第2話

 入学から数週間、各教室の場所も頭に入って来た。1番の進歩は私に対して敬語で話してきた子達が少しずつ普通に接してくれるようになった事。まだまだ距離を置かれるような態度は感じるけれど、初日よりは確実に進歩している。

 後ろの席の飯島さんとも時々話すようになったけれど、飯島さんはお喋りをするというより本を黙々と読んでいる事が多く、口数が少ないから私から話しかける事が多い。会話をするのが嫌というわけではないらしく話しかければ答えてくれる。

 私の名前も覚えてくれているようだった。まぁ、初日の放課後にあった出来事で名前は憶えやすかった。と飯島さんに限らず他のクラスメイトにも言われた。

「いつも厚い本だけど何読んでるの?」

「恋愛小説。興味あります?」

「運動バカだったからそういうの読む機会なかったなぁ」

 しおりを挟んだ後に差し出された本は思ったよりも重く、ページ数もかなりある。頭もよさそうだもんなぁと思って、しおりの場所を開いて中身を見た。しおりには筋肉質な男性キャラクターが2人描かれていてタイトルらしき文字が並んでいる。『ドSなあいつがご主人様なんて認めねぇ6』…変なタイトルの恋愛小説。読む機会がなかった私でもそう思ってしまう。これが女子高生の当たり前なのだろうか。

「すごい筋肉の男の子。スポーツ系な――」

 見間違いじゃなければ見てはいけない文面が見えたような。恋愛小説?高校生が読んでいいやつではないような気がします。私でも知っている、あーるじゅうなんとかというやつなのでは。私の反応を見ても飯島さんは顔色一つ変えずに、今度は表紙に着けていたカバーを外し再度私に差し出した。

「はだっ!?服着てないよこのヒトタチ!」

 人の私物だから乱暴には扱えないけれど、私は視線を遮りながら表紙を指出して飯島さんに本を突き返した。こういうものがあるのを知らなかったわけではない。チームメイト間でこの類の本を回し読みしていたのを見たことがある。私はこのタイプは直視できないし、家に持って帰る事が出来ないと思ったから借りたことがない。

 それが突然視界いっぱいに飛び込んできたから驚いてしまっただけ。

「タチはこっちの人」

「聞いてないから!」

「ネコタチは分かるのね、純粋そうなのに意外」

 必死に視界を隠す私を他所に本を突き出してくる飯島さんは満面の笑みだった。そんな私達の様子に仲間に入れてと言わんばかりに人が集まってきて、私の話を広めるから余計恥ずかしくなって、穴があったら今すぐ入って放課後まで隠れていたい。

 予鈴を知らせる音に助けられ、みんなが散っていく。教室に戻ってくる人も出ていく人もいたから他のクラスの子もいたのか、私の話が変に広まらなきゃいいけど。

「読書の邪魔しちゃってごめんね」

「おかげで面白かったから大丈夫」

 私が大丈夫ではないのだけど…あまりの衝撃とみんなにその様子を知られた事に落ち込みどっと疲れた。この事は早く忘れてしまいたい。

 次の授業の準備を始める為に机の中を探っていると、ふんわりと甘い香りが風に乗ってきた。誰かがギリギリで教室に駆け込んできたのかもしれない、けれどこの匂いどこか懐かしい匂いだ。

「って、来るの早っ――」

 思い出せないでいると後ろで飯島さんの声が聞こえた。いつも丁寧に話す飯島さんの雰囲気からはまだ聞いたことのない、ラフな喋り方にどうしたのか心配になり振り向いた時には教室を出ていく後ろ姿と、騒めく教室。クラスの視線は後方の扉に全員奪われていた。飯島さんの机の上には用意された教科書と筆記用具、それにさっきの小説が表紙の絵が丸出しで置いてあった。私はみんなの視線が戻ってくる前にそれを手に取り、自分の机にそっと隠した。しばらくするとチャイムが鳴って先生が教室に入ってくる。飯島さんが戻ってこないまま、出席確認が終わってしまったけれど先生は飯島さんを特に咎めることもなく授業がスタートした。

 淡々と進められていく授業の内容がうまく入ってこない。真面目に受けているふりは上手くできていたし、運よくあてられることもなくいつもよりゆっくりと時計が進んで行く。

 私は咄嗟に机に入れてしまった男性が絡み合っている絵が丸出しの本を見られたらという緊張にそのことだけ頭の中がいっぱいになっていた。

 飯島さんが戻ってきてくれればよかったのだけど、結局授業が終わっても下校時間になってしばらく待ってみても飯島さんは戻ってこなかった。

 こっそりと誰にも見られていないのを確認して隠していた小説を、飯島さんの鞄の中にそっとしまって戻しておいた。

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