吸血鬼でも夜は眠るⅡ
話しを終えたミナは空になったマグカップをコトリと置いた。
「——ミナ、辛い記憶を話してくれてありがとう。正直言って、君がこの話を今してくれたのはとても意外だった」
「私としてもなるべく早く話しておきたかったので」
ミナの話し方は心なしか、未だ淡々としているようだった。
「ミナ…」
かける言葉が思いつかない。何か、何か引っかかる。
「ウルカ。手、握っていてくれて有難うございます」
ミナがすっと手を引いて、私の手が空を掴んだ。
「——ミナ?」
「今お話した通り私は、たくさんの人間を殺めた残虐なバケモノです。ここにいるべきではありません。ご厚意に添えずすみません」
「ちょっと何言って」
「私、今日色々な人にあって話しました。先生やウルカ、町の人達。皆んな皆んな優しくて、本当に、ここで、この人達と暮らせていたら、私は、こんなにならなくて済んだんじゃないかって」
ミナの瞳から涙が浮かぶ。
「私は、皆さんとは住む世界が違います。こんな暖かな陽だまりでは暮らせないのです。私は影に潜み血を浴び啜る化け物なのですから」
ミナは笑顔だった。貼り付けたような偽りの笑顔。涙だけがポロポロと流れる。
痛々しかった。
「私、本当はこんなに涙もろくないんですよ。だって血も涙もない化け物だから。姉を手に掛けたあの夜に全て涸れたはずなんです。でもここへ来て人の心に触れて、忘れそうになるんです。私が化け物だってこと。出るはずのない涙が次から次から湧いて出てしまう」
「本当はもっとこの陽だまりで居たかった。皆んな優しいから、黙って自分を偽って居ればもっとこの場所に居られる思った。でもこれ以上ここにいれば戻れなくなる。自分の背負う罪を忘れてしまう。だから全て話しました」
「私は、ミナ・アンデルセンは決して、幸せになってはいけないから」
ミナはすっと立ち上がると、深々と頭を下げた。
絨毯に涙が溢れてシミを作った。
「だからどうかお願いです。私を突き放してください。ここは君の居場所ではないと言ってください。本当に夢のようなひと時でした。私はもう十分満足しました。だからお願いです。これ以上私に夢を見させないでください」
沈黙が部屋を満たした。
「何か、言ってください」
——本当に、手のかかる妹だ。
「——嫌」
「ウルカ、何を、言ってるんですか?」
「だから、嫌だって言ってるの」
「私の話、聞いてなかったんですか?私は…」
「話なんて聞いてないよ!ペラペラペラペラよくわかんないことばっかり!勝手に自分のこと決めつけて、責め立てて、傷つけて。そんで辛くなって泣いて!そんなん、大バカじゃん!!」
「——大バカ…」
「ミナの過去が如何だったとしても、私や先生が一緒に居ようって言ったのは今のミナに対してなんだよ!1人で戦わなくて良いって私ミナに言ったよね?もう忘れちゃったの?罪がどうとかバケモノとか、どうでも良いよそんなの!!」
「な、んでそんな…」
「なんで?教えてあげるよバカなミナに!私は!ミナがここに居たいって言ってくれて嬉しかった!ミナに勉強教えてもらえて嬉しかった!ミナと一緒に買い物行けて嬉しかった!ミナと一緒にご飯食べれて嬉しかった!ミナと今日、出会えてすっごく嬉しかったの!!!」
もう前が滲んで見えない。
「——ウルカ…わ、私…」
「ウルカも偶には良いことを言うじゃないか」
「先生まで…」
「ミナ、私も言おう。嫌だね。私は小心者の魔女なんでな、弟子が勝手に離反するのは許せないのだよ。それにお前の理論はめちゃくちゃだ。学会に出せば笑い物にされるだろうね。大体、誤情報を混ぜるのは御法度だ」
「嘘なんてそんな」
「シラを切っても無駄だ。私を誰だと思っている?指摘しようか?お前はただの1人も殺しちゃいない。血を吸った人間だって姉の1人だけだ」
「な、んで」
「昨日の夜、お前は30人を超える魔術士に囲まれるに至ってまでも、ただの1人も殺さなかった、いや殺せなかったの方が正しいな。随分臆病な化け物だな。普段からそうしていたのだろう?」
「それに、お前はまだまだ未成熟だ。確かに戦闘能力こそ並の吸血鬼の比ではないが、吸血によって力を蓄えた吸血鬼とは全く異なる強さだ。それこそ吸血鬼になりたてのまだ血の吸い方すら知ら赤子が暴れているようなものだなぁ」
「何より吸血鬼狩りは仲間が殺されたとあればもっと大ぴらに討伐作戦を企てるだろう。奴らの中でお前の優先度がさして高くなかったのは、被害の少ない取るに足らない吸血鬼だったからだ」
「中途までは全て本当のことを話そうとしたが、人も殺せず血も吸えない吸血鬼ではインパクトが足らないと思ったのだろう。単純だな。そんな取ってつけたような嘘で私を騙すことなぞできん」
ミナの姿勢が崩れて膝を着いた。
「大体お前は自分を買い被り過ぎだ。バケモノだバケモノだというが、お前が化け物なら私はなんだ?私は今年で125歳になる。数えきれない人間を戦争で殺した。本物の化け物に失礼なんじゃないか?あ?どうなんだ?」
「——ごめん、なさい…」
「うむ、分かればよろしい。化け物になりたきゃもっと努力しろ」
「—そうじゃないでしょ、先生」
「あれ、違ったか」
ミナに向き合って思いっきり抱きしめた。持てる精一杯の力で。
「ミナ。勝手に離れていくなんて許さない。ミナはもう私の家族なんだから。貴方の過去も未来も私が一緒に向き合ってあげる。だからもう一度言って。ここにいさせて欲しいって」
「…ウルカ…先生…。う、私。こんな私でも、一緒に、居ても、いいですかぁ…?」
「無論だ」
「だから良いって、いってんでしょーがぁああああっ」
私はミナの柔らかな両乳を揉みしだいた。
「うぅ…やめ、やめて、くだざぃ…」
「やめないわよバカ!」
ミナの顔は涙と鼻水とよだれでめちゃくちゃだったが、これ以上ないくらい幸せそうに見えた。
多分私の顔もそんなんだっただろう。
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