第7章 決戦の時は今。
第29話 ありがとうといわれたから❤
客間を出て、応接間だと思われる方に歩いていくと、すでに
浮世離れした可憐さは健在だが、少し目が充血している気がする。
ナツメが予想した通り、似非調娘は寝ずの番をしていたのだろう。私はぐっすり寝たし、ナツメとツキミちゃんも交代で休憩を取ったはずだ。三対一というのはやはり大きい。
似非調娘が奪っているツキミちゃんの
しかし、それでも似非調娘の対応は全くそつがなかった。
「おはようございます
「う、うん……。その……なんか昨日はありがと。いろいろ助かったし」
「いえいえ。それが
「一宿一飯の、心づくしのおもてなし、だっけ?」
「はい。御存知の通りです」
実際、昨日は世話になった。似非調娘がいなければ客間まで辿り着くことすら出来なかっただろう。
似非調娘は、偽物のくせに仕事はすごく真面目に、完璧にこなしているように見える。それどころか――調娘の仕事に矜持すら持っているかのように感じる時がある。
それでも。
「でもさー、やっぱ好きになれないんだよねーあんたのこと」
似非調娘はゆっくりと目を閉じ、小さく笑った。
「それは、残念です。そういうことにはもう……慣れてしまいましたが。わたくしがどれだけ完璧に仕事をこなしたところで、誰もわたくしを選びはしない。選ばれないのであれば、選ぶまで。わたくしは、わたくしが欲しいものは、自らの力で手に入れてみせる。そう決めたのです」
似非調娘は目を開けると、真っ直ぐ私を見つめてきた。その目は決意に満ちていて、ある意味でとても真っ直ぐで純粋な視線に見えた。
ナツメも言っていた。似非調娘は、かつてはとても優秀で真っ直ぐな
「なんでそんなこと、私に言うわけ?」
「さあ? なぜでしょうか。わたくしにもわかりません。ですが、そうですねぇ……」
似非調娘は、とても寂しそうに笑った。
「何十年かぶりに、ありがとうと……言われたからでしょうか?」
この人は……やっぱり少し、私に似ている。
一瞬、自分の中の決意がぐらりと揺らぐのを感じたが。
「さあ、もう説明は不要でございましょう?」
「まあね……。大体ツキミちゃんに聞いてるし」
似非調娘は、すぐに切り替えたように仕事の顔に戻ってくれた。
それでなんとか耐えることが出来た。正直少し、危なかったかも知れない。
あれだけ気合を入れてきたというのに、こうもたやすく揺らいでしまうなんて、我ながら情けない。
この人に例えどんな背景があろうとも、この人がやったことは許せない。私の大好きなナツメとツキミちゃんが、とても傷ついているんだから。
それに何より、このかわいらしい
あるべきところへ、返していただく。
「では……ここ、
来た……本番はここからだ。気合を入れ直さなきゃ。
「本当に、なんでもいいんだよね? 迷家の中にあるものなら、なんでも」
私は、念を押すように確認した。似非調娘は少し怪訝そうに眉を寄せる。
やはり、私が
「はい。何でも。ただし一つだけでございます。お選びになったものを、迷家からのささやかな贈り物とさせていただきます。
稀人様が選ばれたものが、稀人様の継白として認定され、稀人様は、はれて継子として登録されることになります」
似非調娘は、正門がある正面玄関の方を手で示した。
「継子登録を終え、あちらから出てすぐにある正門に近づいていただけば、認証され、扉が開く仕組みとなっています。稀人様は、
「てか、このまま還って欲しいのはあんたでしょ」
「はて。どういう意味でしょう?」
むっかー。すっとぼけた顔をしやがってさー。
「あのさー。私が一度、
「この際、誰ぞの入れ知恵かなどとは問うことはいたしません。これ以上、そのような下らぬ駆け引きにお付き合いすることは、調娘のお役目には含まれておりません」
似非調娘は、にこやかに笑うとそういった。駄目だ。やはりのってこない。
ナツメ……うん、分かってる。
ナツメ曰く。
――恐らく、お嬢が今自分の名前を忘れずにすんでいるのは、お嬢の名前と存在を強く認知していて、その名で呼んであげることが出来る唯一の人物。稀人ククリが
常夜にて、たった一人だけ。お嬢の名前を記憶しているククリの存在が、お嬢と
ククリこそが、今の危うい状態のお嬢をギリギリの所で支えていると言って良い。
故に、ククリがこのまま
そうなれば、もう打てる手はなくなる。――
ツキミちゃんは、いざという時は、それでかまわないといった。ナツメも、本来ならそうすべきなのだといった。
冗談じゃないっての! ありえないから!
ナツメとツキミちゃんは、勝手に迷い込んできた馬鹿な私を必死に助けようとしてくれたのだ。
私は、絶対に、このまま
私は――やっぱり似非調娘に似ている。
私は、自分の欲しいものは、絶対に諦めない。ルールなんてしったこっちゃない。
誰も通ったことのない未知の道であろうと、自分が通る道は、自分で選ぶ。
夜明けを迎えるのなら、その時は必ず、三人一緒でだ。
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