第3話 冒険者への手続き

「冒険者街に行きたいのだけど」

「承知しました」


 理由も聞かれないしダメとも言われないなんて、実家だったらありえない。


(この結婚最高じゃん!?)


 昨日あれほど恨み言を唱えたというのに、我ながら調子がいい。

 屋敷の主人である公爵が『好きにしてもいい』と言ったことは使用人たちもしっかり周知されていた。


 馬車は軽快に目的地へと走っていく。


「冒険者街……意外と綺麗ね」

「公爵様は冒険者街には力を入れておられますから。魔獣の素材は重要な収入源です。冒険者にとっていい環境となるよう、常に気遣っていらっしゃいます」


 妻なのにそんなことも知らないのか。と言いたげな侍女エリスの視線をみて、自分は歓迎されていないのだと改めて実感した。他の使用人も似たようなものだった。

 しかし朝食は温かくて美味しかったし、ここまで実にプロフェッショナルな使用人達の動きを見ているので、特に不満はない。仕事は仕事として私に仕えるつもりはあるのだろう。


「まさか昨日結婚して公爵夫人になるなんて知らなくって。不勉強でごめんなさいね! 色々教えてくださいな」


 侍女はポカンと口を開けて驚いていた。どうやら私がどんな状態で結婚したかまでは知れ渡ってはいないらしい。


「こ、公爵様は……他領ではあまり見られない公営の施設をいくつか設けておられます。衛兵も常駐させて、治安が悪化しないようにも。それに、魔獣の素材買取所も公爵家によって運営されています。買取価格も適正で、それが冒険者からも好評のようです」


 私の言葉をその通り受け取って、侍女は素直に街について説明を始めた。


「冒険者が滞在しやすい街になってるのね」

「はい。実力のある冒険者が長く留まってくれれば、素材はたくさんとれますし、危険な魔獣が出てもすぐに対処できますから」


 ふっふっふ。その実力のある冒険者に妻の私がなってやろうじゃないか。


「あちらが冒険者ギルドになります」

「大きいのね」


 私がまず行かなければならない所だ。自称冒険者はいつでも名乗れるが、冒険者ギルドに登録することによって、自他ともに認める冒険者となれる。


「それじゃあここで降ろして」

「え!?」

「この辺りを自分の足で見て回るわ」

「危険です! いくら他領よりも治安がいいからと言っても奥様が歩けるような場所ではありません」


 私のような若い女がウロウロ出来る場所ではないってことか。心配はありがたいが、今後私の生活の拠点はここになる。思い立ったが吉日ということで、手続きだけでもさっさと終わらせたいのだが。 


「大丈夫よ。何があっても貴女のせいにはしないから」

「そういう問題では……!」

「旦那様には好きにしていいとお許しをもらっているし……1時間だけ。1時間したら戻ってくるから」


 とりあえず今日の所はこの侍女の顔を立ててやろう。純粋に心配してくれているようだし。


「承知しました……では私も一緒に!」

「ごめんなさいね。1人で見てみたいの」


 旦那様の『好きにしていい』という条件がこれほど効果があるとはありがたい。が、この侍女の仕事への責任感は私にとっては少々困る。彼女の中で私は一瞬で、『何も知らず突然冷血公爵と結婚させられた可哀想な娘』ということになってしまったようだ。別に邪見にしたいわけではないので、好感度を上げるために土産でも買って戻ろう。


 冒険者ギルドの中はかなり広い。入口付近は大きなホールになっていて、壁際の大きな掲示板に、依頼や仲間募集の紙が張り出されていた。

 奥に進むと前世で言う役所のように、いくつもの窓口がある。


「冒険者登録したいんですが」

「文字は?」

「書けます」

「ではここに記入を」


 愛想の悪い受付嬢はここでチラっと私の身なりをみて苦々しい顔をした。お嬢様の冷やかしだと思ったのだろう。


「……ファミリーネームは必要ありません。冒険者には」


 書類を書き始めた私にわざわざ注意をしてくれた。


(えーえーわかってますよ)


 この世界に身分証明書なんてないので、どこの誰でも登録可能だ。

 受付嬢は手元にある魔道具を操作し始めている。銀色のタグとチェーンをつなぎ、魔道具へとセットした。


「書きました」

「ではこちらに血を。針で刺しますが大丈夫ですか?」


 半笑いで馬鹿にしたように言う。お嬢様には無理だってか? と、舐められたことがわかったので、躊躇いなく針に指を突き刺した。


(イッテ~!)


 ついムキになったが、受付嬢がギョッとしてので満足だ。すぐに魔道具の中に血をたらすと銀色のタグが光っているのが見えた。


「……冒険者登録は完了です」


 私はすぐに指をシュっと横に一振りし、カッコよくヒールで指の傷を治したが、受付嬢は相変わらずこちらを見ない。


「階級はFからスタートで、功績に応じて上がっていきます。依頼を受けた場合の報酬は階級で変わりますのでご注意ください」


 言い慣れているのか機械的な口調だった。

 不機嫌な受付嬢の前で、


「これで私は冒険者だー!」


 と叫びたいのをグッと我慢して、さっさと次だ! 冒険者装備を揃えなければ。


 ギルドの近くには武器屋や道具屋が所狭しと並んでいた。


「種類多すぎー!」


 冒険者に必要な装備を見てまわるが、こればっかりは前世の知識でどうにもならない。さっぱりだ。


(それなりに冒険者になるための勉強はしたつもりだったけど……)


 座学で得られる知識はたかが知れていたということだろう。

 どんな武器がいるか、どんな素材を使った防具がいいか。他にどんな道具をもってダンジョンへと入って行くのか……。リアルな情報が足りない。


(うーん……時間もないし)


 結局プロの冒険者にし、装備を見繕ってもらうことにした。ちょうど武器屋の前にいた女冒険者だ。


「あんたお嬢様だろ? なんかあったの?」

「離婚される予定があるから自力で生きていく力を付けようと思って」

「なんじゃそりゃ」

 

 その女冒険者は大笑いしながら依頼を引き受けてくれた。

 この街の武器屋はどこも腕がいいらしい。素材もこの街で調達できるからか価格も安いのだそうだ。彼女はこれから別の街に向かうが、ここで武器を新調したと教えてくれた。


「あえて言うなら、女向けが強いのはあそこのヴィンザーの店だね。デザインが良いよ」


 気分が上がるのは大事だ。ふむふむと指さされた場所を確認する。


「防具は結局オーダーメイドが1番! 懐に余裕があるなら軽くて頑丈な素材1択ね。あとこの街のダンジョンに関して言うなら魔防が強いのがいい」


 やはりプロに聞いて正解だった。必要な情報があっという間に集まっていく。


「あんたソロ1人でやるの? 最初はダンジョン内で迷子になるから、慣れないうちは道案内を雇うか、ギルドの掲示板で短期のパーティ探した方がいいよ」

「なるほど!」


 これは知らなかった。私はなかなか面倒見のいい冒険者を捕まえたようだ。

 

(やば! そろそろ約束の時間だ……!)


「じゃあ最後に聞きたいんだけど」

「もう最後!?」


 支払った謝礼に見合わない情報量だったようだ。だが仕方ない。約束は守らなければ。


「若い女性が好きそうなものってどこで売ってる?」


 ということで、冒険者に礼を言い大きく手を振って別れた。

 その後、綺麗に細工された砂糖菓子を買って急いで馬車へと戻ると、エリスは明らかにホッとした顔つきになって出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ奥様」


(奥様か~……)


 慣れないな。だがお土産は喜んでくれたようだった。


 結局翌日から侍女を連れて出るのはやめた。もちろん彼女はあからさまに嫌そうな顔をしたが、せっかく自由を得たのにここで遠慮などしていられない。


「自分自身でこの街を学んでいこうと思うの! そうすれば旦那様もきっと見直してくださるでしょう?」


 と、それらしいことを言ったらグッと息をのみ込んだ後、渋々引きさがってくれた。


 それから毎朝御者に冒険者街まで送ってもらい、日が沈むころ迎えに来てもらった。

 そのうちオーダーメイドの防具や冒険者の服が出来上がり、それを着て出かけ始めた時も、


「貴女様はブラッド公爵夫人なのですよ!?」


 と、ひと悶着あったが、


「こっちの方が街中で目立たないの」


 の一言でまたも渋々納得してくれた。


 こうして私の冒険者生活は始まったのだ。

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