青山スクラップだいありい

@Koma0128

第1話 拝啓、父上様


「アホほど暇。」


男臭いクーラーの効いた12畳の部屋の隅、ダブルベッドで足をぶらぶらと揺らしている気だるげな私は来る日も来る日も夏休みというある種の生き地獄で呪いでも吐くかの如く呟く。

既に時は八月半ば、セミがやかましく鳴き、外は台風が来て涼しくなるどころか湿気に満たされて汗の止まらないサウナ状態。まともに外に出るのもバカらしくて仕方ない季節の真っ只中。あくせく働く皆々様を横目に大学4回生の夏を無為に過ごしている私は生きながら死んでいる、つまり生き地獄を体感しているのだと勝手に思っているのだ。


「積みゲーも全部消化したし、外出るのだりぃし、もう今日は寝るかぁ...。」


だらしなさが頂点に達する自堕落っぷり。それを自覚はしているが止められそうにない。

あぁ嫌だ嫌だ、生活習慣病になりそうなこの生活もそうだが、結局この習慣を一切直さない自分自身に嫌気が刺してくる。

【ピンポーン。】


突然玄関のチャイムが鳴った。

反射的に体を起こしたが、すぐにのそのそとナマケモノが木から降りるような気だるい足取りで玄関へと向かう。

どうせ宅配か何かだろう、とっとと済ましてもう寝ちまおう。

そんな風に考えながら私はガラリと扉を開けた。


そこには40代ほどだろうか、少し老けてはいるが筋肉質っぽい肩や首のがっしりした男が立っていた。


「あの...どなたでしょうか?」


「ああ、どうもこんにちは。突然失礼します。今、こちらに斉藤孝明さんはいらっしゃいますか?」


「えっと、今出張中で居ないですね。」


孝明は親父の名前だ。役所の人とかかな。

けどたまに来る役所の人は名札首から下げてるし違うかもな。

なんて思ってたら、男はハッとした表情で


「あっ、そうでしたか!いや、いきなり申し訳ないです!...もしかして孝明さんの息子さんですか?」

と尋ねてきた。


「え、あ、はい。斉藤美國です。」


「あっミクニくんか!そっか、大きくなったねぇ!」

男は名前を聞くと急に親戚のおじさんっぽい喋り方になった。


「えっと、どこかで会った事ありましたっけ...?」


「だいだい美國くんが3歳くらいの時かなぁ、写真もあるんやけど...ほら、これ!」

男が懐からスマホを取り出して写真を見せてくる。

その写真には確かに幼少期の自分と、自分を抱える父。そしてその横にそれ程見た目が変わっていない目の前の男が写っていた。


「え〜...全然覚えてないですね...。」


「もう今から18年くらい前やしね、覚えてたらビックリしたかもな。」

はははと笑いながら男はスマホを懐に戻す。


「改めて、俺は下村大毅。お父さんの高校時代の後輩。よろしくね。」

そう言いながら手を出して握手する。


「はい、よろしくです。それで下村さんは父に何か用事があったんですか?」


「いや〜特には無いんやけどね、久しぶりに家の近くまで来たし挨拶でもしてこかなって。あっ。」

特に用事はないと言う下村だったが何か思い出したかの様に手を叩くと。


「美國くん、お父さんの学校って行った事ある?」

と聞いてきた。


「前に一回だけ行った事ありますよ、けどもう学校の雰囲気とか校舎も建て替わってたなぁって一緒に行ってた時、父が言ってましたね。」


「あ、もう行ってたんやね。なら色々と学校の話も聞いた?」


「はい、というか結構家で話してます...。」

少し苦笑いしながら私が言うと


「ははは!そうか、家で話してるんか!」

と下村は愉快そうに笑い、そして

「なら、美國くん。もしよかったらお父さんの学校の話もっと聞いてみる?」

と尋ねてきた。


「そうですね、もしよかったら聞いてみたいです。」


「よし、丁度いいタイミングやね。これからその詳しい話知ってる人にも挨拶しに行くねんけど一緒に来る?」


「あ、はい。」


「決まりやね!んじゃ用意終わったら出てきてね、車出せるようにしとくし!」


「すいません、ありがとうございます。」

と言いながら私は家の中に戻り足早に用意を整えて...。いやいや、いくら暇だからと言っても急すぎるだろう。


とか思うより先に、気づくと私は下村さんに連れられて立派な門のある日本家屋の前まで来ていた。


「よし着いた、ほんじゃ行こか。」

と言って車を止めた下村さんは門を開けて中へと入る。とんでもない家に来てしまったと思いながらも恐る恐る私はついて行く。


立派に育てられた松の木、波打つ様な模様の砂利の庭、百万以上はしそうな大きい水瓶。

ドラマのヤクザの家みたいな雰囲気だ。

そんな庭を抜けて家の前へ立つと下村さんがチャイムを押す。


「はい。」

と言いながらすぐ、黒いスーツを着た下村さんより1回りは大きい巨漢が出てきた。


「こんにちは、下村です〜。辰さん居はりますか?」

と軽い調子で聞く下村さん。


男は下村さんの言葉を聞くや否や

「お世話になっております!」と深く頭を下げた後、家の中へ丁重に案内してくれた。


「こちらでお待ちです。」

そして家のかなり奥の方、細い廊下を何度か曲がった先にある和室へ通された。


「どうも辰さん、ご無沙汰してます。」

と下村さんは部屋へ入り、綺麗なお辞儀をする。合わせて私も強張りながら頭を下げた。


部屋で待っていた「辰さん」と呼ばれる人物は下村さんよりも幾分か年上かと思う白髪頭の老人だった。のだが、その体つきは下村さんと同じかそれ以上にしっかりとしている様に見える。


「ダイ、暑い中よう来てくれたな。横の子がターちゃんの倅か。」


「ターちゃん...?」


「孝明くん、美國くんのお父さんのことよ。あだ名知らんかった?」

父のあだ名は初耳だった。結構色々な話を家でする父だがあだ名は言ってなかったなぁ。


「はい、斉藤美國です。お邪魔してます。」

名前を言いながら頭をもう一度深く下げた。


「美國くんか。初めまして、君のお父さんの同級生の宮永辰巳です。よろしく。」

と言ってにこやかに笑いながら座っていた宮永さんは立ち上がり握手してくる。

この人、立つと普通に天井へ頭が付きそうな位大きい。気づかなかったけど足が長いのかな。


「それで、お父さんの話が聞きたくて今日は来てくれたんやね?」


「はい、よかったら聞かせてもらってもいいですか?」


「ええよ、どこから聞きたい?」


「えっと、じゃあ...。」

セミが鳴く八月の途中で、私は時間も暑さも忘れてしまうようなその話の数々。

時間が緩やかに戻り始めている様に感じた。




その日、私は父の青春を聞いた。

いや、ただ聞くだけじゃない。

鮮明に私の脳裏に情景が浮かんでくる様な、実際に見てきたような感覚。

三重県、青山。津へ行くにも遠く、田んぼと山ばかりが連なる場所。

私の父の青春はそこにあった。

社会常識とか、モラルとか、経験とか。

一切合切がどこかズレていて、それでも凄く面白いと思えてしまう、まるでお伽話みたいな。

これから僕が話すのはありえないけど、実際にあった話だ。




八月十七日

拝啓、父上様。

出張から帰ったら、もっとお話を聞かせてください。学校と友達と、青春の話。

めちゃくちゃにぶっ飛んでてイカした話をもっと聞きたいです。

あとお土産も待ってます。

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