夜の靴

@that-52912

第1話

隣の家の婆さんが、お土産にとニンニクと馬鈴薯を置いていった。庭の、大きな花がさいているあたりに。暫くほおっておいたら、ニンニクも馬鈴薯も腐り、何だか知らない虫が湧きだした。そいつらが僕のことを責めたりする。おまえのせいで、こんなんなっちまった。その近くには、最近、雀の死骸が落ちていた。やっぱり腐りだし、小枝のような骨が静かに横たわる。こいつは、僕に抗議することもない。ただ、死んじまったKさん覚えてるかい、と僕にうるさく言ってくる。


Kさんは、トマトが首についているような顔をしていた。いつみても、真っ赤である。鬱病の薬の副作用だ、と太った理由を説明した。配達の早い人だった。郵政民営化に反対をしていたが、なぜ反対をしているのか、理由はよくわからなかった。僕の回りに郵政民営化の悪いところ、もしくは良いところを理解している人間は、そもそも1人もおらず、よくわからない理由で、自分たちの職場が変えられてしまうのは、不快で不安だった。Kさんは優しい人だったが、田舎の郵便局では鬱病患者は狂人あつかいである。誰からも相手にされず、結局川に飛び込んでしまった。34才だった。


骨が言う。「おまえ、Kさんのこと、馬鹿にしていただろう」

「いや、そんなことないさ」

「鬱病患者はこれだから厄介だよ、とか悪口を言ったよな?」

「すまない」

僕は骨に謝った。

「Kさん、川に飛び込んで、どんな思いをして死んだか分かるか?お前のこと、考えていたんだぜ。Kさん、お前のことを唯一の友人だと思ってたのに。お前と来たら」

「すまない、許してくれ」


目が覚めた。午前2時だった。


むしょうに煙草が吸いたくなり、外へ出ようとして玄関で靴を探した。汚れた靴である。夜のなかで言葉を奪われ、暗闇に沈み混む汚れた靴を、暫く見つめた。Kさんのことをふと、思い出した。Kさんの面影がなんだか漂っている気がした。手を伸ばしても、それは掴めなかった。



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