呪いのビデオ
ときこちゃんぐ
呪いのビデオ
「今どきVHSなんてなぁ」
先輩はそんな文句をいいながらも、中古のビデオデッキを買ってきてくれた。「ちょっと値段したから、折半するべ」と笑う先輩に、僕は五千円札を渡す。ひょっとしたら多少ボラれてるかもしれないが、知的好奇心を満たせるなら多少目を瞑ってもいいかなと思った。
僕と先輩は、これから呪いのビデオを見る。
なんでもバイト先で噂になっていたビデオらしく、見たヤツは呪われるだの、失踪するだのと、なんだかふわふわとした怪談がくっついた曰く付きの品だった。僕と先輩はホラー好きだったのもあったし、たまたまそのビデオが手に入ったというのもあって、見てみることにしたのだ。
「怪談もアップグレードするべきだよな」
鼻で笑いながら先輩がいう。
「せめてDVDとかね」
僕も同じく笑う。だがそうは言ったものの、VHSという骨董品のほうがDVDなんかよりよっぽど不気味で、雰囲気は出ているなぁと思っていた。
「んじゃ再生すっべ」
デッキが呪いのビデオを飲み込む。ガションという機械的な音のあと、ザーという砂嵐と同時に、その”呪い”が始まった。
……内容は、古い怪談番組だった。
よく知らない芸人やアイドル数名が、見たこともないリポーターに連れられ、深夜の廃病院に潜入するという内容だ。時折アイドルらしい女の子が「今、あっちの方に女の人が!」なんて言ったりして、芸人がそれっぽいコメントをしたりする。なんてことはない、普通のテレビ番組だった。
「どっかにヤバイ霊でも写ってんのかね」
先輩が既に飽き飽きした様子で言った。僕も肩透かしをくらった気分だった。呪いのビデオなんていうものだから、突然恐ろしい女の姿がうつって、それが画面の外にでてきたりして……なんて想像をしていたのに。
これはハズレだなぁ。そう思った直後。
「うおっ」
先輩の驚く声に僕も肩を震わせる。
画面が切り替わったのだ。
ついさっきまで廃病院だったはずの画面は、深夜の竹林に移り変っていた。あまりにも唐突で、番組の演出だとは到底思えなかった。ビデオの時間は、03:01になっていた。
「これか?」
先輩の声が震えていた。ついに始まったのか、僕もそう思った。
『わぁ!! 柳の下に女の人が!』
が、次の瞬間。また映像が番組の方へと引き戻された。リポーターの間の抜けた声が部屋中に響いて、逆に驚いてしまった。
「……は? 終わり?」
先輩も拍子抜けだったようだ。
「ちょっと不気味でしたけどね」
普通の怪談番組の途中に、突如挿入される謎のシーン。ここだけ見ると、たしかにホラーチックだ。不気味だなぁとは思う。
「まぁ続けてみるべ」
半ば諦め気味に、僕たちは番組を見続けた。
ビデオが終端までたどり着いて巻き戻る頃には、ちょうど一時間が経っていた。
あれから不気味なシーンが二度。17:52に真っ黒い車、34分ピッタリに御札の貼られた小さな祠の映像が、一秒間だけ映し出された。それ以外のシーンはなんのこともない、ただの怪談番組だった。
「これ、見終わった後に何かあるタイプかな?」
「さぁ……? でも、不気味だったくらいで何もなかったですね」
途中なんらかの怪現象に巻き込まれるでもなく、女の霊が画面に登場するわけでもなく。しかも怪談番組が全然おもしろくなかったものだから、なんだか徒労感だけが残ってしまった。何か見逃したのだろうか?ともう一度だけ見返したが、収穫はまったくなし。
「掴まされたなぁ」
「五千円でこれはハズレですね」
「なんなら、ビックリ系の動画とかの方がまだ怖かったな。口直しにようつべでも見るべ」
「そうしますかぁ」
結局僕たちは呪いのビデオのことなんかすっかり忘れて、配信サイトの怪談系動画を見て朝まで過ごした。勿論、何も怪現象は起こらなかった。
*
一週間後。
「あれ?先輩は?」
バイト先に先輩の姿がない事に気がついた。
同僚はちょっときまずそうな顔をしながら「……なんか、失踪とか、らしい」と控えめに言った。
心臓が跳ねた。
「え、な、なんで?」
「いや、知らないけど。店長が言ってた。ここだけの話な」
そういえば最近全く連絡をとっていなかった事に気がついた。四日ほど前「ビデオデッキと呪いのビデオ返してくれ」と言われたので、先輩宅まで持って行った時に少し世間話をしたのが最後だった。
呪い、の。
呪いのビデオ。
先輩が失踪したのは、ひょっとして呪いのビデオのせいなのではないか?
あれから一人でビデオを見た先輩は、僕が気づかなかった”何か”に気がついて、そして失踪した。そういうことなのではないか?
「まぁあれだよ。先輩さ、金周りとか女周りにだらしなかっただろ。やばいところに手でも出したんじゃないか?」
同僚がこっそり教えてくれた情報に、僕はほんの少しだけ心が軽くなったが……腹の奥底に落ちたその”不快感”が消え去ることはなかった。
バイト帰りに、僕は先輩の家に寄った。ボロアパートの二階にある一番西の部屋。
もう既に片付けられているかと思ったが全くそんなことはなく、以前聞いていた鍵の隠し場所すら変わっていなかった。僕は鉢植えの下に置かれていた鍵を拾い、先輩の部屋へと侵入した。
僕は安心感が欲しかった。先輩の部屋に、女性関係とか金銭関係の証拠があれば、きっとそれを理由に先輩は失踪したのだと自分に言い訳ができる。けっして、呪いのビデオのせいなんかじゃない。僕はどうしてもそう思いたかった。
部屋の中は散らかっていた。とても彼女を呼べそうな部屋ではない。
四畳半の部屋の中心に、安そうな四足テーブルが置かれていた。その上には、ビール缶が二本、コンビニで売っているスルメイカのツマミ、そしてメモ帳が乗っている。
僕はためしにビール缶を持ち上げてみた。
中身が、入っている。
その横のスルメイカも、あまり手がつけられていない。ハエがうるさく飛んでいること以外は、ついさっきあけたばかりという雰囲気すらある。
まるで、晩酌中にちょっとトイレにでも立ったかのような、そんな気軽さを部屋に残したまま、先輩は失踪していたのだった。
僕はメモ帳を見た。
そこには「山さん:十万円。田中さん五千円。後輩一万四千円……」と書かれていた。後輩は多分僕のことで、上から横線がひかれている。返してもらった覚えは全くないが、どうやら先輩の中で無かったことになったらしい。それ以降もズラリと、とんでもない金額が書かれていた。どうやら、金銭周りで苦労していたのは本当だったようだ。
僕はそれをみてホッとした。なんだ、やっぱり金銭トラブルだ。呪いのビデオなんて関係なかったのだ……。そう思いながら、メモ帳を1ページめくる。
「竹林」:03:01。
「車」 :17:52。
「祠」 :34分ピッタリ。
息を呑んだ。
呪いのビデオに出てきた、不気味な映像の時間が、そこにメモされていた。思わず後ずさり、床に落ちていた何かを踏む。同時に、ガションという音がして、デッキから真っ黒いビデオが吐き出されてきた。
見たんだ。
先輩は、あれから一人で、呪いのビデオを見たんだ。
何かの視線を感じた気がした。背後に人が立っている気配がした。ともすれば、押し入れの中からナニカが出てくるかもしれないとすら思った。
僕は、先輩の部屋から逃げ出した。
*
半年の間、僕はその事を忘れるように努力した。
先輩は金銭トラブルが理由で失踪したし、呪いのビデオはただのデタラメだった。人間は不思議なもので、そう思い込み続けることで「そうだったよな」と信じ込めるようになる。
半年も経てばバイト先にも新人が入ってくるもので、僕も今では先輩になった。可愛い後輩がついて回り、教えたり怒ったり慰めたりして、結構充実した日々を送っていた。
そんなある日だった。
「先輩、呪いのDVDって知ってます?」
「え?」
ギクリとした。
「見たら電話がかかってきて、それから失踪するとか」
「へ、へぇ、お前そんなの信じてるのか」
僕は声が震えないように努力した。対する後輩は、知的好奇心に身を委ねているかのような目で語りをやめない。
あの頃の、僕のように。
「で、これがその実物なんですけどね。でも一人で見るのって怖いじゃないですか」
後輩が屈託のない可愛らしい表情で訴えかけてくる。僕は生唾を飲み込んだ。「嫌だ」と言え。そうすれば、思い出さなくてすむ。
「だから今から先輩の家いって、一緒に見ません?」
それはプライドだったのか。それともあの時の不快感の正体を、今度こそ理解したいという好奇心からだったのか。
結局僕は、うなずいた。
*
「今どきDVDですよ。流行りは動画サイトな気もしますけど」
後輩がニコニコとそう言うので、僕は半笑いで「でも一人で見るのは怖いんだろ」と返した。後輩はぷくっと膨れたが、すぐに笑ってDVDをゲーム機に入れた。
僕は身を引き締める。
とはいえ、あれから半年だ。例のVHSは先輩の部屋においたままだし、今回はDVDになっている。内容が全く同じとは限らない。怪談とは回るものだ。似たような話が、姿形を変えて語り継がれる。”あれ”と同じとは限らない。
映像が始まる。
……内容は、古い怪談番組だった。
よく知らない芸人やアイドル数名が、見たこともないリポーターに連れられ、深夜の廃病院に潜入するという内容だ。時折アイドルらしい女の子が「今、あっちの方に女の人が!」なんて言ったりして、芸人がそれっぽいコメントをしたりする。なんてことはない、普通のテレビ番組だった。
そう、あの時と同じ。
全く同じ。
「こわ~!廃病院だって!」
後輩はもうすでに怖がっていた。リポーターの言葉にいちいちうなずき、恐怖している。
03:01。
その時がきて、映像が「竹林」に移り変った瞬間。後輩は肩を揺らした。声も出さなかった。僕は、心臓を掴まれた気分だった。
「……なんですか、これ」
『わぁ!! 柳の下に女の人が!』
一秒が過ぎ、すぐに映像がもとに戻る。
「え、なんだったんですかあれ。怖いんですけど」
「……うん。怖いね」
僕はもう、それしか言えなかった。
結局それから、僕と後輩は六十分その番組を見た。あの時見た映像と全く変わり無く、全く変わりのない時間に、例の映像が挿入されていた。
しかし、また、何も起こらなかった。
「怖かったですねぇ」
後輩はそういって震えていた。
「これで……私達、失踪、しちゃうんですか?」
僕は優しく返した。
「大丈夫。昔これと同じのを見たけど、僕は失踪しなかった」
その言葉を聞いて、後輩は安心したようだった。「DVDは先輩にあげます!」そういいながら、後輩は楽しげに帰っていった。僕の手元には、呪いのビデオがまたやってきた。
*
丑三つ時。
僕は気になって、DVDを見返す事に決めた。先輩のメモ。それがどうしても、引っかかり続けていた。やめておけばいいものを、僕はどうしてもその引っかかりを解消したくてしかたがなかった。まるで歯にひっかかった異物のように、それはずっと僕に不快感を落とし続けているからだ。
再生ボタンを押す。
怪談番組が流れ始める。
僕は先輩と同じ状況を再現してみることにした。ビデオを見ながらメモ帳を用意する。不審な映像が挿入された時間をメモに取る。
「竹林」:03:01。
「車」 :17:52。
「祠」 :34分ピッタリ。
映像を見終わる。もう一度。
メモを見返す。もう一度。
03:01、17:52、34分。
わからない。何がどうなれば、呪われて失踪するのか……。
違和感を感じた。
「呪われる……失踪する……」
確か僕が最初に聞いたのは、そんなふわふわとした怪談がくっついたものだったはずだ。この呪いのビデオの怪談には、具体性のかけらもなかった。
だが、今日後輩が言っていた言葉はなんだ?
『見たら電話がかかってきて、それから失踪するとか』
怪談が、具体的になっている。
電話なんて前は聞かなかった。呪いのビデオという怪談が、拡散されていくうちに尾ひれがついたのだろうか。いや、それにしても具体的すぎる。僕は背筋に悪寒を感じながら、メモ帳に目を落とした。
頭の中に、重い何かが響き渡った気がした。
気がついた。気がついてしまった。先輩の気がついた事に。
僕は恐る恐るスマホで検索をかけた。
『030の十桁番号から、電話がかかってきた』
検索結果には、いくつかそういったものが表示されていた。僕は画面をスクロールして、他の結果を見る。
『030の番号は、二十年以上前に廃止されている』
『現在の日本では、使われていない』
僕はその番号を、呪いのビデオが伝えていたその番号を、恐る恐る口にした。
「030-117-5234……」
スマホが、振動した。
ディスプレイには”030-117-5234”の数字が並んでいる。
『現在の日本では、使われていない』
どこかで車のエンジン音が聞こえた気がした。
スマホが、振動している。
出たら、どうなるのだろうか。
先輩は、出たのだろうか。
先輩は、どうなってしまったのだろうか。
今は、僕が先輩だ。
僕は。
呪いのビデオ ときこちゃんぐ @SaranUndo
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