43 二次試験

 国税の一次試験に僕は合格した。実感が出たのは、合格通知書をダウンロードしてからだ。二次試験は七月。何の因果か、七瀬の誕生日とかぶっていた。今年は何もしなくていいから面接に集中しろと七瀬に言われてしまった。

 そして、七瀬の辞令が出た。ここから二時間かかる税務署に異動になったらしい。


「通うよ」


 夕食の親子丼を食べながら七瀬が言った。


「本当に? 大変じゃない?」

「まあ、葵が居なかったら引っ越してると思う」

「僕は別にいいんだよ?」

「強がるなよ」


 七瀬は僕の頬をつんとつついた。僕は白状した。


「ごめん。正直、凄く嬉しい」

「俺だって葵と一緒にいたいからさ。通勤中は本でも読んで楽しむよ」


 少なくとも卒業までは、こうした生活が送れる。そのことが僕を支えてくれた。七瀬に依存はしたくはない。けれど、どうしても離れがたいのは事実だ。七瀬には料理ができないという欠点があるが、それは僕が埋めるし、我ながら理想的な二人だと思っていた。

 僕は国税の面接カードを書き、伸びた髪を切って染め直してもらった。七瀬によると、女性職員だと茶髪の人も居るが、男性職員だと居ないらしい。同性愛のことと同じく、生まれ持ったこの髪のことも隠し続けなければならないのかと思うと憂鬱だが、そこは我慢したい。

 そして、とうとう二次試験の日がやってきた。僕はスーツを着て、会場に向かった。受付を済ませ、椅子に座った。周りは全員ライバルだ。しかし、将来の同期かもしれない。僕はリラックスするよう息を整えることに努めた。


「失礼いたします」


 調べていたとおり、面接には三人の面接官が居た。全員男性だ。面接はおおむね、面接カードの内容に沿って行われた。趣味のところに料理と書いていたので、そこにも突っ込まれた。思っていたより和やかな雰囲気に包まれた。


「自炊は節約にもなりますし、ストレス解消にもなるので、いい趣味だと自分では思っています」


 国税はストレスフルな職場だ。耐性があることをアピールしたつもりだった。


「最後に、国税専門官の一番の魅力は何だと思いますか?」


 そんな質問が飛んできた。僕は言葉に詰まってしまった。


「か……カッコいいところだと思います」


 そんなことを言ってしまった。面接官たちは軽く笑った。僕は顔面蒼白のまま会場を出た。なんて短絡的な回答をしてしまったんだろう。僕は帰り道に七瀬のケーキを買い、とぼとぼと帰路に着いた。七瀬はその日仕事で、夕食なら自分の好きなものを適当に買ってくるから心配要らないと言われていた。

 鍵が開く音がした。ケンタッキーの袋を提げた七瀬が入ってきた。


「よう、葵。お疲れさん」

「七瀬、誕生日おめでとう」

「ありがとう」


 普段野菜をとってくれと言っていたせいか、七瀬はコールスローもきちんと買ってきていた。チキンにかぶりつきながら、僕は面接の話をした。


「カッコいいって何だよって話だよ。ダメ。絶対落ちた」

「あはは! 葵、俺と一緒のこと言ってやんの!」

「え、マジで?」

「俺も言ったよ。でも通った。だから心配すんなって」


 最終合格の発表は八月の中旬。それまでに、僕は教養試験だけで受けられる小さい市役所を受けるつもりでいた。なので、勉強はまだやめない。ちなみに、雅司は本命の市役所の一次の結果待ちで、椿は裁判所事務官の一次に通り、面接も済ませた。七瀬が言った。


「三人全員、合格するといいな」

「うん。今までずっと一緒に頑張ってきたからね」


 僕は冷蔵庫からケーキを取り出した。七瀬が恥ずかしがると思ったから、誕生日のプレートは無しだ。シンプルなショートケーキで、男二人で食べるにはちょっと大きめだった。しかし、七瀬はぺろりと平らげた。


「あー、食った食った」

「七瀬、大丈夫?」

「こんくらい平気。ちょっと横になりたいけどな」


 片付けをしている間、七瀬はベッドでうつ伏せになって小説を読んでいた。まだ僕が手をつけていなかったSFものだった。僕も彼の隣に横たわった。


「それ、面白い?」

「ちょっと難解だな」


 七瀬はしばらくページをめくる手を止めなかった。僕はうずうずしてきた。せっかくの誕生日。もっと彼に近付きたい。僕は頬にキスをした。


「なぁに? 葵」

「ねえ……誕生日じゃない。何か僕にしてほしいことがあったら、言ってよ」


 本を閉じた七瀬は、ニヤリと口角を上げた。


「じゃあさ、ちょっとだけ指入れさせて」

「ふえっ……」


 予想していないわけではなかった。七瀬はそちらもいけると知っていたから。でも、面接のことで頭がいっぱいだったので、心の準備ができていなかった。


「大丈夫。こわかったらすぐ言って」

「うん」


 僕はなるべく力を入れないようにして、ひたすら七瀬の顔を見つめていた。二本、指が入ったところで、僕はギブアップした。


「葵、可愛かった」

「もう……」


 体勢を入れ替え、僕たちは繋がった。いつか七瀬の期待に応えてあげたいと思いつつ、その日は眠りに落ちた。

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