凛と咲く花
彩女
第1話
入学式の時に見た第一印象は『美人がいる』だった。
校則に引っかからないのか、茶色がかった長い髪は、毛先がふわふわと胸元で泳いでいた。足がすらりと長くて、身長は高く見える。
テレビで見る芸能人ならまだしも、女の子を見てこんな事を思ったのは初めての経験。芸能人?モデル?物語の世界から出てきたのか。そんな頭の悪そうな感想だけれど、どこかのお嬢様が迷ってきょろきょろとしているような様子を見てまじまじと観察してしまった。
女子高といえ、ここまでレベルの高い子が混ざっているのを見ると来るべき学校を間違えたかもしれないと何度か確認をする。そもそも、私も彼女と同じ制服に袖を通しているのだから間違いないのだけれど、同じ制服を着ているとは思えない美しさだった。
年上に見えなくもないけれど、この日学校にいるのは新入生とその保護者達。一部の上級生もいるようだけれど、この時間に出入りしているから新入生か。
幼いころから髪を短くして伸ばしたことがなかった。生活の中心はバスケット。何故か同性からは黄色い歓声が起こるような日常にあてられてきた私とは正反対のタイプ。女の子らしい子に憧れを抱いていた。だから、どうしても自分と比べてしまうから、彼女だけじゃなく周りを見渡せばその子だけじゃない、女子高生らしくかわいい子が多い事に気が付いてやっぱり同じ制服を身に着けている事が恥ずかしくなってきた。今までジャージで過ごすことが多かったから、慣れるには少し時間がかかるのかもしれない。
「スラックスにすればよかったか…」
女の子だけが集まれば可愛い子が集まるのは自然な事なのかもしれない。それでも離れた場所にいる彼女だけは意識しないでも視界に入ってくる。
スポーツ推薦で進学するはずだった中学時代。私はもちろん、周りの友人もスポーツを続けていくだろうと信じて疑わなかった。
幼いころからバスケットに関わっている両親の影響でいつもボールを触れる環境にあって、疑問に思うわけもなくバスケをやっていた。朝早く起きて、クラブでも家でもその日の両親との会話はバスケの事。年齢なんて関係なしでスタメンレギュラーなのは当たり前で、親が監督だから
あっけなかった。もっと悲しくなるかと思っていたのに、ほっとしている自分がいた。原因は怪我。今まで幾度となく経験してきたけれど、引退の決定打となったそれは精神的に壊されそうな出来事と相まって、簡単に立ち直る事ができなかった。リハビリも上手く出来ず、治った今でも動かすのが少し怖くてサポーターが欠かせない。
下駄箱手前に張り出されていたクラス分けを確認して、案内板を頼りに教室に向かった。教室に着くと黒板に座席表が張り出されていたので確認をすると、分かりやすく五十音順らしい。
「(さっきの子はいないのか…)」
なんて、席に着いてから確認をしてしまった。自分の事をあまり知らなそうな学校を選んだはずだけれど、教室を見渡した時に何人か視線を感じ、大きなため息をつきそうになるのを飲み込んで視線を逸らした。
「(他校からも試合見に来ていた子いたもんなぁ)」
女の子は何故か異性が関わると裏表が激しかったり、豹変してしまう子が多くて、私はそれがとっても苦手、というか嫌いだった。知らない間に色恋沙汰の問題に組み込まれ、相関図で線を引かれ、思ってもいない感情の憶測を立てたり、当事者に関係なく悪い尾ひれがついていく。否定すればするほど周りは騒ぎ立てるし。
入学初日から嫌な事を考えてもしょうがない。この学校では平和にやっていきたいと、そう思っていたのに。一通り自己紹介などのオリエンテーションが終わって下校しようと立ち上がったタイミングでどっと自分に寄って来る人の気配でぞっとしてしまった。こういうのも懐かしさがあるけど、あまり得意な方ではない。
「
「そうだけど…もう引退してるよ?」
視線を感じていたのは自意識過剰なんかでなく、事実だった。いきなり囲まれた事に相変わらず上手く対応ができなかった自分に嫌気がさす。こういう状態になったとき、上手く回避するのが下手な私を現役の時は後輩達がうまくカバーしてくれていたことを思い出した。
私の事はお構いなしに、集まったみんなでバスケの話で盛り上がっている。この隙に逃げ出してしまいたい。
「引退、もちろん知ってます!」
「髪が伸びていたから確信がもてなくて。長くてもかっこいいです!」
「いや、可愛いじゃない?」
「怪我をしたって聞いたから、心配しました」
「まさか同じ高校に通えるなんて」
スポーツ推薦の話が流れるかもしれないと感じた時から必死に受験勉強に励んでいた。運がよく推薦を勝ち取る事ができて入学することができた。だから筆記試験に行くことはなく、多くの生徒と顔を合わせる事がなかったから、この学校に入学するかもしれないという事は知られていなかったと思う。それでも、私の事を知っている人が少数でもいる。現役の時はバスケに集中して、外との交流を控え目立たないように細々とやっていたはずなのに、親のせいで専門雑誌のインタビューとか色々受けた影響がこうも響くとは。
本当はもっと遠くの学校に行きたかった。
ため息をつきそうになるのをぐっと堪えた。
「そんな事より、私達同じ歳だしさ。敬語やめない?」
私の言葉に全員が驚いた顔を浮かべ、すぐに全力で否定を始めた。それぞれがまた騒ぎ出し話始める。スポーツ漬けから解放された私の憧れの高校生活スタートは『普通』まで時間がかかりそう。
「とにかく、私は普通の友達になりたいだけだから。昔の事はナシでお願い」
納得いっていない雰囲気だけれど、しつこいくらいに念を押していかないと私自身が変われない。それにあの時の事を知っている人に会ったら台無しになってしまいかねないから。
「
なかなか納得してもらえないから、どうするべきかと会話に詰まっていたら後ろの席の子が誰かに話しかけている声が教室に響いた。まだ下校していなかったのか…と私を中心にできてしまった人だかりに迷惑がっているかもしれないから謝罪したい。確か、名前は飯島さん。黒い縁の眼鏡をかけた黒髪でおしゃれおさげが似合う。私がこんな髪型をしたら、ただのがり勉にしか見えないと思うけど、あっさりとそれを着こなしている。この子もなかなか美人さん。
謝ろうと振り向いて身体を向ける途中、廊下の方にちらりと見えた人影に視線を奪われた。
「急いで帰らないと」
さっきの美人さんだ。ひらひらと片手をこちらに、いや飯島さんに向けて手を振るとすぐに視界で捕らえられなくなってしまった。私をまとっていた嫌な空気が引いたような気がした。話題が一気に『咲花さん』に集中する。そりゃそうだ、視線を奪われるのは私だけじゃない。整った顔立ち、実は芸能人だモデルだと言われても驚かない。片やこちらは引退して1年以上経つ過去の人物で、ただのクラスメイト。
咲花さんに助けられたと思いさっと荷物をまとめて逃げるように席を離れた。飯島さんからあの子の話を聞いてみたいところではあるけれど、今はこの輪の中から抜け出したい。
「じゃあ、また明日ね」
歩き出すと名残惜しそうに声をかけられる。今日に限らず毎日顔を見ることになるクラスメイトなのだからそんなに悲しい顔をしなくても。普通に接してほしい。すぐに興味が移り変わるミーハーなだけじゃないのかな、という思いは心に閉まって教室を出た。
実際私が怪我から引退が決定するまで、少しの期間があった。その間にすぐに次のスター選手を注目する人が多かったのも知っている。それをあざ笑っている元チームメイトがいたのも知っている。
もしかしたら追いかけてくる子がいるかもと思い早歩きをしていたら、下駄箱まで思いのほか早く到着した。
「(なんだか私が咲花さんを追いかけてるみたい)」
また見かけるかも、と期待したけれどその姿は確認できなかった。
追い付いた所で話かける勇気、あの子達みたいにはできない。知らない相手に一方的に知られていて、突然話しかけられたら驚くだろう。
今までそれを沢山やられた私が同じ事をしてしまうのはよくないよね。でも、私に話しかけてくる子達と違って咲花さんの事を私は全く知らないから当てはまらないのだろうか?そうじゃないと友達なんて作れないよね。接点もないのに私はちゃっかり友達になろうとしていた。
靴を取り出して、履き替える。脱いだ上履きを下駄箱の中に入れようとした所で視線を感じてぎょっとした。
「あっ――」
思わず声が漏れてしまった。咲花さんの事を一方的に頭に思い浮かべていたのは相手にわかるはずがないけれど、見られていたと思うと恥ずかしさで、かっと顔が熱くなった。
ふいに合った目線はいつ外せばいいんだろう、長い時間無言で見つめ合ってしまった。
今ここに到着したみたいだけれど、私はいつ何処で追い抜かしていたのだろう。さっき私が通って来た廊下の角からちょうど出てきた所か、驚かせてしまったようで私と同じく目が合ったまま硬直している。ここは先に声を発してしまった私が頑張って声をかけるべきかもしれない。
「こ、こんにちは…」
じっと見つめ合った後にやっと出てきた言葉はただのあいさつ、しかも言葉に詰まって自然と言えていない。私の気のせいでなければ、咲花さんは2歩ほど後ずさりしているように見えたからただ驚かせてしまっただけか。
返答を待ってみたけれどその後も特に反応はなく、軽くお互いに会釈をして無言の別れを告げ、咲花さんは急いで靴を履き替え校舎を出て行った。私はその後ろ姿を見送り、下駄箱に両手を付き大きなため息をついた。
クラスも別だし、仲良くなる可能性がないようなタイプだから諦めよう。友達になれなくなってもダメージはないけど、変な人という印象は持たれていませんように。
新入生で1番の美人かもしれない咲花さんに自分の変な印象を植え付け1日目が終わりを迎え帰路につく私の足取りは、過酷なトレーニングで身体をイジメた時よりも重く感じた。
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