第三涙 魔法少女のミッション

 怪人物セネカに案内された部屋は、彼の風貌に負けないぐらいに風変わりであった。

 壁一面がドキッとするほど鮮やかに赤く染められている。

 輪環りんかは、部屋に入るのを躊躇してしまった。それぐらいに、赤い壁は、威圧的だった。

 床、天井、柱、あらゆる家具が、ダークブラウンの木材で出来ていて、ニスが塗られた表面が美しかった。絨毯は高級感があり、凝った模様が綺麗だ。

 立派な机をはさんで、セネカと輪環が向かい合った。

 呪術師のような怪人と若い娘がお見合いしている光景は、部屋の異様さも味方して、実に奇妙であった。

 と、どこからともなく現れた一匹の可愛らしい黒猫が、机にぴょんと飛び乗った。

 黒猫は、輪環を興味深そうに眺めたあと、とつぜん人間の言葉をしゃべった。

「私はショーペン。メス猫よ。使い魔としてあなたをサポートするわ。よろしく」

 輪環は、ギョッとするように猫を見た。

 猫の口が、人間みたいに器用に動いていて、それに合わせてヒゲも見たことないような動きをして、しゃべっている時の目も、人間のそれそのものだ。猫の顔が、人間の顔みたいに動いている。

 三次元のコンピューターグラフィックを見せられているようで、目がクラクラした。

「ホホホホ。じきに慣れるさ」

 セネカ怪人が、微笑ましく言った。マスクの奥は、一体どんな顔なんだろうか?

「それではさっそく、ミッションについて説明する」

 セネカ怪人が、机の上にあったボタンを押した。

 すると、天井にスリットが現れて、そこから吊り下げ式のスクリーンがスーッと降りてきた。畳二枚分ぐらいの面積のスクリーンだ。それが、二人の目の高さまで降りてきてピタと止まった。

 ショーペンが壁のスイッチを押して電気を消した。

 スクリーンがパッと明るくなり、一枚の奇妙な写真が映し出された。

 写真に写っているのは、繭玉であった。俵型のマシュマロみたいな見た目のものだ。

 だが、よく見てみると、それが繭玉でないことがわかった。

 繭玉に似た物体の背景に、都会のビル群が見えるのだ。

 繭玉と背景のビル郡と、その大きさを比較すると、あきらかに違和感がある。

 写真の感じからして、この繭玉は、どう考えても、大人の身長の倍はある。繭玉にしては、あまりにも大きすぎる。

「これはなんです?」 

「コックーンじゃ。もともとは普通の人間じゃった。しかし、魔の組織モスデストロイヤーズに妖術をかけられて、こんな姿にさせられたのじゃ。このまま放っておけば、繭玉の中で成長し、やがて蛾に化けて羽化してしまう」

「蛾に変身してしまった人間は、どうなるのですか?」

「人間によって殺処分される」

 輪環は、悲しそうな目をした。

「もともとは人間だったんですよ。なのに、人間に殺されるのですか?」

「仕方ない。なぜなら、蛾になった人間は、人間を喰ってしまうからな」

 一生懸命生きてきたのに、悪魔に妖術にかけられたせいで、同士であるはずの人間から殺処分される。

 それを考えると、輪環の胸が重くなった。可愛そうだと思った。 

 ショーペンが輪環の肩に乗っかって言った。

「モスデストロイヤーズの目的は、今のところはっきりわかっていないわ。だけど、このまま放って置くわけにはいかない。繭玉の中の人が羽化してしまうまえに助け出さなきゃ。それが、あなたの、魔法少女としてのミッションよ」

 輪環は、ミッションに対して、積極的な気分になれた。

 なんだか、このミッションには、かつて天上界で出会った女神さまが言っていた、自分の壊したいもの、があるんじゃないか。そんな風に思えたから。

 どうして、そんな風に思えたのかは、その時にはまだわかっていなかった。

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