第4話
久々に目覚まし時計よりも早くに目が覚めた。
バスケをしていた頃はもっと早くに起きて朝練に出向いていたから朝が苦手というわけではなかったけれど、ここ最近は音が鳴り始めるまで目が覚めないという事がほとんどだった。
この時間に起きても家族は誰も家にいない。大きなクラブと顧問をしている両親はすでに家を出ている。生活習慣が変わってからまともに会話をした記憶は受験結果を伝えた時とこの間の入学式の時くらいしか思い出せない。
机の上には朝食が用意されていて。その横には前日に置いた保護者宛てのお知らせに書かれていた追加教材購入の費用が用意されている。それでも無記名で、質素な封筒に入っているだけだけど。
朝ごはんを食べて、流しに行き洗い物を済ませる。教材費の金額を確認して、封筒を鞄に詰め込んだ。
中学までは両親の車で一緒に登校。1人で通学する場合は電車に乗らなければいけないくらい離れた場所にあった。高校は自転車通学をしている。
卒業した中学生徒のほとんどがスポーツ推薦をとれる程のスポーツ名門校だったから、在校生が進学先に選ぶ確率が低そうな場所を受験した。引退の原因となった怪我はほとんど完治していたから、推薦は無理でも一般入試でチャレンジだけはしてみないかと教師達に反対されたけれど、両親が特に興味をしめさなかった事が決め手となってそれからは誰も反対の声をあげなくなった。
誰もというのは違ったかも。私の事を応援してくれていたクラスメイトや、たまに他校から見学に来る熱烈な人達はバスケを辞めてほしくないと強くお願いをされたけれど、誰の脳裏にも受験の二文字が浮かぶ頃にはそれも無くなり、新しい道を応援してくれる人ばかりになっていた。
バスケを普通より長くやっているから人より少し上手くなれただけ、両親から教えてもらえる機会があったから。
邪魔だからと短髪にしていただけで、かっこいいを目指していたわけではないのに、小学校の高学年で同性からラブレターやプレゼントを貰うようになっていた。女の子からは黄色い歓声、男の子からはモテる事を羨ましがられた。
中学生になってしばらくすると1つ年上の彼氏ができた。先輩とは同じクラブ内だったし、そんな関係になったからといって特別な事が起こるわけでもなかった。男女の付き合いが生まれれば何か変化があるかもしれないと思っていたけれど、同性からの視線は変わらなかった。男女共に好かれるタイプの人が、
そんな事を考えていたら、家を出る準備が整っていた。ゆっくり準備していたつもりだったけど、それでもいつもより時間が早い。たまにはいいいか、いつも何時に来ているのか聞いたことがなかったけれど、この時間にも
今日は自転車を漕ぐ足が軽く感じ、家から学校までの最速記録を更新した。
ウキウキと逸る気持ちを抑え、上履きに履き替え教室に向かう。教室に入るとそこにはあの姿が見えて息を詰まらせた。光莉ちゃんはまだいない、その代わり私のいつも座る場所に咲花さんらしき人影がいる。机に顔を埋めているように見えるから眠っている可能性もある。
教室を間違えたのかと思って廊下に一度戻ってクラスを確認するけれど、自分のクラスで間違いない。咲花さんが教室を間違えているのか、たまたま別のクラスの同じ位置が自分の席なのか。私のクラスはまだ席替えをしていないだけで他のクラスはしているのか。まだ他のクラスの友人がいないから私には分からなかった。それか咲花さんの名字も先頭の方って可能性もある。美人で光莉ちゃんの友達らしいというだけで私は彼女の事を何も知らない。何度か聞き出してみようと思ったけれど、どう聞いていいのかわからずに、すっかりそんな事は頭から抜けていた。
こんなに近くで見るの初めてだ。現役の時応援に来て観戦してくれていた人達も今の私と似たような気持ちで憧れ?の人の近くに立っていたのかな?
やましい気持ちは絶対になくて、目の保養みたいな…これだともっと変態みたいか。
起こしてしまうのが申し訳なくて静かに近づく。自分の席は取られているし、座るところに迷って光莉ちゃんが来るまで席を借りることにした。座った後も、本当に自分のクラスなのか不安になり、机の中を勝手に探ってみて大量に詰められている教科書に飯島光莉と書かれているのを確認した。光莉ちゃんは教科書持って帰らないタイプらしい。
ふわふわ髪に目が行きがちで分かりにくかったけれど、顔がすごく小さい。小柄な方か、寝顔を覗き込んで見ると、整った顔が眩しく見える。私みたいに鍛えたせいで女子のわりに肩ががっしりしているわけもなくて…洋服で隠れているからバレっこないんだけど。ていうか腰が細い。って、やっぱり変態みたいになってきた。寝ている時に他人にじろじろ見られているなんていい気がしないよね。
「――ひーちゃん?」
咲花さんの突然の覚醒に驚いて思わず息を殺した。ひーちゃんって多分光莉ちゃんの事だよね。その場で「光莉ちゃんはまだだよ」って伝えてあげればよかったのに、それだけの言葉でも発する事ができなかった。もしかしたら、毎朝こうして光莉ちゃんと話をする為にここに来ていたのか。
咲花さんは身体を起こしてこちらに振り向き、私とばっちりと目が合った。
お互いにそのまま時が止まったのかと思うほど見事な思考停止。何か言わないとと思えば思うほど、言葉は詰まり息苦しい。前にもこんなことがあったけど、今度こそ第一声は挨拶で正解なのでは。
「お、おはよう。えっと…」
って全然スマートじゃない!これだと初日に変な挨拶をして無視をされた時の二の舞だ。こんな時は毎回交友関係の狭い場所で生きてきた事を後悔する。友達の友達って、どういう会話をすればいいんだろう。そうでなくてもあの日のあいさつで変な人だと思われているかもしれないのに。
「り――」
「あっ秋山
「・・・」
名前を呼ばれたのかと勘違いしたけれど、もしかしたら光莉ちゃんと言いたかっただけかもしれないのに律儀に自己紹介。それでも無言の反応に時間が経つにつれ恥ずかしさが込み上げてきた。
「えっと、咲花さんだよね。光莉ちゃんの友達の…」
咲花さんはゆっくり立ち上がると枕にしていたらしい自分の鞄を抱え扉の方へ後ずさりを始めた。ことごとく発した言葉に反応が貰えなくて会話に自信をなくしていた私にはもうかける言葉が思いつかない。
扉に背中を勢いよくぶつかると同時に、外へ走って逃げていく咲花さんをただただ見守る事しかできなかった。やっぱり自分から声かけるのって難しい。光莉ちゃんの時は相手の対人レベルが高かったからだよね。私も特に警戒心がなかったし。これで私は余計に咲花さんからの不審者レベルが上がったのだと確信した。
「立ち上がれる気がしない――」
机に倒れ込むように座って大きなため息をついた。
「今日来るの早いね」
1人でいるのがとても心細いと思っていた矢先、助けの手を差し伸べてくれる天使の声が聞こえ首だけを起こしてくるりとそちらに向けた。
「こわっ。泣いてるの?話聞こか?」
「ひーちゃん」
「いきなりどうした…」
そう思ったのに光莉ちゃんの顔を見たら、そんな親しげに呼び合っている事を思い出してしまい、半分嫉みの籠った呼び方だった。
「ああ、咲花がいたのか」
私が自分の席に座っていない事とか、突然の呼び方の変化に何も言わずとも察してくれた嬉しさから抱き着こうとしたら「私、殺される」と全力で拒否されてしまった。さすがに絞めあげられる程の怪力はないと思いたい。とりあえず自分の席に戻るように言われ、重い腰で力なく席に着こうとした所だった。歩き出して足元に何かが当たり、ノートが落ちている事に気が付いた。拾い上げひらひらと両面を確認したけれど名前の記載はないし、私の私物じゃないのは確かだ。見た所ノートというよりアルバムのような、重量感がある。
「咲花さんの落とし物かな?」
「――あっ!」
ノートを開いて名前を探そうと何ページかめくると、見慣れた顔が無数に並んでいる。見慣れたというか、中学の頃の制服に、バスケのユニフォーム姿が数種類、小中部活、クラブでのユニフォームまで写真が貼られている。私が映っている写真だ。
私は今何を見ているのか、こんな写真当時チームメイトや友達が撮った写真で見たことのないようなアングルの物ばかりが並べられていた。最後まで確認しようとしたけれど、何故か光莉ちゃんに奪われ、見る事はできなかった。
「凛華、落ち着いて聞いて。これには深い訳が!」
「光莉ちゃんのノート?」
「それは絶対にない。私はファンに殺されたくない」
出会ってから時々光莉ちゃんはこういう言い方をする。絶対に何か知っている。さっきの写真の数々は、明らかに盗撮…というより応援してくれている人から写真を撮られている事があるのは知っていたけれど、昔過ぎるのもありすぎだしオフショットのようなバスケに関係のない物まで混ざっていたような気がするから。
問い詰めなければならない、どんな意図があって誰がそれを学校に持ち込んでいるのか。見つけたのが私本人だったからよかったけれど…よかったのかは分からないけれど――。光莉ちゃんの私物じゃないなら、きっと…いや絶対咲花さんのだ。
「じゃあ、1つお願いする。咲花さんと話せる機会作ってくれない?」
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