第四涙 モスデストロイヤーズ降臨

 スクリーンの映像が切り替わった。

 地図が表示され、中央に赤い三角じるしがあった。

「今からこの三角印の場所に行くのじゃ。ここに、さっきの写真の繭玉・コックーンがある」

 セネカが命じた。 

 肩に乗る黒猫ショーペンが言った。

「早く行って、中の人を助けるのよ」

「わかりました」

 輪環りんかは、肩に乗った使い魔とともに、目的地に向かって駆け出した。

 目的地は、輪環のよく知る繁華街であった。

 

 輪環は、現場に到着すると、異様な光景に出くわして呆気にとられた。

 幹線道路のど真ん中に、本物の繭玉をそのまま巨大にしたような異物がデンと居座っている。繭玉は、小さくてコロンとしていれば可愛いらしいが、人の二倍の高さに拡大されると、見え方はまるで違った。

 化物の卵みたいで、気味が悪い。

 おそろしい爬虫類系の怪獣もどきが出てきそうで不気味だった。

 警察が出動していて、周囲を取り囲んでいる。

 真昼間ではあるが、警察以外の人影は見られなかった。規制線がはられ、人の立ち入りが禁止されていた。

 ビルがたくさんあり、会社のオフィスやお店がたくさんならんでいる繁華街だから、普段は人と車が雑多に入り混じっている。だが、今は違った。明らかな異常事態の雰囲気であった。取り囲む警官は、お巡りさんではなく、機動隊だ。彼らは盾を構え、機関銃を装備している。

 少し離れた場所に、テレビ局のクルーたちがいて、緊迫のようすを生中継していた。

 女性リポーターが、カメラに向かって、深刻な顔で実況している。

「昨日からお伝えしていますように、卵のような謎の物体は、依然として道路を塞いでおります。この卵が突如姿を現したのは三日前。この三日間で卵はひとまわりほど大きく成長したように感じます。謎の卵はとても頑丈で、撤去しようとしてもビクともしなかったそうです。そして、今朝、爆薬を使って破壊を試みましたが、それも失敗に終わりました。そして、その直後のことです。視聴者とスタジオのみなさん、見えますでしょうか。卵の上に、なぞの怪人が乗っています。あの怪人は、爆破の直後にあの場所へやってきて、爆破の係員たちを攻撃し、重傷を負わせました」  

 リポーターの言うとおりに、巨大繭玉の上には、怪人と呼ぶにふさわしい、実に奇妙な形態の生き物が仁王立ちしていた。

 そして、繭玉の足元には、血だまりが出来ていた。

 怪人は、人間とコウモリの合いの子みたいな奴だった。二足歩行、S字の背骨を持ち、丸っこいお尻からは蛇のような尻尾がはえて蠢いている。皮膚は、コウモリのように黒くて毛むくじゃら。顔は人間の女。唇はぷっくらと妖艶で、頬は上気して真っ赤で、目には鋼鉄のような自尊心がみなぎっている。

 手は五本の指をもち、爪は仕込みナイフの刃のように鋭い。怪女の手は血まみれだ。負傷した爆破の係員たちは、きっとこの爪にやられたのだ。爪には刃こぼれしている様子が見られなかった。高い殺傷能力があることは間違いなかった。

 怪女は、爪をジャラジャラと蠢かせて、余裕の笑いを笑いながら機動隊員たちに告げた。

「ほら、さっさと散りなさい。コックーンの羽化の邪魔になるでしょ」

 機動隊の指揮官らしき隊員が、メガホンで叫ぶ。

「その卵はなんだ! 貴様は何者だ!」

 怪女は気だるそうに答えた。

「さっきから何度も言ってるでしょ。この卵はコックーンで、私はモスデストロイヤーの幹部のひとり、サキュバニアンよ」

 この一時間、こんなやりとりが繰り返されていた。指揮官はいい加減我慢の限界にきていた。部下の隊員が、進言した。

「隊長、拉致があきません。そろそろ武力行使に踏み切っては?」

 隊長が頷いた。彼もそれを考えていたようだ。

 隊長は、無線に指令を飛ばした。

「射撃用意」

 包囲の警官たちの、機関銃の銃口が一斉に繭玉に向けられた。

 怪女が雰囲気を察して、警告した。

「そんな武器じゃ、私には敵わないって。おやめなさい」

 指揮官はためらわなかった。

 無線機にむかって「READY」

 現場が、妙に静かになった。緊張が張り詰める。

「FIRE!」

 繁華街に、ありえない轟音が響き渡った。

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