第3話 籠城開始、時々DJ

 それから数日、数週間、数か月経っても騒動が収まることも、父から連絡が来ることもなく、ただ時は過ぎていった。そして、二〇二三年秋、三年近くが経過しても、まだ外には死体が彷徨い、事態が解決した兆しは見られない。

 ここ二年は外部から情報を得られていないから確証は持てないけど、この惨状は世界中どこも同じだと思う。つまり、人類は窮地に立たされている。あの憎たらしい腐った死体どもは見事に人類を絶滅寸前にまで追い込むことに成功したってわけ。


 なぜ、殺戮兵器が星の数ほどあるのに、ただの死体にここまで手こずっているのか。それに関しては……まあ、方向性の違いというやつだと思う。要するに、銃や爆弾なんてものは人間を殺すために作られた武器で、ゾンビには向いてなかったってこと。

 ただ人間を相手にするだけなら、土手っ腹に一発でも鉛玉をぶち込んだり、化学兵器の毒ガスを散布すればいい。でも、相手がゾンビだとしたら?

あいつらの胴体にはいくら撃ち込んでも、その歩みを止めることはできないし、毒なんて効かない。そうなると、頭を破壊するしかないわけだけど、二十センチしかない目標の、更に内側の直径十センチほどの脳幹を何百、何千、何万、何十万、何百万、何千万、何億も――的確に撃つなんて、不可能だ。

ゾンビの一番の武器はその牙や爪じゃなく、暴力的で圧倒的な数にある。どれだけの弾薬を揃えても、膨大な肉壁の前では絶対に押し切られる。つまり、銃で掃討するのは不可能ってわけ。じゃあ爆弾でもミサイルでも使ってまとめてぶっ殺せばいいじゃんとは私も思ったけど、その作戦にも穴がある。


 ゾンビは集団行動する生物じゃない。生餌を使えばある程度は集められるけど、それでも限度がある。爆弾で粉々にできるのはあくまで氷山の一角どころか、欠片程度しか削れない。各所に分散している小規模の群れを潰すのにわざわざ何トンもする爆薬を使っていたら。地球の方が更地になっちゃう。もしゾンビを根絶することに成功しても、人間の住処なんてものは残ってない。待っているのは緩やかな死だ。

 まあ、一番の要因はこの地球上でまともに動ける軍隊は多分残されていないってことにあると思うけど。え? どういう意味かって? 言葉通りだよ。だって、ゾンビと本格的に戦う前に、もうボロボロになっちゃったんだもん。意味分かんないって? もう、鈍いなぁ。


 だから核戦争したんだよ。世界中、あちこちの都市で核が落とされて、もう国家なんて概念は崩壊したの。


 先に核を落としたのは名前を出すまでもなく、あの二大大国だ。最初は隣接するその二国の争いだったんだけど、いつの間にか中東の国々も加わって、ついにはニューヨークが標的にされて……原因は分かってる。ここでも混乱パニックが起きたってこと。お偉いさんが疑心暗鬼になったせいで、核弾頭で多少のゾンビと大勢の一般市民が吹き飛んだ。

 幸い、日本に三度目の核が落ちたとは聞いていないけど、それもどうだか。今の私には確認する術はない。

 ってなわけで、私の考察だと、初動でこのZ-ウイルスを止められなかった時点で、人類に勝ち目はありませーん。特効薬のワクチンでも開発しない限り、徐々に人員と物資を削られて、いつの間にか詰んでる状態でーす。


 ――あぁ、もう。考えれば考えるほど、嫌になる。くそったれが。それで、どこまで思い出したっけ。あぁ、そうだ。私がこの家に籠城すると決めたところで、逸れたんだったか。


 籠城生活一日目。まず、家中の窓と扉を塞ぐことから始めた。理由は単純、ゾンビの侵入経路を塞ぐのと〝匂い〟を外に漏らさないためだ。騒動初期、というか厳密には今でもそうなんだけど……あの死体どもがどうやって人間を探知しているのか、その原理はよくわかっていない。

 多分、視覚にはそこまで頼っておらず、異常に発達した嗅覚と聴覚の総合的な情報によって、襲ってくるってのが主流の説だ。だから、外に人間わたしの匂いが漏れたら、大量のゾンビ軍団が押し寄せてくる可能性がある。そのため、最低限の換気ができる以外は扉と窓にダクトテープを貼りまくった。


 次に、水と食糧の確認。地下室いっぱいにあったその物資の合計は……五年間、私一人が生活するには困らないほどの量だった。でも、それはあくまで目安。缶によっては消費期限が年単位で違うし、エネルギー摂取量も変わってくる。

 そこで、物資の仕分けと計算をする必要があった、まあ、この計算は後々、いくつも欠陥ボロが出てくることになるんだけど。


 ただ、唯一の不満は……私の好物のカレーの缶詰が少なかったことだ。いや、本当に贅沢な悩みだってことは分かってる。そもそも、辛いものってのは水分も摂取するようになるから、この手の災害時には向かないってことも。残されたカレーの材料は一年以内に消費しないといけないルー四箱に、各種スパイス五本、カレー缶詰十個だった。え? それは今残ってるのかって? 三年も経ったら一個も残ってないに決まってるじゃん。私はケーキの苺は初めに食べるタイプなの。


 籠城して二週間か、三週間ぐらい経った頃だったかな。その頃にはもう電気も水道も完全に使えなくなった。インターネットもサーバーに繋がらなくなって、外部から情報を得ることができなくなった。でも……ただ一つだけ、生きている情報源ライフラインがあった。それが“〝無線〟だ。

 どうやら、どこかの無線オタクが籠城中に自前の設備を使って、毎日お昼の時間に世界中の電波を拾って仕入れた情報をあるチャンネルを使ってラジオ形式で流していた。この周波数を偶然、防災ラジオでキャッチできたのは幸運だった。海外で起こった核戦争も、ゾンビに関する情報も、彼から得たものだ。


 正直……彼の放送にはすごく助けられた。そりゃ、知識的な意味でもそうだけど、一番は外部との繋がりがまだ残されているという安心感だ。孤独っていうのは本当に精神に来る。いくら餓死する心配はないって言っても、二四時間、閉鎖空間で監禁されている状況だったらまた話は違ってくる。

しかも、外には人喰いゾンビ共が溢れて、今も私を狙っているかもしれない。

 最初の数か月は本当に……自殺すら考えた。でも、結局慣れちゃったんだから、人間の適応力ってすごいなとは思うけど。

 その無線オタクは自分のことを「DJ飯田」と名乗っていた。年齢は四六歳。昔から、アマチュア無線を趣味にしていたようで、その縁からラジオ局に勤めていたらしい。どうやら、孤独を感じていたのは彼も同じようで、何も情報がなかった時は自らの身の上話をよくしていた。

 アマチュア無線のどこがいいのかとか、昔、お見合いをしていたけど三十回連続でフラれてから結婚を諦めたとか、子どもの頃に好きだった特撮の話とか……今、思うと本当にくだらない話も多かったけど、不思議と私はその話を聞き入っていた。いつの間にか、私は自分より二回り以上も上のオッサンDJのファンになっていた。


 でも、その放送も、終わりが訪れる。籠城を開始して季節が一周し、一年が経とうとしていた頃――唐突に、DJ飯田のラジオは途絶えた。


 理由に関しては何も分からない。機材の故障か、それとも食糧が尽きたのか、はたまたゾンビに噛まれたのか。いずれにしても、不測の事態があったことは間違いない。そして、それと同時期に、私の方にも問題が発生した。


 その問題とは……水不足だ。

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