24 証

 今日は七瀬さんと買い物に行く日だ。僕の部屋で昼食を取ってから、出かけることにした。簡単に明太子パスタを作って出した。


「俺、もう葵以外の手作り食べられないかも。そのくらい、舌が肥えてきた」

「大げさですよ。夜はどこか食べに行きましょうね?」


 僕たちは繁華街へ出た。七瀬さんが欲しいものとは何だろう。大人しく彼に着いていくと、シルバーアクセサリーの店に来た。


「何か、ペアで買おうよ。証にさ。どれがいい?」

「そうですね……」


 買うならリングがいいと初めは思ったのだが、七瀬さんは職場でもオープンにしていないみたいだし、難易度が高いだろう。僕はネックレスを見た。


「わあっ、けっこう種類ありますね」

「ハートのんとかはさすがにパスな」

「僕も趣味じゃないです」


 決めたのは、正方形のブラックジルコニアのネックレスだった。これならカッコいいし、服の下にも付けられそうだ。それを丁寧に包んでもらった。


「七瀬さん、ありがとうございます。すっごく嬉しいです」

「俺も」


 タバコの吸える喫茶店に移動し、アイスコーヒーを頼んだ。天気は良く、少し歩くだけで肌が痛かった。なので僕は春から日焼け止めを欠かさない。

 少しして、七瀬さんはネックレスを取り出し、身に付けた。僕もそうした。互いに首輪をはめ合ったようだ。僕は意地悪な質問をしてみた。


「元彼とも、こうしてペアのアクセサリーとか付けてたんですか?」

「いや、葵が初めて。男同士で同じの付けてると勘ぐられるだろう? でも、葵とならいいの」

「ふふっ、そうですか」


 小さな優越感があった。僕はネックレスを握り締めた。冷たく光る石の感触が、とても心地よかった。

 アイスコーヒーを飲み、僕はタバコに火をつけた。僕はこれ以外の銘柄を知らなかったが、七瀬さんと一緒だもの、他のものを吸う気にはならなかった。

 こうして、一緒のものを得て、一緒の時間を過ごす度、僕の自信も出てきたように感じた。過去は過去だ。今はこの僕が七瀬さんの恋人なのだ。


「そういや、葵。いじめられてたって言ってたよな? 親御さんには相談したのか?」

「いえ。今も言ってません。心配、かけたくなかったんで。色々されましたけどね……」

「色々って?」

「まあ、無視されたりとか、物隠されたりとか、弁当に砂入れられたりとか」

「ひでぇな。今からでも殴りに行ってやりたいよ」


 この場ではとても話せないほどのこともされた。それを言うと、七瀬さんは本当に殴りに行ってしまうだろう。なので、僕は話題を変えた。


「国税の研修って、やっぱり勉強大変でしたか?」

「基礎研修はそうでもなかったよ。葵、簿記持ってるだろ?」

「はい」

「ならなおさら楽だ。三年目くらいに、専科研修っていうのがあるんだけど、そっちは大変だったな。俺、会計学とかさっぱりだったからさ」


 国税に入れば、一生勉強が続く。税法だって変わる。配属によっては、不動産の知識も要るらしい。僕が飛び込もうとしているのは、そういう世界だ。

 それでも僕は、公務員になりたい。高校の奴らを見返したいという気持ちもあった。安定した収入を得て、立派に生活する。それがせめてもの復讐だ。

 夕方まで喫茶店で話し、居酒屋に行くことにした。


「一杯目は生でいいよな?」

「はい、それで。食べ物の注文は適当にしますね」


 僕はタブレットにタコワサビやカニクリームコロッケを入れていった。外食だと、普段自分だと作らないものを食べたくなる。

 七瀬さんとビールジョッキをぶつけ、ごくごくと飲んだ。バーで頼む上品なものもいいが、居酒屋のガヤガヤした雰囲気で飲むジョッキも楽しいものだ。

 付き合って半年。七瀬さんとは順調だ。七月になれば、彼の誕生日が来る。ケーキを手作りしてみようと、今調べているところだ。


「葵。俺に不満なとことかない? 大丈夫?」

「ありませんよ。いつも料理を美味しく召し上がって頂いてますし」

「そっか。俺さ、いつも振られる側なの。だから不安になることもあるよ」

「僕の方が……不安です。年の差だってありますし」


 いくら背伸びしても、年齢だけは届かない。それが歯がゆかった。僕は経験だって少ないし、いつも七瀬さんを満足させられているのか考えてしまう。

 その日のセックスで、僕はありったけの奉仕をした。喉の奥までくわえこんだ。七瀬さんじゃないと、こんなことはしない。

 終わってタバコを吸いながら、僕は尋ねた。


「良かったですか?」

「うん、すっげー良かった」

「僕、そんなに上手くありませんし……」

「それが可愛いからいいの」


 七瀬さんは僕の頭を撫でた。猫にするみたいに、優しくふんわりと。いつまでも、この幸せが続けばいいのに。いつか来るかもしれない終わりを思うと、どこか憂鬱だった。

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