21 唐揚げ
正月に帰省した他は、特に大きなイベントも無く、僕は七瀬さんとのんびり過ごしていた。
日中は大学図書館に行って公務員試験の勉強。夕方にスーパーへ。料理を作って七瀬さんの帰りを待つ。そんな日々だ。
そして冬休みが終わり、またテスト期間が始まった。春には三年生。公務員試験講座が始まる。それがとても待ち遠しかった。
僕と雅司と椿はその日、一緒にテスト勉強をしていた。雅司が大あくびをして言った。
「そろそろ昼メシにせえへん?」
「あっ、あたし、久しぶりに学外がいいなー」
「ほなカツ丼食いに行こうや!」
僕たちは、大学を出て、カツ丼屋へ向かった。ここはいつも並ぶ。既に学生たちの列ができていた。回転が早いので、そこまで待たされることはないが。列に加わり、椿が言った。
「あたし、裁判所事務官目指そうかな。仕事内容も面白そうだし」
雅司が返した。
「特別職になるんやんな? おれも一応受けるだけ受けるわ」
「うん、僕も」
三人で情報を共有することで、公務員試験のことがよくわかり始めてきた。難易度は高く、四年生で受からなくて、バイトをしながら何年も受け続ける人も居るらしい。
僕はなるべくなら卒業後すぐに就職したい。志望はやはり国税が一番だが、受からなければ、他に拾ってもらった所に行くのもアリだろう。
「ほんまに腹減ったわ。おれ、大盛りにしよ」
「雅司、ここのはただでさえ多いよ? 僕は大盛り無理だな」
「あたし、ご飯減らしてもらおうっと」
列が進み、ようやく席が空いた。僕たちはガツガツとカツ丼を食べた。大学に戻り、喫煙所に行った。雅司が聞いてきた。
「アオちゃん、七瀬さんとは順調なん?」
「うん。毎晩ご飯作ってるよ」
「あっ、それは羨ましいかも。アオちゃんのご飯美味しいもんね」
「久しぶりに食べに来る?」
僕は七瀬さんにラインを打った。彼も昼休みだったようで、すぐに了解と返事がきた。四限が終わり、三人でスーパーに行った。
「二人とも、何食べたい?」
「あたしは何でもいいよ」
「おれ、唐揚げ食べたいなぁ!」
「雅司、昼揚げ物だったじゃないか」
「ええやん、ええやん」
今夜はよく食べる雅司が居る。僕は鶏もも肉の大パックを二つカゴに入れた。タコと、それからホタテも。ホタテでは作ったことが無かったが、案外美味しいかもしれない。
帰宅して、まずは新聞紙をキッチンに敷いた。僕は新聞を取っていない。たまに入っているタウン紙や広報紙を取っておいて、こういう時に使うのだ。椿が言った。
「アオちゃん、たまには手伝おうか?」
「いいのいいの。二人は座ってて」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
フライヤーを取り出し、油を流し入れた。温度を上げている間に、下味をつけていった。四人分なので、かなりの量だ。こりゃあ、揚げながらここで立って食べることになりそうだな。
そろそろ第一弾を投入しようかというとき、七瀬さんが帰って来た。
「おっ、今夜は揚げ物?」
「そうなんです」
初めに鶏もも肉から揚げていった。キッチンタイマーで時間を計った。その間に缶ビールで乾杯した。雅司が七瀬さんに質問していた。
「徴収って、やっぱりキツいですか?」
「うーん、俺には合ってたからなぁ。俺から言わせれば、調査の方がキツそう。だって、徴収って既に滞納がある人が相手だからさ。こちらとしても言いたいこと言えるの」
それは、僕も聞いたことのある話だった。滞納者といっても、態度が悪い人はそんなに居なくて、大体が普通の商売人らしい。ドラマみたいに、危険な目に遭うようなことはそうそう無いのだとか。
あと、差押えはいいストレス解消になると七瀬さんが笑っていたことがあった。今は現金出納事務を割り当てられたから、そんなに外に行くこともなくて退屈らしい。
ピピッとタイマーが鳴った。僕はクッキングシートを敷いた皿の上に、出来上がった唐揚げを乗せていった。
「できましたよー」
ローテーブルの上にドンとお皿を置いた。次々やらないと間に合わない。僕はすぐさま次の分を揚げにかかった。その間に、キッチンで立ったまま唐揚げを食べた。うん、揚げたては美味しい。
タコは上手くいったが、ホタテは水分量が多かったせいか、べちゃっとしてしまった。反省だ。それでも彼らは美味い美味いと食べてくれた。
「雅司ぃ、今夜も泊めて」
「しゃあないなぁ」
椿が雅司の身体に身を寄せた。僕は片付けで手一杯だ。七瀬さんはそんな二人の様子を温かく見守っているようだった。彼らを送り出して、僕と七瀬さんはタバコを吸った。
「あの二人、本当に仲いいね」
「付き合えばいいのにって思いますけどね」
「まあ、遊びの関係もいいものだよ」
「あっ、七瀬さんもそういうのよく知ってるんですよね。ふぅん」
「妬くなよ」
生まれ直して、七瀬さんの全てを僕に置き換えたい気持ちだった。もし彼と同じ時代に、一緒に高校生活を過ごせたらどんなに素敵だろう。出来ないとわかってはいても、彼の過去さえ縛りたい。僕はそう考えるようになっていた。
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