第五涙 輪環の初変身!
マシンガンの音は、絶えることなくビル街に響いた。
耳を劈く破裂音。降り注ぐ薬莢の雨音。
音がビルの林に乱反射してこだまになり、コンサートホールのように反響した。
「ヤメッ!」
指揮官が無線で命ずると、銃声はピタリと止んだ。戦禍の繁華街は、一瞬にして静寂に包まれた。
指揮官が、双眼鏡で繭玉の様子を確認した。
繭玉は無傷というわけではなかったが、彼の予想よりもはるかにダメージが少なかった。白い表面が、かすかに毛羽立ったほどのものだった。
消費した弾丸と与えたダメージの釣り合いが取れていない。指揮官の表情に焦りが見えた。マシンガンだけではダメだ。
指揮官が作戦を変えた。無線に向かって言う。
「手榴弾用意」
各隊員が、カチャカチャと音を立てた。装備していた手榴弾をとり、安全ピンを抜いたのだ。
「FIRE」
指揮官の声がほとばしると、ちいさな黒い影が、つぎつぎに繭玉向かって放物線を描いた。
カラン、カラン、カラン。
全員耳を塞ぐ。凍ったような静寂……ドドドンッ!
どれが一発目かもわからぬほどに、無数の爆弾が一気に破裂した。地震が起きたようにビルが揺れた。窓のガラスがビリビリと震えた。
繭玉は黒煙に飲まれて見えない。
みな息を呑み、煙がおさまるのを待った。
と、ビルの林にこだまする奇怪な笑い声が聞こえた。
全員が、それが誰の声なのかを理解した。怪女だ。あいつか声高らかに笑っているのだ。
「だから無駄だって言ってるでしょ」
煙が薄まってくると、だんだんと、繭玉とその上に悠然と脚を組んで座っている怪人のシルエット見えてきた。
彼女が指揮官にむかって指をさしているように見えた。次の瞬間である。ビュンッと、何かが風を切って進む鋭い音が聞こえた。指揮官が、後ろにのけぞって倒れ込んだ。
「隊長!」
部下の者が、倒れた指揮官の様子を確かめた。
「ワァッ」恐ろしげな悲鳴。
指揮官の喉に、杭のようなものが突き刺さっていた。
「オーホッホッホッホッホッ!」
勝ち誇ったように怪女が笑った。彼女の指(さっき指揮官を指さしていた右手人差し指)の先にあったはずのナイフのような爪がなくなっていた。
指揮官の喉に刺さっているのは、彼女の指先から放たれた物に違いない。
奴の爪は、近接武器であり、飛び道具でもあった。
のどをやられた指揮官は、その場から引きずり出されて、控えていた救護班に引き渡された。
「まだやるって言うの?」怪女の挑発。
指揮官を失った警官隊。みな、少なからず動揺していた。
怪女が、右手の五指を広げて警官隊に差し向けた。人先指の爪は、もう復活していた。
「逃げないんなら、皆殺しにしちゃうわよ」
怪女は舌なめずりをした。
「まずいわ。このままじゃ、あそこの人たちは全員殺される」
「どうしよう……」
ショーペンが輪環の肩から飛び降りた。
「決まってるでしょ。変身よ!」
輪環は尻込みした。彼女は、今さっき聞かされた銃声と爆発音に怯えていた。
「大丈夫よ。変身すれば自然に勇気が湧いてくる。あなたは、あなたの傷の力を信じるのよ!」
輪環は、自分の胸とお腹に手を当てた。
傷の記憶が蘇る。二箇所の手術痕は、彼女の痛々しい人生の象徴であった。
この傷が、誰かを不幸から守る力になるのなら、辛くても生きてきたこれまで人生に意味が生まれる。
そう、傷は、無駄にはならない。いつか素敵な光になる!
輪環は、頭にハートの形を思い浮かべ、力の限りに叫んだ。
LOVERY PAIN REINCARNATION!
制服が、蒸気のように宙に消えた。両手を天にかざした丸裸の彼女は、氷上の妖精のようであった。目を閉じると、二箇所のハートがまぶしく光り、そのまま彼女の全身を光のベールで包み込む……
大きな薔薇の花飾り。
ミステリアスなベール。
二の腕と太ももを大胆に露出した赤のウエディングドレス。
一輪の薔薇とおぼしき魔法のステッキ。
輪環は魔法少女に変身した。
しかし、けっして可憐な風貌ではない。
ドレスの赤は、静脈血管を流れる血潮のようにドス黒く、ステッキのグリップには、いばらが毒々しく光っていて、唇の左端からは、血が滴ったような赤い筋が走っている。攻撃的で破壊的なシルエット。
ドレスを満開に咲かせてトリプルアクセル。
着地を決めて、ジャズダンサーの決めポーズ。
輪環の瞳には、さっきまでの怯えた感じはなかった。
彼女は、恐ろしき怪人にむかって、まっしぐら、駆け出した。
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