、周りから標的にならないように作り出した。


「ふう…終わった!ベンゼル様、ありがとうございます」


「いいえ、では午後はグレン様のために時間をください!パーティー用のドレスを作りに行きますよ!」


「え、今日なんですか⁈」


「授業のことは気にしないでください。また見せますので」


 ベンゼルはリリアンの手を取り、グレンの元へ連れて行く。グレンはリリアンを待っていたかのように廊下で待っていてくれている。グレンは手を繋いできる二人を見て、今にも怒り出しそうな顔をする。


「公女様、参りましょう」


「は、はい…」


 グレンはベンゼルと繋いでいるリリアンの手を奪い取り、リリアンを連れていく。ベンゼルは手を振って送ってくれるが、後で怒られるのだろうと予想する。

 リリアンはグレンと手を繋いで皇族用の馬車連れて行かれる。馬車に乗り込むとリリアンはガクドによって連れて行かれた時のことを思いながら、馬車から外を見る。しかし何度も馬車に乗っているはずだと言うのに、まだ慣れない。


「大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です。馬車に慣れていないだけで…」


「そうでしたか!気分が悪くなったらいつでも馬車を止めるので、仰ってください」


「はい、わかりました…」


 初めから気分の悪いリリアンはなんとか笑顔を作って平気アピールをする。馬車が止まり、着いた頃にはリリアンは顔色が酷くなり、やせ細っているような顔になる。


「大丈夫ですか⁈」


「大丈夫です…お気になさらずに」


 少し落ち着いたリリアンは顔を上げると、いつものブディックとは違う豪華な場所に到着する。店には多くのガラスが使われており、貴族の御用達ごようたしだと言うことがわかる。店前みせまえには多くのドレスが並べられている。男性用にタキシードも置いてあり、男性用の物やパーティー用の物が取り揃えられている。

 店内に入ると多くの使用人が二人の到着を待っていたように並んで頭を下げている。二人のことを歓迎する使用人たちと共にブディックのオーナー、ドーンはリリアンたちをVIPルームへ案内する。

 お茶が用意されてリリアンは周りを気にしながらお茶を飲んでいると大量のドレスが運ばれくる。その量にリリアンは思わずお茶を吹きこぼす。


「なんですか!この量は!!!」


「ようこそお越しくださいました、公女様、皇太子様。お申し込みいただいたドレス一式、取り揃えておきました」


「すまないな、助かるよ」


「いえ、これも私たちのお勤めでございます」


「公女様、どのドレスがいいですか??好きな物を選んでください」


「選んでって…言われましても…」


「色で選んでもらって構いません。公女様のドレスなんですから」


 嬉しそうにするグレンにリリアンは悩んでしまう。アカデミーを作った皇妃様を称えるパーティー、暗めの色を選んでしまうと、喜んでいないと見えるためそれ以外を考える。するとピンクに近い紫色のドレスを見つめる。美しい宝石が付いたドレスに目が惹かれる。


「あの、この宝石は…」


「こちらはうちの新作でして…貴重なピンクダイヤをふんだんに使ったドレスになります。公女様に似合うと思い、お持ちしました」


 笑顔で答えるドーンにリリアンは目が点になる。ピンクダイヤ、今リリアンがピアスにしているゴールドダイヤと同じように高価なもの。どんなにお金を持っている貴族でもこの色付きのダイヤには手を出すことが難しいほどの金額。このダイヤが一つでもあれば、一つの町に住む平民たちを一年間養うこともできる。

 そのような貴重なピンクダイヤが大量に使われたドレス。これを購入できるとしたら、アーサーかグレンのみ。


「公女様、そちらのドレスが気に入りましたか?」


「いいえ!!!もう少し考えさせてください!!!」


 リリアンは大声を出して断るが、グレンはリリアンにこのドレスを着てほしいのか、寂しそうな顔をする。拗ねた子犬のような反応にリリアンは頭を撫でたくなる。しかし、そのようなことをすれば、不敬罪として逮捕されてしまうため、しっかりとそれを我慢する。そしてなんとなく目に付いた黄緑色のドレスを選ぶことにする。

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