第18話 やってることはほぼ犯罪者

 *


「大丈夫。こっち」

「は、はい」


 本来なら徒歩で二時間もかからない距離でも、そこら中にゾンビが徘徊しているとなると話は別。迂回を繰り返して、接敵を避ける必要がある。所要時間は倍、いや、三倍はかかると見込んでもいい。それでも、どうしても戦闘が避けられない場合もある。その時は……やるしかない


「……あそこのゾンビは一体しかいないし、ここを通らないとまた回り道することになるから、倒そうか」

「わ、分かりました」


 クロスボウを構えて、照準を合わせる。距離は一二、一三メートルってところか。ゾンビはまだこちらに気付いていない。まあ、ギリギリ射程範囲内かな。


 ヒュンッ

 カンッ


「…………」

「あっ……」


 両者の間で、沈黙が発生する。

 は、外した。初めて人前で射撃する緊張感からか、手元が狂ってしまった。あんなドヤ顔で撃っておいて、恥ずかしっ。


「…………」


 顔に血液が集まっていく感触がある。無言で矢を装填し直して、再び狙いを定める。


 ヒュンッ

 バタッ


「あ、当たりましたね」

「……うん」


 さすがに、二度も外したら面目が経たない。二本の矢を回収して、先に進む。頼りない下手くそだと思われたらどうしよう、なんて呑気なことを考えながら、私たちはショッピングモールへと徐々に距離を縮めて行った。


 *


「あそこ、かな」

「で、ですね。間違いないと思います」


 数百メートル先に、巨大な建築物が見えた。数時間の移動の末、太陽が真上に上がり切る前には大型ショッピングモール「オゾン」へと到着することができた。


「ゾンビは……いないか」


 大体のゾンビ映画ではショッピングモール前っていうのは大量のゾンビ軍団が押し寄せているけど、見た限りでは姿は見えない。つまり、ショッピングモール内も無人、ということだろうか。


「紅葉ちゃんはゾンビの生態について、どこまで知ってる?」

「ゾンビの生態……ですか? えっと、一応コミュニティの人たちから教えてもらったぐらいは」

「あいつらって、どうやって人間を探知しているか分かる? 匂いとか、音とか」

「私たちの間では……直接、姿を見られるのが一番ダメだって言われてます。でも、大きな音や血の匂いにも寄ってくる性質があるみたいで……詳しいことはまだ分からないです」


 やっぱり、大体どこも同じ情報量か。

 あいつらがなんで突然現れるのか、どうやって人間を探知しているのかは依然として不明。つまり、今この場にいなくても、不意に大量発生する可能性もある。


「慎重に、行こうか。中にもゾンビがいるかもしれないし、あまりにも対処できない数だったら、の時点で引き返そう」

「は、はい。分かりました」


 最悪なのは――表から見えないショッピングモール内がゾンビの巣になっているパターンだ。屋内だとゾンビの脅威度が跳ね上がるのは嫌というほど体験している。常に撤退の二文字は意識した方がいいだろう。


「とりあえず、入口を探してみようか」

「ですね」


 紅葉ちゃんと共に、ショッピングモールの出入り口を探す。しかし、正面口へと回った時点で、ある異変に気が付いた。


「……これ、閉まってる?」

「そう……ですね。多分」


 外周をぐるりと回るように歩いていると、正面口だと思われるゲートを発見した。しかし、そこは閉鎖されているようで、二メートル近いフェンスが門番のように立ち塞がっていた。


「入れますかね。ここから」

「無理かな。他の場所を探そうか」


 正面からの侵入は不可能だと判断し、更に外周を沿って入れそうな場所を探す。すると、駐車場の辺りで、一・五メートルほどに柵が下がっている場所を発見した。


「ここなら乗り越えられそうかな。行こうか」

「は、はい!」


 二人で柵をよじ登り、敷地内に侵入する。何か、泥棒にでもなった気分だ。やろうとしていることは完全にそれに近いけど。

 無事に着地し、周囲を警戒する。ゾンビの姿は――ない。ここまで静かだと、逆に不気味なくらいだ。


「大丈夫?」

「え、えぇ。も、もうちょっと……」


 ふと紅葉ちゃんの方を確認すると、柵を乗り越えるのに苦労していた。あまりに危なっかしいので、手を貸す。


「あ、ありがとうございます」

 にっこりと、紅葉ちゃんは笑みを見せて、感謝の念を伝える。

 あぁ、もう、可愛いな。こんちくしょうめ。おじちゃんおばちゃんが若者をやけに可愛がる理由が分かった気がする。何というか、全ての動作が愛くるしい。お小遣いをあげたくなる。


「私が前方を見張るから、紅葉ちゃんは後方をお願い。何かあったらすぐに伝えて」

「分かりました!」


 背中を紅葉ちゃんに任せて、ショッピングモ―ルへと歩みを進める。しかし、特に異変が起きることもなく、無事に建物の裏口らしき扉へと到着した。だが、そこで予想外の事態が発生した。


「……鍵、かかってる」

「え? 本当ですか?」


 侵入をしようとした裏口には鍵がかけられており、開く気配がない。別の場所を探すしかないか。

 それから二人でしばらくの間、モールの外周の出入り口を確認したが――全ての扉は施錠されていた。


「どこも……閉まってますね」


 紅葉ちゃんの表情には影が見え始めていた。当然だ。目の前には大量の物資の宝箱が見えているというのに、肝心の入口が開かないというのは何とももどかしい。仕方ない。あんまり紅葉ちゃんには見せたくなかったけど……アレをやるか。


「待ってて。開くか試してみる」

「え? どうするんですか?」

「まあ、ちょっとね」


 私はポケットから針金を取り出して、鍵穴に突き刺して構造を探る。

「え、それって……」


 そう、これは俗に言うところの開錠ピッキングというやつだ。なぜ、私がこんな芸当ができるのかというと……例の如く、父の書斎にあった本で勉強した。

 いや、本当になんでお父さん、こんな本持ってたの? というか、あの本も法律的にも絶対危なくない? ま、まあその本の知識が役に立ってるから、あんまり強いこと言えないけど。

 さて、無事に開けられるかな。一応、暇つぶしに練習して、家の鍵くらいは簡単に開けられるようになったけど……これはどうだろう。うーん、なるほど。これが、ここで、こうなってっと。


 カチッ


「あっ、開いた」

「えっ⁉」


 どうやら、そこまで複雑な構造でもなかったらしい。特に苦労することもなく、鍵開けに成功した。

 でも……これはあんまり紅葉ちゃんに見せたくなかったな。これじゃ、本物の泥棒と同じだ。ちらりと、後方に振り返り、彼女の顔色を確認する。


「すごいです! 赤羽さん!」


 紅葉ちゃんは――目を輝かせて、私に尊敬の念でも送っているような表情でこちらを見ていた。

 え……普通はちょっと引くと思うんだけど……この子、もしかして、ちょっと天然なのかな。まあ、私もあんまり人のことは言えない性格してるけど。


「じゃ、じゃあ……行こうか」

「はい!」

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