吸血鬼でも夜は眠るⅢ

「おいガキども。その辺にしておけ。明日は早い、もう寝るぞ」

「はーい!」「わ、分かりました!」

 ひとしきり暴れたら疲れて眠くなってきた。

「ミナの部屋はまだ準備出来てないから今日は…ウルカの布団に入れてもらってくれ」

「え!マジで!?」

「ふぇ、あ、私床でも良いですけど…」

「却下だ。せめて人間らしい生活を心がけろ」

「じゃあ、私は先に寝る。おやすみ」

「おやすみなさーい」「おやすみなさい」

「あぁあと、顔、洗って寝ろよ。お前ら本当に酷い顔だ」

 うへーやっぱり。

 ミナまた赤くなってる、可愛いなぁ。



 §



 そんなこんなで、顔洗って歯磨いて、楽しい楽しいおやすみタイムだ!

「さ、おいで。お嬢ちゃん」

 私の1人用ベッドに寝転んでミナの場所を開けて誘ってみる。

「あの、ウルカ、やっぱり私床で」

「だーーーめ!」

「ひゃ!」

 ミナの手を掴んで無理やり布団に引き摺り込んだ。

 ベッドは狭くていつもより温かかった。

 ミナの後頭部が顔の目の前にきたので、サラサラの銀糸を撫でてみる。

 抜群の触り心地である。それに良い匂いもする。

 ミナは嫌がるかなぁとか思ったけど、存外に何も言ってこなかった。

「——ウルカ」

 ミナがそっぽを向きながら話してきた。

「なに?」

「…どうして、私にそんなに優しくしてくれるんですか?今日、会ったばかりの私に」

「えっと、さっき言った通り…」

「あのそうじゃ無くて…」

 ミナが突然くるっと寝返ってこちらを見た。目が合う。顔が近い。

 ミナの頬には確かに朱がさしていた。

「ウルカは…誰にでも、こんなに優しいのですか?」

「ミナ…」

 誰にでも。いや、違うだろう。

 私はそんなにできた人間じゃない。

 多分私は、ミナを気に入っているのだろう。

 会ってすぐに、この娘を大切にしたいと思うほどに。

 なぜ?うーんなんだろう。

 ミナはなんて言葉が欲しいんだろう。

 あぁそうだ!

「私はね、たぶん妹が欲しかったんだ。わたし先生のたった1人の弟子だから、先生にいっぱい甘やかされてきた。だから私も、妹みたいな誰かを、いっぱい甘やかしたかったんだ」

 ミナは一瞬驚いたような表情を見せた。

「妹…」

「ミナのお姉さんはもう居ないかもしれない。だから私がその代わりにいっぱいミナを可愛がってあげる。だからミナもいっぱい甘えて欲しいんだ」

「そう、なんですね」

 そう、多分私はそう思っていると思う。

 ミナはまたクルッと寝返った。

 あれ、お気に召さなかったかな?

「おやすみなさい、ウルカ」

「あれ?もう寝ちゃうの?私まだぴんぴんしてるよ!ほら、お姉ちゃんとさっきの続き、しちゃいますぅ?」

「疲れたのでやめてください、眠いです」

「えーていうか、吸血鬼って夜行性じゃないの?ねーえ」


「お前ら!早く寝ろぉ!!」

 扉越しに先生に怒鳴られた。

「ちぇ、じゃあ、おやすみ。ミナ」

「おやすみ…お姉ちゃん」

「え!?今お姉ちゃんって」

「言ってないです」



 そんなこんなで夜は更けて行った。

 いつのまにかミナは眠っていた。

 カーテンが風で揺れるたびに、床にできた月光の水たまりがゆらゆらと波打っていた。

 穏やかだなぁ、そう思った。

「———おねえちゃん——」

 ミナの声が聞こえた。

 どうしたのって聞き返しても返事がない。寝言だったようだ。

 ミナの姉。

 ミナが血を吸った唯一の存在。

 ミナの、最愛の人。

 何か急にムカムカしてきた。

 なんだろうこの感じは。

 私は、ミナの、何になれるのかな…。


 私はなんとなく、ミナを起こさないようにゆっくりと腕を回して、その華奢な背中を抱き止めた。

 結構収まりがいい。

 これじゃまるで私が妹みたいじゃないか。

 まぁ、それも、悪くないかな…。



 §



「適当に座って。いつものでいいかな?」

 リーさんはそう言って立ち上がった。

 歩くたびに古い木材の床はギシギシと音を立てた。鶯張りというやつかもしれない。


 私は小さな丸椅子に腰掛けて、彼女が紅茶を入れるのを見ていた。

 ストーブの上で温められたお湯をマグカップに注いでティーバッグを入れたシンプルなやつ。高価な紅茶より私はなぜだかこっちの方が好きだった。


 テーブルに置かれたマグカップからは良い香りのする湯気が立ち昇っていた。

 リーさんも近くの丸椅子に腰掛けた。

「いつもありがとうございます」

「良いってことよ。それで、私に何か用があるみたいね」

「そう、見えますか?」

「うん」

「今日、ミナっていう娘がうちに来たんです」

「うん、知ってる」

「あぁそうでしたね。リーさんは全部知ってるんでしたか」

「もちろん。まぁ先生も突拍子もないこと考えるわよね。それで?彼女に対しての身の振り方がいまいちピンときてないって感じか」

「はい」


 リーさんはまだ薄いであろう紅茶に口をつけた。

「別になんでも良いんじゃないかな」

「もう、それじゃ参考になりませんよ」

「姉だろうが、妹だろうが、なんだって良いのよ。そういうのはその人との関係性を分かりやすくするために、型にはめ込んでいるに過ぎない。重要なのは型じゃ無くて中身でしょ。ミナに対してどう思うの?ウルカは」

「どう…。うーん、可愛い」

「もうそれで良いんじゃない?」

「よくないでしょ…」

「良いのよなんだって。言ってたじゃない?時間はたっぷりあるって。ゆっくりとその感情を育てていけば良いのよ」

「そういうものなんでしょうか」

「そういうものよ」

「リーさんもそういう経験あったり?」

「あー…まぁ、あったりなかったり…」

「教えてくれないですね。私は言ったのに…」

「それはまぁ…今はその時じゃないってかんじかなぁ」

「先生みたいなこと言うんですね」

「まぁいずれね」


「さぁ紅茶、もう良いんじゃないかしら」

「はい、では失礼して」

 マグカップを口につけると芳醇な茶葉の香りが鼻を抜けた。

「安物だけどやっぱこれよね」

「同感ですね」


 紅茶を啜っていると途端に眠気が訪れた。

 私の目がトロンとしてきたのにリーさんは気づいたみたい。

「ありゃ、もうこんな時間か」

「みたいです」

「今日からは面白くなるわね」

「はい、きっと」

「それじゃあまたいつか。あと、いつも通り私のことは先生に内緒ね」

「分かってますって、じゃあまた」


 私は立ち上がって、玄関のドアを開けた。



 §



 ——ウルカ。

 —————ウルカ。

 私を呼ぶ声が、聞こえる。

「ウルカ、もう朝です。先生ももう起きてますよ」

 うーん、まだ、もうちょっと…。

「全く。……起きてください、

 突如完全覚醒して、飛び起きた。

「今お姉ちゃんって!」

「言ってないです」

「ぜったい!」

「言ってないです。改めて、今日からよろしくお願いしますね、ウルカ」

 ミナの笑顔は朝日に照らされていっそう輝いて見えた。


 今日はいい日だ、多分!


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