20 クリスマス・イブ
クリスマス・イブになった。僕はこの日のために買っておいた低温調理器で、ローストビーフを作った。パエリアとサラダ、シャンパンも準備した。七瀬さんは六時頃にやってきた。
「七瀬さん、メリー・クリスマス」
「おう。メリー・クリスマス」
七瀬さんは白い箱を持ってきていた。ケーキだ。それを冷蔵庫に入れ、まずは夕食にした。
「すげぇ! これ葵の手作りなんだ!」
「そうですよ」
「うわっ、美味いよ! 店で買うのよりも美味い!」
「そう言っていただけて良かったです」
自家製のローストビーフは何度か試しに作ってみていたので、失敗はしなかった。パエリアも、味が濃くなりすぎずいい具合だったと思う。七瀬さんはそれらをぺろりと平らげた。
「葵、ケーキ食おうケーキ」
「はい!」
僕の好みを伝えていたので、生チョコレートのクリスマスケーキを買ってきてくれていた。サンタクロースが乗っていた。
「サンタはチョコだと思うぞ。葵食べろよ」
「では」
僕はサンタクロースからぱくりと食べた。確かにチョコだ。うん、美味しい。僕はフォークでケーキを小さく切り、七瀬さんに食べさせた。
「あーん」
「あむっ」
七瀬さんは僕を素直だと言うけど、彼だって素直だ。ゆっくりと噛んで味わい、シャンパンを飲んで彼は言った。
「うん、ここのにして正解。甘すぎないし、美味いや」
「去年のクリスマスはどう過ごしてたんですか?」
「忘れたなぁ。仕事だったんじゃないかな」
「僕は家で一人で過ごしていました。七瀬さんが隣に住んでいたのにね」
「もっと早く出会えれば良かったな」
僕の全ては、この人と出会うためのものだったんだ。そう考えると、いくらか傷が癒えていくような気がした。そして、打ち明けた。
「僕ね、高校生のとき、いじめられてたんですよ」
「えっ、マジで?」
「地毛が茶色でしょ? 初めはからかわれただけでした。嫌で黒染めしたんですけど、余計にダメだったみたいで。クラスの代表格みたいな奴から、ボロクソに言われました」
「そうだったんだ……」
本当はもっと酷いことをされた。でも、口に出してしまえば、当時のことがありありとよみがえってしまうだろう。僕はその辺りで止めておいた。七瀬さんはトントンと僕の背中を叩いた。
「辛かったんだな」
「はい。でも今は、七瀬さんが居るから、もう何もこわくないです」
ケーキを食べ終わり、七瀬さんは立ち上がって言った。
「よし! 亜矢子さんとこ行くか!」
「そうしましょう」
賑わう街中を抜け、いつもの路地へ。亜矢子さんはいつも通りの笑顔で僕たちを出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
よく見ると、亜矢子さんの胸元にはヒイラギの葉の飾りがあった。彼女は言った。
「先ほどまで、初音さんと大和さんがいらっしゃったんですよ。これは初音さんがつけて下さいました」
僕と七瀬さんは、ジェムソンというアイリッシュウイスキーをハイボールで頂いた。口当たりが良く、飲みやすかった。店には男女のカップルが二組居て、それぞれの夜を過ごしていた。
僕がタバコに火をつけると、亜矢子さんが来て言った。
「七瀬さん、葵さん。大事な日に、来ていただいてありがとうございます」
「ここは葵と初めて出会った場所ですからね。特別なんです」
「ふふっ、良い夜を」
七瀬さんもタバコを吸い出した。喫煙を始めてから三ヶ月くらいしか経っていないのに、この匂いはなくてはならないものになっていた。
誕生日のあの日、ここに来て良かった。あれから僕は様々なことを知った。そして、素敵な恋人と今、こうして過ごせているなんて。
もちろん不安はある。正月に帰省するけれど、七瀬さんのことは両親には言えない。受け入れてもらえるとはとても思えなかった。
「七瀬さんは、その、ご両親にカミングアウトしてるんですか」
「いや、してない。する必要も無いよ。今じゃ一生独身の男の数も増えてるんだ。三十五歳越えてから諦めてくれたな」
「あれっ? そういえば、今おいくつなんですか?」
「言ってなかったっけ? 三十七だよ」
いつもお酒や料理の話で盛り上がるから、年の差を意識したことがなかった。そっか、そんなに離れていたんだ。七瀬さんは言った。
「やっぱり、七のつく歳はいいことあるんだよな。こうして葵に出会えた」
「二十七歳のときはどうだったんですか?」
「今聞くか? まあ、恋人は居たよ」
僕と七瀬さんの歳の差は永遠に埋められない。経験の差も。僕は彼の過去の恋人たちに嫉妬し始めていた。僕の知らない彼を知っている。それが羨ましかった。
「ねえ、今日は僕の部屋で一緒に過ごしましょうね?」
「わかったよ。ずっと傍に居るから」
帰ってから、僕たちは甘ったるいセックスをした。ゆっくりと時間をかけたので、終わる頃にはイブは過ぎていた。僕は七瀬さんの腕の中で先に眠った。狂おしいほど幸せだった。
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