第1話 - 2
本当はもっと遠くの学校に行きたかった。
対応に疲れて漏れそうになるため息をぐっと堪えた。
「そんな事より、私達同じ歳だしさ。敬語やめない?」
私の言葉に全員が驚いた顔を浮かべ、すぐに全力で否定を始めた。
それぞれがまた騒ぎ出し話始める。
スポーツ漬けから解放された私の憧れの高校生活スタートは
『普通』まで時間がかかりそう。
「とにかく、私は普通の友達になりたいだけだから。昔の事はナシでお願い」
納得いっていない雰囲気だけれど、しつこいくらいに念を押していかないと私自身が変われない。
それにあの事を知っている人が1人でもいたら、きっと私への態度は変わるだろう。
その時が来てしまった時のダメージが少しでも減らせれば…。
「
なかなか納得してもらえないから、どうするべきかと会話に詰まっていたら後ろの席の子が誰かに話しかけている声が教室に響いた。
まだ下校していなかったのか…と思いつつ、私の過去を知らないクラスメイトにこんな姿を見られてしまった恥ずかしさと、迷惑がっているかもしれないから謝罪したい気持ちが膨らむ。
せっかくの前後の席だから一番に仲良くなっておきたい。
確か、名前は飯島さん。黒い縁の眼鏡をかけた黒髪でおしゃれおさげが似合う。
私がこんな髪型をしたら、ただのがり勉にしか見えないと思うけど、あっさりとそれを着こなしている。
おまけに今朝出会ったあの子に負けない程の美人さんだった。
謝ろうと振り向いて身体を向ける途中、廊下の方にちらりと見えた人影に視線を奪われた。
「急いで帰らないと」
一瞬だったけれど、あの子だ。
ひらひらと片手をこちらに、いや飯島さんに向けて手を振るとすぐに視界で捕らえられなくなってしまった。
一瞬にして全員がその子に視線を奪われ、私をまとっていた嫌な空気が引いたような気がした。
話題が一気に『咲花さん』に集中する。
そりゃそうだ。整った顔立ち、実は芸能人だモデルだと言われても驚かない。
片やこちらは引退して1年以上経つ過去の人物で、ただのクラスメイト。結局はみんなただその時に目立っている人物を推したいだけなんだろう。
咲花さんに助けられたと思いさっと荷物をまとめて逃げるように席を離れた。
飯島さんからあの子の話を聞いてみたいところではあるけれど、今はこの輪の中から抜け出したい。
「じゃあ、また明日ね」
歩き出すと名残惜しそうに声をかけられる。
今日に限らず毎日顔を見ることになるクラスメイトなのだからそんなに悲しい顔をしなくても。普通に接してほしい。
すぐに興味が移り変わるミーハーなだけじゃないのかな、という思いは心に閉まって教室を出た。
実際私が怪我から引退が決定するまで、少しの期間があった。
その間にすぐに次のスター選手を注目する人が多かったのも知っている。それをあざ笑っている元チームメイトがいたのも知っている。
もしかしたら追いかけてくる子がいるかもと思い早歩きをしていたら、下駄箱まで思いのほか早く到着した。
「(なんだか私が咲花さんを追いかけてるみたい)」
また見かけるかも、と期待したけれどその姿は確認できなかった。
追い付いた所で話かける勇気はないからあの子達みたいにはできない。
知らない相手に一方的に知られていて、突然話しかけられたら驚くだろう。今までそれを沢山やられた私が同じ事をしてしまうのはよくないよね。
でも、私に話しかけてくる子達と違って咲花さんの事を私は全く知らないから当てはまらないのだろうか?そうじゃないと友達なんて作れないよね。
接点もないのに私はちゃっかり友達になろうとしていた。
靴を取り出して、履き替える。脱いだ上履きを下駄箱の中に入れようとした所で視線を感じてもしかして追いかけてきたのかと思わず振り向いてしまった。
「あっ――」
思わず声が漏れてしまった。目が合ったのは咲花さんだった。
一方的に頭に思い浮かべていたのは相手にわかるはずがないけれど、見られていたと思うと恥ずかしさで、かっと顔が熱くなった。
ふいに合った目線はいつ外せばいいんだろう、長い時間無言で見つめ合う形で2人で停止してしまった。
驚かせてしまっただろうか?
今到着したみたいだけれど、私はいつ追い抜いていたんだろう。
ここは先に声を発してしまった私が頑張って声をかけるべきかもしれない。
「こ、こんにちは…」
やっと出てきた言葉はただのあいさつ、しかも言葉に詰まって自然と言えていない。
気のせいでなければ、咲花さんは2歩ほど後ずさりしているように見えたから不審者か何かと思われたのだろうか、それならかなりショックだ。
返答を待ってみたけれど特に反応はなく、軽くお互いに会釈をして無言の別れを告げ、咲花さんは急いで靴を履き替え校舎を出て行った。私はその後ろ姿を見送り、下駄箱に両手を付き大きなため息をついた。
下駄箱の場所で隣のクラスという事はわかったけれど…不審者だと思われた今、この情報はストーカー染みているので深く考えないようにしよう。
仲良くなる可能性がないのかな…。友達になれなくなってもダメージはないけど、変な人という印象は持たれていませんように。
新入生で1番の美人かもしれない咲花さんに自分の変な印象を植え付け1日目が終わりを迎え帰路につく私の足取りは、過酷なトレーニングで身体をイジメた時よりも重く感じた。
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