第20話 グリムオン伯爵令嬢

 気合の籠ったカーラの声に、全員が凝視をする。なぜ彼女はこれだけリリアンを助けてくれるのかが分からない。


「父上って…!!そ、それだけはご勘弁を!!!!」


「では、今すぐにリリアン公女に謝罪を。それができないというのでしたら、報告いたします」


「公女様…!!!申し訳ありませんでした!!!!」


 リリアンは慌てている教員に焦りを覚え、すぐにその謝罪を受け入れる。彼らがここまで焦るカーラの父親が誰なのかわからない。だが、皇室に出入りできる人だということは分かる。教員たちは皇帝に選ばれた人たち、彼らがここまで恐れるのは皇室に出入りできる人物のみ。

 カーラとリリアンはその場から離れるとカーラはリリアンと目を合わせてくる。


「あ、カーラ様。あなたは一体…」


「申し遅れました、私はカーラ・グリムオンと申します。グリムオン伯爵の娘です」


「グリムオン伯爵⁈確か帝国の魔法大臣ですよね⁈」


「はい、そして私、魔塔の主人あるじの弟子になりました!!!」


 嬉しそうに語るカーラだが、魔塔の主人あるじ、ヒリリトン。彼は極度の変人。顔はいいが、言動が…。ようするにしゃべらなければ良すぎるイケメンとなっている。


「とはいえ、まだヒリリトン様とお会いしたことありませんが、素晴らしい人だということはわかります。魔導師にとって一番の責任者なのですから」


 嬉しそうに語るカーラに、リリアンは口が裂けても話したくない。ヒリリトンがやばい研究オタクだということを。リリアンの顔から悲鳴とも呼べる冷や汗が滝のように溢れ出す。


「公女様!すごい汗ですが、大丈夫ですか⁈」


「だ、大丈夫…!気にしないでください」


「しかし!ここの教員たちは何を考えているのでしょうか!いくら貴族も平民も平等だと言っても、公女様の話を聞こうとしないなんて!!!馬鹿げているわ!!」


なので…もう慣れました」


 リリアンの発言にカーラは目を見開き、リリアンのことを直視する。リリアンは教員から理不尽な言動を毎回のように言われていたとすると、悪女だと言うことは全て嘘だと言うことがわかる。

 そしてそれを仕向けたのはアーサー本人。極度の女好きだと言うことは知っている。何せリリアンと交際しておりながら、カーラに求愛してきていたのだから。

 アーサーには皇帝にはなってほしくは無い。皇帝になるのはグレンが相応しいとカーラは思っている。そのためには、リリアンに協力してもらうしかない。


「公女様、お願いがあります」


「はい?」


「グレン様の、隣に立つ気はありますか???」


「え???」


ーーーーーーーーー


 授業が終わり、自室に戻ったリリアンはカーラが放った言葉があたまに鮮明に残っている。グレンの隣に立つ、それは皇太子妃になることを意味する。一度皇太子妃を降りた者に、もう一度皇太子の隣に立つのは如何なることか。宿題となっているものが進まないリリアンはため息が漏れる。たくさんのことを考えすぎて嫌になってきて顔を机にぶつける。


「………!」


 リリアンは外から聞こえる声に嫌気がさす。何も考えたくない、感じたくない。全てが嫌になってくる。


「……ン!!………アン!!!!リリィ!!」


 リリアンはイヤイヤ顔を上げるとそこには天使のような翼を持った兄であるガクドが、リリアンの部屋の窓の外に見える。リリアンは慌てて窓を開けるとガクドは爽やかな笑顔を見せる。


「お兄様!!!何してるのですか⁈」


「可愛い妹の様子を見にきただけだよ」


「でも!!ここは…学生とその使用人以外入れないのでは⁈」


 このアカデミーには強力な結界が張られている。昔に闇の魔法使いたちに破壊されて、多くの死傷者を出したことによって強い結界と厳重な警戒体制が張られている。

 そんなところにこんなに簡単に入ることは出来るはずはない。リリアンは考えるが、よく考えれば彼からできてしまう。なにせ彼もハンスに続いて大魔導師の称号をもらっている最強戦闘魔導師なのだから。

 ハンスは水と氷の属性を得意とし、兄であるガクドは風と雷属性を得意としている。そのためガクドは空を自由に飛ぶことができる。


「お兄様…そんな危険なことしないで、普通に入ってきてください…」


「それじゃお忍びで来ている意味がないだろ?リリィ、少し手を出せ」


「はい?」


 リリアンはゆっくり手を出すと体に魔法が掛かり簡単に宙に体が浮く。ガクドはリリアンをお姫様抱っこして上空に飛び去る。

 風が肌に当たり痛みに耐えていると、ガクドはそれを気にしてリリアンに防壁魔法をかける。顔に当たる痛みが消えるとリリアンはガクドを見つめる。


「ついたよ」


 リリアンは顔を前に向けると月に照らされた美しい海が見える。しかしアカデミーから海までかなりの距離がある。なぜここまで遠いところまで連れてきてくれたのかがリリアンはわからない。


「すごいだろ?俺はいつも嫌なことあるとここにくるんだ」


「綺麗…」


 今日の月はいつにも増して美しく輝いている。それに照らされた海は宝石のように輝いている。海に来るなんていつぶりだろうかと思いながら、感動を覚える。


「リリィ、辛いことがあったら、泣いたっていい。俺らがその涙を止めてやるよ」


「お兄様…」


 リリアンは胸の内で何かが弾けるような感覚が出る。もう何もかもどうでもいい。今すぐ泣きたい気持ちが溢れていた。誰かに見られたっていい。淑女は泣いてはいけないと誰かに言われていたが、もうそんなのはどうでもいい。

 リリアンはガクドの胸を借りて大泣きを見せる。リリアンの辛い思いは全て海とガクドが奪い去っていった。

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