ヴァレンヌ逃亡事件とは、フランス革命の最中にルイ16世と王妃マリー・アントワネットの一家がパリを脱出し、オーストリアへ逃亡しようとするもヴァレンヌで捕まってしまったという18世紀末に実際に起きた事件。
本作はそのルイ16世一家が捕まったのではなく見事に逃げおおせた世界を描いている。現実とは違うありえたかもしれない架空の歴史、まさにSFらしい題材だ。
しかし、本作のありえ方は一味違う。だってルイ16世が逃亡に使った馬に超蒸気機関を取り付けて、パリどころか太陽系から逃げ出しちゃうんだもの……。
宇宙には酸素がない、馬が光速を超えられるはずない、そもそも馬車は宇宙にはいけない。そんな科学的な問題を全て「気合が入っていたから大丈夫」で片付けるおそろしきストロングスタイル。そうしてケプラー138eに無事辿り着いたルイ御一行が第二のフランスを樹立するという壮大な与太話にげらげら笑っていると、突然読者に刃を突き付けてくる予想外のラスト。
SFというジャンルの魅力は色々ありますが、個人的には、「とことん大風呂敷を広げてみせる」部分こそがSFの醍醐味だと思います。そして本作は決して長くない分量の中にセンスオブワンダーをみっちみちに詰め込んだ怪作。少し変わった小説が読みたいという人にはまちがいなくオススメな一作です。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)