第4話 朝のご挨拶
私の生活費は毎月予算を決められて渡されている。この中でやり繰りしてそっちはそっちで勝手にしてくれということだ。
「これ以上使用人を増やしたい場合はそちらの予算からお願いいたします」
「わかりました」
「もしどうしても不足だということであればまずは私にご相談を」
「わかりました」
「公爵様はお忙しいのでそれ以外の事も」
「わかりました!」
(わかったって言ってんだろうが!)
公爵の従者であるヴィクターが言いたいのは、公爵に近付くな、ということなのだが、私が1度でも旦那様に会いたいと言っただろうか。
「旦那様は女性がお嫌いなの?」
「そのような話は聞いたことがございませんが……」
眠り支度を整えながら侍女のエリスに尋ねると、意外そうな顔をして答えてくれた。私が旦那のことを初めて質問したからだろう。すでに結婚してから1ヵ月以上経っていた。
「あのお姿でしょう。他に誰かいるのかしら?」
「私は存じ上げませんが……奥様がお望みなら調べてまいります」
「いいのいいの! 皆は知ってる裏事情みたいなのがあるならと思っただけだから」
今の生活に不満はない。自由にしているし、日々の予算も潤沢にある。この質問は、ただ寝る前のコミュニケーションのつもりだったのだ。
「いいえ。確かに奥様を蔑ろにしすぎです!」
(しまった!)
エリスは急にスイッチが入ったように怒り出す。毎日主人である私も出かけていないし、暇なのだろう。
「いいのよ。旦那様はお忙しいのだから。時が来れば話してくださるかもしれないわ」
と、なんとかエリスの気持ちを静める。あちらが私のことをどうでもいいように、私も旦那様のことはどうでもいいのだ。
などと、珍しく彼の話題を出したからだろうか。翌日、この屋敷にきて初めて旦那様と朝食時間が被った。いつもは私の方が早い。さっさと食べて冒険者街へ向かわないといけないからだ。
「……おはようございます」
「……ああ」
そういえばこれが初めての会話になる。相変わらずこちらを見ない。
「早いのだな」
「いつもこの時間です」
(だから2度とこの時間に食堂にくんなよ!)
私は急いで食事を終わらせ、いつものように冒険者街へと出かけた。一緒の屋敷で生活していれば食事時間ぐらい被ることもあるだろう。
(まあそれも今日限りだけどな!)
どうやら私を避けているようだし、旦那様がこあの間に来ることはもうないだろう。
と思ってたのに……。
(いるし!)
しかも私よりも早く。すでに食べ終え紅茶をすすっている。なんか負けた気がするが、これ以上私が早起きして朝食を食べようとすれば使用人達も大変だろう。
結局、いつの間にか朝食だけは毎朝一緒に過ごすことになった。会話は挨拶だけ。ムカつく相手ではあるが、挨拶だけは前世今世、4人の両親から散々言われたことだ。
(何でこんなことに!?)
その謎はすぐに解けた。
「公爵様に直訴したのです!」
エリスが気を利かせたのだ。
(なんてことを……!)
「政略結婚であることは私も理解しております。ですがだからと言ってあえて壁を作る必要も、いがみ合う原因を作る必要はないではありませんか」
(正論で殴られると言い返せないっ!)
彼女もいい所出身のお嬢様なのだが、界隈特有の高飛車感もなく、とても愛情をもって育てられたのだと感じる。
「貴女がヴィクタ―から睨まれていたのはそのせいね」
「あんな人! 少しも怖くなんかありません!」
フン! と鼻息が荒い。思わず笑ってしまった。
「それに、公爵様は王族と結婚を避けるために奥様と結婚なされたのです。不仲の噂が流れたら、またすぐにちょっかいを出してきますよ。それはヴィクター様だって困るはずです」
「そんなにすごかったのね」
「ええ。ご令嬢達は皆、どうにかして公爵様のお側にいようとしたとか」
王弟の娘にあたるクリスティーナ様を筆頭に、あちこちのご令嬢が理由をつけてこの領地を訪ねてきていたそうだ。
「それは大変だったそうですよ」
「へぇ」
使用人達の苦労話をエリスは集めてくれていた。そしてそんな旦那様と結婚した私が、全くその彼に執着しないのが信じられないのだそうだ。
「また他人事のように……!」
「まあまあ。それより、もしヴィクターに何かされたらすぐに言ってね」
どうやらあの従者は私にいい印象持っていないようだし、こんな私の味方でいてくれるエリスにも攻撃的な態度をとるかもしれない。
「まあ奥様! 私だって弱くはありません。でもありがとうございます」
エリスは嬉しそうに顔がほころんだ。
(そりゃそうか。公爵相手に直談判出来るんだもんな。)
「……おはよう」
「……おはようございます」
今日も朝から小さな挨拶が交わされる。いつか旦那様が私の顔を見る日は来るのだろうか。
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