第2話 学寮長
生まれた時から体がデカかった。
母親が言うには周りの赤ん坊より一回りデカくて、すぐに乳をねだってよく泣いて、あっという間にデカくなったと思ったら今度は近所のガキんちょをいじめるに飽き足らず学校じゃガキ大将。男だろうが女だろうが構わずあだ名をつけてイタズラと喧嘩三昧。しまいにゃ上級生共と喧嘩して、それでも足りないと習っていた剣道で大人までしばき回す始末。少しでもその腐った性根治せるんならどこへなと行け。
「とか言われてよ、こんな掃き溜めみたいな学校に来たんや。」
俺の隣にいる男はずいぶんと喧嘩自慢らしい身の上話をしてくれた。
もしも普通の学校ならすぐにでも番長なり喧嘩の強い上級生なりに噛みついて一番になろうとする器の人間なのだろうが、ここじゃそうはいかなそうだ。
俺だって、喧嘩はそれなりにやってきた。相手をどつく事も蹴倒す事もぶん投げる事も得意だ。家はそこそこデカいヤクザの組もしてるし、将来はオヤジの鉄砲玉としてカチコミかける若い衆の頭になるって言われる位には肝だって据わってる。
自分は喧嘩の先にある命の取り合いすら厭わない世界でも生きてける人間だと思っていた。今この瞬間までは。
俺も、隣の男も、顔面に握りこぶし大のたんこぶ作って、もう茜色に染まりつつある空の下、臭っせぇゴミ山の上に倒れてる。
こんな状態で命の取り合い?喧嘩で最強?
今ここにいる二人にはこれっぽっちも威厳やら風格なんてなかった。
こうなる原因は丁度1時間前に遡る。
三重、青山とかいうド田舎の山ん中。
オヤジに「漢としての格、磨くんならこの学校や。」と言われ、喜び勇みやって来た細く険しい舗装されていない道を登った先にある山の上の学校。
それが今いる、ここ「日生学園」。
全寮制、厳格な規律、元予科練の訓練生が教師を務めているなんていうイカれた教育プログラムを敷き、「愛国者」を育てるための学校と言えばいいだろうか。
兎にも角にも、日本中の問題児という問題児が集まって指導され更生させる為の学校といった具合だ。だが、俺にとっちゃ武者修行にもってこいの場所に過ぎない。すぐにでも同級生のイキった奴らを締めて1年坊のアタマを張る所から始めてやろう。
これから今までより面白い喧嘩づくしの毎日が始まるようで高揚する気持ちを抑えられないまま門をくぐった。
そう、門をくぐり入学式が終わり、これから寮で部屋の整理を始める所だったんだ。
「お~い、一年。入学式終わったから寮の廊下集合。」
3年生と思しき男が入学式が終わったばかりの1年生を誘導し始めた。入学式に参加している保護者は校長とかお偉方の話をひとしきり聞いて帰らされているタイミングだったろうか。早速、寮の説明をしてもらった後から格付けが始まるなと思いながら周りの奴らと一緒に誘導に従う。
「おめぇ、どっから来たよ。」
「あ?名古屋じゃ、族のアタマしとる倉橋て知らんけ?」
「なぁ、あそこにおんの浪速の喧嘩屋?」
「俺ぁ空手5段、柔道4段の柴田言うんよ。」
移動する途中、皆それぞれの武勇伝を語り合い自己紹介している。
随分と元気があるのが多いようで思わず笑みがこぼれた。
そうこうしていたらあっという間に3つある寮のうちの一つ、「全力寮」と呼ばれる館の前に着いていた。
「これから寮の中で3人の学寮長と各室長に挨拶する。腹から声出せよ。」
は~い。と気だるげな返事を返す一年一同。
俺も同じだった。3年、学校トップの連中とこれから会うなら遠慮なしにどれ位強いか腕試ししねぇと失礼ってもんだ。
周りの奴等も同じ気持ちなんだろう、手を鳴らし首を鳴らして臨戦態勢を整え始め、面構えもギラギラさせて、すぐにでも爆発しそうなダイナマイトみたいに会う瞬間を待ち望んでいる。
この感じなら、この後すぐにでも3年と1年の乱戦が出来そうだな。
入学早々の大一番の気配に少し肩を鳴らした。
「気ィを付けェッ!!!」
だが寮に入るや否や、脳を揺らす怒号。いや掛け声が耳をぶち抜いてきた。
言わずとも分かる。俺を含めた1年が全員沈黙した。
「んだよこのバカみたいな声、頭沸いてんのか?」
なんていうヤツは誰もいない、全員何かを感じ取った。言葉には出来ない嫌な予感ってやつだろうか。
それもそうだろう、寮の中で待っていたのは全員見事なまでに一糸乱れぬ動きで体側に腕をピッタリと付け直立不動。こちらを殺意にも似た目線で見つめる男たちがいるのだから。
「学寮長ォ!!!新入生、総勢310名の移動完了しましたァッ!!」
再び爆音。俺たちを誘導した男が怒鳴り声のような報告をする。
それを聞き届けた学寮長と呼ばれる男が前に出る。
「よォしッ!!横一列に並ばせェいッ!!」
これを聞いた誘導係、上体を反らし反動をつけて。
「はァいッッッ!!!」
これまたデカい返事だった。
・・・さて、どう動くか。明らかに目の前のヤツらはどこかおかしい。
これから誘導係が俺らを整列させるのだろうが、素直に聞くほど俺たちは大人しい訳じゃない。だが、嫌な予感ってやつがずっと頭のどこかで警鐘を鳴らしてやがる。
「新入生ェ!!横一列に並べェッ!!!」
さぁ、ゴングはなった。誰が出る?
この時、既に俺の喧嘩っ気は引っ込み、静観を決め込んでしまっていた。
「誰に指図してんだよ、俺らぁ寮で部屋作るんだろ?」
集団の後ろから長髪をなびかせ、ポケットに手を突っ込んで3年を見下ろすように、いや実際タッパがデカいから上から見下ろしている挑戦者が一人、前へと歩み出た。
無論、天下の不良高校である日生学園の先輩方が許すはずがない。
ここからタイマン、格付けを決める一本勝負が始まる。
「おい、そこの。学寮長っつったっけ?なぁにが横一列に並べぇ!だよ。
バカみてぇな大声出してよ、本物のバカだからンなことしてんのか?」
売った。お手本の様な喧嘩のお誘い。
俺も周りも、この言葉を聞いた瞬間にはヤバい予感を無視して、いつでも飛び出せるように拳を作ってたと思う。
だが無駄だった。
無造作に、無警戒なまでに、ゆるやかな足取りで学寮長と呼ばれた男が前へ進み。
長髪新入生の前へ立った時。
ドン
と、低い打楽器を鳴らすみたいな重低音が長髪男の肋骨から奏でられた。
同時に長髪がグラリ。反射的にだろう、打たれた横腹を抑えようと手を伸ばす。
ドン
再度の一撃。同じ場所へ追撃が無慈悲に叩きつけられる。
おまけに頭が下がった長髪の毛をがっちりと掴んでの二撃目は逃げようもなく、体を大きく横へ、くの字にねじることしか出来ない強烈な痛打に見えた。
ドン ドン ドン ドン ドン
本当に楽器でも演奏しているのだろうか。三発目、四発目、五発目。何度も丁寧に拳が横腹へ叩き込まれている。
必死に長髪は足を踏ん張って逃げようとしているのだろう。
まるで水辺から這い出ようとする虫みたいに、腰を後ろへ突き出し、この打撃音とは比べられない猫パンチのような拳を必死に振り回してじたばたと暴れる。
それすら意に介さず、蚊に刺されたかの如く表情を変えずに。
ドン ドン ドン ドン ドン
無慈悲な音が響く。九発目には既に暴れる元気も無くし、完全に膝を曲げた長髪の毛を頭上へと引っ張り上げてサンドバッグみたく吊るした状態で十発目、十一発目を食らわせている。
あの長髪男が弱いのか。いや、コイツが単純に強いだけ。そうだろう。
肋骨へ攻撃すること自体、喧嘩じゃ珍しくもないが基本は頭を最初に打ち抜く。
意識が飛んだ時点で勝敗は決するし、何よりカッコいい。
だが、コイツはおかしい。筋肉の量もすさまじいのだろう。人間一人、それも身長が自分より高い人間の頭髪を掴み上げて周りに聞こえるぐらいの音を肋骨から響かせるなんて、人間ができる技じゃない。
その証拠に、さっきまでピリピリしたやる気に満ちていた周囲の空気が葬式みてぇに冷えきってる。まだ三割ほどニヤけ面でやり合いたそうにしているのもいるが、余程のバカじゃなけりゃ気づく、「アレ」は人間じゃない。
暴力の主は、十五発目を打ち込んでとうとうサンドバッグになってしまった長髪から手を離した。力無く倒れ伏す犠牲者を前に俺たちは圧倒的な差を見せつけられた。
「新入生、はよ並べや。」
間髪入れず、冷えた空気を更に凍てつかせるような学寮長の声。
少なくとも俺は真っ先に動いたと思う。こんな悪魔みたいなヤツの前にいたら幾つ命があっても足りない、全力で廊下の端まで走って気を付けの姿勢を取った。
周りの奴らの半分も俺と同じ考えだったのだろうか、気づくと横に同じ姿勢をとった人間の列が形成されていた。
だが、惨劇はまだ終わっちゃいない。
「おい、いつまで寝とんのや。」
再びの学寮長の声、しこたま拳をあばら骨に食らわせた長髪の前に屈みこんでいる。
嫌な予感はきっとこの時の事だったのだろう。
「折角や!ワッショイさせよかぁ!おい上村ァ!!」
整列していた男の一人が前へ向かい、長髪を子供でも抱き上げるようにひょいと肩に担ぎあげる。そして、学寮長が首を近くの便所へクイと向けると更に五人の男が列を出て上村と呼ばれた男の下へ向かい、便所へと歩き出す。
何が行われるのか想像は出来ないが、ロクな目に合わないという事だけは容易に理解できた。のだが、まだ列に並んでいない人間がチラホラ見られる。
あの惨劇を見てもまだプライドを捨てずに逃げない事は称賛したいが、殊この場では蛮勇でしかない。
「なんやお前ら、まだ並ばんのけ?」
死刑宣告。そう受け取れる一言。まだあの長髪よりはマシだ、ここで必死こいて走れば命だけは助かるだろうしな。
「学寮長、一つよろしいですか。」
命知らずが一人、前へ出た。さっきの長髪より背は低いが、それでも180cmはあろう眉毛の薄い、切れ目の男が物怖じすることなく学寮長へ近づく。
「指示は出した。聞こえんかったか?」
「指示は聞こえました。けど面と向かってまだ挨拶の一つも出来ていないので、この場でさせて頂きます。」
厚顔不遜にも、そいつは息を吸い込んで。
「斎藤孝明ですッッッ!!!よろしくお願いしまァす!!!!!」
廊下の端まで届く声で、カマしやがった。
面白いヤツ、そう感じた俺の目はそいつから目が離せなくなっていた。
「後にせぇや!!!!!」
バチィッ!!
挨拶の返答はグーパンと変わらない威力の平手だった。
「お前よそ見してんちゃうぞ!!」
あっ。まずい、横向きすぎた。
バチィッ!
さっき聞いたよりは小さめの破裂音が横っ面で炸裂して、俺の意識はぶっ飛んだ。
んで、今に至ると。
「・・・痛ってェ。なぁ、斎藤だっけか。体動きそうか?」
「あん位どうって事ないわ。動く。」
「・・・の割にはピクリともせんな。」
「しばくぞ、休んどるだけや。」
「ハハッ、そうか。」
どうやら、寝てる間にしこたま横腹やら足やら肩やらを蹴飛ばし殴られたみたいで、全身むち打ちになっている俺と、変わったヤツ「斎藤孝明」は地獄の学校生活の初日を迎える事になった。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「あの洗礼は凄いぞ、今の子達が聞いたら体罰どころか殺人沙汰だって騒ぎ出してもしょうがない仕打ちだったからな。」
老人はカラカラと笑いながら言う。
「すごいですね・・・。いや、父の言ってる内容が結構アバウトだからすごい新鮮で、体験したくない話だなってつくづく思います。下村さんの時も同じようなことをされたんですか?」
「いや、僕の頃は孝明さんが副学寮長になってたから結構優しかったよ。せいぜい、ワッショイ1時間やらされただけやったし。」
「ちなみにそのワッショイって確か晨行の時の前に体倒しながらハの字に足開いて、ず~っと床磨くってやつでしたっけ?」
「そうそう、んで横から先輩らの蹴りとか箒とかバチバチ体に当たってね。もし倒れようもんなら横やりの比にならん威力でボコボコにされて立てんようになんのよ。」
これは、本当に俺たちが今住んでいる世界であった話なのだろうか。
つくづくそう感じる、たった40と数年前の出来事。それがまるで、世界史の授業で聞いたスパルタクスの養成方法と変わらない過酷さであったなどと。
やはりこの世は不思議なものだと改めて実感させられる。
「よし、それじゃ次は・・・・・・。」
まだこの昔話は序章にすぎないようで、宮永さんは新しい話をし始めてくれた。
セミの声がまた遠くなっていく。
────────────────────────────────────
あとがき
実際のお話をもとに作り始めました「青山スクラップだいありい」。
第2話はいかがでしたでしょうか?
ダウンタウンの浜田さんの母校で有名なかの日生学園の生活をフィクションを大いに交えながら(当社比)ところどころに史実を交えて楽しく書かせて頂きたいと思っております!
きっかけは身近になんと日生のOBが・・・げふんげふん。
あくまで口伝えに聞く内容をもとにしてますので、もし!詳しいお話をご存じの方がいらっしゃいましたら教えてくださると大変励みになります♪
・・・いるのかぁ。と!!いう事で、引き続き楽しみにしていただければ幸いです。
また第3話でお会いしましょう!
青山スクラップだいありい @Koma0128
★で称える
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