第5話
「本日はお日柄もよく、お二人の出会いの日にはもってこいですね!」
待ち合わせのドーナツ店に付いて席に着くなり、
おまけに、逃げようとしていたのか見えにくい所では抵抗しているようで光莉ちゃんが力強く片腕を掴んでいるように見える。今までの私なら、相当この人に嫌われているんだろうなと思っただろうけど、私の写真でいっぱい埋まったアルバムを見てしまっているのでそう思えなくなっていた。逆にあれで嫌われていたら、呪い殺されるとかそういう道具に使う目的があるのかもしれない。
「お待たせしました。アイスコーヒーです。ミルクお砂糖はどうされますか?」
「えっと――」
「1つずつです」
何故咲花さんが答える。
でも、何で答えられるのか簡単に想像ができてしまい咲花さんから直接聞きたくない気持ちと、何故私にストーカー染みたことをするのか知りたい気持ちが湧いている。
「咲花、言動が合わなすぎて気持ち悪いよ」
待ち合わせ場所に着いた時、光莉ちゃんの外見が学校と違い過ぎて、どの席にいるのかすぐに見つける事ができなかった。以前教えてくれた通り、真面目というより派手な恰好で、髪型も違う。咲花さんが普段しているような髪型に雰囲気が似ている。学校のイメージで探したせいで見つけられなかった光莉ちゃんよりも、一瞬で咲花さんを見つけたのはさすが自分というべきか。
きっかけはどうであれ、友達になれればと思って勇気を出して来たのに、咲花さんは目を合わせてくれない。呼び出したのは私なので頑張って話を切り出さないと。だけど、どう話を切り出せばいいのか。あの狂気じみたアルバムを見て、ストーカーのようで気持ち悪いとかもなく、嫌な気分にならなかった…というのが本音だった。今までこういう事が珍しくもなく何人かいたし、置かれていた環境に慣れてしまっているのも原因なのか。
こんなとき無理に付き合ってくれた頼りになる光莉ちゃんに関しては、咲花さんが逃げないように捕まえておく。という役目に集中しているのか、我関さずといった感じに開いている方の手で器用にドーナツを頬張っている。
「あのさ、今日は――」
「ごめんなさい!」
また遮るように喋りだした咲花さんは深く頭を下げて謝り始めた。思ったよりも大きな声に他のお客さんの視線を一線に受ける形になっている。こんな美少女に公衆の面前で謝罪させているあいつは何者だとでも言われているような気がしてならない。
「違うの、謝ってほしいんじゃなくて」
顔を上げようとしてくれない咲花さん。問い詰めたくて呼び出したわけではない。ただ、今まで私の周りにいた「ファンです」なんて言って遠くから応援してくれていた人みたいじゃなくて、対等にお話ができる友達になりたい。私が自分から声をかけられなかったのも拗らせてしまう原因なのかもしれないけれど…。
どうしていいのか分からず、周りの視線が気になって軽く見渡した時いつの間にか光莉ちゃんがいなくなっている事に気が付いた。ドーナツのおかわりでも買いに行ったのかとレジの方を見たけれど姿はなく、荷物ごと消えていた。
「ストーカーみたいだよね。みたいっていうか、そういう感じになってたかも」
「今までも応援してくれてた子いたから慣れてるっていえばそうなんだけど…」
さすがに小学生時代からの写真コレクションを持っていた人はあなたが初めてです。
親でも持っているのか怪しい写真。私でも練習漬けだったという記憶ばかりで曖昧な幼少期なんて覚えていないのにどこであの写真を手に入れたのか気になってしまう。問題はそこじゃないはずなのに。
「気持ち悪いよね。もう持ち歩かないし、視界にも入らないように…」
「私も知り合いでもないのに一方的に咲花さん美人だなぁとか、じろじろ見ちゃったりとか、いきなり話しかけて警戒されたり。今だって勝手に名前で呼んでるし…」
「
――さま?さすがにそんな呼ばれ方は…
いや、何かの特集でふざけた見出しを付けられていたと聞いたことがあったけれど、さすがに私も女の子。できれば王道の女の子らしくいたいから、なんとか劇団の王子様みたいに呼ばれても嬉しく思うことはない。きっと私の聞き間違いだと思う。普通の人間関係の経験が薄すぎて、幻聴が聞こえたのだと思う。あんなアルバムを持ち歩いているからって、そんなはずは…。
「と、とにかく…そんな写真じゃなくて、普通に友達にならない?その方が私も生活しやすいというか…」
それが言いたかっただけ。こんなにストレートにお願いをするのは勇気が必要だ。意を決した告白だったのに、咲花さんはぽかんとして何も反応がない。もしかして今まで応援してくれていた子達と違って、憧れとかそんな感情で収まらないものなのか。それともそんな言葉で納められない程の恨み?呪い?嫌いすぎて嫌がらせを込めて持ち歩いていた?そうだとしたらとんだ間違いだ。
頑張って告白をした後の沈黙に耐えられず、アイスコーヒーを一口、また一口と吸い上げる。いつもはもう少し甘味を感じるのに、苦味しか感じない。
「ごめんなさい、嫌です」
絞り出すように咲花さんが発した言葉が、突き刺さる。
咲花さんは下を俯いてぎゅっと両手を握りしめた。
「そ、そうだよね。いきなりごめん、配慮が足りてなかった」
「私、ガチ恋の方で」
「ガチの方ですか…」
力強く何度も頷く咲花さんを見て考えるのを辞めた。こんな時にどうして光莉ちゃんがいないんだろう。友達になると断られたこの悲しみを誰かに癒してほしい。ガチで嫌だと、そんな断られ方をするとは思いもしていなかった。これからの友達ライフを考えていた自分が恥ずかしい。
「ガチ恋の方だから、友達止まりは嫌で…」
好きな人に告白をして振られた人の気持ちってこんな感じなんだろうか。私が経験したのはあっさりした関係だったから感じたことがない経験だ。
恋をしてしまったら、友達って関係じゃ満足できなくて、付き合って恋人になりたいって――
「ん?」
何か言った?聞き間違いかもしれないから、もう一度しっかり聞き直さないと。
「友達になるくらいなら、私と付き合ってください」
真剣な咲花さんの表情は冗談を言っている顔には見えなかった。その綺麗な顔で真剣に言われて断る人がいるんだろうか?そんな咲花さんを振ってしまう人がいたら、私は咲花さんの味方になって、全力で倒してやろうではないか。いや暴力はよくないから1on1で勝つ。これって相手がバスケ経験者でなくても通用するのかな?
って私は経験者だし、告白を受けているのは私だから勝負できちゃう。
そんなバカな考えを浮かべている間も、咲花さんは私から視線を外さずに真剣に見つめてくる。さっきまで全然顔を上げてくれなかったのに。今だけじゃない、学校であいさつは無視するし、教室でせっかく対面した時だって私を置いていったのに。どうしてこんな時だけそんな顔をしてくるんだろう。
それくらい真剣なんだ。そう思ったら今までの行動理由が違和感なく合致してしまった。
「…はい」
私は私を頭の中で【自分】対【自分】の決闘を実行した。苦戦するかと思ったら所詮頭の中だ。自分の弱点は自分がよく分かっているなんてよく言う。
咲花さんの整った顔で言う真剣な言葉を私は否定できる気がしない。私は自分をしっかりと倒しきり、むしろ反対する自分がいたのかも謎だけれど、この返事が今後どうなるのかもしっかりと考えられないまま、きっちり倒しきり、二つ返事で承諾してしまっていた。
―― 2話へ続く ――
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