第3話 血の繋がっていない実の兄妹

 この状況をどう例えれば良いのだろうか。

 右には黒髪清楚美少女、左にはギャル系金髪美少女、通行人のほとんどがこの3人に視線を向ける。


「新堂さんとヒロって仲良かったんだ?」

 金髪をなびかせた麻宮香奈のその笑顔の先には何か苛立ちというか敵意のようなものが感じ取れる。


「彼の妹さんの件でとても責任を感じていまして」

 丁寧な口調の新堂彩花は少し落ち込んだ様子を見せる。


 お互い会話をするのはいいが間に立っている山上広人はたまったものではない。

 わかっていただきたいのは彼にモテ期がきたわけでは決してない。


――――なぜなら。


「まぁいいか…あっ電話」

 そう言ってスマホをカバンから取り出して少し距離を取る香奈、その隙に彼の右隣にいた黒髪美少女が広人の制服のネクタイを掴んだ。


「で、アンタはアタシのお見舞いをほったらかしてデートか」

「おほっ」

 この新堂彩花の中にいるのは今、病院で意識不明の彼の妹の渚だ。







 そう、それは本日の放課後の話。

 2ーAの教室では学校一問題児の二人が今にも殴り合いを始めそうな雰囲気で言い争っていた。


「広人、悪いがここは譲れねぇぞ」

 180㎝はある強面の三島和久は見下ろす形で彼を睨みつけていた。


「上等だ、和久」

 目つきの悪さなら和久よりも上の広人、彼も決して引く様子はない。


 教室では恐れたクラスメイト達が端っこの方で怯えている。

 この状況でも割って入れるのが、


「ちょっとアンタたち、何やってんのよっ」

 香奈だ。


「邪魔すんじゃねぇよ」

「邪魔すんじゃねぇよ」

 お互い視線を一切変えず睨み合っている。

 <最悪>とも言われているこの二人が争えば教室どころか校舎すらも壊しかねないと思った香奈はとりあえず何が起きたのか状況を説明してもらうことにする。


「広人がポテチはうすしおが一番だって言いやがるんだ」

「…」

「当然だろうが、コンソメパンチなんてたまにでいいんだよ」

「…」


 教室ではうすしおVSコンソメパンチが繰り広げられていた。

 香奈は無表情で一旦彼らに背中を向ける。


「いい加減テメェとはケリを付けないといけないと思って…」

「顔が青ざめてるぜ広人、やっと俺の恐ろしさがわか…」

 彼らのすぐ隣で机を高々と持ち上げている香奈が立っていました。




「ほんっとバカよね、アンタ達は」

 広人の横で呆れながら呟く香奈。


「麻宮…あれ打ち所が悪かったらタダじゃすまねぇぞ…」

 広人は頭を摩りながら彼女を睨みつける。


「三島は?」

「打ち所が悪かったのかタダじゃすまなかったようだ」

 和久は今、教室のど真ん中で気絶中である。

 彼もまた頑丈にできている為きっと夜には目を覚ますことだろう。



「そういえば今日も渚ちゃんのお見舞い?」

「いや、今日は行かない」

「…そっか」

 校内の階段で事故を起こした彼の妹は今病院で寝ている、毎日とは言わないが広人は定期的に状況を先生に聞きに行っていた。

 意識不明の重体、そのワードはニュースでしか聞いたことのない彼だったがまさか身内で起きてしまうとは思わなかった。


「早く目を覚ますといいね」

「…ああ」

 ギャル風の香奈はこんな見た目をしているが結構優しくて面倒見がいい、彼が病院に行った翌日には妹の様子を聞いてきてくれる。



「そうだヒロ、何か甘いもん奢ってよ」

「カツアゲなら和久にしてくれ」

「カツアゲ言うな」

 広人、和久、香奈の三人はたまにどこかに寄ってから帰ることがある。

 約一名は今お昼寝中なので必然的に二人だけということになる。


「いいだろう、うすしおポテチでも奢ってやろ…」

「駅前のクレープね」

「はい」

 妹の心配をしてくれる香奈にはたまにはいいだろうと彼は今日のところは折れることにした。



「あら山上さん」

「…げ」

 靴箱のところで彼とは別の意味での有名人と遭遇した。


「し…新堂も今帰りか?」

「はいそうなんです」

 見た目、中身、全てにおいて完璧な新堂彩花、実のところ彼はそんな彼女に淡い恋心を抱かせていた。


――――そう先日までは。


「新堂さんこんにちは」

「麻宮さん…でしたよね、こんにちは」

 広人と彩花が挨拶をし合っていても何もおかしくはない、何故なら妹が事故にあったのは彼女を助けたからだ。


「クレープという単語が聞こえましたが、お二人は仲がよろしいのですね」

「クラスメイトだしねー」

「…」

 いい予感は外れるくせに嫌な予感は当たる、これは誰でも同じことが言えるのではないだろうか。


「私も行ってみたいです」

「え?」

 <寄り道>なんて言葉が似合わない新堂彩花の予想外の台詞に驚いた香奈。


「いいですよね、ヤマガミサン?」

「…えっと」

 彼女の爽やかな笑顔の裏では彼にしかわからない言葉がいっぱい詰まっていた。

 そう、<中の人物>が彼に呟きかけていた。


「イイ、ですよね?」

<人が意識失ってる間にアンタはデートか>

<こっちは演技で疲れ果ててんのにアンタはデートか>

<普段しない笑顔でしんどい思いしてんのにアンタはデートか>


 そう、広人が惚れていた女性の中には今、妹の渚がいた。





「ごめんごめん、お母さんからだった」

 通話を終えた香奈は再び広人の左隣に立つ、この配置には何か意図があるのだろうか。


「でね、今から行く駅前のクレープ屋がおいしいのよ」

 普段友達と行く彼女行きつけの店を熱弁し始める香奈。


「わかるっ、あそこおいしいですよね!」

「…」

「…」

 突然テンションが変わる彩花(渚)に呆気に取られる香奈とやってしまったなといった表情の広人。

 物静かで可憐な乙女という印象が強い為、香奈が驚くのもしかたがない。


「あ~…いや、これは…」

「ははっ、新堂さんって実はそんなキャラだったんだ」

「…あぅ」

 親近感が湧いたのか、香奈は腹を抱えて笑い出した。

 完璧に演じていても結局は本人ではない、が相手が香奈なら彼がフォローを入れるまでもないだろう。





 やはり駅前だからか結構待ち時間が長かった。

 テイクアウトで近くのベンチで食べる、が香奈の定番スタイル。


「おじさん!いつもの!」

「定食屋か」

「あいよ、チョコバナナホイップデラックスね」

「伝わるのかよ」

 どれだけ来てるんだとツッコミどころが多すぎて困ってしまう広人。


「わ、私はキャラメルバナナホイップデラックスで…」

「あいよ」

 ちゃんとメニューを見て悩んでいる風を見せていた渚だが、間違いなく始めから何を頼もうか決まっていた感じだった。


「ヒロは何にすんの?」

「あ~んじゃ…、いちごチョコホイップマツコデラックスで」

「…何かすごいでかそうなのが出てきそうなんだけどそれ」

 何はともあれ無事全員注文することができ、受け取った彼らは少し離れたベンチへと移動した。




「でねー、そん時ヒロと三島が~」

「ふふっ」

 ほとんど喋っているのは香奈だが渚もまんざら楽しくないわけではないらしい、それは演技をしていても彼にはそう感じ取れた。


「その三島さんは今日いらっしゃらないんですか?」

「あぁ…アイツは、ちょっと打ち所が悪くて…」

「…打ち所?」

 渚の質問にバツが悪そうに眼を泳がせる香奈。

 きっとまだ和久は教室の真ん中で気を失っている最中だ。


「安心しろ麻宮」

「え?」

「ぶっ倒れているアイツの周りに魔法陣を書いておいた」

 それはまるで何かの儀式かのように。

 さりげにチャックを全開にしておいたのは伏せておく。


「面白い方たちですね」

「主にヒロと三島がね~」

 最初はどうなるかと思ったが、意外といい雰囲気の女子二人だった。


 そんなどうでもいい会話が続いた。

 わざと口数を少なくしている渚、それでも少しはストレス解消になったのではないだろうかと彼は少し安心していた。



「私ゴミ捨ててくるっ」

 香奈は渚の食べ終えた後のゴミを取って立ち上がる。


「あ、それなら私が…」

「いいのいいの座ってて~」

 元気いっぱいのギャルはそう言って彼らに背を向けて走り出した。



「いい人ね、麻宮先輩」

「狂暴だけどな」

「それはアンタが悪いからでしょ」

「ごもっとも」


 二人だけの時間。

 <血の繋がっていない実の兄妹>という矛盾の関係。


「渚」

「なによ」

「辛くないか」

 毎日毎日気の休まる時間のない日々。


「そうね、しんどいかもね」

「…そうか」

「でも」

 新堂彩花を動かしているのは山上渚だ。


「アタシはそんな弱くはないわ」

「そうか」

 彼女の性格は兄が一番知っている。

 あの山上広人の妹が弱いわけがない、それでも彼女は女性だ。


「渚」

「なに」

「何かあったら言ってこいよ」

「茶買ってこい」

「そういうことじゃねぇ!」

 例え仲が悪くても彼は兄なのだ、それは何があっても変わらない。

 妹が彼を嫌っていても、煙たがられていても困っていたら助けてやらなければいけない。


「ほらアンタの出番」

「ん?」

 渚が顎で指す方向では香奈が中年の男にナンパされていた。


「ったく…アイツは」

 彼は立ち上がり香奈のもとへと歩き出す。


「…クソ兄貴」

「ん、何か言ったか?」

「言ってない、早く行け」

「へいへい」


 そう言って躊躇なく助けに向かう兄の姿を渚はずっと眺めていた。

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