第3話

「昨日はありがとう」

 机に鞄を置いて席に着こうとした所、挨拶して早々に飯島さんが笑顔でそう言った。毎朝私より早くに登校して読書をしている。今日もあの本を読んでいたので小説から視線をそらしながら席に着いた。

「なっなにが…」

「これ隠してくれたでしょ?帰り支度までしてくれてた」

「いきなり消えるし帰ってこないから迷った結果…」

 ずっと笑っている。なんだかすごく恥ずかしくて頭に血が上っているのか顔全体がとても熱くなってきた。

「ごめんね、友達が突然神妙な面持ちで相談があるっていうからサボっちゃった」

 それならしょうがないかな?と思い先生も特に咎めていなかった事を伝えるとまたお礼を言われた。

「飯島さん、なんだか今日話し方が違うね」

「ああ、ごめん。いつもは気を付けてるんだ。どっちがというと、これが素の状態」

「ただの優等生じゃないと!なんだかかっこいいね」

「女子から黄色い歓声をもらう人に言われてもねぇ」

「え?」

 そりゃあ初日にあんなに囲まれている様子を見られているから、からかわれても仕方がないのか…最近は減った方だから平和な学校生活を送れているけれど、あれを目の前で見せてしまったのだから、そう思われてもしょうがないのかもしれない。

「飯島さんって香水つけてる?いい匂いがたまにする」

「下の名前、ひかりだよ。飯島光莉ひかり

「光莉ちゃん!私は凛華りんかでもりんでもいいよ!」

「凛は怒られそうだから凛華で」

「怒られる?」

 変な事を言うし、変な本を読んでいるし。真面目なのか不真面目なのかまだ光莉ちゃんの事をほとんど知らないけれど、高校に入っての初めての友達になれそう。

「ちなみに私は香水つけてない」

「じゃあシャンプーとかかな?羨ましいなぁ」

「そう?ありがとう」

 光莉ちゃんは私の前であの厚い小説をできるだけ読まないと約束をしてくれた。「厚くない薄い本ならいい?」と意味の分からない事を言っていたけれど、それも同じならできるだけ読まないようにしてくれるらしい。私の読める範囲のおすすめの本があれば貸してくれるとも話していたけれど、あの本を読む光莉ちゃんのレベルの付け方が分からないのであの小説に慣れるまでは全部お断りという事にしてもらった。

「趣味があるって羨ましい。私ずっとバスケやってたからそういうの疎くて」

「ああ、その辺勝手に聞こえてくるから凛華の事大体わかる気がする…」

「え、なんかごめん…昔から何故か同性に好かれて…。今は落ち着いたんだけど、男の子に間違われることがほとんどだったから、今でも間違えてるのかなぁと悩んだ時も――」

「無自覚のたらし?ガチ恋からしたらたまったもんじゃないよね」

 私の言葉を聞いて光莉ちゃんは大笑いしている…。

「でもまぁ、凛華の事ちゃんと分かってくれる人が傍にいればいいんじゃない?実際かっこいいより、可愛いだと思う。私は面白いのがでかいけど…」

「お、面白い…?」

「自分で言うのもなんだけど、こんなに黒髪おさげで眼鏡が似合う。真面目そうでしょ?でも本当の中身は全然違うし」

 それってどういう…と聞こうとすると耳元に光莉ちゃんの顔が近づいてくる。近くに寄って分かる。光莉ちゃんはあの懐かしい匂いとは違う。

「私こう見えてギャルというやつなのです。今と真逆」

「え!?」

 どこからどうみてもそうは見えない。逆高校デビュー?聞いたことがない。それとも隠さないといけない程何か悪いことをしてきたのだろうか…?でも今の光莉ちゃんを見ていると隠しきれていない気がするのは喋り方のせいか。昨日までの光莉ちゃんだったら絶対に信じられない。

「凛華って見てて飽きないね、表情がころころ変わる。今は特に変な顔してるよ、ファン離れそう」

「ファンなんていないから!」

「意外な一面に凛華ガチ恋が増えちゃうかも?」

 からかうように止まらない光莉ちゃんを押しのける。私達以外誰もいない朝早くの教室が特別に感じて、初めてバスケを辞めてこの学校に来てよかったと思えるほど楽しかった。本音をいうと少し後悔をしていた。私はバスケだけが取り柄と思っていたし、周りに来てくれる友人や、私のプレイが好きだと言ってくれた子達からしたら、バスケを取った私に何が残るのか。友達の作り方すら分からないでスタートした高校生活。光莉ちゃんのおかげでバスケとか、それに嫌でもついてくる嫌な過去を思い出さなくなってきた。

「やっぱり光莉ちゃんからは別のいい匂いがするかも」

「凛華って匂いフェチか何か?」

 どうあっても私を面白おかしくしたい様子が感じ取れる。いじられないようにしたくても、光莉ちゃんと話をしているだけで負ける気しかしない。できるだけそのペースに飲まれないように。全部の言葉に反応して墓穴を掘らないようにしたい。

「気のせいかな?さっきと別の匂いに入れ替わってる感じだったから。私達しかここにいないのに」

「はは、嗅覚が鋭いんだね」

 当たっているのか、適当に言っただけなのか。曖昧な返事だけする。上手く話しを逸らすことができたのか。しつこい私いじりが止まったのでほっとした。

「もしかしたら私達以外のナニか…あっ凛華の後ろに!」

「やめてやめて、そういうの苦手なの。学校に遅くまで残ってるときとか1人でトイレも行けなかったのに」

「めっちゃいじりがいがあって飽きない」

 結局最後まで光莉ちゃんのペースで進み、私が半泣きになったところでちらほらと他のクラスメイトが登校してくると光莉ちゃんはまた真面目モードに切り替わってしまった。私もこんな顔をしているとまた囲み取材みたいに囲まれてしまいかねないので緩んだ顔をなんとか戻して気を引き締めた。

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