第七涙 繭玉の中の人

 輪環の必殺技ムーン・スラッシュによって真っ二つにされたはずの怪女は、何事もなかったかのように立っていた。

「あなた、なかなかやるわね。ちょっとナメてた」

 怪女は不敵に笑った。あきらかに余裕がある。

 輪環は焦った。なんだか、勝てそうな気がしない。ステッキを握る手が汗ばんだ。

「うふふ。今日のところはこれぐらいにしといてあげる」

 怪女は、くるっと踵を返して、輪環に背を向けた。

「あなたも私たちをナメないようにね。もっと腕を上げないと、次に体を真っ二つにされるのはあなたよ。うふふふふふふふ」

 怪女は、天高く舞い上がり、そのままどこかへ消えてしまった。

 ショーペンが言った。

「輪環、コックーンの中の人を助けるのよ」

 そうだった。このままコックーンという繭玉の中で蛾になってしまったら、可哀想なことになる。

 だが、それなりの重火器を使ってもビクともしなかったこの殻を、どうやって破ればいいというのか。

「輪環、手でコックーンに触れてみて、魔法少女のあなたなら、きっと中に入れるはず」 

 彼女は、ショーペンに言われるままに、コックーンの壁に触れてみた。

 彼女の手は、そのまま殻の中に吸い込まれた。まるでホログラムに手を突っ込むようにして、輪環の手が、鉄壁の白い殻の中に消えた。

 輪環は、そのまま、殻の中にダイブした。

 コックーンの中は、真っ白だった。異次元にワープしたかのような空間だった。

 ひとりの青年が、膝を抱えて座り込んでいる。

「僕はもう外に出ない。僕はもう外を見ない」

 そんな言葉を、永久に繰り返している。

 彼の周囲には、蝶々の死骸がたくさん散らばっていた。蝶の羽根には「夢」や「成功」の文字が刻まれていた。

 彼は、輪環に気づいた。すると、ひどい剣幕で睨んだ。

「何しにきたんだ。お前も僕を外に出そうとしに来たのか」

 彼は立ち上がった。手にナイフを握っていた。

「余計なお世話なんだよ」

 低い声で恨み言のようにつぶやく。彼は、輪環のそばまでやってきた。

 すると、天高くナイフを振りかざした。

「世の中には希望が満ち溢れているなんて嘘にはもう懲り懲りなんだッ!」

「キャッ!」

 輪環の手のひらが赤く染まった。

 彼の目玉は、ひどく血走っている。肩で息をしていた。

 彼は耳の中で破裂しそうな心臓の鼓動を聞いていた。

 手を怪我しても、輪環は逃げ出さなかった。彼女は、何を思ったか、身につけていたものを次々に外していった。

 薔薇の髪飾り、美しいベール、真っ赤なドレス。それらが、真っ白な床に散らばった。

 青年の目の前に、神々しい裸の女が姿を現した。

 輪環は、「夢」とか「成功」とかが刻まれた蝶蝶の死骸を踏みしめて、彼を抱きしめた。

「おい……何するんだ。同情か? やめろよそんなの」

「あなたは、きっと私に似てる。美しい蝶を見て、美しい蝶を追いかけ、そして、多くのものを失って傷ついた」 

 青年は、しゃべらなくなった。静かに輪環と目を合わせた。

「だけどね、それはあなただけじゃないのよ。結局、みんな同じ。蝶を追いかけ、蝶に失う。あなたひとりじゃない。だから、こんな場所に閉じこもる必要はないの。ねぇ、見て、私のハート。最初は生々しい傷だったけど、今はほら、こんなに愛しいハートになったの。触ってみて」

 青年は、見えない糸に引っ張られるようにして、彼女の胸のハートに手をやった。

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