宝石
智bet
光るもの
朝。
潮風の匂いが街中までしてくる、国の端っこの県の錆びた中心街でいつも思う。
都心の繁華街って、どれだけキラキラしてるんだろう。
50階層くらいあるんじゃないかと思うほど高いビルに囲まれたネオンの壁が囲む歩行者天国。
そこをキラキラした街の動物達がキラキラと服や肌を光らせながら転がっていく様は、宝石箱みたいに見えるんじゃないだろうか。
ぱっぽ。ぱっぽ。ぱっぽ。
信号が青に変わり、ハトの鳴き声を模したような電子音が歩行可能であることを告げると、これから仕事に向かうであろう獣たちが作業服ややっすいスーツで少しだけ広い横断歩道を冴えない顔ですれ違う。
都心で生きる人間が輝く宝石なら、物を図る尺度としてドーム何個分とか言われても分からない、首都の付属物でしかないこの県で生きる俺たちはさながら工具箱の錆びた釘だ。
今日も自分の仕事が社会にとってなんの役にたってるのか分からない一日が始まる。
信号を抜けてアーケード街に入るのが会社への1番近道だから、人気のないシャッター通りをイヤホン付けて音楽を大音量で聞きながら歩く。
業務開始は9時なのに朝礼は8時30分前ってなんなんだよ、クソ。
…
また今日もお局ルリカケスちゃんのネチネチ説教聞くのかよ、やってらんねぇ。
せん…
何が縁起のいい鳥なんだから社のために頑張りたまえだよ。こっちゃ北の美人なタンチョウとかじゃねえ雑種だっての。
あの…
なんか誰かついてきてる?
「おわっ!」
「わひっ!」
横を見ると俺の顔のところまで目線を下げながらこちらを覗きこんでくる白いトラの女がいて、反射的に悲鳴をあげてしまった。
考え事をしながらイヤホンつけてたせいで、全然気づかなかったけどもしかするとさっきから声をかけてくれていたのかもしれない。
「あぁ、すいませんどうも気が付かなくて。」
「いえ、こちらこそ急にお声かけしてすみません。」
恐縮して話しかける白い虎はかなりの美形で、毛の1本1本がツヤを持ち、くすみのひとつも無いモデルのような容姿だった。
ネコ科動物特有の尊大な態度は見られず、申し訳なさそうに上目遣いでこちらを見ている。
あざといとも取れなくもないけど。
「あの、お聞きしたいんですけど、すごく背筋がピンと伸びた方だなって思って…何か特別なこととかって、されてるんですか?」
ん?は?
「いえ…その…ほんとにそれだけで…困りますよね?すいません…。」
ホワイトタイガーが俺なんかに声をかけて来るのもそうだし、ここまど声がどんどん尻すぼみになっていくトラってのも珍しい。
申し訳なさそうなのに、歩く速度も俺に合わせて一定を保ちつつ目も離さないのが少し怖いけど。
「いや、特には…でも片足立ちで寝れるくらいにはバランス感覚いいです。一応ツルなんで…。」
「あぁ、ツルだから…そうですか。…すいません!急にこんな話しちゃって。お仕事頑張ってくださいね。」
そう言って美人の女ホワイトタイガーはそそくさと俺とは別方向に走っていってしまった。
「…なんだあの女?」
顔や服とかならまだしも、(別に褒められたことないけど)歩いてる時の姿勢を褒められたのなんて初めてだ。
というか、立って歩いてりゃ大体のやつは背筋しゃんとしてるもんだと思うけどなぁ。
ま、美人に話しかけられて得したってことで。
_____
今日は金曜日なので仕事帰りに繁華街で酒を飲み歩いていたところ、客引きに呼び止められる。
「お兄さん。ニューハーフ、興味ありません?」
ないといえばない、というか普通に俺は女性が好きだから行く必要は無いんだけど、今日はどやされたりネチネチ小言を言われたりしてどこかで発散したかったのかもしれない。
行くいくぅ、なんて間抜けた回答をするとパッと見じゃ男だと分からない角を取ったシカに腕を組まれ、店に連れていかれようとした、その時。
「おい、ってぇだろ。喧嘩すっか?お?」
どうにも腕を組んだ時に当たってしまったのか、俺よりも体のでかい悪酔いしたウシ男が絡んでくる。
「喧嘩になったらさぁ、鳥がさぁ、俺に勝てんの?なあ?胸張って歩いてんなぁ。肩で風切って歩いてええんけ?お?」
「いや、当たったんなら申しわけ___」
「やんのかっつってんだ%÷И◇!!!」
謝ろうとするも襟ごと持ち上げられて声が出せなくなる。
バタバタと手足を動かすも万力のような腕が脱出を許さない。
いつの間にかシカの客引きも姿を消し、仲裁されるわけでもなく理不尽なショーをハンカチの皆が遠巻きに見ていた。
『背筋がぴんと伸びた方だなって…』
褒められた当日にそれで因縁をつけられるなんて思わなかった。
息が苦しくなる。
誰か。
ふっ、と足元から落ちていく感覚がしたと思ったら急に足に地面が出現し、無様にころげる。
状況が掴めなくて周りを見渡すと、そこには先程の酔っ払いウシを逆に両手で掴みあげる白いトラ。
「てめぇ、うちの客に何してんだ?あぁコラ!!串焼きにされたくなけりゃ二度とこの辺うろつくんじゃねぇぞ!!」
自分よりも大きなサイズのウシを捻りあげて野太い声で恫喝しているのは紛れもなく朝会ったホワイトタイガーだったのだが、特筆するとしたら下着の透けたスリップを着ていることだろうか。
ひとしきり威圧した後にゴミ溜りに向かって酔っ払いを投げ飛ばすと、すぐさまこちらに駆け寄ってきて
「大丈夫ですか!?すぐ、すぐ冷やしますから!」
そう言って俺の体を抱き上げたかと思うと走り出した。
いやいや、
めちゃくちゃビシッとしてるじゃん。
_____
「___って言うのがクリスタルちゃんと俺との出会いだったってわけよ。」
「キャハハ!クリちゃんとイズミっちの初絡みいつ聞いてもバカおもろいわ!」
「だからぁ!違うからっ!そういう強くてピシッとしてるとかじゃなくて、あの時って駆け出しで自信なかったからキャストとしてピシッとしてたいだけだったのっ!」
「でもいいじゃん。アンタそれのおかげでイズミさんのお気にだし。普段女声しか出さないから野太い咆哮を知るやつも少ないんだし。」
「な。俺はクリスタルちゃんのあの声に惚れちまってるわけよ。どうよ、フィリコ入れっからさ。あの時の声でお願いします、とか言ってみ?」
「いーやーだー!」
カウンターに同じく付いているメガネザルのキャストはからかうような口調で露出の高いドレスを着るホワイトタイガーをからかい続ける。
店の壁に巡らされたパチ屋のお下がりの安っぽいネオン。
キラキラ笑うニューハーフ。
形は歪でも、こんな宝石箱も悪くないかな?
宝石 智bet @Festy
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