第八涙 魔法少女の過去(前編)

 青年は、幻覚を見た。

 昔の映写機で投影された、古びたフイルム映画を見ているような気分だった。

 女の子がいる。テレビを見ていた。

 画面の中に、美しい容姿の王子さまがいた。彼の背後には、銀の糸のような鬣をなびかせる白馬がいる。

 彼は、傷ついた少女を抱っこして、そして、キスをした。

「麗しき姫よ。これからは、どんなことがあっても僕があなたを守る」

 少女は顔を赤らめた。目がキラキラしていた。

 テレビを見ている女の子の目も、テレビの中の少女と同じになっていた。

 テレビを見ていた女の子は、心の中でこんな夢を持った。

「わたしは将来、王子様のお嫁さんになる」

 彼女は、その夢を叶えるためには、まずはテレビの中の少女のようにならなきゃと思った。でも、どうやったらなれるのかまでは、すぐにわからなかった。

 少し大人になったころ、彼女は街で声を掛けられた。相手は大人の男の人だった。

「君、テレビに出ない?」 

 テレビ!? 彼女の胸が高鳴った。そうだ。王子様のお嫁さんになるには、テレビの中の少女にならなきゃ。テレビに出る人にならなきゃ!

「はい、出たいです!」

 彼女が答えると、男の人は嬉しそうに笑った。

 彼が言った。

「じゃあ、今夜ここに来てくれるかな」

 どこかの住所が書かれたメモ紙を渡された。

 彼はさらにこう付け加えた。

「この場所にやってきて、夢の蝶々を捕まえることができたら、即デビューだ」

 彼女の心はときめいた。きっとそこには、美しい蝶々がたくさん飛んでいるんだろうな。がんばって捕まえなきゃ!

 夜になり、彼女はメモ紙の場所へやってきた。

 繁華街の雑居ビルだった。狭いエレベーターで目的階に上がった。

 ドアをあけると、スーツを来た男性が現れた。その男性は、昼間に声をかけてきたのとは別人物だった。

「これに着替えてくれるかな?」

 彼女が渡された服は、蝶のコスプレ衣装だった。

 あれ? 蝶々を捕まえに来たのに、私が蝶々の恰好をするの? なんか変だな……違和感を感じたが、テレビに出るためには言うことを聞かないと、と思い、違和感を無視して、狭いトイレの中で着替えた。

 そのコスプレは、背中に立派な蝶の羽根が生えているが、下着姿同然だった。

 着替え終えると、彼女は、奥の部屋に通された。

 彼女は息を呑んだ。

 彼女は、夢の蝶々を捕まえると聞いていたので、蝶々が飛び回っている美しいお花畑を想像していたが、実際は、全然違った。

 スコールが降ったあとのムシムシした熱帯雨林のような、陰鬱な部屋だった。

 部屋を観葉植物が埋め尽くしていて、その中心にポツンとベッドがある。

「あのぅ、昼間にお声がけ頂いた者なんですが……」

 彼女が恐る恐る声を出したが、応答がなかった。

 彼女は、ぼうっと突っ立ったままで、様子をうかがっていると、耳に、生ぬるい風を感じた。背後に不気味な気配を感じる。人かそれとも人外か……

 彼女が、パッと後ろを振り返ると、おもわず悲鳴が上がった。

 彼女の視界を覆い尽くすは、巨大な蜘蛛であった。いや、違う。よくみると、昼間に声をかけてきた彼だ。彼が、蜘蛛のコスプレをして立っていたのだ。

「驚かなくてもいいよ。さぁ、一緒に夢の蝶々をつかもうね」

 蜘蛛姿の彼は、蝶々に扮した彼女をベッドに、強引に寝かせた。

「あの……私、蝶々を捕まえに来たんですけど……。これじゃまるで、私が蝶々になって捕まえられるみたいじゃないですか」

「ふふふ。蝶々は蜘蛛の巣にかかって食べられるのが仕事なんだよ」

 その後、その部屋では、蜘蛛と蝶々が交尾するという、世にも奇妙な光景が繰り広げられた。

 ベッドの上で、彼は言った。

「僕は悪い男じゃないからね」

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