第10話 婚約破棄
リリアンはよく見るとその女に見覚えがある。彼女はアイリス・ハナムーン、ハナムーン伯爵の令嬢。幼少期にリリアンをいじめ抜いた令嬢。そのことでひどく傷つき、彼女が参加するお茶会には絶対に参加をしなかった。
リリアンが悪役になった途端手のひら返しにしてリリアンに媚を売っていた。記憶が無いリリアンをもう一度いじめるチャンスだと思ったのか近づいてきたのだろう。だが残念だが今のリリアンは昔のような弱い女では無い。
「もしやハナムーン伯爵の令嬢ですか?申し訳ありません。覚えておらず」
リリアンは愛想笑いでアイリスを見つめる。しかし絶対に自分から挨拶する気はない。リリアンは公爵令嬢であり、アイリスは伯爵令嬢。まずは下のものが挨拶をしなければならない。
「かまいませんわ!お茶会でも、公女様の話で持ち切りですから〜」
「しかし、ハナムーン伯爵の令嬢は礼作法をできないようですね」
「はい⁈」
リリアンは口元を扇子で隠して声を出す。馬鹿にされていることに怒っている様子。過去のリリアンならばこの時に体を小さくして肩身の狭い思いをさせるつもりだったアイリスは計画にない反応に焦りを感じる。
「おや、何を先にするのかわかっていないのですか???記憶の無い私が知っていることなのに〜仕方がないので教えて差し上げましょう!まずは目の上のものには必ず挨拶をしなければなりません。あなたは伯爵、私は公爵です!これでわかりますよね???」
そのことを見ていたほとんどの人はくすくす笑い始める。アイリスは怒りと恥ずかしさで顔を赤くする。貴族であるアイリスにとってこの屈辱は自身のプライドが許さない。
「も、申し訳ございませんでした、公女様。ごきげんよう」
「ごきげんようハナムーン伯爵令嬢。今宵は良いパーティーにしましょう」
リリアンも挨拶をしてその場を離れる。終わった後からこれでよかったのだろうかと冷や汗が溢れる。リリアンの後ろ姿を見るアイリスは怒りで顔を赤くしている。
「あのクソ女…!!今までよくしてやったのに…!!!覚えてろ!」
小さな声でプライドを傷つけられたことに腹立たしく思う。皇太子が来るまでの間、リリアンはベランダで一息をつく。どうせ破棄されるのをわかっててこの場にいるのに息が詰まりそうになる。
「退屈か?」
ベランダにいるリリアンに優しく声をかけてくれるガクドにリリアンはにっこりと笑顔になる。
「少しね、皇太子が来て挨拶が済んだら帰ろうかなって思うの」
「それでもいいんじゃないか?全員がお前のことを警戒しているみたいだし」
「そうでもないよ、一人だけ声をかけてきた」
「誰だ?」
「ハナムーン伯爵令嬢」
「殺そうか?」
「なんでっ!!!」
リリアンは驚いてガクドを見ると彼の顔はにっこり笑顔になっている。どうやら前にも何かがあったのではと思う。いや、あったか。彼女にいじめられた経験があるんだし。
「お前が嫌がることは絶対に許さないからな」
「大丈夫よ、今度こそは自分の力でなんとかするから」
「たまには、俺にも頼ってくれよ…。お前は俺にとって大切な妹なんだからさ」
ガクドは少しだけ寂しそうな顔をしている。リリアンはガクドを抱きしめるとにっこり笑顔を作る。
「もちろんです!これからは家族を信じるんですから!!」
リリアンは中に戻るとガクドも嬉しそうな顔をする。中に戻るとラッパの音が鳴り響く。それは皇太子がやってきたことを伝えるラッパの音。
「皇太子様!!ご入場です!!!」
その音の後にすべての貴族たちはどよめいた声が聞こえる。それは、リリアンが予想をしていた通りの結果。美しい桃色の髪をした男爵令嬢、ヘリンの登場。
どこぞの男が婚約者が居る身なのに別の女を連れてくるんだって話になる。しかしヘリンもヘリンだ、婚約者がいる男に求愛する方がおバカすぎる。リリアンは鼻で笑うと皇太子と少しだけ目が合う。
「すべての貴族たちよ!わたしの誕生パーティーによく集まってくれた。そしてみんなに伝えたい、自分は彼女、ヘリンと結婚を前提で付き合うことにした!!と言うことだ!!公爵令嬢リリアン!!そなたとの婚約は破棄させていただく!!!」
ドヤ顔を見せるアーサーにリリアンは笑っているのを扇子で顔を隠し、ヘリンを見つめる。ヘリンも大切なものを奪ったことに嬉しくなっているのか笑顔を見せる。
昔までのリリアンなら発狂して怒り狂っているだろう。もしくは絶望して膝から崩れ落ちるだろう。だが二人の考えが甘い、甘すぎる。リリアンは平気そうな顔で二人の前に出て挨拶をする。
「皇太子様、誕生を心よりお喜び申し上げます。その婚約破棄、喜んでお受けいたします。どうぞ、ヘリン様とお幸せに。帝国に栄光を」
リリアンはそれだけを言うと会場を出ていく。急いで馬車に乗り込み、屋敷に帰っていく。馬車の中でリリアンは解放された喜びで頬が緩んでしまう。
屋敷に戻ってきたリリアンは荷が降りたかのように大きく息を吐く。パジャマに着替えてベッドに寝転がると気楽になった嬉しさにニコニコし続ける。しかし何かを忘れており、リリアンは考えるが思い出せずにいる。
一方パーティー会場では、ガクドが帰るための馬車が無いことに気がつく。
「これ、俺帰れないんじゃない??リリアンと一緒に帰ればよかったよ〜〜〜〜!!!」
そんなことも知りもしないリリアンはベッドの上でごろごろしているのであった。
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