17 恋人
それから毎日、七瀬さんは僕の部屋を訪れた。食料費が足りなくなるだろうとお金もくれた。僕はありがたくそれを受け取っておいた。
大学はテストが始まった。だから、日中の空きコマはなるべく勉強の時間にあてることにして、大学図書館にこもった。夜になったら七瀬さんに会えるので、辛くは無かった。
金曜日の四限終わり。喫煙所に行くと、雅司と椿に出くわした。椿が言った。
「アオちゃん、彼氏できてから変わったよね」
「わかるわぁ。なんか、愛されとう自信に満ちあふれてる」
「そうかな? まあ、家が隣だし毎日会ってるしね」
「あー、ダメだ。あたし、まぶしくてアオちゃん見れない」
椿が大げさに手をかざしてみせた。僕は言った。
「雅司と椿も付き合えばいいのに……」
「おれは嫌や。もっと遊びたいもん」
「あたしも」
彼らと別れ、僕は一旦帰宅した。今日は前に言っていたバーに行こうと七瀬さんに言われていた。彼の仕事が終わるまで、僕はノートパソコンでレポートを書いた。
『今終わった。直接駅前集合しよう』
そんなラインがきたので、僕はコートを着て外に出た。スーツ姿の七瀬さんが待っていた。
「じゃあ葵、行こうか」
「はい」
電車の中で、僕は手を繋ぎたくなってしまった。男女の恋人同士なら、それも自然にできただろうが。僕は我慢した。
駅に着き、七瀬さんがよく行っていたというラーメン屋で腹ごしらえをしてから、店に行くことになった。
たどり着いたのは、雑居ビルの四階だった。古いエレベーターは、ボタンの表示が消えかかっていた。
「いらっしゃいませ。やだ、七瀬じゃない! 何億年ぶり!?」
「こんばんは、マリ子さん」
マスターのマリ子さんは、金髪をポニーテールにして、黒いニットを着ていた。メイクもばっちりだが、喉仏がしっかりしていて、きちんと男性だとわかった。
他にお客さんはおらず、僕たちはカウンター席の真ん中に腰かけた。そしてビールを注文した。
「彼氏できたから、紹介しにきたよ。葵っていうの」
「初めまして、葵です」
「あら、めちゃくちゃ可愛いじゃない!
七瀬のくせに、どこで引っかけてきたのよこんな子!」
七瀬さんは、僕たちの出会いから話し始めた。マリ子さんは、相槌の代わりに叫び声をあげながら、話を聞いていた。
「良かったわねぇ。七瀬ったら、前の彼氏と別れたときはどんだけ落ち込んでたことか」
「もうあれも五年前だよ、マリ子さん」
それから、七瀬さんのもっと若かった頃の話をマリ子さんから聞いた。七瀬さんの二股がバレて、この店で騒動になったこともあるらしかった。
「三人とも一ヶ月くらい出禁にしたわね。懐かしいわ」
「一ヶ月で解いてもらえて良かったよ」
「もう、あんなことはダメよ? せっかくこんなに可愛い彼氏ができたんだから」
あとは、マリ子さんのパートナーの話も聞いた。もう十年以上連れ添っているらしい。
「アタシも彼も、すっかり歳取ったわぁ。でもまだ、夜はするわよ。あんたたちもお盛んそうね?」
「いや、葵とはまだしてないよ」
「マジで!? あんなに手が早かった七瀬が!?」
「葵のことは大事にしたいの」
七瀬さんがカウンターの下で、きゅっと僕の手を握った。僕も固く握り返した。もう一杯ビールを飲んで、その日は帰ることにした。電車の中で僕は言った。
「マリ子さん、面白かったです。また連れていって下さいね」
「もちろん。今日はどうする? 俺の家で飲み直すか?」
「はい」
七瀬さんの部屋に入り、ソファに並んで缶ビールを飲みながらキスをした。酒の苦味がより僕を興奮させた。そして僕は、ずっと考えていたことを言った。
「やっぱり僕は、七瀬さんを抱きたいです。させて下さい」
「わかった。いいよ」
まずは丹念にシャワーを浴びた。初めて一緒に入ってから、毎日そうしていたのだが、さすがに今日は緊張感があった。
少々ぎこちなかったが、僕は七瀬さんと結ばれた。僕はぐったりとしてしまって、ベッドにうつ伏せに倒れこんだ。そんな僕の頭を七瀬さんが撫でてくれた。
「葵。気持ち良かった?」
「はい。すっごく」
服を着て、ベランダでタバコを吸った。僕はタバコをくわえる七瀬さんの横顔をじっと見ていた。
「どうした? 葵」
「僕の彼氏はカッコいいなぁと思いまして」
「葵こそ可愛いよ」
もうすぐ十二月だ。去年は特に何もせずに過ごしたクリスマスがやってくる。今年は気合いを入れよう。だってこんなに素敵な恋人ができたんだから。
「七瀬さん。大好きです」
「俺も葵のこと、大好き」
タバコに火がついたまま、僕たちはキスをした。
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