神様と私

中山吾乎(なかやまあお)

神様と私

 ある日、学校のクラスメートと賭けをした。「神は存在するか?」という賭けだ。賭けごとといっても、高校生がやることだからせいぜい大人の真似ごとにすぎない。だから、賭けるのはせいぜい自販機の缶ジュース一本分だ。

 きっかけは、この日の物理の授業だった。いつものようにつまらない授業だったが、与太話が面白くて耳を傾けてしまう。この日の与太話にはスティーブン・ホーキングの話題が出た。彼が言うところによると「神は存在しない、宇宙ができたのもすべて偶然」とかなんとか。授業が終わった後も友達とこのことについて話し合った。神はいるのか、いないのか。話し合ったところで答えが出るわけもなく、結局いつものように賭けをすることになったというわけだ。

 一日を終えベッドに入り、考える。そもそも神がいるかどうかなんて証明できないのだから、この賭けに意味はない。自分自身無宗教だし、神様が存在するという意識を持ったことも無かった。「神の姿やその奇跡を目の当たりにした」という人の話は聞いたことがあるが、そういった奇跡などを信じているわけでもないし、どちらにしろ「神の存在」というものは自分の人生に関係のないことだよな、などと思考を巡らせているうちに、ちょうどよく眠気がやってきた。


 気づけばそこは一面の白色だった。視線の先には灰色のぼやけた線が横にまっすぐ広がっている。地平線だろうか。その手前に長い黒髪の女子高生が立っていた。いや女子高生ではないのかもしれないが、日本の学生服のようなセーラー服を身にまとっているのでそう判断した。こちらに気づいたようで彼女が振り返った。美人、というよりは整った端正な顔立ちであった。

 しばしの沈黙ののち。こちらから声をかけてみることにした。

「あなたは、誰?」

 「彼女」はよどみない口調で、はっきりと答えた。

「私は、君たちが言うところの『神』だよ」

 少年特有の透明さと壮年特有の落ち着きを持つ、美しい声だ。

再びの沈黙が訪れた。普通の人間なら狂ってるとしか思えない発言を何の迷いもなく堂々とかますあたり、ある意味こいつは本物の「神」なのかもしれない。シラフの自分ならそう思っただろうが、今の自分にはすんなりと受け入れられ、きわめて自然な応答を返した。

「それなら証拠を見せてみろよ」

 「神」は一瞬のゆらぎも見せることなく、ゆっくりと、明瞭な声で言う。

「そうだな。まず神というのは単一の存在ではない。一神教も多神教もひとしく正しい。なぜなら神は全であり、一でもあるからだ。証拠になるかはわからないが、君にひとつ業(わざ)を見せてあげよう」

 そう言うと「神」の姿が一瞬消え、まばたきしないうちに髭を生やした老人の姿へと変えていた。まるでファンタジー映画に登場する、見事な髭をたくわえた魔法使いのような外見だ。

「どうだ、これで少しは信じられたかな?」

 今度は一転、人生の年輪の深さを感じさせる渋く深みのある声色だ。

「いや、こう言ったほうがいいかな。『これで、わしのことは信じてもらえたじゃろ?』」

 確かに、この姿の方が「神」のイメージに近いだろう。だが、信じられないわけではないものの、いまひとつ腑に落ちない。あらためて問うてみる。

「あんたは少女なのか、それとも爺さんなのか?一体どれが正体なんだ?」

 一拍の間をおいて、「神」は答える。

「君は『神』が特定の形を持ったものだと思っているのか?」

 そう言って「神」は、犬に変化した。間を置かず、果物や木、魚、果てには球体へと、次々にその外見を変化させていき、最後に少女の姿に戻った。

「私はどんな姿にもなれるし、どんな存在でもあるんだよ」

「つまり、俺たちが思う神の姿ってのは、それぞれの解釈にすぎない」

「そういうこと」

 そういえば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教。それぞれ信仰対象となる神は同じなんだっけか。そう考えると妙に説得力がある。だが話を聞いても疑問はなくなるどころか増すばかりだ。

「じゃあ、多神教の神も全部あんたなのか」

「ま、だいたいそんなとこだねえ」

 神のくせに曖昧な表現が出てきて、また首をかしげる。

「いや、だいたいって。じゃああんた以外の神もいるのか」

「そうともいえるし、そうでないともいえる」

 神のくせに責任をはぐらかすような回答をするのはいかがなものだろうか。でも案外神というのはふわふわした存在なのかもしれない。

 俺は一番聞きたかったことを問うてみた。

「なんであなたは、俺の前に現れたんだ」

 相変わらず「神」は、間髪入れず、しかし適度な間を置いたあとにはっきりと答える。

「君が神の話をしていたからだよ」

 そうだ。ここで言われるまで、神の存在をめぐって賭け事をしたということをすっかり忘れていた。

「俺は賭けに勝ったんだな」

独りつぶやいた。

「何か言ったか?」

どこか釈然としない反応が返ってきた。しかしなんで、

「しかしなんで、俺の前に現れたんだ?神の姿を求めてるやつなんてたくさんいるだろ」

「端的に言えば、気まぐれ、ってやつだよ」

 気まぐれ。そんな理由で。

「監督が映画本編に出しゃばってもつまらないだけだろう?」

 そんな理由でこいつは、顕現したり奇跡を起こしたりしているのか。そしてカメオでの共演者のひとりに、俺を選んでくれたのか。なら、こちらもその気持ちに応えたい。

「じゃあ俺にも、ひとつ気まぐれを言わせてもらっていいですか」

 普通なら口に出せないような言の葉だが、今なら言える。 

「僕の彼女になってもらえますか?」

 「彼女」は貫くような視線で俺の目を見る。安堵の表情とともに目を閉じ、ゆっくりとほほ笑む。


 ここで記憶は途切れている。気が付くと俺は、けたたましい騒音をまき散らす目覚まし時計に手を伸ばしていた。賭けのことなんかどうでもよかった。彼女の慈悲に満ちた笑顔、そして、どこからともなく感じられる安心感だけが、ただ心の中に残っていた。

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